大阪大学,東京大学,理化学研究所,科学技術振興機構(JST),ルール大学ボーフム

令和元年7月16日

大阪大学
東京大学
理化学研究所
科学技術振興機構(JST)
ルール大学ボーフム

単一光子から単一電子スピンへ情報の変換に成功

~長距離量子暗号通信や量子インターネットの基本技術の1つを検証~

ポイント

大阪大学 産業科学研究所の藤田 高史 助教と大岩 顕 教授、理化学研究所 創発物性科学研究センターの樽茶 清悟 副センター長(研究当時 東京大学 大学院工学系研究科 教授)、ルール大学ボーフムのAndreas D. Wieck(アンドレアス・ヴィック) 教授らの研究グループは、開発を続けてきたゲート制御型の半導体量子ドット注1)構造を改良して、単一粒子レベルで角運動量注2)が光子から電子へと移されることを実証し、光の単位である光子注3)から作られた単一電子スピン注4)を捉えて、その情報を読み取ることに成功しました。

これまで光から生成された電子スピンを半導体中で検出するには、多数の粒子が必要とされており、単一光子から単一電子スピンへと形態を変換した時に、そのスピンの情報が正しく写されて、さらに利用できるかどうかについては解明できていませんでした。

今回、藤田助教らの研究グループは、従来は1つの量子ドットを使って、光で励起した電子を捉えることとスピンの読み取りの両方を実現しようとしていたところ、トンネル効果注5)によって隣接する電子スピンを新たに配置することにより光の影響を受けにくい安定したスピンの読み取りを可能にしました。これにより、最も基本的な光-スピン間の変換原理が検証されるとともに、今後はこの技術を量子情報の単一光スピン検出器として利用し、重ね合わせ状態注6)もつれ状態注7)にある円偏光注8)などの光源を使い、より高度な量子力学的な情報を活用できる見込みがあります。半導体量子ドットは量子計算機の構成要素(量子ビット)を収めるデバイスとしても研究開発されているので、この成果により小規模な量子計算機を結合することやその暗号通信の長距離化(量子中継注9))、将来的には量子インターネット注10)への貢献が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、7月16日(火)午後6時(日本時間)に公開されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「新たな光機能や光物性の発現・利活用を基軸とする次世代フォトニクスの基盤技術」研究領域(研究総括:北山 研一)における研究課題「電子フォトニクス融合によるポアンカレインターフェースの創製」(研究代表者:大岩 顕)、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金基盤研究S「量子対の空間制御による新規固体電子物性の研究(研究代表者:樽茶 清悟)と基盤研究S「電気制御量子ドットを使った光子-電子スピン相互量子状態変換の研究」(研究代表者:大岩 顕)、および文部科学省 科学研究費補助金新学術研究領域「ナノスピン変換科学」(研究統括:大谷 義近)における研究班「A03:光学的スピン変換」(研究代表者:大岩 顕)の一環として行われました。

<研究の背景>

これまで、半導体量子ドットはその微細構造の中で単一電子スピンを状態制御することに特化しており、そこから外界との通信を可能にするような、とりわけ光を媒介とする手法の考案が続いていました。しかし、室温から照射される光の情報を、希釈冷凍機の極低温で初めて動作する電子スピンに対応させる試みには、光照射によって精密な電圧制御が崩れるという課題がありました。

<研究の内容>

藤田助教らの研究グループでは、二重量子ドットに参照用の単一電子スピンを配置する方法により、生成した単一スピンに対して光照射の影響が打ち消されることを見いだしました。このとき用いられた2つのスピンの比較によるスピン読み取り方法は、基礎物理の側面でも活用され、半導体中のトンネル効果、スピン軌道相互作用、核スピンとの超微細相互作用などの働きの解明に利用されました。

今回はこの計測技術を用いて、円偏光照射実験で右円偏光から左円偏光へと光子の状態を変えるにつれ変換後の単一電子スピンが反転する様子を観測し、単一量子間で正しく情報が転写されていることが実証されました。

<本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)>

本研究成果により、角運動量転写の基本原理を基に光子から電子スピンへ完全な形態変換や、もつれ光子対からの変換といった、物理学的にも重要でかつ応用に不可欠な量子状態変換の原理検証が見込まれ、傍受不可能な暗号通信に関する通信距離の延長、将来的には複合的に量子計算機を接続する量子インターネットの構築が期待されます。

<参考図>

<用語解説>

注1)ゲート制御型の半導体量子ドット
半導体の層状構造の表面に微細電極を配置して半導体界面と電界を利用するタイプの、単一電荷をゼロ次元的に閉じ込めることのできる構造。
注2)角運動量
円運動の強さを表す物理量。光子や電子スピンにも、量子力学的に決められた角運動量が定義され、またその最小値が存在する。
注3)光子
長距離通信の媒体として期待されている。特定の波長で半導体の電子を励起する性質と、右円偏光と左円偏光の二種類の角運動量で状態を記述できる性質を利用して、半導体中の電子スピンへの変換が可能。
注4)電子スピン
電子に付随する角運動量を持った物理量。プランク定数の1/2の値を持ち、量子力学的に+1/2か-1/2の二値しかとらない。量子計算に用いられる基本単位(量子ビット)としての研究が進んでいる。
注5)トンネル効果
粒子が安定して存在することのできない空間を、ある確率で飛び越えて伝搬する効果。
注6)重ね合わせ状態
定常状態では量子力学的に離散化している情報であっても、情報が失われる前であれば、複数の情報を同時に持つような、重ね合わせの状態が実現できる。
注7)もつれ状態
二粒子の特別な重ね合わせ状態。量子情報は原理的に複製不可能であるが、量子力学的な相関を持ったもつれ状態にある情報の対を使えば、伝送する情報の増強が可能である。片方への測定の事実が瞬時にもう片方に影響を与えるというような遠隔で作用する効果も含めて、量子中継には不可欠な要素である。
注8)円偏光
光の電場をある一点で見た時に、電場が時間的に回転しているような性質を持った光の状態。角運動量でその状態を書き表すことができる。
注9)量子中継
量子力学的な通信を保ちつつ伝送距離を延長する機構。もつれ光子対とそれを保持するメモリー(この場合電子スピン)とを組み合わせることで可能になる提案がなされている。
注10)量子インターネット
量子計算機を量子力学的に接続してネットワークを形成し、情報通信や分散処理を行う量子版インターネット。

<論文タイトル>

“Angular momentum transfer from photon polarization to an electron spin in a gate-defined quantum dot”
著者名:Takafumi Fujita, Kazuhiro Morimoto, Haruki Kiyama, Giles Allison, Marcus Larsson, Arne Ludwig, Sascha R. Valentin, Andreas D. Wieck, Akira Oiwa & Seigo Tarucha
DOI:10.1038/s41467-019-10939-x

<お問い合わせ先>

(英文)“Angular momentum transfer from photon polarization to an electron spin in a gate-defined quantum dot”

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