京都大学 アイセムス(物質-細胞統合システム拠点),科学技術振興機構(JST)

令和元年6月20日

京都大学 アイセムス(物質-細胞統合システム拠点)
科学技術振興機構(JST)

「亀裂」と「光」で絵画を作製

葛飾 北斎(1760-1849)は、西洋美術におけるダ・ヴィンチ、ゴッホ、レンブラント・ヴァン・レインと並んで挙げられる日本美術界の大巨匠です。葛飾 北斎の残した名作の中でも「神奈川沖浪裏」は、北斎の芸術的才を示す最高傑作であると言われています。

このたび、京都大学 アイセムスのシバニア・イーサン 教授と伊藤 真陽 特定助教らの研究グループが大きさ1mm、世界最小サイズの葛飾 北斎「神奈川沖浪裏」をインクを一切使わずにフルカラーで作製しました。

本成果は、英国科学誌「Nature」に6月20日(英国時間)に掲載されます。

本研究成果は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「超空間制御と革新的機能創成」(JPMJPR1417)の支援を受けて行われました。

<研究の背景と内容>

色彩や形を記すことへの欲求は太古から存在しています。葛飾 北斎が木片と小刀を手にする約38000年前にインドネシア・東カリマンタン州のルバン・ジェリジ・サレー洞窟では名も知れぬ住民が黄土を用いて雄牛の壁画を描き、現在それが世界で最古の「絵」として知られています。やがて人類史上に美術という分野が生まれ、美術史を生みながら発展し、デジタルアートといった新しい分野が加わった現在でも変わらず、人は色や形を記し表現してきました。

本研究グループでは、「物質」そのものが形を記し色彩を放つという、今までになかった方法で「神奈川沖浪裏」を作製しました。研究グループPureosityを率いるシバニア・イーサン 教授はこう説明します。

「ポリマー(高分子)が圧力にさらされる、つまり、分子レベルで引っ張って伸ばした状態になった時、「フィブリル」という細い繊維を結成する作用(「クレージング」と呼ばれる)が起こります。フィブリルが視覚的に認識できるレベルでクレージングが起こった時に視覚効果が得られるのです。子供の頃、学校で手持ち無沙汰な時に透明なプラスチックの定規を繰り返し曲げていると、曇ったような不透明な白色に変わってしまったことがあったでしょう。それは定規(プラスチック)がクレージングしたということなのです。」

本研究グループはOM(Organized Microfibrillation:組織化したミクロフィブリレーション)と呼ばれるクレージングを調整してフィブリルを組織的に形成させ、その形成したフィブリルで特定の色の光を反射する素材を開発しました。フィブリル層の周期を調整することによって青から赤まで全ての可視光を発色することに成功しました。最新鋭のカラーパレットが誕生することで、プリントにインクは要らなくなると期待されます。

動物学者たちは昔から、インクなしで形成される「色」に馴染みがあり、それを「構造色」としています。自然界で見られる蝶の羽や孔雀の雄の見事な羽、鳥たちに見られるタマムシ色のキラキラした鮮やかな色はそれと全く同じ原理で生み出されています。実際に、地球上の自然の営みの中には色素を持たずに光の反射によって体の表面を魅惑的で美しい色に彩っている生き物たちがいます。

OM技術は、さまざまなフレキシブルで透明な素材上に画像解像度数14000dpiまでの大規模なカラー印刷をインク無しで行うことを可能にしました。これは例えばお札の偽造防止など、多くのテクノロジーへの応用が考えられます。しかし、シバニア教授はさらに斬新なOMテクノロジーの応用を示唆しています。

「OM技術は、通気性もあり身体に装着可能な多孔性チャネルへのプリントも可能です。例えば医療やヘルスケア分野において、肌に装着可能なフレキシブル人工環境器系流路チップやコンタクトレンズにOMテクノロジーを組み込んで、生体情報を直接、あるいはクラウドを使って医療専門家へ送信するといったことが可能になると考えています。」

OM技術は、そのものを使用することや、何かに組み込むことも可能な柔軟性の高い技術です。京都大学シバニア研究室では、プラスチックの1種であるポリカーボネートといった一般的に使用されているさまざまなポリマーでOM技術の使用が可能であることを実証しています。

食品や医薬品の包装にプラスチックが広く使用されていますが、食品や薬品の安全における分野でOM技術を応用することができると期待されています。さらに、開封の有無や異物混入を防ぐセキュリティーラベルにOM技術を組み込むことによって透かしのようなものになっていくかもしれません。

伊藤 真陽 助教は、今回の画期的な研究によって提起されたのは基本理念にすぎないと考えています。「今回、構造色を示すミクロな構造を形成するために圧力を1ミクロン以下のスケールで調整できることを立証しました。OM法は構造色以外のマテリアルの性能制御にも役立つ可能性があります。今回私たちはポリマーでOM技術を実証しましたが、金属やセラミック素材においても亀裂は起こると予想しています。私たちはこれらのマテリアルでも亀裂の制御ができるのではないかと研究を進めています。」

<参考図>

<アイセムスについて>

京都大学 高等研究院 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)では、生物学、物理学、化学の分野を超えて新しい学問を作り、その学問を社会に還元することを目標に活動している研究所です。細胞を制御する物質を作り出して生命の謎を探求するとともに、生命現象をヒントに優れた材料を作り出すことで、現代社会が直面する課題に新しい解決策を提示できるよう挑戦を続けています。

詳しくはウェブサイトをご覧ください。https://www.icems.kyoto-u.ac.jp/

<論文タイトル>

“Structural color using organized microfibrillation in glassy polymer films”
(組織されたマイクロフィブリル化によるガラス状高分子中の構造色)
著者名:Masateru M. Ito, Andrew H. Gibbons, Detao Qin, Daisuke Yamamoto, Handong Jiang, Daisuke Yamaguchi, Koichiro Tanaka, Easan Sivaniah.
DOI:10.1038/s41586-019-1299-8

<お問い合わせ先>

(英文)“Radical Inkless Technology produces the World's Smallest “Ukiyo-e” & promises to revolutionize how we print”

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