科学技術振興機構(JST),富士通株式会社,首都大学東京

令和元年9月24日

科学技術振興機構(JST)
富士通株式会社
首都大学東京

マイクロ波を電力に変換する高感度ダイオードを開発

~電源いらずのセンサーネットワーク実現へ~

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、富士通株式会社の河口 研一 事業部長付と首都大学東京の須原 理彦 教授らは、微弱なマイクロ波を電力に変換できる高感度のナノワイヤバックワードダイオード整流素子を開発しました。携帯電話基地局などから放射されている環境電波から電力を生み出す環境電波発電に役立つ技術として期待されます。

本格的なIoT時代の到来に備え、センサーネットワークのバッテリーレス化を実現する環境電波発電が注目されています。しかし、従来の整流素子は、微小電圧における整流特性や素子サイズにより、環境電波の多くが該当するマイクロワット(μW)以下の微弱電波を電力に変換することが難しく、高感度なダイオードが求められていました。

本研究グループは、小さな電圧領域においても優れた整流特性を持つバックワードダイオード注1)を髪の毛の約1000分の1の細さにまで微細化したナノワイヤ注2)の形成に成功しました。開発したナノワイヤバックワードダイオードは、従来のショットキーバリアダイオード注3)の10倍以上の感度を世界で初めて達成しました。

本技術により、100ナノワット(nW)レベルの微弱なマイクロ波を電力に変換し、センサーなどの機器を駆動させることができます。今後、ダイオードと電波を集積するアンテナの設計を最適化し、定電圧化のための電源制御を追加することにより、環境電波発電の実現が期待されます。

本研究成果は、ポーランド・クラクフで開催中の国際会議「European Solid-State Device Research Conference(ESSDERC)」で2019年9月26日(ポーランド夏時間)に発表されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」
(研究総括:谷口 研二 大阪大学 名誉教授、副研究総括:秋永 広幸 産業技術総合研究所 ナノエレクトロニクス研究部門 総括研究主幹)
「ナノワイヤ半導体を用いた環境電波発電デバイスの研究開発」
河口 研一(富士通株式会社 ネットワークプロダクト事業本部 ワイヤレスシステム事業部 事業部長付)
平成28年10月~令和2年3月

JSTはこの領域で、さまざまな環境に存在する熱、光、振動、電波、生体など未利用で微小なエネルギーを、センサーや情報処理デバイスなどでの利用を目的とした電気エネルギーに変換(環境発電)する革新的な基盤技術の創出を目指します。上記研究課題では、トンネル効果における電流を動作原理とする高感度なバックワードダイオードを、サブミクロンサイズの微細な半導体ナノワイヤによって低容量化することで、飛躍的に高感度化した受信デバイスを実現します。さらに、ナノワイヤバックワードダイオードに最適な電力変換回路を実装することで、微弱環境電波の電力変換を原理実証します。

<研究の背景と経緯>

本格的なIoT時代の到来に備え、センサーネットワークのバッテリーレス化を実現するために、近年、身の回りの微小なエネルギーを電力に変えるエネルギーハーベスティング技術が注目されています。その1つとして、通信に利用するために携帯電話基地局から放射され、空間に遍在する微弱な電波(マイクロ波)を電力として再利用する環境電波発電があげられます。環境電波発電に用いる装置は、電波を集めるアンテナと、その電波を整流する整流素子(ダイオード)からなる電波発電素子で構成されます(図1)。

ダイオードのマイクロ波に対する応答性能(感度)は、整流特性の急峻性とダイオードのサイズ(容量)に大きく依存します。一般的に電力変換用途のダイオードには、金属と半導体の接合構造で生じる整流性を用いたショットキーバリアダイオードが使われています。しかし、微小電圧においての整流特性が緩慢で、かつ素子サイズが数マイクロメートル(μm)以上あり容量が大きいため、マイクロワット(μW)以下の微弱なマイクロ波への感度が十分ではなく、環境電波を電力へ変換することが困難だったため、ダイオードの高感度化が求められていました。

<研究の内容>

本研究グループは、異なる2種類の半導体を接合することによって整流性が生じ、かつ従来のショットキーバリアダイオードとは異なる原理(トンネル効果)で電流が流れることにより、ゼロバイアス注4)での急峻な整流動作が可能なバックワードダイオードを微細化・低容量化することで、より高感度なダイオードを実現すべく開発を進めてきました(図2)。

これまでバックワードダイオードは、積層された化合物半導体薄膜をエッチングによりディスク状に加工して形成されていましたが、加工による損傷を受けやすい材料のため、サブミクロンサイズまで微細加工してダイオードを動作させることは困難でした。

本研究グループは、接合される半導体材料の構成元素の割合(組成)および添加不純物濃度の精緻な調整により、バックワードダイオード特性に求められるトンネル接合構造をn型のインジウム砒素(InAs)とp型のガリウム砒素アンチモン(GaAsSb)からなる直径150nmのナノワイヤ内において結晶成長させることに成功しました。さらに、そのナノワイヤの周囲を絶縁素材で埋め込む加工およびワイヤの両端に金属で電極膜を形成する加工において、ナノワイヤを傷つけることなく実装する新技術を活用しました。これらにより、従来の化合物半導体の微細加工技術では困難だったサブミクロンサイズのダイオードの形成が可能になり、従来のショットキーバリアダイオードと比較して10倍以上の感度を持つナノワイヤバックワードダイオードの開発に世界で初めて成功しました(図3)。

現在の携帯電話用の通信回線規格4G LTE/Wi―Fiで利用されるマイクロ波周波数2.4GHzで検証した際の感度は、従来のショットキーバリアダイオードの感度(60kV/W)に対して、約11倍(700kV/W)です(図4)。これにより、100nWクラスの微弱電波を効率よく電力に変換することが可能となり、携帯電話基地局から環境に放射されたマイクロ波を、従来と比べて10倍以上の広さのエリア(携帯電話通信が可能なエリアの10パーセントに相当)で電力変換でき、センサー電源としての活用が期待されます(図5)。

<今後の展開>

将来的には、今回開発したナノワイヤバックワードダイオードを応用することで、5G通信における豊富な環境電波エネルギーを活用し、安定的にセンサーを駆動させるなど、構造物や建造物などのインフラのモニタリングに用いられるセンサーの電源フリー(バッテリーレス)化への貢献が期待できます。

本研究グループは今後も、さらなるダイオードの高感度化とダイオードを集積するアンテナの最適化を行い、定電圧化のための電源制御を追加することにより、環境電波を利用した発電がどこでも可能になる技術の実現を目指します。

<参考図>

<用語解説>

注1)バックワードダイオード
従来のショットキーバリアダイオードとは異なり、トンネル現象を利用して動作するダイオード。従来のダイオードでは十分な整流性が得られない小さな電圧領域においても優れた整流動作が可能。
注2)ナノワイヤ
幅がナノメートル(nm)単位の極めて細いワイヤ状の半導体。エッチングなどのトップダウン加工ではなく、結晶成長によってボトムアップ形成ができる。
注3)ショットキーバリアダイオード
金属と半導体の接合によって発現するショットキー障壁というエネルギーを整流作用に用いたダイオード。
注4)ゼロバイアス
電圧がゼロであること。環境電波発電では、動作電圧の調整のために電力を消費できないため、ゼロバイアスでの動作が求められる。

<論文タイトル>

“Highly Sensitive p-GaAsSb/n-InAs Nanowire Backward Diodes for Low-Power Microwaves”

<付記>

本研究のナノワイヤバックワードダイオードは、株式会社富士通研究所のデバイス&マテリアル研究センター(神奈川県厚木市)で試作されました。

<お問い合わせ先>

(英文)“JST, Fujitsu, and Tokyo Metropolitan University Develop Highly Sensitive Diode, Converts Microwaves to Electricity”

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