基礎的研究推進事業評価報告書(概要)


第1部 科学技術振興事業団の機関評価にあたって
1. はじめに
 科学技術振興事業団(以下「事業団」という)では、事業団が運営する事業の全般にわたって評価を行い、事業団が実施している事業の内容とその科学技術振興上の意義を明らかにするとともに、事業団の運営に当たっての改善事項を抽出することを主眼とする機関評価を行っている。

 事業団は外部から選任される評価者からなる総合評価委員会(委員長:熊谷信昭大阪大学名誉教授)(以下「委員会」という)に機関評価を依頼した。(資料1参照)

 事業団は多岐にわたる事業を実施していることから、平成12年度は基礎的研究推進事業を機関評価の対象と選定した。

 委員会では基礎的研究推進事業評価部会(部会長:寺田雅昭 国立がんセンター 総長)(以下「部会」という)を設け本事業の評価活動を行った。(資料2参照)

 委員会は平成12年5月9日以降3回、部会は7回の審議を重ね本報告書をとりまとめた。(資料3参照)

 部会は基礎的研究推進事業の研究実施場所の視察及び研究者等との意見交換を行うとともに創造科学技術推進事業の元総括責任者、国際共同研究事業の元代表研究者、戦略的基礎研究推進事業の研究統括、個人研究推進事業の領域総括と意見交換をおこなった。

 事業団は、海外から評価委員5名を招聘し評価を受けた。海外評価委員は評価に際して事業団役職員との意見交換のほか基礎的研究推進事業の研究実施場所の視察及び研究者等との意見交換を行うとともに部会の委員と意見交換を行った。評価報告書はそれぞれの委員から提出された。
第2部 評価意見
1. はじめに
 この評価報告書は部会での審議、領域総括等との意見交換及び現場視察などを踏まえ、また海外評価委員の意見も参考にしながら取りまとめたものである。

 事業団の基礎的研究推進事業の評価を行うに当たっては、国の基礎研究の推進のあり方全体に留意する必要があるため、全体的視点から事業の評価に際して前提となる事項を以下に掲げる。
(1) 基礎研究のあり方
事業団の基礎的研究推進事業は、日本全体の基礎研究制度の中ですぐれており、このような事業の拡充を図るとともに、この独創的な研究システムを積極的に日本の基礎研究制度の中に取り入れていくことが望ましい。
初期のダイナミズムを失わないために事業を常に見直すことが必要である。
(2) 基礎研究の戦略性
 以下のような観点を踏まえ戦略目標や研究領域が決定されるべきである。
日本の科学技術戦略は非常に限られた分野・目標に限定される傾向が強いので系統的かつ総合的に設定される必要がある。併せて科学技術と人間社会のかかわり合いに配慮し、産業化・企業化への具体的目標達成への総合的な科学技術戦略が定められることも必要である。
日本の基礎研究は、問題解決の意識が少ないためツール指向になり手段が目的化する傾向があるので是正を図る必要がある。
日本の研究はほとんどが単独の機関での研究である。優れた研究成果を生み出していくには、数カ所の研究機関と共同研究を組めるように研究費を支出し実用につながるよう手当していく必要がある。
研究者は世界的なネットワークをうまく使うことが必要である。
(3) 評価のあり方
 評価にはいくつかの段階・種類があり、それぞれに応じ適切に実施することが必要である。
国費を使った研究は、成果を吟味し必要に応じてプロジェクトの選定や研究費の出し方などの問題点を見直すことが必要である。
研究者や研究課題の評価において、評価を行う専門家が真に独創的なものを排除する恐れが常にある。厳正な評価は重要であるが一方で異なる価値観からの多元的な評価が行われることも重要である。
研究においてアイディアを生み出した人もそのアイディアを発展させた人も、対等に評価すべきである。
中間・事後評価は、事前評価者及び事前評価に関与しなかった人で構成することが望ましい。また事業の内容によっては評価者に海外の科学者を含めることが重要である。
期間を定めた研究は長期にわたる追跡調査が必要である。
中間評価と事後評価の評価結果を活用して良い研究成果を更に発展させる制度が望まれる。
(4) 成果の公開
 成果は使いやすく専門家以外の人にも理解できるように公開するべきである。また、国民の税で行われる研究成果の利用は極力制限を設けないことを原則とすることが望ましい。
 研究者も学会等の発表の場で絶えず自分の成果を主張する必要がある。そのためには、英語の問題も含めて、研究成果の出版や発表の媒介に対する国の援助は極めて重要である。
(5) 大学における教育との関係
大学から若手研究者をピックアップする公募型研究は教育との兼ね合いの問題が出て来る。
大学の研究者が研究にかなりの時間を投入しようとすると教育との調整を行わないと大きな問題となる可能性がある。こうした研究者の大学での教育義務をある程度免除するシステムを創らないといけないかもしれない。
2. 基礎的研究推進事業の全般的評価
(1) 1980年頃より新技術の芽の創出や、欧米の日本に対する基礎研究タダ乗り批判に対応した基礎研究を推進するため、日本で初めての研究期間を定め、かつ流動的研究制度(研究員を任期付きで雇用し研究を実施する研究システム)である創造科学技術推進事業を創設。その後も国際貢献に向けた対応に加えて、個人の独創性を目指す基礎研究が強く求められるようになり、国際共同研究事業・個人研究推進事業を創設。更に科学技術基本法、第1期科学技術基本計画を受け、国際競争力のある科学技術創造立国を目指す戦略的基礎研究推進事業を創設。このように短期間で大きく変化する日本の基礎研究戦略に対応し、事業団は基礎的研究推進の諸事業を適切かつ有効に機能させてきた。
(2) 特に、事業団のすべての基礎的研究推進事業の母型となった創造科学技術推進事業は、意識的に学際的なテーマを取り上げ(このため異分野研究者との積極的な交流を促進)、学術的基礎研究に止まらず新技術の創製までを目標とする(このため組織の壁を取り払った産・学・官からの研究者を結集)一方、総括責任者の裁量を極力尊重し、期間限定の研究組織、任期付の雇用による新しい研究システムを創設した。また、研究推進に当たっては研究者のオリジナリティーが発揮されるよう事業団の直轄方式による柔軟な運営を行った。
 このシステムは、大きな成功をおさめそれ以降、各種研究事業等に、その特徴が反映されている。
3. 基礎的研究推進事業の個別事項に関する指摘
(1) 基礎的研究推進事業の基本的考え方
事業団の基礎的研究推進事業が多額な研究費の投入によるプロジェクトの推進や総括責任者、研究代表者等に大きな自由度を与えたことは妥当であると考える。
創造科学技術推進事業は公募型をとらないユニークな方式で日本の基礎研究システムに大きな影響を与えており評価される。
国際共同研究事業は創造科学技術推進事業の成果を展開したものも見られ、欧米諸国の協力のもとで研究が推進されたことは評価される。
上記以外の事業団の基礎的研究推進事業について、戦略目標を明確に定めた上で、広範な分野の様々な研究者、研究テーマの公募という方法を採ったことは、多様な研究資金により日本の基礎研究を重点的に推進するという点からも評価される。
(2) 研究者等
領域総括・研究統括
領域総括等は広範なデータベース調査や事業団の独自の調査からその分野で活躍している者を選んでいる。
領域総括等の機能や徹底した中立性は、事業団の基礎的研究推進事業の特色として維持することが適当である。
研究者
事業団の基礎的研究推進事業は、若い研究者の育成という見地からも実績を挙げており評価すべき重要な成果である。
事業に参加したポスドクの処遇は、実績に応じた明確な考課を行っており、健全且つ競争的な人事政策となっている。
(3) 研究費
 多額な研究費とその運用に大きな自由度を与えたことは研究の発展に大きく寄与しており、評価できるが、プロジェクト・研究課題毎の研究費の配分にもっと柔軟性を持たせることを検討する必要がある。
(4) 研究期間
5年ないし3年という期限は明確な目標と適当な緊張感を研究者に与えることとなり評価できる。
創造科学技術推進事業及び国際共同研究は、実質研究期間5年を確保するため半年ないし一年の準備期間を与えるのが望ましい。
(5) 研究場所
 創造科学技術推進事業の研究実施場所は、大学等の運営から独立したオフキャンパス方式をとっているので十分なスペースの確保や能力のある研究員の雇用が可能となるなどのメリットがあり研究者のための良好な研究環境の提供を図ってる点は高く評価したい。しかし基礎研究は、同じ場所に多くの優れた人間が集まって密接に情報交換してやっていくのが良いという考え方もある。大学側の理解を受けながらオンキャンパスのメリットを生かすことも考えるべきである。
(6) 成果
社会還元
基礎的研究推進事業は、研究成果の技術開発段階への移行や具体的な商品開発まで至っているかどうかという点のみならず、新しい科学技術分野の創設、特許の取得や我が国全体の科学技術の中で画期的な方向付けやインパクトを与えたか、新しい研究システムとして他の制度等への波及効果など多様な観点から社会還元が行われているかを見るべきであるが、事業団の基礎的研究推進事業は十分その成果を上げていると考える。
論文・特許・企業化
論文発表については、事業団の基礎的研究推進事業が総合的には評価し得るものとなっていることは認められるものの、より一層国際的評価に耐えうるようなものとしていく必要がある。
事業団の基礎的研究推進事業は、原理に近い研究段階であるため特許登録件数を他の応用段階に近い研究を行う機関と比較することは難しいが大学と比べれば画期的な件数になっている。
事業団が特許出願のために、専門家や多数の嘱託弁理士を配置することにより研究者を殆ど煩わせることなく海外を含む調査、出願手続き、特許取得の可能性の検討等を実施していることはユニークな方式であり、日本の他の研究システムに波及させることを望みたい。
基礎的研究推進事業の成果の企業化については、事業団の技術移転制度に乗せてはいるものの、この努力は一層充実させるべきである。
(7) 設備の利用
 基礎的研究推進事業で調達した装置等は新しく始まるプロジェクトに移すなどの有効利用が進められているが、これを一層進めるべきである。
(8) 評価
基本的考え方
創造科学技術推進事業などは、総括責任者に5年間の研究の推進を任せることを事業運営の基本としているので、中間評価は評価というよりはアドバイス程度でよいという考え方もありえよう。
戦略的基礎研究推進事業では、中間評価に際して外部の専門家を加えることにより一層積極的に取り組む必要がある。中間評価で後半の研究を進めるか打ち切るかまでを決定できれば、中間評価の意義も緊張感も高まるであろう。
基礎研究から実用化に至るまでに相当期間が必要であるため長期の追跡調査を的確に行うべきである。
ピアレビューの考え方
ピアレビューの重要性は、いうまでもないが、ピアレビューだけでこの種の研究(提案公募型基礎的研究)の評価を進めることには、いくつかの問題点があるので各事業の狙い、特徴などを反映させた的確な評価方法を確立すべきである。
評価結果の反映
厳正な評価の前提の下に、すぐれた研究に長期の資金の提供が保証されるように基礎的研究発展推進事業を運用していくことは、実効ある評価制度の定着のためにも大いに期待されるところである。
プロジェクトに加わった研究者について大学をはじめ各研究機関における種々のしくみや制度において適切に評価してもらう必要がある。
評価結果の公開
事業団の評価結果はすべて公開されており問題はない。
評価は元来投入した研究費に対する成果だと考えるので、実施した個々のプロジェクトの研究費の内訳の公開を更に進める必要がある。
(9) 他の制度との関係
出資金による公募型基礎的研究制度については文部科学省以外に厚生労働省、経済産業省、農林水産省等が行政目的に応じ整理され発足しているがその成果の活用の促進が図られるよう連携が必要であろう。
科学研究費補助金は、日本の学術研究全般を底上げするため自主的、自立的な研究者発意の学術研究に対し比較的少額の研究費を多数の研究者に配算している。その執行は大学事務局等を活用している。事業団の基礎的研究推進事業は原則として国の定めた戦略目標に従い高額の研究費が重点的に配分されている。研究費を効率的・集中的に使えるように経理、人事、特許事務等も全て事業団が直轄し、研究者への負担を最小限にしている。
 以上のように、事業の目的や実施方法の点から各々特徴ある制度となっている。
4. その他の配慮事項
(1) 事業団の海外の展開について
 基礎研究事業を進める場合、海外の研究機関との連携や共同研究の重要性は増大すると考えらるが、米国との関係は難しい点を含んでおり事業団はこれに対応するため米国に拠点を確保することが重要である。
(2) 応募者の属性
 国立試験研究機関(国研)の研究者は戦略的基礎研究への参加が少ないが、2001年度から国研の大半は独立行政法人化したため、その研究者が各省のマルチファンドに応募し研究を行うことが活発になると言われている。そうした制度の変更に伴い、旧国研研究者も積極的に事業団の基礎的研究推進事業に応募してくることを期待する。
(3) 若手研究者の独立性
 科学技術基本計画に基づき、若手研究者による独創的な研究の促進に向けて、予算措置の見直しが行われる予定である。国全体の動きの中で事業団の若手研究者を対象とする基礎的研究推進事業が有効に機能していくことを期待する。
第3部 提言
 以上の評価意見を踏まえて、全体として特に注意すべき事項を提言として述べる。
(1) 研究システムの長所と改善点
明確な戦略目標の下に研究領域が設定されて、公募により研究課題と研究者を募り、厳しい評価を経て選定していくという事業団の基礎的研究推進事業の研究システムは、もっとも的確な今後の基礎研究の推進方向と考える。
事業団のシステムは、年限を限った直轄組織として運営することにより、経理・人事・特許管理・研究管理の雑務から研究者を解放し、また定員制度により若手研究者の雇用が進めにくい公的研究機関の研究者の大きなメリットになっている。
このように個別にすぐれた制度や仕組みがあるにもかかわらず、我が国の基礎研究システム全体がなお改善を図るべき点が多数残っており、この点は国全体で考えなければならない点である。
(2) 国際的評価に耐えうる基礎研究
 我が国は基礎的研究を積極的に推進し、ある程度の成果を収めてきたが、国際的な比較においては十分とは言えない状況にある。国際社会での活動を高め、国際的評価に耐え得るものにしていく必要がある。今後、基礎的研究は国際的な取り組みが今まで以上に重要となるので、事業団においても基礎的研究の国際性を一層高めることが必要であろう。
(3) 研究事業のフォローアップシステム
 研究プロジェクトの終了後のフォローアップシステムを整備することが望ましい。その効果は本来業務に劣らぬ大きな社会的インパクトとなるものもあることを強く認識すべきである。得られた科学技術上の知見を踏まえ、新しい科学技術分野の創出や学会として発展させていくための支援や、とりわけ優れた研究成果にその展開を促進するための新しい研究の機会を与え、技術化に一層の確実性を与えるためのものがある。
(4) 研究成果の自主的長期的評価
事業団は、自らの調査に基づく的確な制度の見直しを図ることが望ましい。特に、学識経験者や専門家に評価や領域設定の意見を聞く場に事業団の事業を知悉している海外の優れた科学者を含めることは重要である。
革新的な基礎研究システムは、長期にわたり広範な学問的発展と社会の隅々への影響として浸透していくものであり、新しい基礎研究システムの創設に取り組んでいる事業団では10〜20年程度にわたる評価を行ってみることが望ましく、その評価結果は日本の新しい研究システムの構築に大いに役立つであろう。
 これらの独自の評価を踏まえて基礎研究システムの開発フロンティアたる事業団は新しい基礎研究制度を提案していくことも、その任務と考える。
(5) 事業の見直しの視点
 新たな科学技術基本計画の決定、国研の独立行政法人への移行、国立大学の独立行政法人化への検討、企業の研究状況も変化、基礎研究推進機関のCOE化、競争的資金の比率の飛躍的増大等に対応していくことが必要となるであろう。
 大学、国研が大きく変わろうとしている中で創造的な基礎研究を支えてきた事業団の役割は益々重要となっている。評価に当たっても独創的ですぐれた科学的成果があげられることはもちろんであるが、更に我が国の科学技術に課された課題に対処していくために以下の視点から事業の見直しを常に行うことが必要である。
新技術の創製が図られているか。
海外から注目されるなど国際性は発揮されているか。
若手による良質な萌芽的研究が進められたか。
研究成果を具体的な技術や更には産業として発展させるものとなっているか。
生み出された科学技術、又は目標としている科学技術を総合的、社会的観点から評価しているか。

This page updated on August 22, 2001

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