・総括責任者(現職) | 難波 啓一(松下電器産業(株)先端技術研究所 リサーチディレクター) |
・研究実施期間 | 平成9年10月~平成14年9月 |
Ⅰ.研究の概要
生命活動を支えるのは数万種類の蛋白質が形成する信号伝達、エネルギー変換のネットワークであり、そこでは常に多数の蛋白質の複合体形成による相互作用、協同作業が、非常に良く制御されたシステムとして生命のしくみの基盤を形成している。細菌の運動器官であるべん毛は、約30種類の蛋白質がそれぞれ数分子から数万分子会合して1つの複合構造体を形成しており、分子レベルから見れば巨大な分子複合体で、その構造の各部分に多彩な機能を持つナノマシンである。プロトン電流を回転トルクに変換するエネルギー変換機構や、信号伝達処理機構、自在なアクチュエータ機能を支える形態変換機構など、物理学的にも興味深く、またナノテクノロジーの基盤としても有効な情報を、豊富に提供することが期待される。
本プロジェクトは、この細菌べん毛という複雑な機能を持つ蛋白質ナノマシンの構造と機能と動作機構を解明し、ナノスケールで働く工学システムの動作原理や設計原理を解き明かすことにより、将来の人工ナノマシンの工学設計に役立てることを目的とする。
構造解明の戦略としては、個々の構成蛋白質をX線結晶解析により、そして全体構造を極低温電子顕微鏡像の画像解析とX線繊維回折法により解析するという2本立てをとった。べん毛構成蛋白質は、繊維構造や膜貫通構造を形成するため結晶化が大変困難であったが、前者については一部を除去しその重合能力を抑制することにより、ほぼ全てについて結晶化が可能になった。まずらせん型べん毛繊維を形成するフラジェリンの分子構造が得られ、結晶構造に含まれていた素繊維構造から、その0.1オングストローム精度の機械スイッチの分子機構が明らかになった。膜蛋白質である回転子や軸受け構造についても、様々な工夫を試みている。電子顕微鏡による解析は、べん毛繊維の全体構造をその2次構造が見分けられるレベルにまで解明し、またその自己構築を促進する先端キャップの構造と回転機構を明らかにした。軸受けを含むべん毛モータの全体構造についても解析が進行中である。一方、モータ機能の解析については、単分子モータ回転計測のための顕微光学装置の開発に成功し、個々のモータについての高時間・高空間分解能の回転動作計測から、モータ回転トルク発生の素過程を解明できる可能性が高まった。入力エネルギーのプロトン電流計測システムについても開発が進行中であり、これらの計測系により様々な機能変異を持つべん毛モータの動作計測を行い、トルク発生機構の解明を目指す。
このような総合的戦略が、この分子複合体ナノマシンの動作機構と設計原理の解明には必須であり、それはとりもなおさず、ポストゲノム時代の生命科学研究にとっても有効な戦略になることを意味している。
Ⅱ.研究体制と参加研究者
◆研究体制 | |
・ | 分子構築グループ(京都府相楽郡精華町/松下電器産業(株)先端技術研究所内) |
【X線による立体構造解析と構造の自己構築機構の解明】 | |
研究員数:今田 勝巳、他4名 | |
・ | 形態変換グループ(京都府相楽郡精華町/松下電器産業(株)先端技術研究所内) |
【極低温電子顕微鏡による構造解析と蛋白質分子間相互作用の研究】 | |
研究員数:米倉 功治、他3名 | |
・ | 分子動態グループ(京都府相楽郡精華町/けいはんなプラザスーパーラボ棟内) |
【光学的、電気化学的手法と遺伝子操作分子構造改変を用いたべん毛モーターの回転機構解明】 | |
研究員数:大澤 研二、他5名 |
◆参加研究者(グループリーダー、研究員) ( )内は発足時からの通算 | ||||
企業 | 大学・国研等 | 外国人 | 個人参加 | 総計 |
0(0) | 1(1) | 2(2) | 11(12) | 14(15) |
平成13年2月1日現在 |
Ⅲ.研究成果の概要(平成13年2月1日現在)
◆特許出願件数 | ||
国内 | 海外 | 計 |
1 | 0 | 1 |
◆外部発表件数(論文・口頭発表) | |||
国内 | 海外 | 計 | |
論文 | 1 | 13 | 14 |
総説・書籍 | 5 | 1 | 6 |
口頭発表 | 55 | 20 | 75 |
計 | 61 | 34 | 95 |
【発表主要論文誌】
Science / Nature / J. Molecular Biology
/ J. Structural Biology / Protein Science
主な研究成果
1) | 繊維状複合体を形成する蛋白質の結晶化技術の確立 |
べん毛のかなりの部分を占める軸構成蛋白質は、繊維状に重合する性質が強く、結晶化のあらゆる試みが繊維形成を促進する結果となった。そのため、繊維構造形成機能に重要な両末端セグメントを同定し、その部分を取り除いたフラグメントを大腸菌に大量発現させ精製することにより、系統的に結晶化する技術を確立した。また、個々のべん毛軸構造構成蛋白質に特有の細胞質シャペロン蛋白質を発現精製し、複合体を形成させることにより繊維形成を抑制し、結晶化する技術も確立した。これらの技術により、べん毛繊維軸構成蛋白質の大半について結晶化が可能になった。 | |
2) | フラジェリンの結晶構造解析とべん毛素繊維のスイッチ機構の解明 |
べん毛繊維構成蛋白質フラジェリンについては、すでに2.0Å分解能での結晶構造解析が完了した。結晶構造にはべん毛素繊維に沿った分子間相互作用がそのまま含まれていた。べん毛繊維中の素繊維は、その約52Åの周期構造を0.8Å切り変えて2種類の素繊維構造をつくり、それがべん毛らせんの形成原理であることがわかっていたが、結晶構造から、これが個々の素繊維構造の機能であることが明らかになり、またその周期構造を0.1Å精度で0.8Åだけ切り替えるしくみを、フラジェリン分子一部の小さな構造変化として同定することに成功した。 | |
3) | べん毛モータ膜蛋白質複合体の大量発現、精製、および結晶化 |
べん毛モータの回転子膜蛋白質複合体の大量精製に成功し、その結晶化条件探索作業中である。また、べん毛モータの固定子膜蛋白質であるプロトンチャネル複合体の大量発現系の構築に成功し、現在、精製条件を探索中であり、これについても結晶化を進める。 | |
4) | 極低温電子顕微鏡像によるべん毛繊維の構造解析と原子模型の構築 |
極低温電子顕微鏡像の画像解析により、べん毛繊維の全体構造について6~7Å分解能での解析に成功した。結晶構造で得られたフラジェリンの原子模型を用い、X線結晶回折データ、X線繊維回折データ、電子顕微鏡画像データを総合的に組み合わせることで、べん毛繊維原子模型の構築が可能になった。 | |
5) | べん毛先端キャップの構造解析とキャップ回転によるべん毛自己構築促進機構の解明 |
べん毛の効率的な自己構築を促進する先端キャップについて、極低温電子顕微鏡像の画像解析によりその構造解析に成功した。構造から、らせん対称性のべん毛繊維と5量体キャップという、対称性の異なる構造間の安定な結合を支える巧妙な蛋白質分子の戦略や、柔軟な構造とそのダイナミックな動作によって、べん毛先端でキャップが回転しながらフラジェリンの自己集合を助けるしくみを解明した。 | |
6) | エネルギー分光型電子顕微鏡の立ち上げと性能解析 |
高輝度高干渉性電子銃を備えたエネルギー分光型電子顕微鏡を蛋白質構造解析用に立ち上げ、その性能解析をほぼ終了した。非弾性散乱電子の除去によって、一般に言われていた低分解能領域での背景ノイズの低減のみならず、高分解能領域での像質改善効果が十分に高いことを新たに確認した。 | |
7) | 単分子べん毛モータ回転計測装置の開発と回転計測実験系の構築 |
蛍光顕微光学による単分子べん毛モータ回転計測装置の開発がほぼ完了し、高い時間分解能と空間分解能でモータの回転動作を計測することが可能になった。200Hz程度で回転するべん毛モータの周期的回転波形とその時々刻々の乱れが高いS/Nで観測可能になり、トルク発生の素過程を詳細に解析できる基盤が整った。 | |
8) | べん毛モータ機能解析のための変異株生成と解析 |
べん毛モータ単分子回転計測系による機能解析の材料として、様々なべん毛モータ変異株を生成し、また以前から得られていた多数の変異株についても、その塩基配列を網羅的に解析し、変異蛋白質と変異位置の同定をほぼ完了した。 |
This page updated on August 6, 2001
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