研究領域 「脳を守る」


1. 総合所見(研究領域全体としての成果、当該分野の進展への寄与、本研究領域が存在したことの意義・メリット)
 本研究領域の最終目標は「精神・神経疾患の克服」である。我が国では、急激な超高齢化社会の到来によりアルツハイマー病、パーキンソン病などの精神・神経疾患を克服することが緊急かつ重要な問題である。このことに鑑み、その治療法につながる研究に重点が置かれた本領域を立ち上げたことは極めて重要なことである。またその結果、タイムリーな研究課題が設定されたと思われる。
 選ばれた13チームの中には、日本発の独創性ある研究が含まれている点は心強い。また、これらの研究グループが「脳を守る」研究を主導する研究グループにまで育ったことは、本領域が存在した最も大きな意義であろう。
 科学研究としては、着実な成果を挙げ貢献は大きかったが、その成果が社会の要請、期待にまでつながったものはまだない。今後はより特定の疾患に集中して、それを多面的に攻略する方向を考えるべきであろう。
 高齢化社会を迎え、脳の疾患、特に認知症の予防と治療に対する社会的な要請が一段と強まりつつあるなかで、本研究領域がここで終了し、類似の領域が発足しないのは極めて残念である。脳の研究は、医学的意義と同時にヒトとは何であるかを知る上でも重要であるため、今後ともこの種の研究が継続的に行われることが大切であろう。
 
2. 研究課題の選考(アドバイザーの構成、選考方針及び課題の選考、課題のバランス等)
 本領域のアドバイザー6名は、本領域の目標である「脳の発達」、「老化のメカニズム」、「精神・神経疾患の原因究明」など、基礎研究から臨床研究までの幅広い分野に対応できる、我が国の神経・精神疾患分野をリードしてきた方々がバランスよく選考されており、優れた配置であったと判断される。ただし、高齢者が多く、真に世界の先端を切り拓くシャープさを保てたのかについては多少不安があったように思われる。
 研究課題の選考は、比較的若く意欲的な研究者の独創性あるアイディアを生かしたいという研究総括の見識に基づき、問題提起の明確さ、具体性、予想される成果のインパクト等を中心に行なわれた。課題の重複を防ぐ配慮も行われ、領域の目標に沿った形でほぼ適切に多様な課題が選択されたと思われる。課題の採択倍率は16〜20倍と高くなっており、良い提案があっても採択漏れとなる恐れがあったのではないか懸念された。分野的なバランスを欠くとは思わないが、選考された課題の多様さゆえに課題を見ただけでは焦点が絞られず、総花的な印象を与える面もある。しかしながら、重要な疾患・病態に関する課題は選定されているので、課題選定についても特別な問題はなかったと判断される。
 
3. 研究領域の運営(研究総括の方針、研究領域のマネジメント、予算配分とチーム構成等)
 研究総括は年1回のサイトビジットを行って、研究進捗状況のレビュー、問題点のディスカッションを実施し、あるいは研究グループ間の共同研究を提案するなど主導的に研究の推進を図ってきた。また、全体で38件の特許申請があることも、研究総括による指導の跡として評価できる。
 研究チームの編成にあたっては、過去に優れた研究成果を挙げたグループも選定されており適切であったと思われる。また画期的な研究成果が期待されるチームに予算を重点配分するように取り計らうなど、領域運営にあたっての予算配分に対する基本姿勢についても特に問題は無いと思われる。
 総合的に、研究総括のマネジメントは適切であったと判断される。
 
4. 研究結果(研究領域の中での特筆すべき成果、科学技術・周辺分野・国民生活・社会経済等に対する意義、効果、今後の期待や展望・懸案事項等)
 研究総括の考えもあり、臨床も視野に入れた基礎研究に力が注がれた。そのため、基礎研究分野の研究課題から優れた成果が得られた。課題ごとに研究成果のバラつきがあったように見受けられるが、全体としては概ね適当であったと思われる。
 特筆すべき成果としては、ポリグルタミン病に関する分子生物学的研究(垣塚ら)、アポトーシス機構解明におけるSmn遺伝子の研究(辻本ら)などが挙げられる。さらに、研究総括は、神経細胞の分裂周期の制御に関する研究(中山ら)、脳関門排出輸送に基づく中枢解毒に関する研究(寺崎ら)や脳虚血により引き起こされる神経細胞死防御法の開発(遠山ら)等の研究も高く評価している。これらはいずれも将来の脳研究の基礎となる重要なものとして期待されるが、逆に言えば、研究期間内には明確な結論が出せなかったとも言える。超高齢化社会を迎えるにあたり、「脳を守る」領域の研究成果には社会的に大きな期待がかけられているので、アルツハイマー病やプリオン病の研究など、時宜にあった臨床応用にさらに努めて欲しい。
 
5. その他
 研究成果の学術的シンポジウムに加えて、一般社会に向けた啓蒙的なものが「脳」研究の3領域合同で開かれたことは評価できる。今後も、このような企画が実現すること、また専門外の人にも理解しやすい出版物(安価なもの)が発行されることなどを期待したい。

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This page updated on June 28, 2005

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