戦略的創造研究推進事業HOME評価CREST・さきがけの研究領域評価戦略的創造研究推進事業における平成22年度研究領域評価結果について > 研究領域総合評価

戦略的創造研究推進事業公募型研究(CREST、さきがけ)
平成22年度研究領域総合評価報告書

総合所見

 JSTの戦略的創造研究推進事業は、我が国の科学技術政策や社会的・経済的ニーズを踏まえて文部科学省が定めた戦略目標の実現に向けて目的基礎研究をトップダウン型に推進する事業で、産業や社会に役立つ技術シーズの創出を目的として先導的・独創的な研究が推進される。戦略的創造研究推進事業において設定される戦略目標は、その達成目標や目標設定の背景および社会経済上の要請、科学的裏付けが詳細かつ具体的に提示されるようになってきている。戦略目標の下に、取り組むべき研究を絞り込んで研究領域とそのねらいを定めるに当たっては、研究総括の考えが十分に盛り込まれる必要がある。研究領域の優れた運営を可能にするためにはそれが不可欠であり、更にそれが研究領域としての優れた成果に結びつく。
 本年度の評価対象領域となった平成15年発足のCREST2領域ならびに平成17年発足のさきがけ4領域についても、まさに具体的に示された戦略目標のもとで設定された研究領域であり、戦略目標と研究領域の建て方との微妙な位置づけについて、研究領域ごとに指摘はあるが、総じて、研究領域の設定はうまく行われていると評価できる。
 例えばCREST研究領域「量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出」においては、戦略目標は「情報通信技術に革新をもたらす量子情報処理の実現に向けた技術基盤の構築」となっており、戦略目標は「技術基盤の構築」を目標としているが、研究領域名は「システムの実現を目指した新技術」となっていて、より進んだレベルを目指している。また、さきがけ研究領域「代謝と機能制御」のように、具体性を持った戦略目標「代謝調節機構解析に基づく細胞機能制御に関する基盤技術の創出」をポストゲノムの流れの中で、研究領域に上手く反映させている場合もある。
 研究成果は、いずれの研究領域においても、総じて、国際的に評価の高い雑誌への発表や、新聞等のメディアへの発信等、学術研究として高い成果を得ている点で評価できる。CREST量子情報処理システムでは、未知・未開拓の研究領域でもあるため、光・電子・原子・原子核などさまざまな系を対象として、基盤となる要素研究、実証的な研究を行い世界をリードする研究成果を挙げていると同時に、特許の出願、受賞、招待講演なども多数見られるが、研究が要素技術に重点が置かれ、「システムの実現」という点では必ずしも十分とはいえないのが残念である。CREST脳の機能発達と学習メカニズムの解明では適切な研究課題を選択したことで、学術研究として高い成果を得ており、脳科学研究と人間の学習の間を繋ぐシーズを見出し育てることに意義があったと評価できる。しかし、現時点では、これらの成果が発展して20年、30年後に戦略目標に掲げた社会的な成果に大きく近づけるのか否か、的確に判断できない。さきがけ代謝と機能制御では微生物・動物・植物と比較的広範な対象を適切にカバーする研究課題、人材を採択し、研究成果は、おおむね研究領域のねらいに合致するもので、わが国の代謝制御研究のこれからの発展の芽を人材、研究成果両面でしっかり育て、生活習慣病対策を含む国民の健康向上への基盤を築く効果があったと評価できる。さきがけ光の創成・操作と展開の領域では光パルス発生、量子光学、および新規材料・デバイス等の理論から実験まで、広範囲な取り組みがなされており、すぐれた成果を得ている。中でも、フェムト秒短光パルス応用やテラヘルツ波発生に関して、この分野の日本の層の厚さを示す成果を得ており評価できる。さきがけ構造制御と機能の領域では原子・分子レベルでの制御によりナノサイズの物質・組織・空間などを創製し、必要な分子構造・空間構造・テンプレート構造・デバイス構造などを、さまざまなスケールで起こる現象と結びつけて設計し構築するプロセス、およびその応用を目指した機能探索などの研究を推進し、多くの論文を発表し、特許を出願している。これらの成果が直ちに社会に還元される見通しは立っているとは言えないが、今後要求される様々な構造体構築の基盤となるものであり、将来の日本の産業発展へのポテンシャルを高めたものと判断される。さきがけの「生命現象と計測分析」の領域では、新しい1分子生物学的手法の開拓による生命現象の過程としての蛋白質翻訳機構の解明、新しいアイディアによる超分解能光学顕微鏡の開発、高圧力下での蛍光顕微観察を行える顕微鏡を開発し、タンパク質の構造と機能が変調されることを実証する等、社会的インパクトの強い優れた研究成果が多数得られた。
 領域の運営に関しては、CRESTの2領域では戦略目標を達成するために研究会や公開シンポジウムの開催、ニュースレターの発行など情報発信にも工夫をこらして、適切な研究領域の運営を行っている。 また、さきがけの4領域では、研究総括やアドバイザーによる領域会議の運用で、若手人材の育成に貢献しているといえる。ことにさきがけの「生命現象と計測分析」の領域で、突出した成果が生まれる可能性のある挑戦的研究者を採択して、困難な問題に挑む気風を育てたことも「さきがけ制度」の利点を有効に生かした特徴的な研究領域として評価出来る。
 今後の課題としては、戦略目標を達成するために、研究領域のねらいと研究課題が多岐にわたる場合や、必ずしも戦略目標と直接関係しない研究課題が採択されている場合なども見られるので、戦略目標の設定のあり方やそのプロセスを検討するように提案したい。
 また、戦略目標とその領域設定が生命科学分野に偏重し過ぎていると思われる面があるもののこの分野の国際競争力は依然として欧米に比べて弱いので、臨床応用、創薬など出口を見極めた戦略目標の設定を検討する時期にある。
 さらに、本邦発の独創的な研究成果は論文ばかりでなく、特許としての価値も高いと思われるので、特許の支援体制を充実すると共に、特に基本特許となる重要特許については、調査、支援の強化や実用化に向けた橋渡しなど充分なフォローをJSTが実施すべきと考える。

1.CREST研究領域:量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出

戦略目標:情報通信技術に革新をもたらす量子情報処理の実現に向けた技術基盤の構築
研究総括:山本 喜久

評価点:戦略目標の達成に資する十分な成果が得られた

講評:
 本研究領域では、ミクロの世界で観測される量子力学的現象を制御し、記憶・演算・通信などの情報処理を行うシステムへ展開していくための基盤となる新しい技術の創出を目指し、発足した。未知・未開拓の研究領域でもあるため、光・電子・原子・原子核などさまざまな系を対象として、量子効果に基づく基本的なデバイスや多量子ビット化の技術、量子情報の伝送技術や中継技術、さらにそれらの基盤となる要素研究、例えば量子もつれ現象の制御・観測に関する研究等に関して、シミュレーションを含めた実証的な研究を行った。その結果、量子鍵配送分野における世界最長、最速単一光子量子健配送方式の実現、量子標準分野での光子原子時計の提案と17桁安定度の実証、量子シミュレーション分野での光フェッシュバッハ共鳴を用いたYb原子の量子状態操作方法の提案と実証など優れた成果が認められる。
 領域全体としては、Nature、 Scienceなどへ成果の発表に加え、物理学分野の最高峰であるPhysical Review Letters(PRL)誌にも多数の論文を発表し、世界をリードする結果を得ている。また、特許の出願、受賞、招待講演など高く評価できる。さらに、未来テーマ開拓研究会など研究領域のマネージメントに工夫をこらしつつ、若手研究者の育成にも貢献している点も評価できる。
 しかし、研究が要素技術に重点が置かれ、「システムの実現」という点では必ずしも十分とはいえない。換言すれば、この分野は物理学と情報科学との連携が重要であるが、本領域がどちらかというと物理学に偏っていることが感じられ、情報科学的な展開についてはさらなる努力が必要であると思われる。

2.CREST研究領域:脳の機能発達と学習メカニズムの解明

戦略目標:教育における課題を踏まえた、人の生涯に亘る学習メカニズムの脳科学等による解明
研究総括:津本 忠治

評価点:戦略目標の達成に資する十分な成果が得られた

講評:
 本研究領域は 戦略目標「教育における課題を踏まえた、人の生涯に亘る学習メカニズムの脳科学等による解明」に向けて脳科学研究を土台に学習・教育や脳神経疾患の治療への展開を図ろうとする極めて挑戦的な取り組みを実施している。基礎的な脳科学研究と教育・学習や脳疾患の治療には大きなギャップがあるのが現実であるが、本研究領域は「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」とブレークダウンし、適切な研究課題を選択したことで、Cell、Nature、Scienceなど国際的に評価の高い雑誌へ800報を上回る発表や、新聞等のメディアへの発信等、学術研究として高い成果を得ており、脳科学研究と人間の学習の間を繋ぐシーズを見出し育てることに意義があったと評価したい。
 しかし、社会的に要請の強い育児や教育における脳科学的指針を提供し、教育現場に生かし問題解決に当ることや精神・神経疾患の新たな治療法や予防法の開発に繋げるには更なる研究の進展が必要とされる。また、学校等の教育現場でのいじめ、非登校等の社会的な問題解決のためには、学習メカニズムの解明等の本領域の研究成果を反映させる努力が必要とされる。教育現場からの情報提供や脳科学研究者と教育現場の教師との情報交換を緊密にし、より具体的な教育指導法の提供といった努力がなされるべきである。
 現時点では、これらの成果が発展して20年、30年後に戦略目標に掲げた社会的な成果に大きく近づけるのか否か、的確に判断できないし、上述の個別研究の成果が戦略目標に確実に繋がることを確信させるまでには至っていない。

3.さきがけ研究領域:代謝と機能制御

戦略目標:代謝調節機構解析に基づく細胞機能制御に関する基盤技術の創出
研究総括:西島 正弘

評価点:戦略目標の達成に資する十分な成果が得られた

講評:
 ポストゲノムの時代のニーズに応えて、本研究領域は、細胞内の代謝産物を解析し、細胞機能を効率的に制御することを可能とする基盤的な技術に関して、革新的な技術の芽を創出することを目指して発足した。戦略目標は具体性を持ったものであり、ポストゲノムの流れとして適切なものと位置づけられ、(1)脂質と脂質代謝物の分析技術とその生理活性、受容体、合成酵素(2)細胞内での脂質の働き、脂質膜精製、エネルギー代謝等(3)病気、特にメタボリックシンドロームの発現(4)植物、共生、微生物に関するものと多様な分野にわたって、比較的広範な対象を適切にカバーする研究課題、人材を採択している。 その結果、研究成果は、おおむね研究領域のねらいに合致するものであるが、メタボローム研究に資する新しい分析手法の開発、微生物・動物・植物の変異・発生過程等におけるメタボローム解析を取り入れた研究といった具体的な狙いと一部の研究成果にはやや乖離が認められる。メタボローム解析にはバイオインフォマティックス的なアプローチが必須と思われるが、そのような研究課題が採択されていないことが気になる。
 領域全体としては、学術論文の量と質、メンバーの受賞や昇進等、特に優れた成果を上げているが、特許取得に関しては、研究成果が多い割に少ないように思われる。特許担当者(部署)が、内容を吟味し、特許出願を積極的に支援する体制が必要と考える。本研究領域のカバーする研究分野は医療・創薬関係から植物生産と多様であり、これら研究者の相互連携は困難であるが、それぞれの分野で研究基盤の構築に貢献しており、全体としてわが国の代謝制御研究のこれからの発展の芽を人材、研究成果両面でしっかり育て、生活習慣病対策を含む国民の健康向上への基盤を築く成果があったと評価する。

4.さきがけ研究領域: 光の創成・操作と展開

戦略目標:光の究極的及び局所的制御とその応用
研究総括:伊藤 弘昌

評価点:戦略目標の達成に資する十分な成果が得られた

講評:
 本研究領域では、光の本質の理解、光に関わる新しい現象・物性の解明、光の制御と光による物質の制御に関する新しい概念・手法の探求などに関して、これまでにない革新的研究を行うことを目的として発足した。そのための研究分野として(1)超短光パルスの展開と物質制御、(2)量子情報処理の基礎となる量子光学の深化、(3)ナノサイエンス・テクノロジーを活用した新規光学素子・材料の開拓の3分野に焦点を絞り研究課題を採択している。具体的には、超精密原子分光のための高Q共鳴器、オクターブRaman周波数コム、光記憶材料中のフォノン追跡、プラズモン機能素子、分子挙動観測用位相制御X線パルスビームライン、高純度エンタングルメント光源開発、超高感度干渉計の揺らぎ制御等の独創的な課題に挑戦し、新たな原理の発見、方法論の創出や革新的な技術展開の契機となることが見込まれた。
 その結果、光パルス発生、量子光学、および新規材料・デバイス等の理論から実験まで、広範囲な取り組みがなされており、すぐれた成果を得ている。中でも、フェムト秒短光パルス応用やテラヘルツ波発生に関して、日本の層の厚さを示す成果を得ており評価したい。
 本研究領域を通して、国内に研究基盤を持つ参加若手研究者は、確実に成果を挙げつつ視野を拡大し、長期的な視点を持った研究へと展開しつつあるように見えるので、今後、将来の社会・経済の価値創出に繋がる発展を期待したい。

5.さきがけ研究領域:構造制御と機能

戦略目標:プログラムされたビルドアップ型ナノ構造の構築と機能の探索
研究総括:岡本 佳男

評価点:戦略目標の達成に資する十分な成果が得られた

講評:
 本研究領域は、目的通りに設計しプログラムすることのできるボトムアップ型のビルドアップ・ナノテクノロジーの確立を目指して発足した。具体的には、原子・分子レベルでの制御によりナノサイズの物質・組織・空間などを創製し、必要な分子構造・空間構造・テンプレート構造・デバイス構造などを、さまざまなスケールで起こる現象と結びつけて設計し構築するプロセス、およびその応用を目指した機能探索などの研究を推進した。研究課題は萌芽的新手法とその機能創出に焦点を絞り、多数の応募者から、無機系6、有機系13、バイオ系9、高分子系9の合計37件を採択した。いずれも極めて独創的でチャレンジングな研究であり、優れた研究成果をあげている。例えば、(1)数ナノメートルの電極間距離を持つナノギャップ電極を作製する微細加工技術の確立と、この電極を用いて分子の数と種類が識別できることを実証、(2)ゲル中で化学振動反応によりゲルが周期的リズムで伸縮振動を繰り返すことを見出すとともに、自立歩行や物質輸送能を備えたゲルの識別に成功、(3)水素吸蔵Pd-Cu合金において、水素を吸蔵することにより合金中で両金属が規則的に配列することを初めて見出す、等があげられる。
 領域全体としては、400編を越える論文を発表すると共に、文部科学大臣表彰若手科学者賞10名、日本化学会進歩賞8名等の多数の表彰を得ており、また研究終了時教授に8名、准教授に3名さらに昇進している。このように研究成果のみならず若手人材育成といった面でも成功している。“本領域の25件の特許出願が特筆すべきこと” としてまとめられているが、重要特許については特許専門家による内容の精査、調査の継続(特に基本特許になりうるか、)などが望まれる。
 これらの成果が直ちに社会に還元される見通しは立っているとは言えないが、今後要求される様々な構造体構築の基礎を与えるものであり、将来の日本の産業発展へのポテンシャルも高いと判断される。

6.さきがけ研究領域:生命現象と計測分析

戦略目標:新たな手法の開発等を通じた先端的な計測・分析機器の実現に向けた基盤技術の創出
研究総括:森島 績

評価点:戦略目標の達成に資する十分な成果が得られた

講評:
 本領域は、生命現象の解明のために必要な新たな原理や手法に基づく計測・分析の技術に関して、革新的技術の芽の創出を目指す研究を展開することを目的として発足した。その目的達成のため、本領域においては生命現象のダイナミクスを解析すると明確な選考方針により、多岐にわたる研究課題を採択した。その結果、いずれの課題も独創的で優れた研究成果を達成している。
 領域全体として、Nature等の一流国際誌への論文発表のみならず、特許出願を推奨し、多数の特許出願がなされ、戦略目標、研究領域のねらいは達成されたと評価したい。文部科学大臣表彰若手科学省、日本学術振興会賞等の多くの受賞や、昇給異動も多く、人材育成面でも評価できる。
 個々の研究課題では、新しい1分子生物学的手法の開拓による生命現象の過程としての蛋白質翻訳機構の解明、新しいアイディアによる超分解能光学顕微鏡の開発、高圧力下での蛍光顕微観察を行える顕微鏡を開発し、タンパク質の構造と機能が変調されることを実証する等、社会的インパクトの強い優れた研究成果が多数得られた。
 突出した成果が生まれる可能性のある挑戦的研究者を採択して、困難な問題に挑む気風を育てることも「さきがけ」の一つの在り方であろう。その視点から本さきがけ研究領域はしっかりとした成果を上げたと評価出来ると同時に、将来の先端的計測技術開発の芽を育てたと評価できる。更に、総括の熱意を持った指導のもと、学問への挑戦的気風が育まれ、人材育成の面からも将来大きく成長する芽、土台をしっかり育てたと高く評価する。

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