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平成21年度CREST領域事後評価報告書
研究領域「テーラーメイド医療を目指したゲノム情報活用基盤」

1.総合所見

現代医療の重要な課題とされるテーラーメイド医療の実現を目指した本プロジェクトでは、個人の遺伝情報に基づいて医療を提供するための基盤情報を得ることで、大きな成果を上げた。新たな肺がん遺伝子など50余の疾患遺伝子の同定は新たな診断技術開発と治療法開発のための有効な知見と言える。SNPに基づくゲノムコピー解析の開発、ゲノムワイドな「copy number variation(CNV)」のマッピングの作成や解析法の開発などの診断法開発につながる研究成果も高く評価できる。これらは、トップレベルの学術雑誌で成果が発表されるなどして、国際的にも高く評価された。またいくつかの研究では部分的に国際的な共同研究が進められており、我が国の研究レベルの高さを示す効果があった。
 ことに、プロジェクト後半では、がんを中心に、それまで築き上げてきた研究体制の成果が一気に花開いて、診断面だけで無く、治療面にもインパクトを与えるような結果を得ている。
 また、様々な疾患原因の解明について、その基盤となる情報を生み出すGenome Wide Association Study (GWAS )を実施し、その課題に挑んだ本研究領域の意義は大きい。一方で、生活習慣病は発生機序の異なる疾患が混在しており、遺伝子効果が顕著でないと思われる疾患によっては現状でのゲノム解析技術からは新たな知見を得難いことも明らかとなった。特に生活習慣や環境因子がゲノム情報発現に与える影響を加味すべき研究は難航気味であり、この種の疾患については、今後、更に基礎研究を推進することにより、残された課題を解決するようにとの指摘が得られた。
 適切なチーム構成から一定の期間内に国際的競争力を持つ研究体制を作り、上記のような成果を上げたことは高く評価できる。今後は本プロジェクト研究期間に、米国を中心に開発され、瞬く間に全世界に広がっている次世代シーケンサーを活用したゲノムワイドな研究が進展するものと思われるが、そのような研究を推進する上でも、今回開発されてきた基盤技術や得られた知見が有効に生かされることが期待できよう。

2.研究領域のねらいと研究課題の選考について

①研究領域のねらい
 一次ゲノム情報が解明され、SNP解析技術が進展する中で、本プロジェクトはゲノムワイドな解析からのテーラーメイド医療実現を目指した研究推進をねらった。そのねらいにより、個別の予防、診断、医療を展開させることは、社会にとって有益であり、平成14年から開始されたことはタイムリーであり、適切であった。

②選考方針
 研究課題の対象疾患として、がん、生活習慣病、脳血管疾患、統合失調症、免疫関連疾患など現代医学で重要な疾患を選んでいる。ゲノム情報をもとに、テーラーメイド医療を実現する為に、多因子疾患の遺伝要因、環境要因の解明とそれに基づく診断、予防、治療、QOLの向上を目指す研究課題と、新たな高効率ゲノム情報解析技術の実現に向けた課題を採択した。課題の中にはチャレンジングなものもあり、適切である。
 選考において、1) 患者データ(サンプル)の収集状況、2)解析に用いる手法、3)インフォームドコンセント、4)研究機関内の倫理審査委員会の状況を考慮に加えたことが、いくつかの疾患に対してはGWASの成功に繋がったものと考えられる。

③領域アドバイザーの構成
 領域アドバイザーは、分子遺伝学、遺伝疫学、遺伝子検査臨床応用、分子生物学に関する専門家がそれぞれ選ばれ、そのバランスもよくとれている。公開シンポジウムなどでも、総括のもとでアドバイザーの活動が適切に計画され、運営の方法も優れたものがあったと高く評価出来る。

④採択された課題の構成
 採択された課題は、疾患発生リスクに関する遺伝子(型)の探索が11課題であり、遺伝子解析技術の開発が2課題である。前者11課題では悪性新生物(神経芽腫、肺がん、大腸がん)、高血圧、脳動脈瘤、糖尿病、関節リウマチ、パーキンソン病、統合失調症、同種造血幹細胞移植を扱い、主要な疾患を対象で構成されている。
 しかし、当初募集要項にあった感染免疫の分野が十分にカバーできていない感がある。
また、技術開発部分では、意図通りの応募が無かったことが考えられる。これは、経済産業省の研究に比べて、アカデミックなスタンスが顕著なCRESTの性格が影響しているかもしれない。

3.研究領域のマネジメントについて

①研究領域運営の方針
 本プロジェクト開始から終了まで、7年間という比較的長い研究期間で、変化の激しい分野に有り、根本を抑えつつも、柔軟な領域運営を行った。その結果、中間評価以降に、急速な進展が見られ、新たな研究成果が多数得られている。

②研究進捗状況の把握と評価
 研究進捗報告会、中間評価会、公開シンポジウム、サイトビジットなど領域のマネジメントは非常に適切に行なわれた。そのつど問題を適切に指摘し、問題解決に努めてきた姿勢は評価出来る。

③課題間の連携の推進
 いずれの研究チームもオリジナリティが高い研究を実施しているため、発表前の情報提供や連携は困難であったと理解できる。開発したソフトウェアの利用などの点については、連携が十分では無かったよう思われるが、権利関係を配慮するとやむを得ないかもしれない。また、GWASの実施にあたっては、各研究チームが独自に実施したとのことであるが、測定機材を共有したほうが研究費の有効使用に役立ったと考えられる。

④研究費の配分
 当初の研究費の配分に大きな問題はない。プロジェクトの研究実施期間はインフォームドコンセントが重要となってきた時期であり、対象者の募集には対象者へのインセンティブ、説明同意のための人員配置を必要とするし、Genotyping にかかる費用等を考えれば適切な研究費と思われる。
 しかし、CRESTレベルの研究費(研究室レベルでは巨額)を配分する際には、研究が進む中で、研究の内容と進捗状況を吟味して、課題間でもう少しメリハリを付けても良かったのではないか。一般論であるが億単位の研究費からは「impact factor」の高い論文を発表するか、あるいは社会的インパクトの高い成果を上げる責務が伴うことが意識されるべきであろう。
 上記の観点から総じてマネジメントは優れていたといえる。

4.研究成果について

①研究領域のねらいに対する成果の達成度
 テーラーメイド実現のための基盤情報を得、基盤技術開発に資するという点では高く評価できる。いくつかの疾患でGWASが実施され、日本人における疾患原因の候補遺伝子が見つかったこと(または見つからなかったこと)は意義のあることである。強く疾患に関連する遺伝子型が見つかるかどうかは、どれだけ特定のサブグループの割合が高いかにも依存する。一般的に生活習慣病の解析のように、発生機序や発生要因において不均一な疾患が多数存在し、最大のサブグループの割合が小さくなるにつれて検出力が低下する。本プロジェクトでは、さらに、環境因子の遺伝子環境交互作用を意識した研究が実施されたことは前進と思われる。ただ、現実的には、交互作用が有意となるためには、環境要因曝露者の割合、遺伝子型のマイナーアレルの頻度、交互作用の強さ、対象者数、疾患の均一性によって規定されるため、必ずしもうまく検出されるわけでない。
 一方で、テーラーメイド医療を目指したゲノム情報として、小児神経芽腫、B細胞リンパ腫、骨髄異型性症候群の発がんの原因遺伝子の同定等、国際的にも高い評価を得た成果をあげた。現実の医療現場にもEML4-ALKを標的にした肺がん治療法の開発等臨床応用にまでいたった点等高く評価出来る。
 また、ヒトゲノムCNVのゲノムワイドなマッピングの作成、高核酸シャペロン活性を有する高分子材料の開発など多数の優れた成果を排出した。
 20世紀の集団を対象としたマス医療から、21世紀のゲノム情報に基づいた個人を対象としたテーラーメイド医療実現を目指すという研究領域のねらいは、当初の予想以上の成果を上げたと考えられる。当初のねらいに対して、「出来ることと出来ないこと」が明確になったので、テーラーメイド医療の提供について実現の可能性をメッセージとして、広く伝える努力が、今後この分野の科学技術の進歩に大きく貢献をするものと考えられる。
例えば、従来に比べると一桁上の患者数で、ゲノムワイド相関解析に真正面から取り組んだが、このレベルの解析では、否定的な結果、すなわち、はっきりとした疾患感受性遺伝子が見出されないことも、意味のある結果となる。高血圧で、目だった疾患感受性遺伝子が見出されなかったことは、発症頻度を1.3-1.5倍にするような頻度の多い多型は日本人の中に存在しないことを示している。この結果は、諸外国での結果とも一致しており、今後の研究の方向に大きな示唆を与えているので、強調すべきである。

②科学技術の進歩に資する成果
 CNVや新規疾患遺伝子の知見とそれに基づく技術開発で大きな貢献をしている。GWASがいくつかの疾患について実施され、その有用性と限界が判明したことの意義は大きい。GWASといえども、すべて遺伝子多型が測定されているわけではなく、アレル頻度は民族により違いがある。今後、無駄な遺伝子多型を含まないよう、いかに効率よくGWASでの遺伝子多型を選別していくかという、戦略が必要となろう。パーキンソン病においてもゴーシェ変異を持つサブグループが特定された。多要因疾患の中で均一な特性を持つサブグループを同定することは、予防、診断、治療に非常に役立つものである。今回、日本人で行われたいくつかのGWASは日本人にとっての遺伝子多型選択の基礎資料としても価値は高い。

③社会的及び経済的な効果・効用に資する成果
 SNPのタイピング等に関して、いくつかの技術開発を行い、成果を得た。開発された技術のいくつかは、今後、応用されて実用化されて行く事が期待できる。
 また、テーラーメイド医療の実現が簡単ではないが、そのための研究が着実に成果を上げているという発信がなされた。現実には、確立した数個程度までの遺伝子型検査を数人単位で検査できる方法が必要である。医療現場で安価簡便に行いうる検査方法の確立に、寺前ら、丸山らの研究は役立つものである。
 今回の研究の中から、ALK阻害剤による肺がん治療、抗てんかん薬zonisamideによるパーキンソン病治療が新たに見出された。これだけでも研究費を上回る経済効果がもたらされることが予想され、他の研究成果についても、今後の経済的な価値に結びつきうる結果が得られている。本プロジェクトで研究開発されてきていくつかの技術は産業界に注目されるものであり、社会的に大きなインパクトをあたえるものである。


5.その他

①本研究領域はトップダウン型研究事業として期待にこたえる成果をもたらした成功事例であろう。個々人の遺伝情報に基づいた治療という夢を実現するために、次世代シーケンサーが開発されてきている中で、再度このような領域をたちあげることを検討してもらいたい。CRESTで行うかどうかに関わらす、せっかく形成されたゲノム医科学のネットワークをこれで終わらせずに、さらに拡充発展させる方策が必要であろう。

②本研究領域の研究成果と元となったDNAなどの検体は、今後の研究にも有効利用できるものである。各研究チームが共同研究の実施により有効利用することが望まれる。各施設で保管が困難な状況になれば、他の施設に移管してでも活用すべきであろう。

③アカデミアにおける技術シーズの開発と、上市するまでの製品開発のギャップは、特に医療関係機器開発で言われているが、研究用技術についても問題が存在することが今回明らかになった。技術開発対象が、ゲノムワイドSNPタイピングなど大規模化していること、先行技術がデファクト標準を獲得していることなどが、ギャップを広げる要因となったと考えられ、今後解決すべき課題といえる。


6.評価

(1) 研究領域としての戦略目標の達成に資する成果

(1-1) 研究領域としてのねらいに対する成果の達成度
特に優れた成果が得られた

(1-2) 科学技術の進歩に資する研究成果
特に優れた成果が得られた

(1-3) 社会的及び経済的な効果・効用に資する研究成果(除く、さきがけタイプ)
十分な成果が得られた

(1-4) 戦略目標の達成に資する成果
十分な成果が得られた

(2) 研究領域としての研究マネジメントの状況
特に優れたマネジメントが行われた

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