優れた研究成果を数多く出していて、プロジェクトの当初の狙いに対する達成度は大きい。これは、選ばれた研究者の資質によるのはもちろんであるが、研究総括のマネジメントの手腕の高さと、領域アドバイザーの貢献によるものであろう。研究者の多くが、プロジェクト終了後、上位の職を得ることができ、また、JSTのSORSTやCREST、あるいは地域イノベーション創出支援事業、NEDO、科学研究費を獲得できているのは、研究者育成という当プロジェクトの目標にかなったことであり、研究の継続的発展にとっても喜ばしいことである。彼らが今後も新しい分野の立ち上げに向かって挑戦し続け、学生や若手研究者の育成に情熱を注ぐことを可能にするものであり、本プロジェクトの狙いは大筋で達成されたといえる。
広範な分野を1つにまとめて、トランスディシプリナリな研究を進めることは、各分野がもっている議論の前提や要求される精度に違いがあるため、決して容易なものとはいえない。たとえば、一人の委員からは、DNAに種々の操作を加えて新しい機能を作り出す話は、物理的観点からすると、非常に多くの可能性から特定の過程だけが抽出できるのかは、不思議なことであり、次の段階での理論的裏づけや解析、必然性の追及と確認が必要との指摘があった。また、他の委員からは、融合が効果的に行われたかという疑問と、融合の成果の実例がもっと欲しかったという注文も出ている。
しかし、繰り返しになるが、当領域は、情報、バイオ、環境・エネルギーとのそれぞれの融合によるナノテクノロジーの第2、第3世代への展開を目指したものであるとすれば、幾つかの克服すべき課題はあるものの、所期の目標は達成できたといえよう。さらに、3つの領域をまたがる融合によるあたらしい科学・技術の創出は、今後の課題として残されているといえよう。
ナノテクノロジーは、STM,AFMなど微細な試料を対象とした計測・加工技術や複雑な化合物の合成技術の進歩がもたらした物理と化学・生物学の垣根を取り払ったトランスディシプリナリな領域である。すなわち、物理、化学、生物学、数学などの基礎領域に立脚し、量子効果が発現する世界での、原子・分子サイズでモノを加工し、組み立て、一つの機能を持つ構造体をつくることを目指している。その応用範囲は、材料、エレクトロニクス、機械、バイオ、医療、情報などの分野にわたり、第3期科学技術基本計画における重点領域の一つと位置づけられている。このナノテクノロジーも第2、第3世代に入った現在、新しい発展の芽を探る方策として、このような「広範な分野を巻き込んだ」行き方は理解できる。特に、若手研究者を主体とする異質の知による共創に期待する「さきがけ」研究としてふさわしいものといえる。領域総括はもちろんアドバイザーにはこの事業を推進するにふさわしい人たちが選ばれている。しかし、結果論ではあるが、あえて述べるならば、当研究領域の狙いが、ナノテクノロジーを橋渡しに「情報」「バイオ」「環境・エネルギー」の3つの分野の融合を狙ったとすれば、期待は良いとしても結果から見ると尚早であったともいえる。現実に、採択された24件のうち、「情報」系14件、「バイオ」系9件と比較して、「環境・エネルギー」系は1件であり、他の分野とのバランスは大きく欠けている。このような状況では、3つの分野の融合を実現するのは無理といえる。一方、3つの分野それぞれとナノテクノロジーの融合に関していえば、CRESTチームタイプでの領域が9つ開かれているが、後述するように、当領域での成果には注目すべきものが多く、特に、バイオ分野では新たしいサイエンス、テクノロジーを切り開くことが期待できる成果が多い。このことは、「さきがけ」研究として、この領域を設定したことの意義は大きいといえる。なお、「環境・エネルギー」系の採択数が少ないのは、応募数が少なかったことによるが、そもそも応募が少ないということについては、その目指すところがわかりにくいからではと指摘される委員も居られる。逆に、狙いを明示することが「さきがけ」にふさわしいかどうかも議論されるべきで、チーム型の研究との違いを活かした募集方法も工夫されて良いと思う。
若い研究者の育成と異分野交流を主眼とした研究領域のマネジメントは妥当な方針であり、研究総括の優れた指導性を高く評価する。また、アドバイザーが適切な指導、助力を惜しまれなかったことも特筆に価する。「さきがけ」研究の仕組みの特徴の一つは領域会議であり、そこでの異分野相互作用が新しい知の創出につながっていることを考えれば、アドバイザーが積極的に領域会議に出席されたことは高く評価されるべきである。領域会議は国内に限られているが、可能なら、海外の研究者との交流の機会もあってよいのではという意見もあった。
研究進捗状況の把握と評価はほぼ十分に行われている。課題間の連携もいくつか成果を得ているので、領域としてその推進に努力されたことがうかがえる。
研究費の配分も課題の特徴に応じて、おおむね効果的に運用されているといえる。しかし、投資額と成果の評価が必ずしも一致していないところもある。このことは、一般的にこの種の判断の難しさを示している。また、4倍の差は大きいと感ぜざるを得ないという意見もある。さらに、新しいアイデアでの装置開発にとって3年間は短い場合もあり、プロジェクト終了後の継続性を考えるならば、研究費の配分については事前の十分の検討が望まれるとする意見もあった。
広い分野での興味深い研究成果が数多く出ていて、研究者の選考に当たっての研究総括とアドバイザーのご苦労が報われている。
「特筆すべき研究成果」として研究総括があげられたナノ力学的電子分光法の開発、逆スピンホール効果の発見、表面化学反応のリアルタイム計測につながる研究成果などは、本領域が応用だけでなくナノスケールでの科学自体の基礎研究を進めるとした目標に、十分に応えられるものであるといえる。一方で、新しい産業の創設につながる成果として、光ライゲーションを用いた遺伝子診断システム、電子化学活性DNAプローブ、光応答性DNAの開発などがあげられる。
情報、バイオ、環境の3つの分野の中で、特にバイオとの融合での成果は目覚しく、今後の新しい科学の展開や企業との連携による新しい産業の展開が期待できる。すでに、特許出願数は国内37件、国際16件であり、ライセンス契約も結ばれているものもあり、社会的・経済的効果・効用に資する成果が得られたといえる。
しかし、分野にもよるが、国際誌に233件もの論文が出ているのは多すぎるのではないか、さきがけの趣旨からいえば、3年間じっくりと試行錯誤をすることも許されてよく、高い歩留まりを期待すべきではないという意見もある。
その他、各委員からのコメントを列記する。
本研究領域の研究総括のみならず、多くの研究総括が、領域終了時に、高揚した研究ポテンシャルをスムーズに次の支援に繋ぐ制度がない(一部はなくなった)ことを、悔やんでいる。次の支援を得るまでのブランクは国家的損失とも言える。優れた成果の出ている課題に対しては、適切なタイミングで次の支援を保証し、より大きく発展、結実させる新制度・スキームの創立をぜひお願いしたい。
また、個別課題の事後評価を行う折に、一定数の外部評価委員を加えることが好ましいとの意見があった。
(1) 研究領域として戦略目標の達成状況
(1-1) 研究領域としてのねらいに対する研究成果の達成度
十分な成果が得られた。
(1-2) 科学技術の進歩に資する研究成果
特に優れた成果が得られた。
(1-3) 社会的及び経済的な効果・効用に資する研究成果
十分な成果が得られた。
(1-4) 戦略目標の達成状況
成果が得られた。
(2) 研究領域としての研究マネジメントの状況
特に優れたマネジメントが行われた。