第2部 評価結果


総括的事項と科学技術情報流通政策関連事項
 20世紀における科学技術の進歩は物理学、化学、生物学などのサイエンスにおけるパラダイムの転換や輝かしい技術革新などに色どられてきたが、その一方で、環境面、倫理面などでの大きな課題も顕在化している。21世紀のスタートを前にして科学技術の発展は転換期にさしかかっているが、このような中で情報科学技術は21世紀の社会をこれまでとは質的に異なったものとするかのような勢いで発展している。
(1) 科学技術会議 第25号答申と事業団の事業について
今回の機関評価の対象となった科学技術情報の流通について、科学技術会議の策定した「未来を拓く情報科学技術の戦略的な推進方策の在り方について」に関する第25号答申(平成11年6月2日)は、科学技術情報が人類全体の重要な資源であるという観点からネットワーク時代の科学技術情報の形態及びその流通の在り方を分析するとともに、摘出された課題に対応しネットワーク時代に対応した科学技術情報の円滑な流通を実現するために戦略的にとるべき課題を明らかにしている。
この答申は、インターネットとワールド・ワイド・ウエブに象徴される情報技術の急激な進歩が、科学技術の情報流通に革命的な影響を与えるであろうという認識を前提として、国の採るべき方策を論じたものである。当然、事業団に関係する課題も多いが、全体としては、はるかに大きな規模の問題が論じられている。今回の評価を行うに当たり、委員会では常に第25号答申を念頭に置いて、討議を進めてきた。このことは、時に当面の機関評価の枠を食み出すものであった。こうした場合は、事業団の評価というよりは、この答申の精神を踏まえた参考意見という形で、委員会が討議したことを残すよう努力した。
(2) 新しい情報科学技術のインパクト
機関評価を行うに当たっては、短期的な視点で考えるよりも少なくとも10年程度は先を見た上で判断していくべきであるが、今日のWWWの重要性を10年前に理解していた専門家がほとんどいないことからわかるように、このようなタイムスパンで考えることは容易ではない。しかしながら、インターネットとWWWに関連する新しい情報科学技術の急速な発達は、今回評価の対象とした全ての事業の将来に大きなインパクトを与えることは確実である。特に科学技術文献に関しては、学会誌を嚆矢として電子ジャーナルへの移行が進み、自由に、あるいは限定的にではあってもインターネットでの閲覧が可能となりつつある。検索エンジンの進歩を併せて考えると、データベースを介さないでも自由な検索が可能になる。このようなシステムは、事業団が一般会計で進めている電子ジャーナルや分散型デジタル・コンテンツ統合システムの発展と深い関係にある。文献の抄録作成についても科学技術庁科学技術政策研究所が1997年に明らかにした技術予測によれば、「図書、資料の要約・抄録を自動的に行う装置(要求により任意の圧縮比で出力ができる)が開発される。」という 設問に対し実現予測時期は2009年とされている。この質問項目は1992年に実施した同様な調査の結果によれば2010年に実現するものと予測されており、5年を経過した後の調査において実現予測時期が1年繰り上がったことからわかるように、その実現性は大きい。もし、これが可能になればフルテキストからの自動抄録作成もかなり現実的なものとなってくるし、これを更に機械翻訳による英文化と組み合わせれば、若干正確性は劣るが海外に向けての情報発信も格段に容易になる。
このような状況を踏まえると、インターネット上に存在する、@統合的に検索できるデータベース群とA検索エンジンによって検索可能なテキスト情報の両者をどう連動させるかが大きな課題となる。また、これまでは独立に扱われてきた、フルテキスト、その抄録及びデータベースの三者をどう連動させるかが新しい課題として浮上してくる。その際、著作権制度との連携も大きな課題である。科学研究の中では爆発的にデータが増大している生命科学や環境科学の分野では、データや知識をどのように蓄積し、どのような方式で検索するかが、研究を展開する上で極めて重要になってきている。このことは、大規模なデータや知識ベースを解析することによって新しい知識を生み出す方法論の重要性を意味している。こうした方法論は、データマイニングや知識マイニングと呼ばれる。計算科学技術活用型特定研究開発推進事業においては、当然こうした方法論の研究が提案されるだろう。
こうした流れは当然データベース開発支援事業の見直しをも迫るものでもある。これまでのように申請者の求めに応じて従来型のデータベースの開発を支援することばかりでなく、新しいデータベースの開発を支援しなければならない。また、情報媒体のウエブサイトへの急速な移行に伴い、情報資源の維持、管理に関しての新たな問題が発生してくる。即ち、版元における情報資源の維持、管理が商行為で行われる以上、将来にわたる継続性が保証されるわけではないことから、情報提供の継続が出来なくなった場合は情報源としてのウエブサイトの継続性を国として確保すべきではないかと考えられる。特に、科学技術分野では既に重要なウエブサイトがあるにもかかわらず、国としてこのような観点からの動きもないので早急にその対策を講じる必要があり、その実施主体として事業団を視野に入れるべきである。
これらはいくつかの例に過ぎない。現在の情報科学技術の発展方向を勘案するなら、今回、評価対象とした事業の内容はこれから5年ないし10年の間に劇的に変化する。このような事態に対処するため、事業団は今回評価の対象としたほとんどすべての事業を、統一的な理念の下に有機的に連携して進める必要がある。当然のことながら、供給すべき商品については現在の形態の是非を含めて冷静に判断し、先手を打つくらいのアプローチをすべきである。委員会としては、事業団が変化に受け身で対処するのではなく、むしろ積極的に対処することを望みたい。事業団がこうした積極性と進取の精神を示すことは、第25号答申の理想を実現する大きな力になるであろう。いうまでもなく、このような指摘は事業団の事業の範囲を無制限に拡大することを勧めるものではなく、民間ベースでできるものについては、これをできるかぎり民間に任せ、事業団の事業の範囲がいたずらに膨張することのないようにしなくてはならない。
(3) 21世紀の事業団の事業の進め方
21世紀の我が国にとっては、科学技術を継続的に発展させていくための基盤、環境の整備、充実が必要である。国の骨格をなす基盤的なインフラストラクチャーとしては、国防から始まって安全、エネルギー、交通、教育、福祉など多様なものがあり、国家の関与する度合いもそれぞれ異なっている。科学技術情報の作成や流通に関することも我が国の安全保障や文化の維持の観点から欠かすべからざる側面を有しており、国の果たすべき役割も大きい。我が国においては科学技術情報の流通に関しては、事業団の他にも国立国会図書館、国立情報学研究所などがそれぞれの観点から携わっており、その協力、連携が不可欠であるが、特に事業団については国公立及び民間の双方を含めた研究開発関係者に対する全般的な科学技術情報の中枢的な提供機関としての存在意義は大きい。文献情報の作成に当たっては今後如何なる事業が事業団の存在価値を高めることになるのかを明らかにし、その中でどこを国が負担し、どこを利用者が負担すべきかを客観的に考えていかねばならない。国家的視点ばかりでなく、利用者のニーズ、類似データベースの有無などの観点を踏まえて考えると、我が国にしかない 情報を確実にデータベース化していく意義は大きい。利用者側から見ても検索対象となる情報のうち我が国で発生したものはこのデータベースさえ見れば安心できるという状況を作り出しておけば、事業団の文献情報データベースに対する信頼感は高まる。即ち、日本国内で発生した文献に関する情報はすべて網羅することを事業の存在意義、価値と考えることもできる。そのためには国も積極的に負担することとし、特に、利用率は低いが網羅性の観点から不可欠なものに対しては一般会計で賄うことも必要である。これに対し外国文献については、外国のデータベースの存在、21世紀に入れば英語がより広汎に利用されることから英語による抄録を提供すれば済むことも多くなろう。それでも外国文献の日本語抄録を必要とする場合には、要した費用に対応する負担を求める必要がある。
科学技術基本法に基づき政府が科学技術創造立国を目指して努力をしていることにより科学技術情報流通の分野においても従来の文献情報事業ばかりでなく、一般会計からの財源も投入されるようになり、電子ジャーナル、省際ネットワーク、デジタルコンテンツ統合システム、ReaDや公募型事業が行われるようになった。今、事業団に求められることは、多様になってきた手段を活用し、事業団が全体として何を実現しようとしているかの理念を明瞭に示し、その理念の実現に向けこれらの手段を統合的に活用していくことである。
我が国における科学技術情報の流通に関し、事業団は様々な強みをもっている。しかし、事業団自身も科学技術庁もこうした強みにあまり気がついていないか、あるいはそれを意識していない。さらに言えば、現状では仮に気がついていても、事業団がその強みを生かせるような環境条件が整っていない。委員会としては、事業団が今後この壁を積極的に破っていくことを期待したい。また、科学技術庁もそれを支援すべきであると考える。
そうした方向への具体的な努力目標として、事業団の運営に関して3つの提言をしたい。第1は、企業の外部取締役に当たるような外部の人間が事業団の経営幹部に実質的な助言をする仕組みを作ることである。第2は、サービス事業か公募型の研究支援事業かを問わず、情報科学技術の劇的な進歩に効果的に追随できるように、外部のコンサルタントあるいはそれに相当する人間の助言を得る仕組みを作ることである。最後は、変化のスピードを考慮して、大がかりな評価作業を何年かに1回行うのではなく、より短い期間に、素早い見直しを行うことである。さらに監督官庁である科学技術庁に対しては、事業団の自主性を尊重すること、事業団が個別事業を全体として有機的かつ効果的に進めていけるような自由度を認めるとともに、創造性が発揮できるように十分配慮することを求めたい。

This page updated on June 15, 2000

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