戦略的創造研究推進事業HOME評価CREST・さきがけの研究領域評価戦略的創造研究推進事業における平成21年度研究領域評価結果について > 研究領域総合評価

研究領域総合評価

総合所見

 JSTの戦略的創造研究推進事業は、我が国の科学技術政策や社会的・経済的ニーズを踏まえて文部科学省が定めた戦略目標の実現に向けて目的基礎研究をトップダウン型に推進する事業で、産業や社会に役立つ技術シーズの創出を目的として先導的・独創的な研究が推進される。戦略的創造研究推進事業において設定される戦略目標は、過去、研究分野を比較的広範囲に包括したものだったのに比べ、近年はかなり具体的に示されるようになり、その達成目標や目標設定の背景および社会経済上の要請、科学的裏付けが詳細に提示されるようになってきている。本年度評価対象となった平成14年度スタートのCREST研究領域は、まさにこの具体的に示された戦略目標のもとで募集された研究領域である。従って、具体的に示された戦略目標に対して、研究総括による研究領域のねらいに沿って選考・採択された課題により構成された研究領域の妥当性、達成状況、マネージメント等に関する評価が、より透明な形でなされる時期にきたと言える。戦略目標の下に、取り組むべき研究を絞り込んで研究領域とそのねらいを定めるに当たっては、研究総括の考えが十分に盛り込まれる必要がある。研究領域の優れた運営を可能にするためにはそれが不可欠であり、更にそれが研究領域としての優れた成果に結びつく。そのような観点からは、今回の評価対象の研究領域では、領域の設定は比較的うまく行われていると評価できる。
 戦略目標の達成に向けた研究領域としての研究の中から、科学技術上のブレークスルー、世界をリードし国際競争力の強化に資する革新的技術、研究開発を推進するのに必要な基盤的な成果が生み出されることが重要である。戦略目標や研究領域がより具体的に示されると言っても、短期的な目に見える成果に偏することなく、科学技術に大きなインパクトを与え将来のイノベーションにつながる優れた基礎研究が高く評価されなければならない。
 本年度終了したCRESTとさきがけ4領域について、上述の視点で総合評価を行った。その結果、CRESTの糖鎖領域では実用化を睨んで具体的なアプローチにはいっているものもあり、医療への展開にむけた糸口を見出すことができたと言える。CRESTのテーラーメイド医療領域では、癌、パーキンソン病などの難病への取り組みが進んだと評価できる、また、CREST/さきがけ混合型のシミュレーション領域では、これから5年先10年先を見据えたシミュレーション技術の重要な基盤を作ることができたと言える。さきがけの構造機能の領域では、若手の自由な発想を育てるマネージメントが注目すべき人材の育成と多くの成果に繋がっていると評価できる。研究領域毎に問題点の指摘はあったものの、難度の高い研究成果を上げており、研究領域の運営は全般的に極めて良く行われたといえる。

 国が戦略目標を定め、それを基に研究領域が定められるという戦略創造研究推進事業の中では、戦略目標がより具体的に示されるようになると研究領域は戦略目標から明確に設定される。従って、領域事後評価においてはその戦略目標自体の妥当性も議論されるべきであろう。
 また、研究領域から、イノベーションに繋がる技術の基が創出され、将来の実用化に展開されていくことが重要である。今回の評価対象のCREST研究領域において、個々の研究成果のレベルは高いが、その多くにおいて、それらの成果を今後どのように展開させ、将来の実用化までを目指しているのかが見えにくい。戦略目標や研究領域の策定を含めて、長期的な展望や戦略が重要であると考えられる。追跡評価などのフォローアップの役割も今後一層重要となると考えられる。

CREST研究領域:糖鎖の生物機能の解明と利用技術

戦略目標:がんやウイルス感染症に対して有効な革新的医薬品開発の実現のための糖鎖機能の解明と利用技術の確立
研究総括:谷口 直之

評価点:十分な成果が得られた

講評:
 本研究領域は、糖タンパク質、糖脂質、プロテオグリカンなどの分子群の中で、特定の糖鎖の生体内標的分子を同定するとともに、糖鎖による標的分子の機能変化を解析し、糖鎖の新たな機能の発見を目指した。そのためには糖鎖超微量分析技術や情報伝達のダイナミックな変化を可視化する技術の開発も重要であり、そのための基礎的研究とともに、がん、および2型糖尿病等の生活習慣病、ウイルスや細菌による感染症などの医薬品開発につながる基礎的研究などを対象とした。
 本研究領域では、生物学における糖鎖機能の重要性を踏まえ、全体として質の高い研究成果が得られている。ことに各研究課題においては、GPIアンカーの機能解析やGM3の機能解析を基盤とした疾患の病態解明、汎用性の高い分子間相互作用解析技術であるEMARS法の開発など独創的な研究がなされており、臨床応用への波及効果が見込める非常に多くの成果が得られたと言える。また、研究課題選考時に基礎研究と応用研究のバランスも重視する方針であったためか、医薬品開発のための基盤技術が実用化のための具体的プロセスに入っているものとして、抗インフルエンザ、先天性GPIアンカー欠損症、すい臓がんのマーカー、2型糖尿病の診断・治療など多数あり、将来の社会貢献が大いに期待される。結果として個々には大変に優れた成果を挙げ、医療応用に展開するものもあったことは高く評価する。
 但し、全体として今後10年、20年後に本事業の成果が大きく社会還元されるかは現時点では未知数である。また「がんやウイルス感染症に対して有効な・・・・」という目標に、本事業の成果を生かして一体となって今後の糖鎖機能解明研究の戦略を打ち出せれば、この分野の潜在力はより強固なものになるであろう。「世界トップレベルにある」という主張を、より明快な戦略性を持って世に問えば糖鎖科学全体の支援につながるものと思う。

CREST研究領域:テーラーメイド医療を目指したゲノム情報活用基盤

戦略目標:個人の遺伝情報に基づく副作用のないテーラーメイド医療実現のためのゲノム情報活用基盤技術の確立
研究総括:笹月健彦

評価点:十分な成果が得られた

講評:
 本研究領域は、ゲノム情報を活用した創薬、個々人の体質に合った疾病の予防と治療(テーラーメイド医療)の実現に向けて、1)疾患遺伝子の同定、2)生活習慣病の解明、3)治療に対する反応性の研究、4)ゲノムマーカーの標準化、5)ゲノム情報解析手法の開発をテーマに設定した。また、テーマにはそれらの基盤となる新たな高効率ゲノム情報(SNPs)解析技術の実現を目指した研究等も含まれる。
 本研究領域は、国際的に最も活発な領域であり、競争が激しく国際的に目に見える成果を出して行くのがきつい分野である。その中で、がん、生活習慣病、脳血管疾患、統合失調症、免疫疾患など多くの重要な問題に、ゲノム情報との連関性を分析し、診断、予防、治療などへの指針を明らかにするなど、いくつかの研究テーマではインパクトファクターの高い雑誌に多くの論文を発表し、学術的に、また国際的にも大きな成果を上げている。とくに疾患遺伝子の探索では相当良い成果を上げており高く評価できる。
 一方、先端的基盤技術を掲げているものの、全体に疾患感受性遺伝子の探索に関する研究レベルにあり、それをテーラーメイド医療の基盤技術にまで展開する課題が少ない。この分野の中核であるSNP解析技術の開発に関して2課題が取り上げられているが、日本発の技術を目指す意図は評価するものの、これらの課題が目指した技術が世界の大きな流れの中でしっかり発展し、広く利用されるに至る将来性を持っているかは疑問が残る。
 しかしながら、SNPsが個別化医療の重要な要素の一つであることには変わりがなく、得られた成果を他の知見と統合させて、戦略目標で目指した革新的な医療へと発展させるためにも成果の利用に関する今後の取り組みが重要となろう。

CREST/さきがけ混合型研究領域:シミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築

戦略目標:医療・情報産業における原子・分子レベルの現象に基づく精密製品設計・高度治療実現のための次世代統合シミュレーション技術の確立
研究総括:土居範久

評価点:十分な成果が得られた

講評:
 本研究領域では、医療・情報産業における精密製品設計・高度治療実現のために計算科学として先進的分野を特定し、計算科学と情報科学の融合という視点の下に、原子分子レベルからマクロ現象に至るさまざまな現象を統合的に扱えるシミュレーション技術の確立、データベースシステムの技術の確立、また計算手法の革新的アルゴリズムの開発などを目指して、シミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築に貢献するということに重みを置いて研究が進められた。
 研究領域では、個々の研究テーマについては心臓シミュレーション、粒子線治療シミュレーション等、医療に直接関係する課題で優れた成果があり、また、数値計算精度保証アルゴリズムの確立は革新的シミュレーション技術に繋がる成果であり、計算科学の新たな課題を切りひらいたものが多く、研究全体として優れた成果を挙げていると評価できる。この研究領域は、チーム型研究(CRESTタイプ)と個人型研究(さきがけタイプ)を同時に実施した混合領域であり、研究者の交流の促進、中間評価によって発展が期待できる課題への研究費配分の工夫などがなされ多くの優れた成果が得られている。研究論文もCRESTではチーム当たり100編近くだされているが、特許が(47件)少ない点は多少気になる。
 一方、本研究領域に関して難を言えば、医療からバイオ、材料設計、ソフトウェア基盤と幅広い分野のシミュレーションを行っているが、領域としての相互の情報交換・連携については必ずしも十分とは言えない。また、本事業の主要な成果物が研究レベルのソフトウェアであることを考慮すると、本事業終了によってその発展が途切れることは我が国の科学技術推進の観点から大きなマイナスである。開発されたソフトウェアはそれを研究開発したグループが使用するばかりではなく、広く産業界も含めた我が国のシミュレーション研究コミュニティに利用されることによって真に実用化の段階になるので、利用価値の高いものに関しては、ここで中断させることなく、実用化を視野に入れた研究を継続・発展させることが望まれる。そのためには成果の展開を研究実施者に任せるのではなく、事業戦略的な視点をもつプログラムオフィサー等を配することなどによって、事業終了後のテーマの仕分けと今後の発展を継続的におこなうような仕組みを考えるべきである。

さきがけ研究領域:構造機能と計測分析

戦略目標:新たな手法の開発等を通じた先端的な計測・分析機器の実現に向けた基盤技術の創出
研究総括:寺部 茂

評価点:十分な成果が得られた

講評:
 本研究領域は、新規な発想に基づく先端的な計測・分析機器の実現に向けた基盤技術を創出するために、既存の方法の新分野への展開や飛躍的性能向上に繋がる研究、新規な化学反応を利用して簡便で実用性の高い優れた分析法を開発することを対象として実施された。
 本研究領域では、有機・生体材料の微量分析、界面分析に焦点を当て、多数の研究成果が上がっており、既存の装置の改良、機器・器具の複合化に類する研究が少なくなかったが、適用範囲や応用分野の拡大に繋がるという点で達成状況は相当程度に高いといえる。また、採択課題の分野別では、物理系、生命系が多く、化学系が少ないことが目立ち、分野によって大きく異なっている点については、採択基準によるのか、分野の事情によるのか検証が必要である。また、当初掲げられていた試薬や前処理法等の研究開発に関しては研究内容から関連する課題があるが、ソフトウェア開発などの課題が無かったことは残念であった。
 一方、新規なアイデアに基づく先端的な計測・分析機器の実現を狙った本研究領域からの成果で、新たな技術開発として発表論文数が9.8件/人であるのに比べ、JSTが権利化のための支援を行っていたものの特許出願数が46件で1.6件/人であることは、研究者の意識改革や研究評価基準の改革などを含め、もっと知的所有権の重要性を十分認識させる配慮が成されるべきである。
 さきがけ研究では、確実性よりも若い研究者の独創的な発想に基づくハイリスク・ハイリターンの挑戦的な面を重視しており、いくつかの創造的で優れた成果が研究領域から挙がっているのであれば十分に成功と言うべきであろう。さらには物理学、化学、生物学という異分野の若手が集まり相互に知り合ったことで、将来新しい融合の芽が生まれ、次世代を担うリーダーが輩出することを期待したい。

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