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平成30年10月16日

大阪市立大学
科学技術振興機構(JST)

色覚の起源にせまる
もっともシンプルな色検出システムを解明

大阪市立大学 大学院理学研究科の寺北 明久(テラキタ アキヒサ) 教授、小柳 光正(コヤナギ ミツマサ) 准教授、和田 清二(ワダ セイジ) 特任助教らの研究グループは、奈良女子大学および名古屋大学の研究グループと共同で、最も重要な光感覚の1つである色検出について、1種類の光受容タンパク質注1)を用いた非常に単純な仕組みを魚類に発見しました。

これまで、色覚に代表される色検出には、捉える光の色が異なる複数の光受容タンパク質が必須であると考えられていたので、今回の発見はこれまでの常識を覆すとともに、色覚や色検出の起源の理解にも寄与する成果です。

本研究成果は2018年10月15日の週に、「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載予定です。

下記の科研費とJST 戦略的創造研究推進事業(CREST)などから資金援助を得て実施されました。

<本研究の内容>

人の色覚では、3種類の色(赤、緑、青)の光をキャッチする光受容タンパク質がそれぞれ異なる光受容細胞に存在し、それらの異なる色の光を感じる細胞によりキャッチされた光情報が、より高次の細胞によって処理されることで、色を見分けることができます(図1)。このように、一般的には色検出を行うためには、異なる色の光をキャッチできる複数の光受容タンパク質が必須であると考えられてきました。

魚類などの下等な脊椎動物では、目に加えて脳の表面に存在する松果体(しょうかたい)と呼ばれる器官も、色検出を行います。具体的には、光に含まれる紫外(UV)光と可視光の比率を検出(色検出)します。発生学的には、目と松果体は同じ細胞から分化しますが、松果体での色検出の仕組みや色検出が関わる生理的役割についての全容は不明なままでした。今回、この松果体の色検出について、ゼブラフィッシュと呼ばれる遺伝子操作が可能な小型魚類を用いて解析しました。

これまでに私たちは、松果体のUV光と可視光の色検出において、UV光受容を担う光受容タンパク質を同定しその性質を明らかにしてきました。この松果体光受容タンパク質(パラピノプシンと呼ばれる)は、UV光を受容すると、可視光を受容できる状態(光産物)に変化し、この光産物は可視光を受容すると元のUV光を受容する状態(暗型)に戻るという光相互変換型でした(図2)。この性質は、目の色覚で用いられている光受容タンパク質にはない性質で、どのような役割を果たすのかは不明でした。そこで、この性質が松果体での色検出にどのように関わっているのかに注目しました。

まず、松果体のパラピノプシンが存在する細胞の光応答をカルシウムイメージング法注2)で解析すると、同じ細胞が、UV光で過分極性(カルシウムの減少)の応答を示し、可視光で脱分極性(カルシウムの増加)の応答をすることが分かりました。すなわち、UV光と可視光で逆向きの応答をし、1つの細胞で色を検出していることを見いだしました(図3)。

次に、パラピノプシン遺伝子を破壊すると、その遺伝子破壊個体の松果体細胞はUV光に対する応答のみならず、可視光に対する応答も示しませんでした。そこで、パラピノプシンの代わりに、目の色覚で使われているUV光受容タンパク質(光相互変換型ではない)を松果体細胞に発現させると、UV光に対する過分極応答は回復しましたが、可視光に対しては応答を示しませんでした。つまり、ゼブラフィッシュの松果体は、1種類の光相互変換型の光受容タンパク質を用いて色検出することを初めて見いだしました。

さらに、太陽光などの自然光に似た光条件での詳細な実験により、暗型がUV光受容を担い、可視光に反応する光産物が可視光受容を担うことが分かりました。つまり、自然光下では、松果体内に暗型と光産物のパラピノプシンが混ざった状態にあり、UV光の比率が増加し光産物が増えると過分極応答し、可視光の比率が増えて光産物が減ると脱分極応答するという、パラピノプシンの光相互変換性により、色検出が実現されているのです。このようなUV光と可視光の比率が大きく異なるようなシチュエーションとしては、夕方の日向と日陰などがあることから(日向だと可視光が多く、日陰だとUV光が多い)、松果体の色検出は日陰と日向の認識に関係しているのかもしれません。また、この光相互変換性は、祖先型光受容タンパク質の性質と考えられるため、色検出の起源は今回発見した1種類の光受容タンパク質を利用したシステムであると想像されます。

<本研究の波及効果>

「光を感じる」という機能は、ある神経細胞に光受容タンパク質の遺伝子が発現したことが起源と考えられています。これまで、色検出は、光受容タンパク質や神経ネットワークの進化に伴い獲得された機能であると考えられてきました。今回の発見は、そのような進化がなくても、祖先型の光受容細胞が、パラピノプシンのような光相互変換型のオプシン(タンパク質)を含んでいれば、色の識別が可能であったことを示しており、進化の側面からも注目されます。また近年、実験動物の狙った細胞に光受容タンパク質を持たせておき、その光受容タンパク質を活性化させる光を当てることで、生きた動物の中で狙った細胞の活動を制御する光遺伝学注3)が、脳科学や神経科学の分野で注目されています。今回の発見から、パラピノプシンが光の有無のみならず、光の色による細胞活動の光操作を可能にする新しいツールとしても注目されます。

<研究者からのひとこと>

色検出が1つの光受容タンパク質のみで行われていることはこれまでの常識と全く異なるので驚きでした。今後、魚類などの下等な脊椎動物においてこのシステムで検出された色情報が、どのような機能と関係しているかをさらに明らかにし、より光受容の進化に迫りたいと考えています。また、1種類の光受容タンパク質による色検出システムは、光遺伝学にも応用でき、色で細胞や動物の行動をコントロールできれば、生命機能解明にも貢献できると思っています。

<参考図>

視細胞

図1 目(色覚)での光の色を検出する仕組み

ヒトの色覚では、赤、緑、青に反応する光受容タンパク質が異なる光受容細胞(視細胞)に存在し、それぞれの色の光が異なる細胞でキャッチされ、その情報が別の神経細胞で処理され、どのような色なのかを感じる。

次の神経細胞で情報処理されて色検出

図1 目(色覚)での光の色を検出する仕組み

光受容細胞自身が色検出 光受容細胞の色情報が次の神経細胞へ
図2 ゼブラフィッシュ松果体での色検出の仕組み

松果体の光受容細胞では1つの光受容細胞が、1種類の光受容タンパク質を用いて、UV光と可視光の比率を検出する。

松果体光受容タンパク質の反応

図2 松果体光受容タンパク質の反応

松果体光受容タンパク質(パラピノプシン)は暗型と光産物の2状態を光相互変換し、それぞれUV光と可視(緑)光をキャッチできる。

図2 ゼブラフィッシュ松果体での色検出の仕組み

図3 パラピノプシン1種類により色検出が行なわれていることを示すカルシウムイメージングの結果

野生型では、パラピノプシンが存在する光受容細胞は、UV光(マゼンタ)に対してカルシウムの減少を示し、可視光(黄色)に対してはカルシウムの増加を示す。つまり、UVと可視光に対して逆向きの応答をする。一方、パラピノプシン遺伝子を破壊すると、UV光と可視光に対する両方の応答が消失する。

図3 パラピノプシン1種類により色検出が行なわれていることを示すカルシウムイメージングの結果

<用語解説>

注1)光受容タンパク質
光をキャッチするタンパク質で、細胞が光を検出するのに必須な分子。
注2)カルシウムイメージング法
カルシウムイオンと結合して蛍光を発する色素を使用して、細胞内のカルシウム濃度の変化を画像情報として観測する手法。
注3)光遺伝学
遺伝子組み換え技術と光受容タンパク質を利用した新しい技術。特定の神経細胞などに光受容タンパク質遺伝子を発現させることにより、その細胞の機能を光で操作し、動物の行動と結びつけて明らかにすることが可能となることから、脳科学や神経科学の分野では特に重要な技術。

<論文情報>

タイトル Color opponency with a single kind of bistable opsin in the zebrafish pineal organ
著者名 Seiji Wada, Baoguo Shen, Emi Kawano-Yamashita, Takashi Nagata, Masahiko Hibi, Satoshi Tamotsu, Mitsumasa Koyanagi and Akihisa Terakita
DOI 10.1073/pnas.1802592115

<お問い合わせ先>

<研究内容に関すること>

寺北 明久(テラキタ アキヒサ)
大阪市立大学 大学院理学研究科 生体高分子機能学研究室 教授
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