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平成31年1月24日

名古屋大学
科学技術振興機構(JST)

概日時計のスピードを遅らせる新しい化合物を発見

~培養した急性骨髄性白血病細胞の増殖も抑制~

ポイント

名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)の廣田 毅 特任准教授、伊丹 健一郎 教授、丹羽 由実 日本学術振興会特別研究員、大島 豪 日本学術振興会特別研究員らの研究チームは、概日時計(がいじつどけい)の周期を延長させる新たな化合物を発見し、その作用メカニズムの解明に成功しました。概日時計は睡眠・覚醒などのさまざまな生理現象に見られる1日周期のリズムを支配しており、その機能が乱れると睡眠障害やガンなどの疾患にも影響を及ぼすことが指摘されています。そのため、概日時計の機能を調節する化合物の発見は、生物が1日の時間を測る仕組みの理解だけでなく、疾患治療に向けた起点ともなります。廣田特任准教授らは、ヒト培養細胞を用いて概日時計の機能を変化させるいくつかの化合物を発見し、その作用メカニズムを報告してきました。

今回、研究チームは、概日時計の周期を延長させる新たな低分子化合物としてGO289を見いだし、この化合物がCK2を標的として阻害することを、化学と生物学を融合させたケミカルバイオロジーの手法から発見しました。GO289は、これまでに知られているCK2阻害化合物と比べて非常に高い選択性を示し、その作用メカニズムをX線結晶構造解析によって原子レベルで解明することに成功しました。さらに、GO289が概日時計を構成する時計タンパク質のリン酸化を低下させることを明らかにし、これが概日時計の周期延長に関与すると考えられました。CK2は概日時計だけでなく、細胞周期や細胞死の制御にも関与しており、GO289が急性骨髄性白血病モデルの細胞増殖を強く抑制したことから、基礎医学分野に対する応用も期待されます。

今回の研究は、ITbMのフロハンス・タマ 教授、桑田 啓子 特任助教、大石 俊輔 特任助教、大阪府立大学の木下 誉富 教授、九州大学の國崎 祐哉 講師、京都府立医科大学の八木田 和弘 教授、埼玉医科大学の池田 正明 教授、東邦大学の田丸 輝也 講師および早稲田大学の山口 潤一郎 教授らと共同で行われました。

本研究成果は、2019年1月24日(日本時間)に米国科学誌「Science Advances」に掲載されます。

本研究は、文部科学省 世界トップレベル研究拠点プログラム 名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)および科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」(研究総括:若槻 壮市 スタンフォード大学教授)における「構造生物学とケミカルバイオロジーの融合による概日時計研究」(研究者:廣田 毅)の支援のもとで行われたものです。

また、本成果の一部は以下の事業による支援を受けて行われました。

<研究の背景と経緯>

朝に目覚めて夜に眠るというように、私たちの生命活動の多くは1日の周期で繰り返し行われています。これらのリズムを司る体内の仕組みを「概日時計」と呼びます。概日時計は、時計遺伝子ならびに時計タンパク質注1)の相互作用によって構成されており、その分子機構の解明に寄与した3名の研究者に、2017年にノーベル生理学・医学賞が授与されました。しかし、概日時計がどのようにして1日という長い周期で、しかも、安定して時を刻むことができるのか、その仕組みはいまだに謎に包まれています。

廣田 毅 特任准教授ならびにスティーブ・ケイ 海外主任研究者(米国南カリフォルニア大学 教授)は、この問題に取り組むため、ヒト培養細胞を用いて概日リズムに影響する化合物を大規模に探索する手法(ハイスループットスクリーニング)を確立し、化学と生物学とを融合させたケミカルバイオロジー注2)の手法と組み合わせることで、1日周期の決定に関わる重要な分子機構を明らかにしてきました。しかし、これまでに発見した化合物の中には、作用メカニズムの不明なものが数多くあったため、その作用を解析することによって、概日時計の制御機構の理解が深まるとともに、機能制御への応用が可能になると期待されていました。

<研究の内容>

今回、廣田特任准教授率いる生物学のグループと伊丹 健一郎 教授率いる合成・触媒化学のグループが共同で、概日リズムの周期を延長させる新しい化合物GO289(図1)の作用メカニズムを解析しました。GO289をプローブ化注3)して相互作用するタンパク質を精製し、質量分析注4)することで、GO289の標的タンパク質としてリン酸化酵素のCK2を発見しました。GO289は、CK2の酵素活性を非常に強く抑制し(IC50注5)が7ナノモーラー)(高い活性)、他のリン酸化酵素に対して1,000倍以上も強く働きました(高い選択性)。CK2は研究が進んでいるリン酸化酵素の1つで、数多くの阻害化合物が報告されていますが、これらと比べてGO289の選択性は非常に優れていました。

研究チームは、このCK2選択的な阻害化合物を用い、時計タンパク質のリン酸化状態の変化をリン酸化プロテオミクス注6)の手法によって解析しました。その結果、PER2タンパク質の693番目のアミノ酸であるセリンをはじめ、全ての時計タンパク質のリン酸化がGO289によって低下することを明らかにしました。これらの変化が概日時計の周期延長に大きく関与すると考えられます。

CK2は、概日時計だけでなく細胞周期や細胞死の制御にも影響することから、研究チームは、GO289がガン細胞の増殖に与える作用について解析しました。その結果、培養したヒト腎細胞ガンにおいて、細胞株の種類に応じてGO289が増殖抑制効果を示すこと、時計遺伝子Bmal1が強く誘導される細胞ほど増殖抑制効果が強いことを見いだしました。その上、急性骨髄性白血病(AML)のモデルマウスの脾臓(ひぞう)や骨髄の組織培養系において概日リズムが著しく乱れていること、GO289がAML細胞の増殖を強力に抑制することを明らかにしました(図2)。これらの結果は、CK2が概日時計の機能とガン細胞の増殖を結ぶ重要な因子であることを示唆しています。

GO289の高い活性と選択性がどのようにして達成されるのかを知るために、研究チームはさらにX線結晶構造解析注7)によって、CK2α注8)とGO289の相互作用を原子レベルで解明しました(図3)。その結果、CK2αの68番目のアミノ酸であるリジンがGO289との間に水素結合ネットワークを形成しており、これが高い阻害活性に重要であると考えられました。実際、水素結合を担う部分を改変したGO289を合成して解析したところ、阻害活性が著しく低下することを見いだしました。一方、GO289と相互作用する他のアミノ酸は、CK2以外のリン酸化酵素では保存されていないことが判明しました。さらに興味深いことに、GO289とヒンジ領域注9)との間には直接的な相互作用が見られませんでした。これらの解析結果から、GO289がCK2のみに存在するアミノ酸と相互作用するという特徴が、その高い選択性に関与していると考えられます。

以上の研究から、CK2を選択的に阻害する化合物GO289を発見し、その作用メカニズムを明らかにするとともに、概日時計とガン細胞増殖との関連性を見いだしました。

<今後の展開>

今回発見したGO289のように、CK2に対して選択性の高い化合物は、有用な研究ツールとして機能解明に役立つに違いありません。概日時計は、さまざまな生理機能と密接に関連しており、その機能の攪乱は睡眠障害やガンなど多様な疾患に関連しています。GO289をもとに薬剤に向けた開発をすることにより、将来的にはシフトワークによる労働者の概日リズム異常の解消や、概日時計とガンの相互作用についての理解とそれに基づく治療戦略に応用できる可能性があります。薬剤開発までには、まだ数多くのプロセスがあり、今後の研究の発展が期待されます。

<参考図>

図1 今回発見した化合物GO289の化学構造と概日リズムに対する作用

図1 今回発見した化合物GO289の化学構造と概日リズムに対する作用

  • (左)GO289の構造。
  • (右)GO289がヒト培養細胞の概日リズムに与える影響。時計遺伝子レポーターの発光量は約1日の周期で増減を繰り返す(黒い曲線)。GO289は濃度に依存して周期を延長する作用を持つ(紫、青、赤の曲線)。
図2 GO289が急性骨髄性白血病(AML)モデルマウス由来の脾臓の組織培養系において概日リズムに与える影響

図2 GO289が急性骨髄性白血病(AML)モデルマウス由来の脾臓の組織培養系において概日リズムに与える影響

造血細胞のみが時計遺伝子レポーターを持つマウスを作製した。これらの細胞は脾臓や骨髄に存在する。

  • (左上)正常な脾臓が示す時計遺伝子レポーターの概日リズム。GO289は周期を延長させる。
  • (左下)AMLモデルマウスの脾臓における時計遺伝子レポーターの変化。正常組織と比べ、概日リズムが著しく乱れている。GO289はレポーター活性を強力に抑制し、これはAML細胞に対する増殖抑制効果(右)によるものと考えられる。

図3 CK2αとGO289の複合体の立体構造

GO289(水色)はCK2α(紫色)のATP結合ポケットに位置する。

<用語解説>

注1)時計タンパク質
概日時計が働くために必要なタンパク質。哺乳類においてはPER、CRY、CLOCK、BMAL1の4種類が知られている。これらのタンパク質のリン酸化などによる機能制御が概日時計の働きに重要な役割を果たすと考えられている。
注2)ケミカルバイオロジー
化学の力を応用して生物学の謎に取り組むアプローチ。本研究では機能の分かっていない数多くの化合物の中から発見した概日リズムに影響を与える化合物を用い、標的タンパク質を見いだして作用機序を解明することで、概日時計の分子メカニズムに迫った。
注3)プローブ化
標的タンパク質を見いだすために化合物の一部を改変すること。本研究では、多数のGO289類似化合物を合成して概日リズム調節活性を解析し、改変しても活性を失わない部位を見いだして、その部位を改変したプローブを合成した。釣りに例えると、エサ(GO289)に釣り糸を取り付ける過程に相当する。これを用いて獲物(標的タンパク質)を捕獲する。
注4)質量分析
分子の質量を測定する方法。この手法を用いることで、プローブ化合物と相互作用した標的タンパク質がどのようなタンパク質であるかが分かる。
注5)IC50(アイシーフィフティー)
標的とするタンパク質の活性を50パーセント阻害するのに必要な化合物の濃度。
注6)リン酸化プロテオミクス
タンパク質がリン酸化されるとその分の質量が増加する。これを質量分析によって解析し、リン酸化修飾を受けたアミノ酸を網羅的に明らかにする手法。
注7)X線結晶構造解析
結晶にX線を当て、その回折像を見て分子の3次元構造を明らかにする手法。本研究では高エネルギー加速器研究機構ならびにSPring-8の大型放射光施設を用いて実験を行った。
注8)CK2α
CK2は、リン酸化を行うCK2αとその制御を行うCK2βから構成されている。このうち、CK2αにGO289が相互作用する。
注9)ヒンジ領域
リン酸化酵素のアミノ末端側領域とカルボキシ末端側領域をつなぐ部位で(図3)、そのアミノ酸配列はさまざまなリン酸化酵素の間で高度に保存されている。阻害剤がリン酸化酵素と強く相互作用するために重要な部位だと考えられている。

<論文情報>

タイトル Cell-based screen identifies a new potent and highly selective CK2 inhibitor for modulation of circadian rhythms and cancer cell growth
DOI 10.1126/sciadv.aau9060

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

廣田 毅(ヒロタ ツヨシ)
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 特任准教授
Tel:052-747-6356
E-mail:

伊丹 健一郎(イタミ ケンイチロウ)
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 拠点長・教授
Tel:052-788-6098
E-mail:

<ITbMに関すること>

佐藤 綾人(サトウ アヤト)
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) リサーチプロモーションディビジョン
Tel:052-789-6856 Fax:052-789-3053
E-mail:

<JST事業に関すること>

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2064
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<報道対応>

名古屋大学 総務部 総務課 広報室
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