東京大学,科学技術振興機構(JST),東京大学 物性研究所,理化学研究所,科学技術振興機構(JST)

令和元年6月12日

東京大学
科学技術振興機構(JST)
東京大学 物性研究所
理化学研究所

ワイル粒子がつなぐ量子化された伝導を観測

ポイント

東京大学 大学院工学系研究科の打田 正輝 講師、川﨑 雅司 教授らの研究グループは、東京大学 物性研究所の徳永 将史 准教授らの研究グループ、理化学研究所 創発物性科学研究センターの田口 康二郎 グループディレクターらの研究グループと共同で、トポロジカル半金属と呼ばれる新しいトポロジカル物質の高品質薄膜において、トポロジカル半金属に特徴的な物質表面の伝導を観測し、その表面伝導が量子化する現象を発見しました。

トポロジカル物質と呼ばれる一連の物質群では、電子状態のねじれに由来して散逸のない伝導が許されるため、この散逸のない伝導を利用した低消費電力エレクトロニクスの実現が期待されています。トポロジカル物質の中でも、近年新しく発見された「トポロジカル半金属注1)では、伝導電子が「ワイル粒子注2)として振る舞うため、特異な電気伝導の発現が理論的に予測されてきました。しかしながら、従来は物質表面の伝導が観測できるほど品質の高い薄膜が作製できず、その開発が望まれていました。

打田 正輝 講師らは、典型的なトポロジカル半金属であるCdAsについて、独自の成膜技術を改良することで高い平坦性をもつ薄膜試料を作製し、物質表面における伝導が量子化した「量子ホール効果注3)の観測に成功しました。さらに、キャリア濃度などのさまざまなパラメーターを制御した電気伝導測定を行うことで、ワイル粒子をもつ物質内部の状態がこの量子ホール状態の形成に関わっていることを明らかにしました。トポロジカル半金属の表面状態は一方の面だけでは量子化を起こさないため、ワイル粒子が物質内部を介して表(おもて)面と裏面を行き来する特異な伝導状態が実現していると考えられます。

今回の結果は、二次元の系でのみ実現されてきた量子化伝導が、ワイル粒子をもつトポロジカル半金属では三次元の系に拡張できる可能性を示しています。今後、従来は不可能であった三次元方向の非散逸伝導を利用することで、低消費電力エレクトロニクスの実現に役立つことが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に英国時間6月12日に掲載されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「薄膜技術を駆使したトポロジカル半金属の非散逸伝導機能の開拓」(No.JPMJPR18L2)、CREST「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成」(No.JPMJCR16F1)、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(B)(No.JP18H01866)、基盤研究(C)(No.JP15K05140)の助成を受けて行われました。

<研究の背景>

電子が散逸されずに流れる非散逸伝導を示すトポロジカル物質は、低消費電力デバイスの有望材料として精力的な研究が続いています。2014年に新しく発見されたトポロジカル物質であるトポロジカル半金属では、伝導帯と価電子帯注4)が一点で三次元的に重なり、物質内部にエネルギーギャップをもたない電子構造が実現しています(図1)。その近傍では、伝導電子が質量ゼロでカイラリティ注5)の自由度をもったワイル粒子として振る舞います。一般にトポロジカル物質は、バルク・エッジ対応注6)によって試料の端や表面に局在した状態をもちますが、トポロジカル半金属の場合、異なるカイラリティをもつワイル粒子同士を結ぶように途中で途切れた円弧状の表面状態をもち、その端で表面状態と物質内部の状態がつながっています。そこで、この特異な電子状態に由来した電気的・磁気的応答が数多く提案されてきました。

<研究の経緯>

これまで東京大学 大学院工学系研究科の打田 正輝 助教(研究当時)らは、典型的なトポロジカル半金属であるCdAsについて独自の成膜手法を開発し(2017年12月22日プレスリリース「トポロジカル母物質の高品質薄膜作製に成功」)、化学置換や電界効果による電気伝導の制御に成功してきました(2018年5月19日プレスリリース「トポロジカル母物質のキャリア制御に成功」)。しかしながら、CdAsは薄膜化によって量子閉じ込め効果注7)を受けやすいため、トポロジカル半金属状態が実現する十分な厚みをもつCdAs薄膜を作製し、ワイル粒子が関わる伝導状態を解明することが急務とされていました。

<研究内容>

これまで、十分な厚みをもつCdAs薄膜の作製においては、高い平坦性・結晶性を実現することが難しいという課題がありました。そこで、本研究では、高温加熱による独自の成膜手法を改良することで、世界最高の品質をもつトポロジカル半金属薄膜の作製に成功しました。磁場中で測定した電気抵抗のシュブニコフ・ドハース振動注8)を解析した結果、物質内部の状態である三次元的なフェルミ面注9)による伝導に加えて、物質表面の状態に由来した二次元的な伝導が現れることを観測しました(図2)。また、高磁場領域では、この表面伝導が量子ホール効果を示すことを発見しました。この表面伝導は、化学置換によって電子構造をトポロジカル半金属から通常の絶縁体へと変化させたり、膜厚の制御によって量子閉じ込め効果を与えたりすることで消失することから、トポロジカル半金属特有の表面状態によるものであることを解明しました。さらに、電界効果によってキャリア濃度の制御を行いながら電気伝導を測定した結果、トポロジカル半金属薄膜における表面伝導は物質内部の状態と独立ではなく、ワイル粒子をもつ内部の状態を介した形で実現していることを世界で初めて明らかにしました。このことは、表面状態が途中で途切れているため、物質内部を介して表(おもて)面と裏面における円弧状の表面状態を行き来する三次元的なワイル軌道伝導(図1右上)を反映していると解釈されます。

<展望・社会的意義>

トポロジカル半金属の表面状態において量子化された伝導が観測された背景には、ワイル粒子の特異な電磁気応答に由来する軌道状態の実現があると考えられます。今回の観測結果は、これまで二次元の電子系でのみ実現されてきた量子化伝導が、ワイル粒子をもつトポロジカル半金属では三次元の系に拡張できる可能性を強く示しています。今後は薄膜の制御性を生かし、超低消費電力のメモリー・論理回路素子などへのエレクトロニクス応用に向けて、非散逸伝導機能のさらなる研究開発が進められることが期待されます。

<参考図>

<用語解説>

注1)トポロジカル半金属
物質内部が完全な絶縁体となるトポロジカル絶縁体とは異なり、トポロジカル半金属の場合には対称性で保護された一部の点において伝導帯と価電子帯注4)が一点で重なり、物質内部にエネルギーギャップをもたない電子構造が実現する。
注2)ワイル粒子
相対論的電子を記述する方程式において、質量をゼロとしたとき得られるフェルミ粒子のこと。1929年にドイツの理論物理学者ヘルマン・ワイルによって提唱された。物質中においては、異なるカイラリティをもつワイル粒子が対となって現れる。
注3)量子ホール効果
二次元に閉じ込めた電子に磁場を加えた場合、電子移動度が極めて高い系においては、エネルギーが十分な間隔をもって完全にとびとびの値となる準位が形成される(量子化)。この際に、ホール抵抗がプランク定数と電気素量を用いてh/eと表される抵抗値(約25.8kΩ)の整数分の1になると同時に、縦抵抗がゼロになる現象を量子ホール効果と呼ぶ。1985年のノーベル物理学賞の対象にもなった。
注4)伝導帯と価電子帯
結晶中の電子構造は、電子が占有可能なエネルギー準位の帯と、占有不可能な帯(エネルギーギャップ)とに分けられている。エネルギーギャップよりも下にあり電子によって占められているエネルギー帯を価電子帯と呼び、エネルギーギャップより上にあり電子が空のエネルギー帯を伝導帯と呼ぶ。トポロジカル半金属の場合はある運動量の点でエネルギーギャップがゼロとなっている。
注5)カイラリティ
ワイル粒子がもつ二値の量子数。スピンと運動量の相対方向を表す概念で、両者が平行の場合は右巻き、反平行の場合は左巻きとなる。
注6)バルク・エッジ対応
トポロジカル物質は、トポロジカル不変量と呼ばれる離散値によって物質内部の状態が特徴づけられるが、異なるトポロジカル不変量をもつ物質同士の境界(例えばトポロジカル物質と真空)には、必ず金属的な表面状態が現れることを指す。
注7)量子閉じ込め効果
電子の波長程度の狭い領域に閉じ込められた場合には、電子のエネルギー構造は連続的なものから離散的なものへと変化する。その結果、閉じ込められた方向には電子は動けなくなり、次元性の変化が生じる。
注8)シュブニコフ・ドハース振動
電気抵抗が磁場の逆数に対して周期的に振動する現象。磁場中では、電子は運動方向に垂直なローレンツ力を受けてサイクロトロン運動と呼ばれる円運動をする。これにより離散的なエネルギー構造が生じ、伝導電子の散乱に寄与する状態密度が周期的に変調されることで生じる。
注9)フェルミ面
運動量の空間において、電子のもつエネルギーがフェルミエネルギーに等しい点をつなげた面をフェルミ面という。特に絶対零度ではこの面の内部にのみ電子が存在する。

<論文情報>

“Quantized surface transport in topological Dirac semimetal films”
S. Nishihaya, M. Uchida, Y. Nakazawa, R. Kurihara, K. Akiba, M. Kriener, A. Miyake, Y. Taguchi, M. Tokunaga, and M. Kawasaki
10.1038/s41467-019-10499-0
アブストラクトURL
http://dx.doi.org/10.1038/s41467-019-10499-0

<お問い合わせ先>

(英文)“Quantized surface transport in topological Dirac semimetal films”

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