戦略的創造研究推進事業HOME評価CREST・さきがけの研究領域評価戦略的創造研究推進事業における平成20年度研究領域評価結果について > 研究領域「量子と情報」事後評価

研究領域「量子と情報」
事後評価

1.総合所見

 本領域「量子と情報」では、情報通信技術に革新をもたらす量子情報処理の実現に向けた技術基盤の構築と新しい原理による高速大容量情報処理技術の構築を柱として進められた。
 自然現象の本質に迫ろうとすると、電子、光、原子などの量子としての性質を理解することが不可欠となる。さらに、量子の性質を観測、制御、さらには記憶することにより、量子情報処理へ発展させることが期待されている。このような量子情報処理のコンセプトは、1980年代に生まれ、2000年前後から非常に活発に研究されるようになり、現在、日米欧などで大型プロジェクトが推進されている。それらのプロジェクトの目指す世界は、従来情報処理技術では苦手としている気象、知能、社会現象など、大規模で、複雑かつ曖昧さを持つ現象に対して、より高速かつ的確にシミュレーションを行い、そのメカニズムを解明し、さらには、その解決策を引き出すことを可能にするものである。このように、プロジェクト自体、従来のコンセプトを根底から覆すもので挑戦的な研究分野である。しかし、研究自体が萌芽期にあるため、現在、研究の方向性すらも模索している状況にある。
 本領域では、3期15課題が採択された。各課題は、領域総括の見識と指導力によって精力的な活動を展開するとともに、領域アドバイザーも含めたチームとしての連携を構築し、短期間で世界に通用する成果を上げ、この研究分野での日本のステータスを飛躍的に高めたことは評価できる。また、量子情報処理技術がシステムとして実現するには、さらに20年30年の年月を必要としており、ここで育成された若手研究者が、今後の量子情報研究の大きな牽引力になることが期待される。また、ここでの成果は、基礎分野に限ることなく、ナノ加工技術や微小領域観察技術に直接貢献できる成果も生まれており、様々な形態で広範に貢献できる成果を上げられたことも評価できる。
 今後、本領域「卒業生」がその次の世代を担う後継者を育成し、「量子情報」が萌芽期から黎明期へと発展し、これまでのコンセプトを根底から覆すような世界が近い将来訪れることを期待する。

2.研究課題の選考

 本領域で採択された研究テーマは、量子情報理論など基礎的な研究分野をはじめとし、量子ビットの実験的研究など多岐に渡っている。その中で、約半分が理論研究であり、他の物理系「さきがけ」に比べて多数であることは特徴の一つである。理論研究では、量子力学の基本を解き明かそうとするテーマ、あるいは、新しい量子通信方式の提案を目指したテーマなどが進められ、一方、実験研究では、量子ビットの実現、観測、制御に向けた基礎研究が行われた。いずれも、量子情報システムを実現する上での最重要課題の一つではあるが、量子情報システムのアルゴリズム、回路構成についての課題も取り上げられていると、チームとして理論研究と実験研究の融合が図られたように思う。
 今回採択された課題の中には、冒険的・挑戦的なものも多く見受けられる。課題の選考に当たって、その提案のポテンシャルを判断基準にすることは基本であるが、「さきがけ」の場合、単に個人研究の集合体ではなく、チームとしての相乗効果も期待される。それを実現するためには、様々な視点を持つ人材を集めることが重要である。また、チームの構成では、挑戦的な課題ばかり採用すると、成果の創出に時間がかかり、チームとしての士気低下、疲労感が懸念される。その一方、比較的見通しの良いテーマを選ぶと、ありふれた成果ばかりになり、達成感の不足、消化不良となり、将来の研究者育成と言う観点からは好ましくない。今回採択された課題は、挑戦的な課題と比較的見通しのよい課題とのバランス、また、複数の企業研究者もチームに加わり、異なった視点を持つメンバーの結合体として効果があったと思われる。

3.研究領域の運営

 「量子と情報」は、新しい研究領域へ挑戦的なテーマであり、現時点では、明確な将来への見通しがあるわけではない。そのような状況の中で、課題を的確に進めるためには、研究者の確固たる信念と共に、他の研究者からのアドバイス、サジェスッションに対してオープンであることが求められる。そして、お互いの信頼と尊重とを醸成させることが成果の創出に不可欠である。今回の研究領域の推進では、CREST「情報通信技術に革新をもたらす量子情報処理の実現に向けた技術基盤の構築」と連携し、さらに、その中核メンバーをアドバイザーとして採用したことが、チーム活性化に大きく貢献したと言える。プロジェクト期間中、研究総括、課題担当者、さらには、領域アドバイザーが、合宿形式の研究会を年2回行い、各課題の進捗把握を行い、適切な方向修正、相乗効果の創出などの点に効果を上げた。実際、領域アドバイザーとの議論の中で、当初計画を大胆に転換し、大きな成果をもたらした課題もある。
 研究費に関しては、単に、希望額を配算するのではなく、成果のインパクト、将来性などの観点で、領域総括の裁量により追加配算した課題もあり、さらに、その課題が顕著な成果を上げている点も評価できる。
 一方、全課題の約半分を占める理論研究に関しては、研究の性格上、多額の研究費を必要としていないが、理論研究を推進する上で、内外の研究者と議論が不可欠である。たとえば、理論研究者には、数週間から数カ月の海外研究機関での滞在研究を可能とすることができていれば、課題としての成果だけではなく、課題終了後の研究活動においても研究推進の駆動力になったと思われる。

4.研究成果

 また、本研究領域では、量子情報を柱として進められ、その基礎科学技術の進歩に貢献する成果が多数発表された。また、量子ビットの観測や操作など、将来の量子情報処理技術に不可欠な基本量子デバイスに繋がる成果も得られ、科学的意義は非常に大きいと判断される。さらに、いくつかの課題では、量子情報に限らず、他の分野への展開可能な技術も追求され、その成果は、ナノテクノロジーや計測装置開発等へ貢献できる成果も得られ、社会的・経済的な効果も得られた点も特筆に値する。
 量子情報は、既存の情報処理概念を根底から覆す壮大な研究領域であり、短期的な視点ではなく、長期的な視点でサポートすべきテーマである。本研究分野は、まだ萌芽期であり、また、研究テーマを何に設定すべきか、という点でも模索している段階ではある。そのため、5年間という限られた期間では成果を出しにくいにも関わらず、挑戦したことは評価できる。特に、ここでの一番の成果は、単に優れた研究成果の達成と言うだけではなく、世界に通用する研究者を育成した点である。今後、ここで育った人材が、量子情報はもとより、様々な研究を通して日本の研究開発競争力の向上に貢献することを期待する。

5.評価

(1) 研究領域としての研究マネージメントの状況
十分なマネジメントが行われた。

(2) 研究領域としての戦略目標の達成に資する成果の状況

(2-1) 研究領域としてのねらいに対する成果の達成状況
十分な成果が得られた。

(2-2) 科学技術上の進歩に資する成果、社会・経済・文化的な価値創出への期待
十分な成果又は萌芽が認められた。

(2-3) 戦略目標の達成に資する成果の状況
特に優れた成果が得られた。

■ 戻る ■