資料1-3

研究領域 「量子効果等の物理現象」


1. 総合所見
 本領域は、21世紀の製造業の起爆剤といわれるナノテクノロジー隆盛の先駆けとなるものであり、領域設定に際しての先見性が高く評価されて良い。また、実際に世界を抜く大きな成果が多数生まれており、本領域を遂行した意義は極めて高かったと判断される。とりわけ、領域総括および領域アドバイザーの多数が専門とする量子ナノ構造分野での成果が確実に挙げられている点は評価に値する。固体電子素子による世界で最初の量子ビットの実現や遠赤外単一光子検出素子の開発、量子原子スイッチ素子の成功、さらに本質的に不安定な性質が実用化の障害になると危惧される有機材料研究課題においても、有機・無機複合材料を用いた高速シンチレーターの発見があるなど、実用的、社会的インパクトが期待できる結果が得られ、科学と技術の両面から見ても興味深い結果である。また、年に一回の領域シンポジウムを通じ、チーム間の研究交流が幾つか生まれたことも意義深い。
 特許の取得に関しては、通常難しいとされる物理研究成果が多くの特許に結実したという点は、本制度の特徴を活かした研究総括の指導力及び技術参事の努力によるものと理解される。
 以上を総合すると、研究総括の「科学技術の基礎研究の推進に努める」という所期のねらいは、充分達成していると判断される。
 
2. 研究課題の選考
 本領域の研究は、原子レベルで制御された極微細構造に現れる量子効果などの物理現象を対象としたもので、具体的には、電子、光子、原子、分子の示す量子現象などの新奇現象の発見、その制御・操作法の研究と、将来的にはこれらの現象を応用した新デバイスへの発展を期待するものであり、研究対象は取り扱う物質と使用する方法の両面に亘り極めて広範なものであった。具体的対象材料は、半導体、金属を主体としつつ有機材料系も含めた多彩なものとなっており、研究領域の趣旨からして妥当な構成と考えられる。
 また、領域アドバイザーは物性物理と電子工学(光・電子材料デバイス)を専門とする研究者の中から、専門分野が重複しないように構成されており、他の領域に比べて現役が多く理論家が多いのは本領域の特徴であった。ただし、成果の適切な評価を行うためにプロジェクトの後半からでも、有機材料量子化学分野のアドバイザーの参加があってもよかったと思われる。
 結果として採択された課題は、研究総括が「独創的な課題を重視し、公正で偏りのない選考を第一にこころがけ、2名以上のアドバイザーが応募申請書を検討した」と、説明した通り極めて多彩な研究者を集合させるものとなっており、研究総括のねらいとして適切な選考結果である。
 
3. 研究領域の運営
 研究総括が、「少なくとも研究費投入前の実情、1年後、ならびに研究終了後に、また機会を得て出来るだけ多くすべての研究室を訪問して、研究の進捗状況の把握に努めた。また、中間評価でも評価会議で厳しい議論を行っている。この議論が、研究期間後半の研究の参考になった。」と、説明したように、本領域の運営は、基礎研究を重視しつつ、研究者の自由裁量に委ねるのが基本方針であった。このように、中間時点でなされた適切な助言が、研究の改善に資するところが大きかったと思われる。
 研究総括が強調した、I.独創性豊かな足腰の強い若手研究者育成とII.研究成果の社会への還元、はいずれも適切な方針であり、特にII.は物理学研究者の多い本領域では、研究者の意識改革が必要なのでとりわけ高く評価すべきであろう。成果が特許出願に結び付かない研究プロジェクトも存在したが、応用の可能性を持つ研究成果を中心に、総数では多数の特許が出願されている。
 
4. 研究結果
 研究総括によれば、「独創性と新規性の面から、世界の先端をいく研究が枚挙にいとまのないほど得られており、課題の85%が成功であった」と述べている通り、全体的に世界水準の特筆すべき成果が多数得られていて、本領域は成功裏に進められたといえる。
 第1期には必ずしも計画目標が達成されていない計画もあるが、それぞれピーク的成果が得られている。その中でも、イオン伝導体の量子伝導原子スイッチの実現は特筆すべきである。派手な成果ではないが、ミクローメゾ多孔体の研究は、実用面でも高く評価されている。第2期にも第1期を凌駕する世界的ピークの成果が得られている。超伝導微小ジョセフソン接合を用いた固体電子素子による量子ビットの実現は特筆される成果だが、この世界初の成果の価値は、量子コンピュータとしての可能性の視点から今後さらに慎重に検討すべきであろう。量子ドットを用いた遠赤外線単一光子の検出の成功も大きな成果であり、有機/金属界面、有機/有機へテロ界面に現れる光電流増幅現象と有機ELとを組み合わせた光演算回路素子も、今後は実用にむけての研究が期待される。第3期には極めて独自性の高い極限的機能の生成に成功している。例えば、コヒーレント長を数マイクロメートルに拡張した量子細線レーザーの室温発信の実現、モノサイクルフェトム秒光パルスの汎用自動発生システムの開発、有機・無機ペロブスカイト化合物の量子閉じ込め構造を利用した超高速シンチレーターの開発などである。
 以上のように、得られた成果の大半は、本領域の性格上基礎的水準のものであるが、それらの多くが多数の特許出願に結びついたことは高く評価できる。
 また、本領域での成果は、ここ数年喧伝されているナノサイエンス、ナノテクノロジーを先見的に推し進めたものであり、科学技術的、また将来、社会的、国民生活的にも大きなインパクトを与える成果であったと認められる。
 
5. その他
 本制度全般に共通する点であるが、CRESTから生まれた多数のシーズ的成果が、その後どのように発展したかについての追跡調査が望まれる。また、このような成果を社会経済への貢献に結びつけるには、プロトタイプを作り、量産性・信頼性試験など、基礎研究と産業応用の間を埋める仕組みが必要だが、それは個別の問題ではなく、国の基盤支援体制の課題と言うべきであろう。
 なお、本領域の運営の問題ではなく、基本方針に係るが、当初3年間募集の対象から企業研究者を代表とするものを排除していたことは、デバイス関連の有力な提案が得られた可能性もあったと思われ惜しまれる。
 最後に、計画終了後に大型設備を維持するための費用を負担するような制度があれば、得られた成果を今後発展させるための大きな支援となろう。

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This page updated on August 1, 2003

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