,科学技術振興機構(JST)

令和元年9月10日

科学技術振興機構(JST)
東北大学 大学院工学研究科

半導体原子シートの新たな合成機構を解明

~次世代フレキシブル光電子デバイス実現に期待~

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、東北大学 大学院工学研究科 電子工学専攻の加藤 俊顕 准教授と金子 俊郎 教授らは、原子オーダーの厚みを持つ半導体原子シートである遷移金属ダイカルコゲナイド(Transition Metal Dichalcogenides:TMD)注1)に関する新たな合成機構の解明に成功しました。

特殊環境下で成長するTMDは、成長過程の様子を直接観測することが困難なため、成長初期過程が未解明であり、高品質なTMD合成に向け詳細な合成機構の解明が望まれていました。

本研究グループは、腐食性ガスが存在する約800℃の高温特殊雰囲気下でTMDが成長する様子をリアルタイムで光学像として観測できる、その場観察合成手法注2)を開発しました。さらに結晶成長時の前駆体注3)拡散を制御する機構をあらかじめ合成基板上に作り込み、成長前駆体が従来の半導体材料に比べ、約100倍以上の距離を拡散することを明らかにしました。また液滴状態の前駆体の関与によって核発生が生じることも明らかにしました。さらに本手法を活用し、実用スケールの基板上に3万5千個以上の単層単結晶原子シートを大規模集積化合成することにも成功しました(図1)。

本研究成果を活用することで、原子オーダー注4)の究極の薄さを持つ半導体原子シートの大規模集積化合成が可能となり、次世代フレキシブルエレクトロニクス分野での実用化が期待されます。

本研究成果は、2019年9月10日(英国夏時間)に英国科学誌「Scientific Reports」のオンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」
(研究総括:常行 真司 東京大学 大学院理学系研究科 教授)
「機械学習を活用したナノカーボンアトミックエンジニアリング」
加藤 俊顕(東北大学 大学院工学研究科 准教授)
東北大学 大学院工学研究科
平成29年12月~令和3年3月

<研究の背景と経緯>

原子オーダーの厚みから構成される2次元原子シート材料が注目されています。2010年にノーベル物理学賞の対象となったグラフェンは、炭素からできた最も有名な原子シートとして知られています。このグラフェンと類似の構造を持ち、炭素以外の原子で構成された原子シートが続々と発見されています。

特に、モリブデン(Mo)やタングステン(W)などの遷移金属と硫黄(S)などのカルコゲン原子から構成される遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)と呼ばれる原子シートは、グラフェンにはない半導体特性を示すことから、半導体エレクトロニクス分野で非常に期待されています。さらに超伝導や室温安定励起子注5)バレー偏極注6)などの物理現象が発現することも分かっており、従来の電荷のみを用いる半導体デバイスとは異なる電荷、スピン、バレーを活用した新たなデバイス開発の観点からも大きな可能性を持つ材料として研究が活発に進められています。

しかしこれらTMDの特異な物性は主に、3次元結晶から小片を粘着テープで剥がした微小結晶で観測されたものであり、この特性を実用デバイスに活用するためには、大面積、高品質の単結晶合成手法の確立が必須といえます。また単結晶合成技術において、大面積化、高品質化、集積化、結晶方位制御、欠陥密度制御、層数制御などいまだに多くの問題が残されているのが現状であり、課題解決に向けTMD原子シートの成長機構を解明することが、最優先課題の1つとされています。

<研究の内容>

TMDの合成機構に関して、原料が気相から基板に供給され基板表面で原子オーダーのシートが成長することは知られていました。しかし、どのような組成の原料(前駆体)がどのように基板に供給され、その後どのような過程を経て原子層シートの成長に至るかに関して全く明らかにされていませんでした。

そこで、本研究グループはこれらの結晶成長初期過程を解明するため、まず結晶成長が開始する核発生サイト注7)を制御する手法を開発しました。あらかじめ基板上にナノメートルオーダーの金(Au)ドットを配置してTMDの一種である二硫化タングステン(WS)の合成を行いました。その結果、Auドットから選択的に単層単結晶のWSを成長させることに成功しました(図2)。

次にこの手法を活用して合成機構の解明に取り組みました。まず、前駆体が基板上を拡散する距離を実測するため、Auドットの周囲にあらかじめ拡散を防止する構造を基板上に作り込み、拡散防止構造と結晶サイズの関係を詳細に解析しました(図3)。その結果、WSの結晶成長に使われる成長前駆体は、基板上を750マイクロメートル(um)以上も拡散した後、核となるAuドットに捕捉され成長を開始することが明らかとなりました。この拡散長は、一般的な半導体材料であるシリコンや化合物半導体と比べ、約100倍以上長い値です。従来の半導体では原子、分子レベルでの前駆体拡散機構が一般的なモデルであったのに対し、今回明らかになった100倍以上長い拡散長は、従来のモデルでは説明できない新たな成長機構の存在を意味しています。

次に、成長状態をその場で観察できる合成装置を独自に開発し、WSの結晶成長のその場観察を行った結果、Auドットに取り込まれた前駆体が一度円形の液だまり状態を取り、液だまりが一定サイズ以上に増加した後、三角形の単結晶原子層シート構造の成長が開始する一連の成長推移を明らかにしました(図4)。TMDの成長状態をその場観察した成果は本研究が初めてです。

この特異な成長過程と前述の長距離前駆体拡散を考慮すると、前駆体自体がナノスケールの液体状態を取り、液滴として基板上を拡散することで、従来の半導体に見られる原子、分子状拡散より格段に長い距離の拡散が実現できたと考えられます。

このような、液滴前駆体による一連の結晶成長機構を基に合成条件を最適化した結果、センチメートルオーダーの実用スケール基板上に3万5千個以上の単層単結晶TMDを均一に高度集積化合成することに成功しました(図5)。

<今後の展開>

本研究は、従来粘着テープで剥離した小片を用いた原理実証実験にとどまっていたTMD研究に対し、単層単結晶TMDを任意の場所に大規模集積化合成を可能とした画期的な成果です。今後フレキシブルセンサーや高性能なフレキシブルトランジスターなどさまざまな超高性能なフレキシブル光、電子デバイスへの実用化が期待されます。

また、本手法を活用することで、今後単結晶サイズの飛躍的な増大や構造欠陥導入機構の解明、結晶方位制御などへの貢献も見込まれます。

<参考図>

<用語解説>

注1)遷移金属ダイカルコゲナイド(Transition Metal Dichalcogenides:TMD)
グラフェンと類似の原子層物質。遷移金属がカルコゲン原子に挟まれた構造を持つ。グラフェンは金属的伝導特性を示すが、TMDはバンドギャップを持つ半導体特性を示すことから半導体デバイス分野への応用が期待されている。
注2)その場観察合成手法
合成時の様子をリアルタイムでモニターできる結晶成長手法。
注3)前駆体
結晶成長の原料。結晶に取り込まれて、最終的にその一部あるいは全体が結晶を構成する要素となる。
注4)原子オーダー
原子1個は約数オングストローム(1オングストロームは100億分の1メートル)。1~数個程度の原子が集まった大きさを意味する。
注5)室温安定励起子
室温で安定に存在する励起子(電子と正孔のペア)のこと。通常の半導体中では励起子を安定に存在させるために極低温に冷却する必要があるが、TMD中では励起子束縛エネルギーが高いため、室温下でも安定に存在することができる。室温で動作できる励起子を使った光電子デバイスへの応用が期待されている。
注6)バレー偏極
電子の運動量に起因した自由度であるバレー(谷)に関して、2つのバレー(Kバレー、K’バレー)間の電子状態に偏りが生じること。TMD中では右回りあるいは左回りの円偏光を照射すると、片方のバレーの電子のみを励起することができる。従来の半導体デバイスで利用されている電荷自由度とスピン自由度に加え、新たな自由度であるバレー自由度を制御する技術として期待されている。
注7)核発生サイト
結晶成長が開始する基板上の場所。

<論文タイトル>

“Nucleation dynamics of single crystal WS2 from droplet precursors uncovered by in-situ monitoring”
(その場観察により明らかになった液滴前駆体からの単結晶WS核発生ダイナミクス)
DOI:10.1038/s41598-019-49113-0

<お問い合わせ先>

(英文)“Clarification of a new synthesis mechanism of semiconductor atomic sheet”

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