研究領域 「脳を創る」


1. 総合所見(研究領域全体としての成果、当該分野の進展への寄与、本研究領域が存在したことの意義・メリット)
 「脳機能の解明」という戦略目標下に、脳科学と情報科学技術を結ぶ新しい研究領域「脳を創る」が設定された。そして、研究総括を中心に、多様な研究課題、次代を担うべき個性的で優れた研究代表者及びアドバイザーが結集できたため、同じ戦略目標下に並行する「脳を知る」領域、「脳を守る」領域と共に、脳科学全体が新しいパラダイムにシフトする基盤の創出に寄与したことは高く評価できる。
 「脳の仕組みを解明して脳を創る」という研究総括のチャレンジングな最終目標までに、依然、距離はあるものの、世界的に優れた学術的成果等が輩出され、我が国における当該分野の研究基盤を構築することができた。そして、人類が総力をあげて挑戦すべき脳科学に関して、本領域が新しい研究構想を世界に先がけて提案したことがきっかけとなり、米国、英国、独国で、研究プロジェクトや研究組織が開始・設置されるなど、当該分野の国際的活性化を促すことができたことも大きな意味を有する。
 このような研究成果を得ることができたのは、独自の方針で領域を設置し、研究代表者の選定を行った研究総括の手腕によるものが大きいと考える。特に領域内のマネジメントに関しては各研究代表者の方針と個性を尊重し創造性を生かし自由に研究が出来るように配慮されたことが各研究課題の飛躍的な発展につながったと考える。
 最後に、戦略目標である「脳機能の解明」は、未解決で多くの困難を抱えた問題であるため、地道な研究を長期間継続することが必要である。そして、個々の研究を更に深く掘り下げ、脳機能モジュールを有機的に結合する研究、すなわち、今後は「脳のシステム研究者」の育成が必要であり、一方で、役に立つ研究成果を産業界に活かす努力を並行して進めることも重要である。さらに、本領域の後継プロジェクトを検討し、本分野の我が国の優位性を持続する国家戦略が必要と考える。先行したわが国での活動を長期的に推進する体制の構築を急ぎ、今後もわが国が国際的リーダシップを担っていくことを切望する。
 
2. 研究課題の選考(アドバイザーの構成、選考方針及び課題の選考、課題のバランス等)
 本領域において、研究総括は「脳を創る」という脳科学と情報科学技術を融合した新しい脳の学問分野を確立させ、異なる方法論と手法とを融合した新しい研究文化を築くことを目指した。そして領域アドバイザーの協力を得て、個人の優れた創意と発想を重視し、他にない際立った特徴のある創造性豊かな課題を採択するように気を配った。公募という性質上、研究総括の方針に沿った課題が必ずしも申請され採択されるかどうかは確実ではないが、3年間に採択された12課題を見ると、生体計測を中心としたアプローチ(3件)、音声情報処理・生成(2件)、視覚情報処理(1件)、カオス・ダイナミックス的なアプローチ(2件)、ロボット的なアプローチ(3件)といった課題が採択され、脳型情報処理のモジュールである感覚系、運動系、言語系の各機能、およびそれらの機能を実現するための神経回路網のモデル化等の研究課題に重点をおきながら、神経・脳科学の研究課題まで含んだ幅広くバランスの取れた課題が採択された。各課題とも研究総括が目指す脳科学と情報科学技術の融合に向けた新しい学問領域を確立するために、きわめて重要であったと評価できる。
 領域アドバイザーは、神経科学、情報、制御などといった情報科学技術を専門としながらも脳科学に対して深い見識と優れた業績を持つ人材からバランス良く構成されている。また、研究者の目標や課題の性格を明確にし、視野を拡げるために、産業界からのアドバイザーも招聘されている点は評価に値する。強いて言うならば、領域アドバイザーはモデル化、アルゴリズムなどの主にソフトウェア分野の専門家で構成されていたようであるが、その中にハードウェア分野の専門家を増やすことでよりバランスがとれた構成が期待できた。
 
3. 研究領域の運営(研究総括の方針、研究領域のマネジメント、予算配分とチーム構成等)
 脳科学と情報科学技術の融合による新しい学問領域の開拓を目標とした研究統括の方針は規模壮大であり、新しい学問の体系化と将来の新産業構築という二つの観点から賛同できるものであった。この方針のもと、研究総括は方法論や手法を融合した新しい研究文化の構築を目指し、広範囲の分野をカバーする領域を設定した。この領域の中で、研究総括は各研究代表者の方針と個性を尊重し創造性を生かし、自由に研究が出来るように配慮したことが、各研究課題を大きく発展させることにつながったものと考える。
 さらに、研究総括のイニシアチブにより、脳科学と情報科学技術を無理に融合させるのではなく、両者が自発的に融け合うように、チーム間での交流をはかるなど、研究者間の相互作用による研究開発の効率化を促す環境作りに重点をおき、本領域を統合するシンポジウム、若手を中心とする交流会、一般向け講習会などを開催した。この結果、領域全体としての融合には到らなかったが、チーム内において融合を意識した研究の推進が実現し、今後のブレークスルーにつながる成果が生み出されたケースもあった。本領域終了後、ここで構築された人的ネットワークがきっかけとなり、研究者間のシナジー効果によって相互の研究開発が促進されるなど、今後の発展が期待される。他にも、本領域内にてシナジー効果はかなりあったものと推察される。
 予算配分に関して言えば、各チームの総予算額は概ね5億円〜6億円となっているが、チーム内の研究テーマ毎にメリハリをつけた予算配分や多様なチーム編成であったことは、柔軟で機動的なマネジメントが行われたことを示している。
 
4. 研究結果(研究領域の中での特筆すべき成果、科学技術・周辺分野・国民生活・社会経済等に対する意義、効果、今後の期待や展望・懸案事項等)
 本領域の主な研究成果は、神経科学、理論脳科学、計算論的脳科学における新しい知見の発見や、理論、モデルの提案と確認、および音声工学、ロボット工学、デバイスへの脳科学の成果の応用と有効性の検証など、学術分野だけでなく、近い将来生活や社会・経済に影響を与えるものまで含まれている。脳の解明はいわば、永遠の課題であり、直ぐに解決するというものではないが、各研究チームとも、論文数、講演数、受賞数とも申し分なく、数多くの質の高い研究成果が得られている。特許出願件数に関しては、チームによってバラツキがあった。国家予算を投入した研究活動であるので、これからは知財権獲得活動を重視する習慣づけが必要である。
 特に、理論モデルに関する研究は、一流の学会誌での発表が多く、国際的評価も高い。
 合原氏のチームは、カオスダイナミクスの数理理論の構築、生物の記憶システムへの応用、さらにニューロチップによる実装に至る幅広い分野を網羅し、カオスの工学有用性を示したことは特筆に値する。
 銅谷氏のチームによる脳内化学物質の役割の仮説は本分野のこれまでの殻を破る可能性を秘めた楽しみな結果である。
 石川氏のチームの研究は、本領域に適しているかどうか議論もあったようだが、実用性の高い要素技術を輩出した。また、言語獲得の脳内活動部位の特定、音声分析変換合成システム、MEGを用いた感覚器の情報処理の解明なども特質すべき成果である。
 これらを含む研究成果のほとんどは、今後の研究の継続によって、さらに大きく、また、具体的なものとなることが見込まれるため、研究を長期的に支援していく体制の構築が重要な課題と考えられる。
 

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This page updated on June 28, 2005

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