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研究領域「免疫難病・感染症等の先進医療技術」
事後評価

1.総合所見

 免疫、感染に関する研究領域は伝統的に日本による国際的な貢献が大きい領域といわれており、研究者の層も厚くまたCRESTでも事業開始以来、連綿として継続的に支援されている領域である。
 本領域はまた、ライフサイエンスの中でも、治療法や医療面への応用に近い研究領域であり、基礎研究から実用化への連続的な移行、展開が期待されている。このような背景のもとでスタートした本領域研究は、これらの期待に応える十分な研究成果を生んだと評価できる。特に、中間評価の行われた平成18年以降の、後期研究期間に加速的に世界的研究成果の発表が続いたのは、研究総括の卓越したリーダーシップ、非凡な先見性に負うところが大きいと思われる。本研究領域の開始当時の若手の精鋭が、それぞれの研究成果により国際的な評価を得て、日本を代表する研究者に成長しているのはその証ともいえ、特筆に値する。
 研究総括は「遺伝子レベルでの生命現象の解明が進みつつある状況下で、これらの知見を活用した新たな医療技術の創出に向けた先端的基盤技術の探索・創出を進める」というねらいのもとに、「本領域では、目先の『役に立つ』は考えず、『真髄をついた基礎研究は必ず応用に繋がる』、という視点に基づき、創造性に富んだ新たな挑戦をする可能性のある研究を選ぶように心がけた」という選考方針を貫いた。その結果として選定された多くのプロジェクトにおいて際立った研究成果が挙げられたことは極めて高く評価できる。実際、本研究領域をカヴァーでき、さらに連携できる課題と研究者が選択されており、極めて優れた成果が挙げられている。一例を挙げれば、病原体による感染システムを分子レベルで解析することによって、宿主と病原体との関連がより明確になった。さらに、世界を驚かせたヒトiPS細胞樹立の研究や、インフルエンザH5N1ワクチン株の開発等は、全体として世界の科学を主導し、社会的にも大きなインパクトを与えた。一方、一部にはやや不満足なものも散見されることからそれらについては今後一層の展開を期待したい、との意見があった。また、今後我が国が抱える関連研究分野の全体的な課題として、感染予防という観点からは、特異的免疫反応、特に記憶機序の研究などの発展にも期待したい、との意見もあった。
 研究領域全体として, Nature(10件)、Cell (4件)、Science(7件)、Natureの姉妹誌(15件)などを初め、多くの顕著な成果を国際誌に発表し、国際的にトップレベルの研究成果をあげることができた点は、極めて高く評価出来る。
 以上、総合所見としては、本領域設定とその成果は極めて高く評価される。研究総括の卓越した見識とリーダーシップのもと、多くの優れた研究を推進し人材育成にも貢献した、ということから、これほどの成果を収めた研究推進事業は稀である、と言っても過言ではない。

2.研究領域のねらいと研究課題の選考

 研究領域のねらい、選考方針、領域アドバイザーの構成、採択された課題はいずれも極めて適切であった。
 本研究領域のねらいは、前項で述べたように、遺伝子レベルでの生命現象の解明が進みつつある状況下で、これらの知見を活用した新たな医療技術の創出に向けた先端的基盤技術の探索・創出を進めるという明確なものであり、人類を脅かす新興感染症の予防や難病治療に結びつくとともに、科学技術立国を目指す我が国の基幹戦略としてその重要性は極めて高い。
 前述の「目先の『役に立つ』は考えず、『真髄をついた基礎研究は必ず応用に繋がる』」という選考方針は、学問的視点からも、そして社会的視点からも基礎科学の重要性をはっきりと表明したわかりやすいメッセージである。
 領域アドバイザーの面々は、大阪大学の審良教授を初めとして免疫学やウイルス学の分野で国際的にも第一人者であり、iPS細胞が世の中に出る2006年に先立つこと3年前に、萌芽期にあった山中プロジェクト「真に臨床応用できる多能性幹細胞の確立」を選定した先見性は、研究総括の「目利き」の確かさを示している。
 このアドバイザリーボードにより選考された研究者は比較的若手ではあるが、すでに世界的に注目される研究を手がけていた新進気鋭の研究者達であった。彼らと優れたアドバイザーとの組み合わせは絶妙であり、5年間の研究期間に多くの素晴らしい研究成果を挙げ、気鋭の若手が世界の権威に成長した最も重要な要因になったと思われる。
 採択された研究課題は、①病原体としてウイルス、細菌、および原虫の感染ルートに関して、宿主細胞への侵入および増殖の分子機構、②病原体感染における宿主細胞側の細胞/因子を主体とした認識分子、シグナル伝達分子、③ワクチンや抗体による有効な治療法開発に繋がる免疫反応系の基盤研究、④免疫系細胞の活性化に関する正負の制御分子/細胞、⑤ユニークな免疫系/炎症反応系の研究、⑥再生医療に向けた基本研究、等を含み、感染症と免疫疾患の治療をにらんだ基盤研究として、本研究領域をカヴァーしており、採択された分野の構成比率も適当であった。ただ、免疫反応の原点である特異的反応に関わる課題が含まれていないのは残念であり、ワクチンの効果を考えるうえでも重要であるが、これは適切な応募がなかったことを反映しており、本領域選考の問題ではないと考えられる。従って全体的には、研究領域としての役割は全体として十二分に果たされたと考えられる。

3.研究領域のマネジメント

1) 研究領域運営の方針、研究進捗状況の把握と評価

 研究総括の強力なリーダーシップのもとに一貫した運営方針が貫かれ、各研究代表者の中間評価を見ると、非常に厳密に評価しているとともに、前向きかつ生産的なコメントがなされている。例えば、山中プロジェクトについていえば、中間評価がなされた平成18年度12月の時点では、"Takahashi & Yamanaka, Cell, 2006"のマウスiPS細胞の発表がなされた直後であり、ヒトのiPS細胞が樹立される以前であるが、この時のコメントが、「山中らのアイディアと努力で『真に臨床応用できる多能性幹細胞の確立』の可能性が広がって来た。マウスで人工万能細胞が成功したが人ではまだ成功していない。今後、多能性獲得の解明、ヒトへの応用に向けた研究の進展に期待するところ大である。」とあり、いま振り返っても実に的を得たコメントであった。
 また、研究総括の現場訪問などの努力も高く評価される。本領域の進捗状況と成果をみると、応用的視点を見据えながらも基盤研究に重点を置き、拘束されることなく自由な研究が展開できたように見受けられる。

2) 課題間の連携の推進

 研究領域が主催する研究成果報告会において情報交換、進捗状況把握、連携は充分とられていたと考える。研究チーム間の競争と協調、アドバイザーの助言の反映、共同研究者の巻き込みなどを図る仕掛けは見事であった。課題間の連携が共同研究や共著の論文という形でどれ程行われたかどうかは不明であるが、たとえば、病原体の宿主細胞への侵入等に関しては、宿主細胞の特徴や研究方法が必須であり、実際に共同研究が試みられている。

3) 研究費の配分

 研究進捗状況の評価をもとに、当初計画から大きく進捗したチームには増額、進捗状況が芳しくないチームには減額というポリシーが貫かれ、研究費配分は各課題の進捗状況を見ながら積極的に重点配分されて良い意味の成果主義に基づいていた。5年間の総額で、5億以上が5課題、4-5億が2課題、3-4億が7課題と積極的な重点配分がなされている。概ね、大型プロジェクト(年間約1億円)と中型プロジェクト(年間約7000万円)に大別されるが、これらは、研究内容、進行状況、規模などを適切に反映している。

4.研究成果

1) 研究領域のねらいに対する成果の達成度

 前述の本研究領域のねらいに対しては、十二分の成果が得られたものと判断できる。
 『真髄をついた基礎研究は必ず応用に繋がる』との基本姿勢を貫き、基盤研究の重要性と必要性を標榜した領域であるので、医療への直近の効果が顕れないのは予期したとおりであるが、将来の医療の発展に新しい突破口を拓いたことが重要であり、その点を積極的に社会等に説明していくことが必要であろう。
 また、中間評価の後、一気に展開したiPS細胞作製の成功など、本研究領域と一見つながりが稀薄に見えた再生医療分野への支援と科学技術進歩への貢献は、免疫難病・感染症という研究領域の枠にとどまることなく、再生医療だけでなく新薬開発にも革命的なブレークスルーをもたらす世紀の発見である。

2) 科学技術の進歩に資する成果

 事後評価用資料にも記載があるが、
-ヒトiPS細胞の樹立
-高病原性H5N1鳥インフルエンザ、スペイン風邪、エボラ出血熱に関するウイルスの病原性の発現機構の解明
-制御性T細胞を標的とした新しい免疫療法の基盤確立
など世界に誇れる研究成果をあげた。
 ほとんどの研究代表者がこの間、Nature, Cell, Science などのいわゆる国際的なトップジャーナルに論文を発表し、その数は33報に上る。他のCREST にも滅多に見られないインパクトを研究者社会に与えていることは明らかである。このことは、この間の受賞者リストからも窺うことができ、ほとんどの研究代表者が各種学会や財団の賞を受賞している。
 また、実用につながる可能性のある成果として、IL-18を標的とした自然型アトピー症の治療戦略、M細胞標的の粘膜ワクチン、高親和性モノクローナル抗体作成技術などが挙げられる。一連の研究は我が国の科学技術の進歩に大きく貢献した、と評価される。

3) 社会的及び経済的な効果・効用に資する成果

 社会的及び経済的な効果・効用に短期間で直結することが必ずしも容易ではないライフサイエンス基礎研究にあって、免疫、感染は、治療法や医療面への応用に近い研究領域であり国民からの大きな期待を受ける研究であるが、本領域はそれに十二分に応える成果を挙げた。
 例えば、山中チームによるヒトiPS細胞の樹立は、再生医療のみならず、疾患モデル細胞の作出による病態の解明と創薬研究への大きなインパクトを与えた。同時に、本研究の国際的な競争の激烈さを一般紙が連日大きく報道し、基礎研究と応用研究、これに付随する知的財産の問題等、現在の最先端研究の持つ社会的および経済的な影響の大きさ、深さを象徴的に示した研究であった。
 また、河岡チーム自らが開発したリバースジェネティクス法によるウイルス人工合成を駆使し、H5N1鳥インフルエンザ、スペイン風邪、エボラ出血熱に対するウイルスの病原性発現のメカニズムを解明することは、世界的流行(パンデミック)の対策、抑制に寄与する情報を提供し、本法をもとにしたH5N1ワクチン株は、パンデミックに対する重要な防御手段として社会的な期待も大きい。
 このように、本研究領域における研究成果は、社会的経済的な直接効果として全面的に開花してはいないものの、充分にそのポテンシャルを証明しつつある。
 なお、本研究課題のなかで過去5年間に発表された特許出願の領域合計数は95件に達している。将来的に大いに期待できる出願もあると思われるので、将来が楽しみである。

5.その他

 特になし。

6.評価

(1) 研究領域としての戦略目標の達成に資する成果

(1-1) 研究領域としてのねらいに対する成果の達成度
特に優れた成果が得られた。

(1-2) 科学技術の進歩に資する研究成果
特に優れた成果が得られた。

(1-3) 社会的及び経済的な効果・効用に資する研究成果
特に優れた成果が得られた。

(1-4)戦略目標の達成に資する成果
特に優れた成果が得られた。

(2) 研究領域としての研究マネジメントの状況
特に優れたマネジメントが行われた。

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