パー・カールソン
スウェーデン王立技術院、ストックホルム
2001年5月10日
1.導入及び総論 | |
この報告書は、2001年2月21日−27日までの訪日及び、JSTより提供された文書による資料、そして日本の研究者との私自身が話をして得た情報に基づいている。全体として言える事は、JSTは古い日本の研究支援制度を変え、非常に重要で、斬新な研究開発プログラムを確立する事に成功している。 ERATOを初めとする個々の事業に対するコメントから始めたいと思う。ERATOに対する提案や、コメントの多くは、他の事業にもあてはまるので、まず、ERATOに関して少し詳しく述べてみたい。個々のプロジェクトに対するコメントも記述している。最後に科学の振興について(その波及範囲)また、EUの研究開発プログラムについて一般的な所見を述べたい。 |
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2.ERATO | |
文書による資料から、又今回訪問した2箇所のERATOプロジェクトからも、この事業が成功している事が、明白である。ERATO規模のプロジェクトが成功するか否かは、そのリーダーの力量に負うところが大きい。JSTが選んだリーダー達は、皆高い資質を持った、起業家精神に富んだ人間である。総括責任者と、それを支援する適切な管理組織の組み合わせは、非常に良いと思われる。ERATO事業を通じて、JSTは最高水準の科学が集結する拠点を作り出している。(center of excellence) 女性の参加がまだ少なく、この部分に少し努力をしなければならない。海外からのアドバイスを取り入れる事により、よりグローバルな視点からの研究分野が選択できると考える。 通常5年間で計18億円というERATOの予算は妥当であり、必要な研究員の雇用や、研究機材の購入を可能にしている。しかし研究の継続期間と、予算制度の二つに、問題が隠されている。それは我々の訪問先の2件でも明らかであった。いかなるプロジェクトであっても、それが立ち上がるまで、準備期間が必要である。その間、必要な機材などの大部分を揃え、詳細な研究計画をまとめ、又必要な人材確保がされなければならない。従って、準備期間の長さによって、実際の研究に使える時間は、プロジェクト間で異なり、短いものでは、実質的期間が3年しかない場合もある。 私が提案したいのは、各プロジェクトごと、事前に総括責任者と立ち上げに必要な期間を定義し、合意しておく事である。5年と言うプロジェクト期間は、遵守されるべきであるが、立ち上げの期間を終えて、初めてプロジェクトは正規に開始すべきであると考える。 予算編成上で挙げられる問題は、当該年度の予算の余剰を次年度に繰り越せない事である。これはプロジェクトの予算全体の利用法としては、あまり効率の良いものでは無い。 JSTがこの点一層の便宜を図るよう努力をされ、現行の予算規模の範囲内で予算編成の改善をされる事をお奨めしたい。 ERATOに対する海外からの参加は、目標の30%に、まだ達していない。その理由の一つは、言葉の問題であると推測されるが、もう一方では海外でのこの事業の知名度の低さにあるのではないかと考えられる。研究分野の選考手順は、我々の訪日中、あまり議論されなかったが、海外の意見は聴取せずに選考が行われているように思われた。適切な研究分野の選択は不可欠であるが、先に進むにつれ、より困難になる事が予想される。 その改善策として考えられるのが、研究分野の選考プロセスに参加でき、助言できる、国際的チームを設立する事である。又そのチームのメンバーにより、海外からのパートナーの紹介も受けられよう。国際チームによる個々の事業の定期的評価を行う事により、より国際化も図れると思う。 ERATOプロジェクトの立地は通常大学キャンパス外である。それにはそれなりの利点があるが、大学のグループや、個人との協力や交流の機会が少なくなる。日常行われる他の分野の同僚とのプロジェクトに関する情報交換は、全ての者に非常に有益であることが多い。多分未来のプロジェクトリーダーは、若い大学の研究者から出てくると思われる。従って、大学と常日頃から接触を増やすことが重要である。 ERATOがより大学と緊密な関係を構築する事により、新たな学際的プロジェクトに繋がる可能性がある。又参加する学生の数も拡大することが可能になる。 個々のERATOプロジェクト: 難波プロトニックナノマシン ERATOの支援により難波博士は生物分子の基本反応の仕組みと機能の研究に必要な機器と、技術を取得している。優れた研究で、その成果はネイチャー及びサイエンス両誌に発表されている。課題は非常にタイムリーなものであり、生物物理の先端を行くものである。他のプロジェクト同様、ここでもERATOの基本的問題である研究期間と予算配分の問題が観察された。この問題はすでに取り上げている。 個々のERATOプロジェクト: 北野 このプロジェクトは二つの点から別格であると言える。第一に、キャルテックから研究者7名が参加していると言う、国際性が挙げられる。第二に、4名の大学院生、及び5名の女性が参加している事である。総括責任者は、真の起業家であり、異例に若い抜擢であった。ERATOの総括責任者の平均年齢より10年若いそうである。北野博士はすでにこのレポートで指摘した通り立ち上げ期間の必要性と、より柔軟な予算編成の必要性を強調した。彼の研究の場合明白に異なる二つの分野があり、ロボティックス部分の準備は半年で済んだが、生物学の方の準備には1年半から2年もかかった由である。この研究からのスピンオフ企業が出てくる可能性は大である。 JSTによる、より適切な技術移転支援が必要とされる。 |
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3.CREST | |
CREST事業の規模はJSTの事業の中で断然大きいもので、競争原理に基づき、提出された提案書から対象の研究が選ばれる。これは良い制度だと考える。CRESTを通じ、多くの優れた研究グループが、大学などに構築されている。提供される資金の額も、期間も妥当である。一つの懸念材料は、1995年の開始以来、応募数が年々減っている事である。1995年当初、年間1400以上あった応募総数が、2000年には約600に減少している。一つの理由は、選考される率が低い事にあると推測する。年間約40件の契約が成立している。応募数の7%が採択されると言う事は、この手の質の良い研究支援事業(年間約1億円)においては、悪い採択率とは言えないと思う。しかしながら、JSTはこの傾向(応募の減少)を充分監視し、研究者の応募を奨励する必要がある。この事業で大変重要なことは、戦略目標内での研究領域の選択である。研究領域の適切な選択の観点からも、国際的な協業を可能とする観点からも研究領域を選ぶ際、国際的協力を得ることは非常に有益であろう。 研究領域の選択は、国際的な助言グループから別個に意見を求めて行う事をお奨めする。 国内の評価者のコメントも、個々の研究者のコメントも、選考プロセスの問題点を指摘している。 応募者側により透明性の高い選考プロセスの導入で、改善が図れると信じる。 ERATOのところで述べた立ち上げ期間と、柔軟な予算編成の必要性の議論が、ここにも当てはまる。 各プロジェクトごと、事前にプロジェクトリーダーと立ち上げに必要な期間を定義し、合意しておくことをお奨めしたい。5年と言うプロジェクト期間は立ち上げの期間が終わって正規に開始すべきであると考える。JSTがより一層の努力をされ、予算編成の改善をなさる事もお奨めしたい。 個々のCRESTプロジェクト:老化の分子機構 このプロジェクトは、老化の分子機構の解明を可能にしてくれるかも知れず、いかにCRESTの助成金が、新たな研究分野の開拓に貢献できるかの、良い例である。このプロジェクトは、CRESTの初年度に開始された52のプロジェクトの一つであるが、競争原理に基づいた事業が、新たな道を切り開いていることを示している。期間の設定も適切であるが、開始日の柔軟対応がここでも望まれる。 個々のCRESTプロジェクト: 位相と振幅の微細空間解像 このプロジェクトは、企業と大学の協力の、良い事例である。日立製作所と東京大学の共同研究で開発された、1MVの電流密度の記録を持つ顕微鏡が超伝導などの、新たな分野を切り開いている。 |
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4.PRESTO | |
PRESTO事業は、個人の科学者が、3年間の援助を申請できる制度である。非常に権威のある事業で、大学の若い研究員が、日本の大学の階層的組織に依存せず、独立した研究を遂行する事を、可能にしている。事業はしっかり構成されており、通常の大学の助成制度に比べて、事務手続きも少なくて済む。領域総括の果たす役割は重要だが、個々のプロジェクトを見る限り、領域総括の人選は適切に行われている。選考プロセスに国際的意見を取りいれる事は、JSTに有益に働くかも知れない。 ERATO,CREST同様、研究期間の柔軟対応が有効であると思う。異なった研究分野で成果を達成するには、異なった時間を要する。 JSTが研究期間に柔軟性をもたせるようお奨めしたい。 個々のPRESTOプロジェクト 京都で発表した4名のPRESTO科学者は全員、熱心に、優れた非常に興味深い発表報告を行った。早稲田の研究者も、やはり機材の購入に時間がかかることを強調している。彼の研究も、大学とJSTの資金協力の良い事例である。 |
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5.TORESTとICORP | |
TOREST事業は最近できたものだが、資料を読む限り、JSTはタイムリーな研究分野を選択している様だ。若い学者にとり、この様な事業の存在はすばらしいと思う。ここでもプロジェクトの期間には柔軟対応が必要であると思われる。より透明な研究課題の選考基準と、国際的意見に耳を傾ける事が、有効である。 国際共同研究ICORPはICORPプロジェクトに従事する研究者の個人的な交流(やや限定された形での)に基づくものであるが、国際交流を推進する為の非常によい事業であると信じる。 |
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6.科学に対する関心の増進 | |
欧米同様、日本でも学童の科学技術に対する興味は減少している。これは長期的な視野に立って見ると、非常に深刻な問題である。将来優秀な研究者の数は減少するであろう。ハイテク企業の未来は有能でしっかり育成された人材が豊富にいるか否かに掛かっている。75年前、量子物理の研究は興味本位と見なされていたが、いまや技術の一部であり、近い将来、日常の生活の一部になると私は考えている。 又今日多くの国で、理科系教師の質の低下が見られ、それが子供達の科学への興味にマイナスに働いている。この傾向を食い止め、科学技術への興味を復活させねばならない。 従って、JSTの科学技術振興の努力は歓迎され、又必須である。巧みに構築されたウェブ上の教育サイトは、益々重要になってきている。政府の研究予算のごく一部にとどまっても(JSTの科学振興の2000年の予算の1%以下でも良いのだが)、長い目で見た将来のためにこういった科学のウェブ教育に資金が投じられれば良いと思う。 科学振興の強化を図る為、JSTはより力を入れ、他の機関との協力体制を確立する必要があると考える。又国際協力も有益であると考える。 |
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7.欧州連合(EU)における研究開発事業 | |
EUにおける研究開発事業は、JST及び他の日本の機関にとり参考になると思われる。 2003年度から2007年度を対象として、第6次EU研究開発事業計画の予算は、アメリカドルにして$1500億規模で、前回同時期に比べて、15%アップしている。テーマ別プログラムと水平的プログラムから構成されている。後者の事例としては、人類研究の可能性をEUの研究グループのネットワークを活用して広げ、ヨーロッパ諸国間の機動力を推進する。もう一つの例として、特殊機器が設置してある施設へのアクセスを、提供する等である。日本がEUの特定のプログラムと連携を組むことも可能であり、又ヨーロッパとの交流を、より緊密にする事が可能である。 従って、JSTが要すれば他の日本の政府機関と手を組んで、EUの研究開発プログラムを十分検討する事をお奨めする。 |
パー・カールソン | |||||||||||||||||||
氏名: | パー・カールソン | ||||||||||||||||||
市民権: | スウェーデン | ||||||||||||||||||
生年月日、出生地: |
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現職: |
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過去のポスト: |
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学位: |
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海外での研究: |
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役職: |
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会議: | およそ60の国際会議に出席。何度も演者として招待される。 | ||||||||||||||||||
出版物: | 約240件の文献を発表。 |
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