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平成31年2月21日

電気通信大学
科学技術振興機構(JST)

双方向動作型デュアルコムファイバレーザーの開発に成功

~簡易、堅牢、高性能な実用分光システムの実現に向けて~

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、電気通信大学の美濃島 薫 教授、中嶋 善晶 特任助教、秦 祐也 博士前期課程学生らは、広い波長帯域と高いコヒーレンス注1)を持ち、繰り返し周波数注2)が異なる2つの光コムを発生するデュアルコムファイバレーザーを開発しました。

パルス光の繰り返し周波数が精密に制御された超短パルスレーザーである光周波数コム(光コム)は、周波数標準、高精度分光、高精度マイクロ波発生、天文観測、絶対距離測定などさまざまな分野において必要不可欠なツールになっています。特に光コムを用いた精密分光では、繰り返し周波数が異なる2つの光コムを光源に用いるデュアルコム分光法が提案されています。この方法は、第1の光コム(Signal comb)に測定対象の原子や分子などの情報を記録し、第2の光コム(Local comb)とのインターフェログラム注3)から分光情報を得るため、広帯域、高速かつ精密にデータを取得できる点が優れています。一方、2つの光コムには高いコヒーレンス性と安定性が要求され、複雑な制御系や信号処理系が必要であるためシステムが高価になり、利用の拡大が進んでいませんでした。

この課題を解決するため、1台のレーザー共振器から2つの光コムを発生可能なデュアルコムファイバレーザーを簡易な構成で実現しました。高性能かつ実用性の高い光コム光源として実績のあるエルビウム添加ファイバを用いたモード同期レーザー注4)を基に、時計回りと反時計回りの両方向に対称的な共振器構成を採用し、モード同期を安定化する光学素子のみを共有しない構成としました。開発したレーザーは、2つの光コムに共通な原因で発生する雑音の抑制効果に優れ、高い相対安定性を備えています。さらに、このレーザーは堅牢かつ小型であるため、実用的で広帯域なデュアルコム分光装置を実現する有力な光コム光源となることが期待されるとともに、材料特性評価、イメージング、センシングなど、多くの分野への活用が期待されます。

本研究成果は、2019年2月20日(米国東部時間)にアメリカ光学会(The Optical Society)の電子ジャーナル「Optics Express」で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

JST 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究プロジェクト 「美濃島知的光シンセサイザプロジェクト」(グラント番号:JPMJER1304)
研究総括 美濃島 薫(電気通信大学 情報理工学研究科 教授)
研究期間 平成25年10月~平成31年3月

本プロジェクトは、光波の時間、空間、周波数、位相、強度、偏光など全てのパラメータを自在に操作でき、さまざまな応用に使えるところまで進化した知的光源を開発し、その未踏な応用分野を開拓することを目標としています。

<研究の背景と経緯>

光周波数コム(光コム)は、超短パルス光が一定の時間間隔で繰り返し発せられるモード同期レーザーを精密制御して得られる光パルス列であり(図1(a))、その光の周波数ごとの強度分布(スペクトル)は、櫛(Comb:コム)のように多数の鋭い櫛歯から構成されています(図1(b))。光コムは、超精密、高分解能、広ダイナミックレンジ注5)、超高速などの特長があり、周波数標準、高精度分光、高精度マイクロ波発生、天文観測、絶対距離測定などのさまざまな分野において応用が拡大しています。

光コムの数十万本から百万本にも及ぶ高精度な多数のモードは、さまざまな応用に有用ですが、広く用いられている光コムのモード間隔は100MHz程度であり、各モードを分解検出することは困難です。そこで、2台のレーザー光源による、わずかに繰り返し周波数repが異なる2つの光コムを用いたデュアルコム法が提案されています。この方法を用いた高精度分光はデュアルコム分光(図2)と呼ばれており、第1の光コム(Signal comb)を被測定物に照射することで、測定対象の原子や分子などの特性を記録し、その後第2の光コム(Local comb)と干渉させて、その合成信号であるインターフェログラムを取得します。このインターフェログラムをフーリエ変換注6)することで、2つの光コムによるマルチヘテロダインビート注7)を、マイクロ波周波数領域に得ることができます。このマルチヘテロダインビートには、被測定物の情報が記録されています。この方法は、測定時に光路の長さを変える機構が不要であり、従来のフーリエ分光法注8)に比べて、測定時間や感度および分解能などの点で非常に優れています。

一方、2つの光コムには高いコヒーレンス性と相対安定性が要求され、従来の2台のレーザー光源を用いたシステムでは、複雑な制御系や信号処理系が必要であるためにシステムが高価になり、利用の拡大が進んでいませんでした。

この問題を解決するために、外乱の影響を受けにくく、高いコヒーレンス性と相対安定性を容易に得られるデュアルコム光源の開発が求められていました。近年、1台のモード同期レーザー共振器を用いて、繰り返し周波数がわずかに異なる2つの光コムを発生する「デュアルコムファイバレーザー」の研究が行われるようになりました。しかし、これまでは、2つの光コムの最適化調整を同時に行うのが難しい、安定性が低い、実現できる周波数差に制限がある、光スペクトル帯域が狭い、位相雑音が大きい、キャリアエンベロープオフセット周波数ceo図1説明文参照)の検出が困難といった問題点があり、真にデュアルコム分光に適した光源は実現されていませんでした。

<研究の内容>

そこで本研究では、この問題を解決するために、高コヒーレントな超広帯域デュアルコムの発生が可能な、双方向動作型デュアルコムファイバレーザーの実現を目指し、1台のリング型ファイバレーザー共振器を用いて互いに逆回りのパルス光を発生させ、2つの光コム出力を得る高性能かつ実用的な光源の開発に取り組みました。

図3に、開発した双方向動作型デュアルコムファイバレーザーの構成を示します。シングルモードファイバ(SMF)とエルビウム添加ファイバ(EDF)により構成されるリング型の共振器を用いました。一般的に、モード同期ファイバレーザーでは、モード同期を容易にするために、単一方向動作にしています。しかし、本レーザーでは、2種類の光コムを生成するために、双方向動作としました。さらに、時計回り(CW)と反時計回り(CCW)方向で一部光路を分離しているため、両方向の光路長を任意に設定することが可能で、双方向の光コムのrepを調整することができます。

次に、開発したデュアルコムファイバレーザーのモード同期動作時における光コムのスペクトルを調べました(図4(a))。その結果、両方とも中心波長は1550nm付近であり、半値全幅(FWHM)は56nm程度と、双方向動作型デュアルコムファイバレーザーとしては非常に広いスペクトルが得られました。これは、位相雑音が低い広帯域のデュアルコム分光の実現には非常に重要な点になります。また、両方向ともrepは36.6MHzで、2つのrepの差(Δrep)は約1.5Hzという最小記録を達成しました(図4(b))。Δrepは数Hzから数百kHzまで変えることができ、実験目的に応じて自由度の高い測定ができます。

さらに、開発した双方向動作型デュアルコムファイバレーザーのceoの評価を行いました。ceoビート信号注9)を測定するために、2つの出力光をエルビウム添加ファイバ増幅器、および非線形光学現象を発現する高非線形ファイバに導き、超広帯域光コムを発生させました。エルビウム添加ファイバ増幅器および高非線形ファイバは、ファイバの分散を調整することにより、広帯域光コムを発生させることができます。その結果、波長900~2200nmに分布する1オクターブ以上の広帯域光を、両方向出力において同時に発生させることができました(図5(a))。

また、広帯域光コムの全波長域におけるコヒーレンスを評価するために、ceoビート信号を検出しました。具体的には、全ての広帯域光を非線形光学効果を利用した波長変換素子に入射させることで、2040nm付近のコムモードの2倍波を生成し、1020nm付近のコムモードと混合しました。これにより、2つの超広帯域光コムからceoビート信号を同時に検出することに成功しました(図5(b))。今回、1台のデュアルコムファイバレーザーにおいて、光コムの重要なパラメータであるceoを検出したのは世界で初めてのことです。このときの線幅は約10kHzで、S/N注10)は約30dBでした。これらの結果は、2つの広帯域光コムが1オクターブ以上にわたって高いコヒーレンスを持ち、かつ低位相雑音であることを示しています。

最後にフリーラン状態でのCW出力とCCW出力の2つの光コムのceoおよびその差Δceoの時間変化を調べました(図6(a)、(b))。その結果、デュアルコム分光計測において、インターフェログラムを測定している間はΔceoが一定、すなわちコヒーレンスが保たれているという非常に有利な点があることが示されました。また、2つのceoとΔceoは、半導体レーザー(LD)の駆動電流、すなわち励起パワーを変えれば変更できます(図6(c))。このとき、2つのceoの駆動電流に対する変化の割合(Δ𝑓/Δ)は、それぞれ-0.53MHz/mAと-0.93MHz/mAでした。これは、2つの光コム(CW出力とCCW出力)のceoが制御可能であり、実際に応用する際に重要な「可変性」が、開発した双方向動作型デュアルコムファイバレーザーにおいても担保されていることを示しています。

<今後の展開>

本研究では、実用的な応用に向けた簡易かつ堅牢な超広帯域デュアルコム分光システムを実現するために、高コヒーレントかつ超広帯域な双方向動作型デュアルコムファイバレーザーを開発しました。開発されたレーザーから出力される2つの光コムは1台のレーザー共振器から発生されるため、共通雑音の抑制効果による高い相対安定性を持つことが示されました。さらに、光学系の大部分がファイバで構成されていて堅牢かつ小型であるため、実用的かつ超広帯域なデュアルコム分光において強力なツールとなり、分光計測技術の発展に大きく貢献するものと考えられます。今後は、デュアルコム分光だけでなく、実用的な光コム光源が必要とされている他の応用分野、例えば、種々の材料特性評価、イメージング、センシングなどにおいて、有用な「実現技術」として広く利用されることが期待できます。

<参考図>

図1

図1 時間領域と周波数領域における光コム

  • (a)時間領域での光コム波形で、5つの光パルスが描かれている。黒色はキャリア波と呼ばれる光電場波形で、それを覆う包絡線(赤色)をエンベロープと呼ぶ。
  • (b)周波数領域での光コムのスペクトルで、その形状は櫛のような形をしている。周波数領域における櫛1本1本の間隔が繰り返し周波数repであり、この櫛を左端(0Hz)まで並べた時の余りがキャリアエンベロープオフセット周波数ceoである。一方、時間領域では光パルス1個1個の間隔がrepで決まり、キャリア波形が1周して元に戻る周期がceoで決まる。
(a)と(b)は、フーリエ変換の関係にある。repceoは、ともに無線周波数程度の高周波(RF:Radio Frequency)帯にある。光コムの任意の櫛歯(モード)は、ある整数nとrepceoを用いて、𝑓ceo+n・repと表わすことができるため、この2つのパラメータrepceoを電気的に精密制御することにより光コムを自在に制御することができる。
図2

図2 デュアルコム分光法の概念図

図3

図3 双方向動作型デュアルコムファイバレーザーの構成

 エルビウム添加ファイバ(EDF)とシングルモードファイバ(SMF)を組み合わせたリング型レーザー共振器を用い、半導体レーザー(LD)光をEDFの両側から合波器(WDM)を介して入射し、時計回り(CW)と反時計回り(CCW)の超短パルスレーザーを発生させている。CW出力とCCW出力は、それぞれの分岐カプラ(Coupler)から取り出される。EDFは、出力が2分岐された波長976nmの半導体レーザー(LD)により、双方向から励起されている。また、レーザー出力を取り出すための分岐カプラは、EDFに対して対称的な位置に配置されている。1/2波長板(H)、1/4波長板(Q)、偏光子(P)からなる非線形偏波回転注11)機構によるモード同期とともに、2つの分岐カプラと2つのサーキュレータ(Circulator)を用いてパルス光を分離し、2つの可飽和吸収ミラー注12)(SAM1,SAM2)をモード同期機構に用いて双方向動作を可能にしている。
図4

図4 双方向動作型デュアルコムファイバレーザーのrepとΔrepの特性

(a)2つの光コム(CW出力とCCW出力)のスペクトル。
(b)モード同期動作時の2つの光コムの高周波(RF)スペクトル。
両方向とも繰り返し周波数repは36.6MHz、2つのrepの差(Δrep)は約1.5Hzとなり、最小記録を達成した。デュアルコム分光では、Δrepが小さいほど広いスペクトル帯域を同時に測定できる。Δrepが1.5Hzの場合、測定できる光スペクトル帯域は447THzにまで達する。また、非共通部分の長さを調整することで、Δrepは数Hzから数百kHzまで変えることができ、実験目的に応じて自由度の高い測定ができる。
(c)および(d)フリーラン状態での両方向出力のrepおよびΔrepの時間変化を示す。repは時間経過とともに20Hz程度とわずかに変化しているが、Δrepはほとんど変化しておらず、共振器をほぼ共有していることにより高い相対安定性が得られている。
(e)2つの光コムによるマルチヘテロダインビート信号を示す。光コム1本1本がモード分解検出されており、2つの光コムに高いコヒーレンス性と相対安定性があることを意味しており、従来の2台のレーザー光源によるデュアルコムシステムの性能に匹敵している。
図5

図5 超広帯域光コムの発生とceoビート信号の検出

  • (a)超広帯域光コムの光スペクトル(上がCW出力、下がCCW出力)を示す。波長900~2200nmに分布する1オクターブ以上の広帯域光を、両方向出力において同時に発生させることに成功した。
  • (b)ceoのビート信号(上がCW出力、下がCCW出力)を示す。線幅は10kHz程度で、S/Nは30dB程度の信号が得られており、ceoの直接検出とその周波数測定に成功した。
図6

図6 双方向動作型デュアルコムファイバレーザーのceoとΔceoの特性

  • (a)2つの光コム(赤がCW出力、青がCCW出力)のceoの時間変化。
  • (b)2つの光コムのceoの差Δceoの時間変化を示す。各々のceoは環境変動により1000秒間に1MHz程度と大きく変化するが、共通雑音の抑制効果によりΔceoは5.5MHzを中心に標準偏差30.5kHzで安定であることが分かる。
  • (c)半導体レーザーの駆動電流に対する2つの光コムのceoとΔceoの変化を示す。

<用語解説>

注1)コヒーレンス
波と波が重なり合う時、打ち消し合ったり、強め合ったりする性質がある。この性質を干渉性があるといい、干渉のしやすさをコヒーレンスという。
注2)繰り返し周波数
1秒間あたりのパルス生成回数。
注3)インターフェログラム
干渉測定において、測定光を2つの光路に分け、一方の光路長を時間的に変化させて再び結合させると、干渉光の強度は時間の関数の波形になる。この波形をインターフェログラムという。
注4)モード同期レーザー
広い周波数帯域にわたり光波の位相をそろえることによって得られる、非常に短い時間のみ強度を持つ超短パルス光を周期的に発生するレーザー。
注5)ダイナミックレンジ
識別または再現することが可能な信号の最大値と最小値の比。
注6)フーリエ変換
ある関数を別の周期関数に分解して表わす時に使う手法で、ここでは時間領域のデータを周波数領域のデータに変換するのに利用される。
注7)マルチヘテロダインビート
周波数がわずかに異なる複数の波を重ね合わせると、その周波数差に等しいうなり(ビート)が観測される。このビートから情報を測定する手法をマルチヘテロダイン法といい、このビートをマルチヘテロダインビートという。
注8)フーリエ分光法
2光束干渉計を用いて得られた光の干渉信号をフーリエ変換して分光分析を行う方法。
注9)ceoビート信号
ceoを観測するためにスペクトルを広げて基本波と第2高調波を重ねた時に生じるうなりの信号。
注10)S/N
信号(signal)と雑音(noise)の比で、信号対雑音比(signal-to-noise ratio)の略記。
注11)非線形偏波回転
光パルスがファイバ伝搬中に非線形効果による屈折率変化を受け、光パルスに位相変化が生じて偏光状態が変化する現象。
注12)可飽和吸収ミラー
可飽和吸収体(光強度が低いと吸収体、光強度が高いと透明体として働く物質)とミラーが一体化した光学部品で、反射した光パルスの幅が狭くなる。

<論文タイトル>

タイトル High-coherence ultra-broadband bidirectional dual-comb fiber laser
(高コヒーレントかつ広帯域な双方向動作型デュアルコムファイバレーザー)
DOI 10.1364/OE.27.005931

<お問い合わせ先>

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美濃島 薫(ミノシマ カオル)
電気通信大学 情報理工学研究科 基盤理工学専攻 教授
〒182-8585 東京都調布市調布ヶ丘一丁目5番地1
Tel:042-443-5758
E-mail:

<JST事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

<報道担当>

電気通信大学 総務課 広報室 広報係
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