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平成30年11月14日

山口大学
科学技術振興機構(JST)

先端バイオ研究の理解をめざした高校理科教材を開発

~生きた細胞、細胞小器官、細胞内タンパク質の動きを見る~

山口大学 農学部では、最先端のバイオ研究の核となる技術である動物細胞への遺伝子導入と遺伝子発現を観察できる教材キット「昆虫細胞 遺伝子導入・遺伝子発現観察キット」を開発、技術移転機構である有限会社山口ティー・エル・オーが全国の高等学校・中学校等への頒布を開始する。

本教材キットは、これまで先進的な研究施設や実験装置が整備されていない高等学校・中学校等の教育現場では困難であった、最先端のバイオ研究の核となる技術である動物細胞への遺伝子導入と遺伝子発現の観察を可能にし、今後全国的に理科教育の裾野を広げる製品として普及定着することが期待される。

本教材キットは、科学技術振興機構(JST、理事長 濵口 道成)が実施した「サイエンス・リーダーズ・キャンプ事業」による高大接続に資する取り組みが契機となって開発された。

本成果の一部は、科学技術振興機構(JST)の「サイエンス・リーダーズ・キャンプ事業」の支援によるものである。

本製品に含まれる、カイコ細胞は東京大学のナショナルバイオリソースプロジェクト(National BioResource Project:NBRP)から提供を受けたものである。

【サイエンス・リーダーズ・キャンプ事業について】

全国の中学、高校等の理数系教員を対象に、最先端の科学技術を体感させ指導力の向上を図るとともに、将来、地域の理数教育において中核的な役割を担う教員となるための素養の修得、教員間ネットワークの形成を目的として、平成23年度から平成28年度の6年間にわたり12大学で実施され、全国の理数系教員625名が受講した。本事業では、「教員が教育現場で特殊な実験器具・機材がなくても最先端の実験を実践できる簡易的かつ安価な教材の開発」が大きな課題の1つであった。

<発表のポイント>

高等学校生物の教科書では、「細胞の構造」、「真核細胞と原核細胞」、「細胞小器官の構造」、「タンパク質の構造と機能」、「細胞分裂と核」といった「細胞」とその構成成分に関連した多くの内容が解説されている。しかし、これらの教育内容を、高等学校・中学校等の先進的な研究施設や実験装置が整備されていない教育現場において実験を通じて直接理解を深めることはこれまで困難であった。本教材の特長として

が挙げられる。

開発にはこれら本教材の特徴1から3の課題を一つ一つクリアしていく必要があった。これらの課題は、主として「サイエンス・リーダーズ・キャンプ事業」の受講教員からの現場の声を反映しながら改善を重ね製品化された。

<背景、社会的意義、今後の展開>

山口大学 農学部では、平成26年度から28年度の3年間にわたり、科学技術振興機構(JST)の「サイエンス・リーダーズ・キャンプ事業」として、「ミクロな細胞からマクロな生態系に至る可視化技術と解析手法」をテーマとした取り組みを実施してきた。同時に、この事業を通じ大学教員と現職の高等学校・中学校等の教員との交流が活性化し、そのことにより大学においても中等教育の現場への理解が深まった。

山口大学 農学部 内海 俊彦 教授らが、高等学校・中学校等の先進的な実験装置が整備されていない教育現場において、児童・生徒に最先端の科学技術や実際の研究手法等を実体験させたいとの現場の声に応え開発したのが、今回製品化された教材キットである。

この教材キットでは、先端バイオ研究の核となる科学技術であり、これまで中等教育の教育現場では実施が困難であった、動物細胞への遺伝子導入と遺伝子発現の観察を行うことができる。

本教材で実験用細胞としてカイコ細胞を用いる理由は以下のとおりである。

この教材キット「昆虫細胞 遺伝子導入・遺伝子発現観察キット」はより多くの教育現場で活用されることを目的とし、山口大学の技術移転機構である有限会社山口ティー・エル・オーを通じてできるだけ安価に頒布することとした。

また、本教材を含む実験書「カイコの実験単」が、日本蚕糸学会から近日中に発刊予定である。

社会的にみてもバイオ分野には産業需要があり、担い手となる人材の育成が求められていることから、科学への理解を深め知的好奇心を喚起する本教材キットの普及・定着が期待される。

<教材の概要>

動物細胞の構造と機能を正確に理解するためには、細胞全体を生きた状態で観察する手法に加え、生きた細胞中の細胞小器官や細胞内タンパク質を直接観察する方法が必要になる。本教材は、このような方法の原理とその実際の手順を、高等学校にある既存の顕微鏡と安価な器具、材料を用いて短時間に効率よく学ぶ機会を提供する。

本教材で提供する実験の内容は以下の通りである。

<簡便な蛍光観察の原理>

GFPとDsRedの蛍光観察には通常高価な蛍光顕微鏡が必要である。

本実験では、青色LEDライトと500nm以下の光をカットするカットフィルターを用いた簡易蛍光顕微鏡を用いることで、GFP、DsRed発現細胞の観察のために蛍光顕微鏡を使用する必要がない(図2)。

これらの工夫により、本教材では、通常の高校に設置された顕微鏡と青色LEDライト、カットフィルターのみでBmN4細胞で発現した蛍光タンパク質の観察が可能となっている。

<蛍光観察結果の例>

遺伝子導入後5日においてBmN4細胞内で発現したGFPの顕微鏡を用いた観察結果を示す(写真1)。明視野観察では、BmN4細胞の通常の顕微鏡観察像が見られる。青色LEDライト照射では、青色の反射光のため、全ての細胞が青色に見える。これに対して、青色LEDライト照射とカットフィルターを用いた観察では、GFP遺伝子が導入された細胞のみが緑色に光る。

核移行型DsRedを遺伝子導入後3日のBmN4細胞の観察結果を示す(写真2)。上下の写真は同一の細胞の観察像である。矢印の細胞には核移行型DsRedが発現しており、核が赤色に光っている。注意深く顕微鏡観察を行うと、写真2の矢印に見られるように細胞分裂時における核の挙動が観察できる。

<教材利用の意義、メリット>

細胞に関する研究は世界のバイオ研究の核となる研究である。実際、本年ノーベル医学・生理学賞を受賞された本庶 佑 教授の免疫細胞に関する研究や、近年のノーベル賞受賞研究であるオートファジーに関する研究、iPS細胞研究といった、日本が世界に誇るべき研究成果は、細胞そのものを研究対象として得られたものである。また、GFPタンパク質は、細胞、細胞小器官、細胞内タンパク質の可視化技術において中心的な役割を果たしている。さらに、GFPタンパク質の検出に用いられる青色発光ダイオード(LED)の開発も日本人研究者の研究成果である。

本実験教材は、これらの

といった、日本が世界に誇る先端技術の原理やその利用法を学ぶ機会を、1つの教材により提供することができる実験教材であり、その教育効果は極めて高いと考えられる。

<教材の高校現場への導入の試み>

山口大学で実施したサイエンス・リーダーズ・キャンプ事業受講者を含む理科教員を対象とした、本実験教材を紹介する研修会を一昨年から今年にかけて山口大学 農学部において既に4回開催し、全国各地から50名を超える理科教員が受講した。受講した教員の中には、授業において本実験を実施した教員もおり、大きな教育効果を得たとの報告を受けた。写真3に授業風景、実験結果を示す。

<参考図>

図1 GFP遺伝子の遺伝子導入と発現観察の手順

図1 GFP遺伝子の遺伝子導入と発現観察の手順

図2 青色LEDとカットフィルターを用いたGFP蛍光観察の原理

図2 青色LEDとカットフィルターを用いたGFP蛍光観察の原理

写真1 BmN4細胞で発現したGFPの顕微鏡を用いた観察結果

写真1 BmN4細胞で発現したGFPの顕微鏡を用いた観察結果

写真2 核移行型DsRedを用いた細胞分裂時における核の挙動の顕微鏡観察結果

写真2 核移行型DsRedを用いた細胞分裂時における核の挙動の顕微鏡観察結果

写真3 静岡県立韮山高等学校での実験風景および実験結果

写真3 静岡県立韮山高等学校での実験風景および実験結果

昆虫細胞 遺伝子導入・遺伝子発現観察キット

昆虫細胞 遺伝子導入・遺伝子発現観察キット

BmN4細胞を培養したシャーレ8枚にGFP、DsRed、あるいは核移行型DsRed遺伝子を導入し、発現タンパク質の蛍光観察を行うための細胞、試薬、器具を含む。

<お問い合わせ先>

<教材キットに関すること>

内海 俊彦(ウツミ トシヒコ)
山口大学 大学院創成科学研究科 農学系学域 生物機能科学分野 教授
〒753-8511 山口県山口市吉田1677-1
Tel:083-933-5856
E-mail:

<教材キットの購入に関すること>

有限会社山口ティー・エル・オーWebサイト
URL:http://www.tlo.sangaku.yamaguchi-u.ac.jp/insect-dnakit/

<JST事業に関すること>

日紫喜 豊(ヒシキ ユタカ)、中井 紗織(ナカイ サオリ)
科学技術振興機構 理数学習推進部 能力伸長グループ
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8 川口センタービル
Tel:048-226-5669 Fax:048-226-5684
E-mail:

<報道担当>

山口大学 総務企画部 総務課 広報室
〒753-8511 山口県山口市吉田1677-1
Tel:083-933-5007 Fax:083-933-5013
E-mail:

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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