研究領域 「脳を知る」


1. 総合所見(研究領域全体としての成果、当該分野の進展への寄与、本研究領域が存在したことの意義・メリット)
 本領域では採択研究課題が7件しかなかったが、各課題はそれぞれ異なった研究アプローチを特徴としており、結果として、この領域に多様性に富んだ脳研究の活性化をもたらした。本領域での基礎的研究やテクノロジーの開発の成果は、脳・神経疾患や老年認知症の病態の解明、あるいは記憶・学習やロボット工学の発展にもつながり、脳研究全体を推進した意義は大きいといえる。本領域における研究代表者はそれぞれ独自の研究手法を開発し、優れたチーム研究を行い世界をリードする業績を挙げた。数々の画期的な成果は今後も若い研究者をひきつけ、新たな発展を生む基盤となったものと評価したい。
 本領域が存在した意義をより明確にするためにも、研究の出口を見据えた今後の研究の展開を期待したい。なお、研究を進めるにあたっては、外国に向けての発信力が弱いとされる日本の研究の現状を考え、欧米研究者との研究交流や共同研究をさらに一層推進させる視点も必要であろう。
 
2. 研究課題の選考(アドバイザーの構成、選考方針及び課題の選考、課題のバランス等)
 本領域は、脳機能の解明のうち、脳の働きの理解を目標とする研究を対象とし、具体的には、「脳の発生分化機構」「神経回路網の構造、機能と形成機構」「脳の高次機能(記憶、学習、意識、情動、認識と生体リズム等)」「コミュニケーションの脳機能」の解明を目標に設定した。課題の選考に当たっては、問題提起の明確さ、具体性、予想される成果のインパクト等を中心に行ない、重複を避ける配慮も行った。その結果、霊長類のニホンザルの前頭葉の機能解析からアフリカツメガエルを用いた遺伝子検索にいたる領域にまでおよび、方法論的にも分子生物学、遺伝子工学、微小電気生理学、微細形態学などを駆使し、またこれらを組み合わせた多様な課題が選択された。いずれもわが国のみならず世界的にも脳研究の先端のトピックスの集合といえる。
 「コミュニケーションの脳機能」に関しては実質的にこれに該当する研究課題は無かった。しかしながら、極めて広い本領域において、採択課題数が7件と少なく、この採択数では戦略目標として中心に掲げた「脳の発生分化」等4項目の領域をカバーすること自体極めて難しい。また、本領域では、課題の採択倍率は20倍と高く、これでは良い提案があってもかなり切り捨てることになってしまったのではなかったかと危惧する。課題募集の段階で研究内容のスコープを小さく絞り込んでおくことを検討すべきであったかもしれない。
 アドバイザーに関しては、研究領域が広範で、多種多様な研究手法を駆使する本領域において、分子面から行動面まで脳研究の広い範囲を網羅した、いずれも国内トップクラスの研究者を集めており、各専門分野についてバランスのとれた人選がされている。これらの評価者からは課題研究の成果に関して忌憚の無い批判意見もあり、率直で厳正な評価がなされたと考える。
 
3. 研究領域の運営(研究総括の方針、研究領域のマネジメント、予算配分とチーム構成等)
 脳機能の解明を目指し、スケールが大きく、多角的な研究アプローチを行うという方針のもとに研究課題を選定したのはCRESTの精神に沿ったもので至当であると言える。
 研究総括自身が積極的にサイトビジットを行い、研究室の現状と進行状況を把握し、批評と助言を与えている。また、研究グループ間の共同研究を提案するなど、研究の推進とその成果の結実に手腕が発揮されたと考える。
 本領域の研究成果として、国際的な超一流誌に成果が多数報告されており、活発な研究活動のあとが見られる。予算配分をはじめ全般的な研究推進のためのマネジメントが問題なくなされていた結果と判断できる。
 広報活動として他領域との合同シンポジウムを数回開催したことは意義のあるものと考えるが、国際シンポジウムなどの企画を行い国際間の研究交流も可能ではなかったかと考える。
 
4. 研究結果(研究領域の中での特筆すべき成果、科学技術・周辺分野・国民生活・社会経済等に対する意義、効果、今後の期待や展望・懸案事項等)
 各研究グループはそれぞれに特徴のある独創的な優れた成果を挙げた。特に、脂質メディエーターとして新規分子細胞質型ホスホリパーゼcPLA2αの脳・神経系における生理的、病理的意義の解明(清水ら)、凍結細胞膜割断面のタンパク分子を免疫染色法により観察する新しい手法の開発や脳の左右半球の違いの分子レベルでの解明(重本ら)、脳由来神経栄養因子(BDNF)の核内注入法により脳内神経回路網の形成に関わるBDNFの影響の定量的な解析の成功(津本ら)、サルの前頭前野のニュ一ロンが認知情報の順序・時間構造に関与すること、また、回数情報処理にも参与することの発見(丹治ら)など。このほか、小脳の抑制性シナプスにおける複数の伝達物質による制御機構の解明(小西ら)、アフリカツメガエル予定脳領域に発現する脳誘導活性に関与する遺伝子の同定(平良ら)、伝達物質の放出に関わるカルシウムチャネルのサブタイプの分布様式(八尾ら)などユニークな研究が行われた。これらの研究はいずれもCell、Nature、Science、Pro.Nat.Aca.Sci.、 など一流の国際誌に発表され、また新聞紙上にもとりあげられたものも多く、社会的にも大きなインパクトを与え、世界的にも高い水準の研究であることが示された。
 しかしながら、多数の研究成果が得られているものの、特許出願件数は少なかったと思われる。領域として特許出願にはなじまない研究が含まれていることは認めるが、少しでも可能性のある発見、発明に関しては積極的に特許出願を行うなど成果の利用活用にも十分な配慮が欲しかった。また、本領域の研究成果が、国民生活や社会経済にどのように貢献したかとなると、明確な回答ができないのが現状ではないか。このような基礎的成果を、今後社会に還元するにはどうすべきかは検討事項である。
 
5. その他
 全体として、秀れた成果を挙げ、科学として大きく貢献した。理研の脳センターのような研究拠点がある一方で、日本における個別の研究の秀れたものを伸ばすことができたという点も評価できる。
 脳研究は生命科学研究の中核としてますます重要性が増していくものと考えられる。この分野は、国際間の競争も熾烈であり、科学技術立国としてわが国の将来の発展に向けて遅れをとることは許されない。幸い、日本におけるこの分野の研究者は層も厚く、世界の一流に伍する実力を備えている。この意味でもCRESTのようなスケールメリットのあるサポートは貴重であり、今後も将来を見通した持続性をもつ研究助成が必要であると考える。

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This page updated on June 28, 2005

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