九州大学,科学技術振興機構(JST),九州先端科学技術研究所,株式会社KOALA Tech

令和元年5月31日

九州大学
科学技術振興機構(JST)
九州先端科学技術研究所
株式会社KOALA Tech

電流励起型有機半導体レーザーダイオードの実現

~(株)KOALA Techによる実用化を展開~

ポイント

九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センターのA.S.D. Sandanayaka(サンダナヤカ) 特任教授、安達 千波矢 センター長らの研究グループは、世界で初めて有機材料を用いた半導体レーザーダイオード(OSLD:Organic Semiconductor Laser Diode注1)の電流励起発振に成功しました。また、2019年3月22日(金)に設立した九大発ベンチャー(株)KOALA Techによって実用化を展開していきます。

本デバイスは、低閾値でレーザー発振注2)が可能な先端レーザー分子の設計、電流励起レーザー発振に適した積層構造の最適化、および光損失を抑制し、デバイス内における光結合を増強するための適切な光共振器注3)の導入によって達成しました。本デバイスは、比較的簡便な作製プロセス、可視域から赤外域にわたる任意の発振波長の実現、OLEDとの融合性など実装自由度の拡大、フレキシブルデバイスや透過型デバイスへの適用性など、有機材料の特徴を生かした新たな応用展開が期待されます。

本研究成果は、2019年5月31日(金)(日本時間)に、日本発の国際科学雑誌である「Applied Physics Express」誌のオンライン速報版で公開されます。

本研究成果は科学技術振興機構(JST)ERATO 「安達分子エキシトン工学プロジェクト」の研究活動の一環で得られました。

<背景>

現代の情報化社会において光、特にレーザー光は、さまざまな産業用途への展開が期待されることから、大きな注目を集めています。レーザー技術の中でも電流注入によって直接レーザー光を生み出す半導体レーザーは、光通信をはじめとする情報処理分野、医療分野、さらには産業分野においてその市場を拡大し続けています。より身近となったレーザー技術は多くのアプリケーションを生み出し、小型レーザー光源を用いた生体認証やヘッドマウントディスプレイ、さらには生体センサーなど、ウェアラブルかつ生体親和性を重視した製品が市場へ投入されつつあります。

レーザー光源としてこれまで用いられてきたのは無機材料で構成された半導体レーザーですが、無機材料の種類によって決まるレーザー発振波長は限定的であり、任意の発振波長を得ることは困難でした。また、レーザー媒質として用いられる無機材料は結晶形態であり、その作製プロセスの煩雑さや曲面や伸縮性基板への実装が難しいといった問題がありました。しかしながら、近赤外発光素子を用いた生体認証やアイトラッキング、ヘッドマウントディスプレイを用いた仮想現実(VR)や拡張現実(AR)技術、可視光レーザーを用いた生体機能モニタリング技術など、より生体を意識した応用展開の潮流は、より多様なレーザー素子の形態の出現を必要としています。有機材料を用いたレーザー光源が実現すれば、有機分子の設計自由度の高さによって実現できる任意の発振波長、機械的柔軟性や生体親和性に基づく実装自由度の拡大、透明材料を選択することで実現される透過型デバイスへの適用が期待でき、さらに、OLEDとの融合により、多彩なデバイス展開が期待されます。

<内容・効果>

本研究は、これまで困難であった「電流励起型有機半導体レーザーダイオードの実現」を目的としました。OSLDの実現を阻んでいた主要因は、高電流密度に耐えうる有機材料および素子構造の開発および高電流密度下で生じる三重項励起子注4)ポーラロン吸収注5)による損失でした。本研究では、有機レーザー材料として低閾値レーザー発振材料であるBSBCz、積層構造には図1で示す逆積層型OLED構造を、また光共振器には1次2次の混合型DFB構造注6)を利用することでOSLDの開発に成功しました。その結果、約650A cm–2以上の高電流密度下において480.3ナノメートルに発振ピークを有する強いスペクトルの狭帯化が生じることが分かりました。また、発振特性が明確な閾値挙動を持つこと、発振スペクトルの半値幅が0.2ナノメートル以下と狭いこと、偏光特性やコヒーレンス特性を有することから、レーザー発振であることを確認しました。

<株式会社KOALA Techの創設>

当該研究グループでは、本新技術を実用化する目的で、(株)KOALA Tech Inc.(yushu rgnic Laser Technology)を2019年3月22日に設立しました。創業メンバーとして、安達 千波矢 教授、Jean-Charles Ribierre(ジーン=チャールズ・リビエル) 博士、Fatima Bencheikh(ファティマ・ベンシェイク) 博士、藤原 隆 博士がいます。今後、有機半導体レーザーダイオードの特性を改善し、その性能を実用レベルへ引き上げ、実用化のための研究開発活動を展開していきます。

<今後の展開>

現時点では、青色OSLDによるレーザー発振が得られていますが、今後、分子設計およびデバイス設計を進めることで、可視域から近赤外域にわたるレーザー発振波長を有するデバイスへ展開し、デバイスの安定化技術の開発を進めていきます。本技術の実用化を目指す、(株)KOALA Techと協働することで、情報セキュリティ、ディスプレイ、バイオセンシング、ヘルスケア、光通信など新しい応用展開を開拓できると期待されます。

<参考図>

<用語解説>

注1)電流励起型有機半導体レーザー(OSLD)
有機分子をレーザー発振させるためには、外部から有機分子にエネルギーを供給し、高密度の励起状態の有機分子を形成させる必要がある。外部エネルギーとして紫外線などの光を用いて励起状態を形成させる手法を光励起と呼び(例えば今回実現した光励起型の有機薄膜レーザー) 、外部エネルギーとして電流を用いて励起状態を形成させる手法を電流励起と呼ぶ。
注2)レーザー発振
レーザー(Laser)は、Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation(誘導放出による光増幅)の略語である。レーザー光は、太陽光や蛍光灯の光のような自然光と異なり、直進性や集光性に優れている。このレーザー光が放出される様をレーザー発振という。
注3)光共振器
DFB構造で構成された光共振器中で有機レーザー分子が発光した光がレーザー活性層の中へ反射される。その反射された光が励起されている有機レーザー分子と相互作用することで増幅される。
注4)三重項励起子による損失
三重項励起子とは有機レーザー分子を光や電流で励起することにより形成される励起子の1つ。レーザー発振が始まった時には三重項励起子は少ないが、寿命が長いため時間とともに蓄積する。三重項励起子はレーザー光を吸収してしまうので、レーザー発振が停止してしまう場合が多い。本研究で用いた有機レーザー分子は三重項励起子によるレーザー発振の吸収が非常に弱いので、三重項励起子がレーザー発振を阻害することはない。
注5)ポーラロンによる損失
ポーラロンとは有機レーザー素子への電圧をかけた際に注入される電荷キャリアのことである。三重項励起子による損失と同様に、生じた正のポーラロンであるラジカルカチオン、負のポーラロンであるラジカルアニオンがレーザー光を吸収してしまうので、レーザー発振が停止してしまう場合が多い。本研究で用いた有機レーザーデバイスではポーラロンによるレーザー発振の吸収が非常に弱いので、ポーラロンがレーザー発振を阻害することはない。
注6)DFB構造
Distributed feedback構造の略。レーザー素子で用いる光共振器の1つ。本研究では光学特性が異なる二酸化ケイ素(SiO)と有機レーザー分子を周期的に配置した回折格子構造を採用した。効率良くレーザー発振を生じさせるために、周期が異なる1次と2次の回折格子構造を組み合わせた。

<論文情報>

Indication of current-injection lasing from an organic semiconductor
Atula S. D. Sandanayaka, Toshinori Matsushima, Fatima Bencheikh, Shinobu Terakawa, William J. Potscavage, Jr., Chuanjiang Qin, Takashi Fujihara, Kenichi Goushi, Jean-Charles Ribierre, and Chihaya Adachi
10.7567/1882-0786/ab1b90

<お問い合わせ先>

(英文)“Organic laser diodes move from dream to reality: Thorough characterization demonstrates lasing by direct electrical stimulation of an organic film is possible, KOALA Tech Inc. founded to further develop the technology”

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