戦略的創造研究推進事業HOME評価CREST・さきがけの研究領域評価戦略的創造研究推進事業における平成19年度研究領域評価結果について > 研究領域 「植物の機能と制御」 事後評価

研究領域
「植物の機能と制御」
事後評価

1.総合所見

 戦略目標である「技術革新による活力に満ちた高齢化社会の実現」に向けて、食糧問題と環境問題の解決の手段とすべく、植物のもつ多様な機能の理解と活用を目指して研究を行った。その結果、極めて優れた国際的な研究成果が生まれるとともに、利用性の高い組み換え作物の作出、新たな高付加価値物質作出技術の開発など機能活用の面でも大きな進展がみられた。したがって、研究領域全体としては目標通りの成果があがったと考えられる。
 本領域研究は、国家の科学技術計画のもと、単なる個別研究ではなく、社会への出口を意識した研究として、また領域内での課題の相互補完により全体として、基礎から応用までつながるような研究として企画された。このような取り組みは植物分野ではこれまでになく、本領域研究により、新しい研究のスタイルが提示されたと言える。ある意味で、初めての植物におけるトランスレーショナルリサーチを意識した研究であった。残念ながらこれに続く領域研究は採択されてきていないが、この新しい取り組みは今後の植物科学の発展に新しい可能性を与えたものとして、受け継がれていくものとなろう。一方で、本研究は社会性・経済性の具体的な指標となる成果を求められた初めてのグループ研究でもあった。こうした中で、植物研究で特許出願(国内)225件という驚異的な成果を挙げた。有効性のある特許出願も多く、また研究事務所サイドが積極的に有用性のある研究成果を民間と結びつける努力をされた点も高く評価できる。これらの成果は、植物科学の社会性・経済性の面でも高いポテンシャルを示すものとして、広く認識されるはずである。同時に、本プロジェクトにおいて、世界最先端の基礎的な研究成果が上がったことも高く評価したい。このような真の発見が新しい領域をつくりだし、日本の次世代の科学技術をつくりだすからである。
 総合的に判断して、企画運営支援などCRESTにマッチした研究であり、かつCRESTに相応しい研究成果があがったと判断される。

2.研究領域のねらいと研究課題の選考

 本領域は、「技術革新による、活力に満ちた高齢化社会の実現」という戦略目標のもと、植物の持つ多様な機能発現機構をマクロ的(生態学的)、ミクロ的(分子科学的)の両面から解明することにより、その機能を人為的に制御する技術を早急に確立し、人類の生活基盤である食料、医療、居住環境の安定的な提供、改善へとつなげることを目指した。豊かで健康な食生活と安心して暮らせる生活環境の実現は、植物の利用を抜きにしてあり得ず、植物機能の活用を目指した本プロジェクトは先見の明があったというべきである。またこれまでプロジェクト化されたことのなかった植物機能を扱った点においても優れたねらいであったと考えられる。
 このような観点から、本研究領域では、出口を念頭に置いて展開される「先端的な植物科学」の研究を推進するものとして設定し、成果の社会的貢献を指標に、1)生産力(収量)向上、2)高付加価値物質生産、3)環境保全、4)新技術の創成、という4つの分野に分類して行われた。植物機能として重要なものはすべて含まれており、最適なものであった。
 アドバイザーとしては、採択研究対象範囲の広さから、それぞれの分野で活躍中の気鋭の研究者と各分野を横断的、相対的に総合判断できる見識のある研究者をバランスよく布陣しており、適切なアドバイスが可能なものであった。
 採択された課題は、1)生産力向上関連が4課題、2)高付加価値関連が2課題、3)環境関連が2課題、4)新技術関連が8課題、さらに高付加価値と新技術創成にまたがるものが1課題と、計17課題が選定された。基礎的な学問レベルで世界最先端にいる研究グループによる将来性が高いがすぐには実用に結びつかないものから、出口に近い、すなわち具体的な活用がすぐにできそうな課題まで、CRESTならではの配慮のなされた課題選択で極めて高い見識に基づく課題選定だと高く評価できる。女性や若手の研究者が比較的多く選ばれ、その多くが期待通りに高い成果を挙げたことは特に高く評価される。本プロジェクトの開始時期がモデル植物のゲノム解読完了の頃であり、ゲノム網羅情報を活用した生物機能解明やポストゲノムを意識した新分野振興や技術開発の課題が多く選択されたのは適切であった。
 一方で、CRESTの中で植物の持つ多様な機能を解明してその機能を生活の質の改善に活用するための研究領域が一つだけというのはいかにも少なく、そのためか採択された17課題は極めて幅広い研究分野をカバーせざるを得なかった。そのために、本研究領域全体として研究のまとまりが見えにくくなった点は否めない。

3.研究領域のマネジメント

 研究体制が大型化した戦略的な研究では、多数の専門を異にするチームの間での連携プレーと世界の研究動勢や技術の発展状況に併せた柔軟な対応が重要である。本研究領域では、塩基配列の解読、抗体の作成、組換え植物の作製等、各研究室が共通に行っているルーティンワークを、CREST‐秋田サテライトラボを立ち上げて、そこで一元化して行うことができるようにしたことは、チーム全体の生産効率の向上に役立った企画だと思われ、研究総括のリーダーシップが窺われる。さらに、サテライトラボの組織と機能が、サービスの対象者を全国研究機関に広げて、秋田県立大とシグマアルドリッチ(株)の運営によって、CREST植物領域の遺産として引き継がれることは高く評価できる。
 更に広い技術のサポートや、領域運営サイドからの技術支援の指導による推進などへの努力も評価される。こうした支援のもと、知的財産のライセンシングに努力した結果、225件の国内出願、20件の海外出願を実施した。この出願数は極めて多く、応用につながる多数の成果が上がっていることを如実に表すとともに、その方針を徹底させた研究領域のマネージメントの適切さを示すものとして、高く評価したい。
 各研究には旬があり、その旬に合わせた研究費のメリハリが必要となる。本領域では、研究総括、代表者、アドバイザーが連絡を密にとって、採択課題の進捗状況を的確に把握し、適切なアドバイスを与えるとともに、メリハリのついた配分を行っている。研究領域のマネージメントは的確に行われたものと考える。
 毎年課題担当者と研究総括が、進捗状況や計画の打ち合わせをし、夏には領域年報を発行して、研究の成果や情報を、チームの内で共有・把握することに努めていたことは評価できる。課題間の連携については、個々の研究課題の中には、参加研究者間の密接な連携が行われたことで優れた成果を挙げた例を見ることができる。その一方で、幅広い研究内容となった17研究課題の間では、連携した研究がどの程度推進されたのか明確ではないのがやや残念である。また、一部のチームでは行われているが、公開シンポジウム、国際シンポジウムなどを課題ごとに積極的に行い、成果の公開、課題間の連携、国内外の関連研究者、応用部門の研究者の協力を得る機会がもっとあってもよかったと思われる。

4.研究成果

①植物機能を制御し、利用するための新しい技術開発の基盤となる優れた基礎研究成果をあげるという研究領域のねらいに対し、個々の課題によって成果の達成度にばらつきはあるものの、全体としては多大のレベルの高い基礎研究成果を挙げており、今後の応用・展開研究への基盤を作ったと評価できる。時期的にシロイヌナズナ、イネのゲノム解読完了期にあたり、これらゲノム解読情報を活用して次の大きな展開に繋ぐ新しい研究を切り開いたという視点から高く評価できる研究成果も多い。個々の課題はそれぞれ1)生産力向上、2)高付加価値物質生産、3)環境保全、4)新技術創成、に分類されているが、得られた成果はこうした項目を越えた部分も多い。あえて、問題を指摘すると、後述するように、この研究領域の派生的成果として極めて重要な発見があったのであるが、環境保全に関する成果は十分あがったとは言えない。環境保全は今後ますます重要になると考えられることから、環境保全研究は5年という期間で行うには短すぎたことをふまえ、今後、新たな体制を組むことが望まれる。たとえば、環境保全が研究領域としては複合性が高いことから、単独チームによる研究としてではなく、生化学や分子生物学などの他のミクロ的視点の強い専門領域の研究者との連携の下に進めることが次の段階では必要かも知れない。

②花成制御(経塚)、概日リズム機構(近藤)、発生制御(岡田)、鉄その他の金属環境制御(西澤)、ウイルス増殖機構(石川)、共生(川口)、などは、世界的に競争の激しい基礎的植物機能の解明の分野で世界トップクラスの先駆的成果を挙げており、鉄欠乏耐性などのように課題によっては既に実用性が示唆される成果の他、将来的に作物の生育・栽培や生産性向上の生物制御技術の新しい展開を拓くと期待される成果が多い。重力感知(飯田)、新規生理活性窒素化合物(森川)は設定目標に対する成果はやや限定的であった。
 デンプン代謝工学(中村)、Trp代謝制御(若狭)、種子タンパク質輸送系(西村)などは植物の代謝・細胞機能制御の分子経路やメカニズムの解明で、独創的にして世界トップクラスの成果を挙げており、作物生産物の改変や高付加価値物質生産だけでなく、植物病理学的にも重要な応用への基盤を作った。植物代謝のオーミックス解析(斉藤)は植物に限らず代謝研究におけるメタボロームとトランスクリプトームの融合解析の新しい研究領域で世界をリードするまでに成長し、既にその有効性を多くの事例で実証している。今後、具体的な応用成果が期待されるだけでなく、幅広い領域への高い波及効果が期待できる。
 シロイヌナズナやイネのゲノム解読後の課題の一つは、種々の実用作物でのゲノム解析とゲノム情報を利用した品種育成・選抜のためのシステム構築であり、大麦ゲノム解析(武田)はこれまでの遺伝子源蓄積の実績を生かして実用品種の選抜に有効なシステム開発まで達成し、国際コンソーシアムでリーダー的役割を果たすにいたっていることは高く評価できる。キメラリプレッサーを用いた転写因子工学 (CRES-Tと略称;高木) はユニークな植物機能の探索技術を開発展開した。現段階では、既知因子での有効を示すにとどまっているが、今後広く探索目的に適用されることで有用機能の発見に繋がることが期待される。
 人工染色体構築(村田)、植物と昆虫間コミュニケーション(高林)、寒冷圏での光ストレス(原)は実施期間内の成果としては限定的であったが、それぞれがユニークな発想とアプローチで研究を進めており、今後の成果に期待する。

③基礎科学としての非常に質の高い研究のみならず、社会的及び経済的な効果・効用に資する出口に近い研究の成果もまた確実にあがっている。デンプン合成系に関する酵素群を網羅的に単離しメタボリックエンジニアリングを展開した研究、二次代謝産物のトランスクリプトームとメタボロームを融合することで新たなファンクショナルゲノム解析法を開発した研究は、高付加価値物質生産に道を拓くものである。また、高トリプトファンイネとアルカリ土壌耐性イネの作出は、すでに圃場実験まで進んでおり、実用化組換え作物の先鞭となることが期待される。さらに、オオムギの研究では、ゲノムの基礎的な解明からこれをもとにしての企業との連携さらにはベンチャー企業の設立まで一貫しており、1つの出口に向けた研究の見本となった研究と高く評価できる。また、基礎研究ならではの、社会への波及効果の大きい発見もあった。原らが北方林の生態的解析に光過剰ストレスの概念を取り入れたことにより、キャルビン・サイクルのアルドラーゼのグルタチオン修飾によるCO2固定能の増加が発見され、その分子育種技術も確立されたのである。この技術は今後の光合成生産性の増進のため世界的に利用されると思われる。225件の特許出願(国内)は、本領域研究の社会的・経済的効果の高さを裏付けている。一方で、本領域で得られた研究成果は、あくまで将来の応用への可能性を示したものであり、すぐに役立つというものではない。応用へと繋ぐトランスレーショナル研究がますます必要になることは間違いない。

5.その他

 豊かで健康な食生活と安心して暮らせる生活環境の実現は、植物の利用を抜きにしてあり得ず、CRESTの中で植物の研究領域が一つだけというのは過小に評価されていると言わざるをえない。低い食糧自給率や高い輸入加工食品への依存度など、我が国での植物関連の新産業の創出は重要な課題でもあり、本研究領域で得られた成果の公開と応用展開に向けた努力を計り、植物科学の推進の重要性、緊急性がより深く認識されるような努力もJSTに期待する。
 植物自身の適応能力の解析は、人類の生存に欠くことのできない食糧・エネルギーばかりでなく環境の保全にとっても、今後ますます必要になってくるであろう。動物にない、植物で発見しやすい生物科学の新しい基本原理の発見のためにも、基礎、応用にわたる、植物科学をベースにした基礎と応用を繋ぐトランスレーショナルプロジェクト研究は、今後も継続されるよう期待したい。

6.評価

(1) 研究領域として戦略目標の達成状況

(1-1) 研究領域としてのねらいに対する研究成果の達成度
特に優れた成果が得られた。

(1-2) 科学技術の進歩に資する研究成果
特に優れた成果が得られた。

(1-3) 社会的及び経済的な効果・効用に資する研究成果
十分な成果が得られた。

(1-4) 戦略目標の達成状況
十分な成果が得られた。

(2) 研究領域としての研究マネジメントの状況
特に優れたマネジメントが行われた。

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