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平成30年6月16日

東京大学
科学技術振興機構(JST)
物質・材料研究機構

機械学習により熱電変換性能を最大にするナノ構造の設計を実現

~環境発電への貢献に期待~

ポイント

東京大学 大学院工学系研究科の塩見 淳一郎 教授(物質・材料研究機構 情報統合型物質・材料研究拠点 兼務)、山脇 柾 大学院生、大西 正人 特任研究員、鞠 生宏 特任研究員の研究グループは、JST 戦略的創造研究推進事業において、ベイズ最適化注1)と熱電物性計算を組み合わせて熱電変換材料のナノ構造を最適設計することに成功しました。

環境発電などの応用に向けて、熱電変換への期待が高まっていますが、変換効率の向上には、電気伝導率とゼーベック係数(熱電能注2))が大きく、熱伝導度が低い材料が必要となります。ナノ構造化によってこれらの相反する要求の実現を目指した研究が盛んに行われていますが、これまでの研究には経験的に構造を選択して、それを評価するアプローチが多く、構造を「最適設計」する手法はありませんでした。

本研究グループは、機械学習と熱電物性計算を組み合わせることによって、パワーファクター注3)の増大と熱伝導度の低減を同時に達成して熱電変換性能を最適にするナノ構造の設計手法を確立しました。この手法では、ベイズ最適化と熱電物性計算を交互に実施することによって、膨大な候補構造から熱電変換性能が最大になるナノ構造を高い最適化効率で決定することができます。有望な熱電変換材料として広く研究されているグラフェンナノリボン注4)にナノ細孔を導入する問題を例にとってこの手法を適用したところ、パワーファクターの増大と熱伝導度の低減という、一般に相反するものを同時に達成できることを確認しました。得られた最適構造は、ナノ細孔が非周期的に並ぶような非直感的なナノ構造であり、グラフェンナノリボンの性能指数を大幅に向上できる可能性を示しました。

この手法は対象を選ばず、さまざまな熱電変換材料のナノ構造設計に適用できるため、今後の熱電材料の開発における新たな手法として、その性能向上に貢献することが期待されます。それによって、低コストで高性能の熱電デバイスが開発され、環境発電などを通じて、スマート社会に必要不可決な自立発電技術の発展に貢献することが期待されます。

本研究成果は、2018年6月15日(米国東部時間)に米国科学誌「Science Advances」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」(研究総括:谷口 研二 大阪大学 名誉教授)「メカノ・サーマル機能化による多機能汎用熱電デバイスの開発」の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

<研究の背景と経緯>

例えば、IoT(Internet of Things注5))などで必要となるセンサーや情報通信デバイスを駆動するために、身の回りにあるエネルギーを電力に変換する環境発電技術の発展が求められています。その中で熱電変換技術は、素子の上下に温度差をつけるだけで発電でき、動力部がないことで故障やメンテナンスなどの心配が少ないことから、どこにでもある熱エネルギーを利用する技術として有望視されています。しかし、実際の応用に向けては材料自体の変換効率が足りず、変換効率を高めるには、パワーファクターが大きく、熱伝導度が小さい必要があります。この相反する物性を材料内のナノ構造によって独立に制御する研究が盛んに行われていますが、これまでの研究は経験的にナノ構造を選択してそれを評価するアプローチのものが多く、経験に頼らずに最適なナノ構造を設計する手法はありませんでした。

<研究の内容>

今回、東京大学の塩見 淳一郎 教授(物質・材料研究機構 兼務)、山脇 柾 大学院生、大西 正人 特任研究員、鞠 生宏 特任研究員の研究グループは、機械学習と熱電物性計算を組み合わせることによって、熱電性能を最適にするナノ構造の設計手法を確立しました。本手法では、分子シミュレーションを用いた熱電物性計算とベイズ最適化を用いて機械学習を交互に実施し、膨大な候補構造から熱電変換性能が最大になるナノ構造を高い最適化効率で決定します。機械学習の記述子注6)として、ナノ構造の最小単位(例えばナノ細孔など)を採用して、全体の構造をその組み合わせとして考えることで、膨大ではあるが有限の数の候補構造を取り扱いました。初めに、数十個の候補構造をランダムに選択してそれらのゼーベック係数、電気伝導度、熱伝導度を計算し、その結果を基にベイズ最適化により熱電変換性能指数注7)が見込める次の数十個の候補構造を決定し、またそれらの熱電物性を計算します。この「候補選択⇔熱電物性計算」を繰り返してデータを数十個ずつ増やしていき、最良の熱電変換性能指数を持つ構造を同定します。具体例として、グラフェンリボンにナノ細孔を開けてナノ構造化する問題に本手法を適用したところ、パワーファクターの向上と熱伝導率の低減という、互いに相反する複数の目的を同時に達成できました(図2)。得られた最適構造は、非直感的なナノ構造であり、グラフェンナノリボンの熱電変換性能を大幅に向上できる可能性を示しました。このように、本成果により、一般に相反する物性を組み合わせた物性を対象に対して、機械学習が有用であることを示すことに成功しました。

<今後の展開>

本手法は対象を選ばず、さまざまな熱電変換材料のナノ構造設計に適用できるため、今後の熱電材料の開発における新たな手法として、その性能向上に貢献することが期待されます。また、相反する輸送物性を両立することへの要求は、熱電変換材料に限らずさまざまな応用で存在しています。本手法は計算による評価さえできれば、どのような物性に対しても原理的に適用できることから、ほかの複合機能などをターゲットとしたナノ構造の最適化にも貢献することが期待されます。

<参考図>

図1 機械学習と熱電変換性能計算を組み合わせたマテリアルズ・インフォマティクス手法の概要

図1 機械学習と熱電変換性能計算を組み合わせたマテリアルズ・インフォマティクス手法の概要

図2 例としてグラフェンリボンに適用した際に得られた最適構造と、それによる熱電性能指数(ZT)の向上の度合い

図2 例としてグラフェンリボンに適用した際に得られた最適構造と、それによる熱電性能指数(ZT)の向上の度合い

<用語解説>

注1)ベイズ最適化手法
ベイズ確率の考え方を用いた推論に基づき、形状のわからない関数を最適化する手法。
注2)ゼーベック係数
熱電変換効果によって生じた電位差(電圧)を温度差で割った値であり、発電能を表す。
注3)パワーファクター
電気伝導率とゼーベック係数の2乗を掛け合わせたもので、単位温度差あたりの発電電力である。
注4)グラフェンナノリボン
炭素原子が六角形格子に配列した物質であるグラフェンをリボン状にしたもの。
注5) IoT
「Internet of Things」の略。もののインターネット。さまざまな「モノ(物)」がインターネットに接続され情報交換することにより相互に制御する仕組み。
注6)記述子
予測モデルにおける説明変数。
注7)熱電変換性能指数
材料のゼーベック係数の2乗と電気伝導度と温度を掛け合わせ、熱伝導度で割った値で、それが大きいと熱電変換材料の変換効率が大きくなる。

<論文情報>

タイトル Multifunctional structural design of graphene thermoelectrics by Bayesian optimization
著者名 Masaki Yamawaki, Masato Ohnishi, Shenghong Ju, Junichiro Shiomi
doi 10.1126/sciadv.aar4192

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

塩見 淳一郎(シオミ ジュンイチロウ)
東京大学 大学院工学系研究科 機械工学専攻 教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
Tel:03-5841-6283 Fax:03-5841-0440
E-mail:

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

東京大学 大学院工学系研究科 広報室
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
Tel:03-5841-1790 Fax:03-5841-1790
E-mail:

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室
〒305-0047 茨城県つくば市千現1-2-1
Tel:029-859-2026 Fax:029-859-2017
E-mail:

(英文)“Multifunctional structural design of graphene thermoelectrics by Bayesian optimization”(外部サイト)