資料1-5

研究領域 「極限環境状態における現象」


1. 総合所見
 本研究領域は、様々な極限状態を追求するという興味深い視点をもって設定されたもので、初期には、極限状態の概念を広げようという意図があったようだが、結果的には、高温超伝導体の基礎物性における先端的研究の面に重点がおかれている。
 得られた多くの成果は、我が国の科学水準を世界のトップレベルにまで高めることに大きく貢献し、中でも新しい金属系超伝導体の発見は、今後とも新たな研究が展開され新しい研究分野の発展のきっかけとなるものと期待される。その他の成果もその科学的成果は高く評価されるが、実用的見地からは未だ課題が多い。
 総合すると本領域から生まれた成果は、所期のねらいとしては充分と言えるが、課題間の相互作用が余り顕著に出てこなかった点と、当初国の方針として、企業を対象としていなかったことから、企業研究者が研究代表者として参加していなかった点は残念であった。
 
2. 研究課題の選考
 本領域では、極限環境下におけるさまざまな現象をその研究対象とし、具体的には、物質の構造、分子・原子・電子などの挙動、新物質の創製、及び特殊環境下の生物も含む、とされている。このような、広大な対象を取り扱うための6名の領域アドバイザーは、金属・半導体などの無機材料関連を中心とし、それに1名の生物分野という構成になっており、基礎および応用にまたがる人選が行われているが、超伝導関連のアドバイザーは材料開発の専門家であって、「物探し」の色合いが強く、研究総括のねらいに必ずしも即していなかった感は否めない。また生物関連のアドバイザーも発酵工学の業績で知られているので、この場合もまた、研究総括のねらいに必ずしも即していなかった可能性がある。さらに、有機材料・化学反応分野の専門家もアドバイザーとして加える余地はあった。
 課題の選考は、研究総括の方針である「ねらいに応え得る過去の実績」を既に有する優秀な人材が選ばれていて、着実な人選であるとの印象がある。企業からの採択はなかったが、当時は、企業からの応募は認められていなかったので、この点は致し方ない。また本領域が、高温超伝導分野に偏向し過ぎていたのでは、という見方も可能であろうが、実施時期が高温超伝導の本質解明にむけたわが国の高揚期であった事情から見て、納得できるのではないか。
 課題の選択は研究総括の専門領域を反映して、第1、2期では超伝導、量子効果を中心とした基礎物性課題が多いが、第3期では広く特殊技術、特殊環境の生成とそこでの挙動という面の課題が強調された。第1、2期の特徴は、応募者自身が、研究総括の当初のねらいを高温超伝導を中心とした量子効果の総括的理解と理解したため、と考えられる。
 纏めると全21課題の三分の一が高温超伝導関連であり、他も高圧、原子レベルの計測等、対象が絞りこまれている。「極限」の名の下で他に取り上げるべき課題が無かったか、と言う視点もあろうが、全体としての纏まりは決して悪くなかった。ただし、研究総括の責任ではないが、この領域に生物系を取り込むこと自体には、違和感を覚えざるをえない。
 
3. 研究領域の運営
 研究総括の説明に、「採択後は、成るべく自由に研究推進に励ませることに心掛けた」とあり、比較的研究者の自由裁量に委ねられて過度の干渉を行わない運営のように判断される。
 中間、事後の評価においては、研究総括ひとりの奮闘が目立ったが、その中で、中間評価の結果を受けていくつかの課題で適切な計画変更が行われ、予算配分に あたっても極端と思えるメリハリがついており、研究総括の指導性が発揮されている。 
 全般的な研究進捗の管理は概ね良好と判断されるが、他の「極限」を対象にした研究課題も同様に、単なるトップデータを追う試みを超えた“戦略性”が求められ、それぞれについて研究総括の具体的な描像が明確に示されても良かったのではないか。
 最後に、研究総括の運営方針について述べると、我が国が最も得意とする高度先端技術の最前線を更に先鋭化するという運営方針が、この種の領域運営の戦略として普通に考えられる。しかし、理論家である研究総括は、あえて基礎重視という柱で終始一貫した運営を実施した模様であるが、中にはジョセフソン・プラズマによるテラヘルツ発振や工業用ダイヤモンド粒の製造といった直接応用につながる研究も行われるなど幅広い視野で運営がなされている点は高く評価される。
 
4. 研究結果
 非常に多くの成果が先端水準を抜く出来栄えであった。その中には、層状の六方晶構造を有するMgB2が転移温度~40 Kの超伝導体であることの発見、世界初の三重項超伝導体としての2次元金属物質Sr2RuO4の発見、鉄や酸素の超伝導性を確認等、質も世界一流のものが少なくない。とりわけ、MgB2の超伝導は、科学的意義が大きいと共に材料が安価であり、かつ軽量であるために、新たな材料の出現を期待させるものであった。また本領域における生物系の成果の評価は難しいが、磁場中でのタンパク質単結晶の作製や地下深度中に生育する新規な微生物の特殊酵素の発見等、インパクトの大きな成果もいくつか見受けられる。その他にも、将来役に立つ新しい手法の開発もいくつか行われ、特許出願件数が総計で101を数えることも特筆に値する。
 以上のように、本領域の遂行の結果、実用に結びつく副産物が多く出ていることは評価できるが、この研究領域が「極限」であるためにその投資効果が学会の外部から応用展開の面で論じられた場合の不利は否めない。例えば、原理的に大きな成果である鉄や酸素の超伝導性の発見から、技術的に広い展望が開けるかと言えば、疑問無しとは言えない。別の例では、原子レベルでの多元計測のためのアクチュエータが開発されたが、その技法を使って直ぐにでも測りたいミクロな相関が何であるかが現在のところ良く見えない。こうした科学的高水準のシーズ的成果を、真に国民の寄託に応える成果とするためにどう発展させるのかが、これからの課題であろう。
 また、「研究課題の選考」の項でも触れたが、生物系の成果の評価は難しい。これらは、研究総括の責任ではなく、本領域の設定側に不適切な面があったためと理解される。
 
5. その他
 研究費の配分が総花的にならぬように、研究総括が積極的に指示を出した努力は評価できる。しかし、本制度においては、研究領域の正否の90%は選考の段階に依っていると考えられる。今後、二年目、三年目の募集に当たっては、初年度のそれを補完するために新に範囲設定の文言を付け加える等の柔軟性が必要とされるだろう(この点は、平成9年度の募集より選考の考え方を募集要項において示すよう改善はされている)。研究総括が、実質的な目標を何らかの方法で予め応募者に知らせることができれば、特にこの類の領域では、先鋭な研究提案が望めたのではないか。

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This page updated on August 1, 2003

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