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平成30年1月23日

科学技術振興機構(JST)
東京工業大学
高エネルギー加速器研究機構

貴金属を使わない高性能アンモニア合成触媒を開発

~新しい窒素分子の活性化機構を示唆~

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、東京工業大学 細野 秀雄 教授、多田 朋史 准教授、北野 政明 准教授らは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の阿部 仁 准教授らと共同で、貴金属を使わない高性能のアンモニア合成触媒を開発しました。

温和な条件下でアンモニア合成を可能とする触媒は、オンサイトでの合成プロセスを実現するための鍵となります。高温・高圧を必要とするハーバー・ボッシュ法には鉄系触媒が工業的に使われ、より温和な条件下での合成にはルテニウム触媒が研究されています。

今回、ルテニウムなどの貴金属の担持注1)を必要としない高活性触媒を開発しました。電子が陰イオン(アニオン)として働く“電子化物(エレクトライド)注2)のコンセプトを拡張することで新触媒を検討し、ランタンLaとコバルトCoの金属間化合物注3)LaCoSiが貴金属を用いずに高い活性を示すことを見いだしました。

コバルトはルテニウムに次ぐ活性を持つことが知られていましたが、LaCoSiはこれまで報告されてきたコバルト系触媒でアンモニア合成において最高の活性を示します。LaCoSi内でのLaからCoへの電子供与が明らかにされ、それが高活性発現の鍵と考えられます。

また、この触媒を用いた反応の活性化エネルギーは同グループが2012年に開発したルテニウム担持C12A7エレクトライド触媒よりもさらに低いものでした。つまり、LaCoSiは従来の触媒に比べ窒素分子の切断(開裂)をより速やかに行うことができ、より低温でのプロセスに有利です。この低い活性化エネルギーは、第一原理分子動力学計算注4)などの解析結果から、窒素分子が触媒表面に吸着した際に窒素分子の振動が励起状態にあり、そこから原子への開裂が生じる、窒素分子の新しい活性化機構が示唆されました。

本研究成果は、平成30年1月22日16時(英国時間)に科学誌 「Nature Catalysis」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られました。

JST 戦略的創造研究推進事業(ACCEL)

研究開発課題名 「エレクトライドの物質科学と応用展開」
研究代表者 細野 秀雄(東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 教授、元素戦略研究センター長)
プログラムマネージャー 横山 壽治(科学技術振興機構)
研究開発期間 平成25年10月~平成30年3月

<研究の背景と経緯>

肥料や多くの化成品に使われるアンモニアは、100年あまり前に確立された鉄系触媒を使うハーバー・ボッシュ法を使って大部分が生産されています。このプロセスは高温・高圧に耐える大型の設備を必要とします。一方、近年アンモニアを欲しい場所で、大型の設備を使わずに生産するオンサイト合成というニーズが出てきています。それを実現するには、温和な条件下で効率的に機能する新しい触媒が必要とされていました。

これまでルテニウムの微粒子を酸化物やカーボン上に担持した触媒がこの目的のためによく研究されてきました。しかし、ルテニウムは貴金属であり、また、ルテニウム系触媒では、水素の圧力が高くなると活性が低下してしまう「水素被毒」と呼ばれる問題が起こります。

研究グループは、2012年に安定な電子化物C12A7:eにルテニウムのナノ粒子を担持したものが、温和な条件下でもアンモニア合成の優れた触媒となることを報告しました。それ以来、この触媒を詳しく解析し得られた知見から、先鋭化できる物質を検討し、新しい触媒を開発してきました。今回報告する触媒もその中の一つです。

<研究の内容>

アンモニア合成は、窒素分子をバラバラにして電子を与え水素と結合させる反応ということができます。2003年に細野教授らが初めて実現した安定なエレクトライドは、電子を与える物質で、これまでは、エレクトライドから触媒粒子へ電子供与して活性を高めて来ました。このエレクトライドの考え方を拡張することで新触媒を検討し、従来と異なり、ルテニウムなどの貴金属の微粒子を担持しなくても高い触媒活性を示す新しい触媒LaCoSiが開発されました。

金属間化合物LaCoSi(図1)の比表面積は1.8m/gと小さいにもかかわらず、図2aに示すように、これまで報告されたコバルト系触媒の中で最高の活性を示します。X線吸収分光法(XAFS)注5)実験によって、LaCoSi内でのLaからCoへの電子供与が明らかにされており、この金属間化合物内での電子供与が高活性発現の鍵と考えられます。安定性も高く(図2b)、また、反応の活性化エネルギーは、ルテニウムを担持した触媒を含め最も低い値でした(図2c)。しかも、この触媒では、ルテニウム系触媒で生じる水素の圧力が高くなると活性が低下してしまうという水素被毒は観察されませんでした(図2d)。

アンモニア合成の鍵は窒素分子が持つ強い三重結合をいかに速やかに開裂するかにかかっており、LaCoSi表面ではそれが最も低い障壁で進行するのです。第一原理分子動力学計算によると、窒素分子はこの触媒の表面に吸着した際には、その振動レベルは励起状態にあり、したがってより速やかに原子上の窒素が開裂することが示唆されました(図3)。

<今後の展開と波及効果>

本研究で用いた触媒は比表面積が小さいので、さらなる高活性化を目指すにはナノ粒子化による比表面積増加が最もストレートなアプローチになります。

また、この新しいコンセプトで物質探索することによって、窒素分子や炭酸ガスなどの不活性分子の低温での効率的活性化につながるものと期待されます。

<参考図>

図1 LaCoSiの結晶構造

図1 LaCoSiの結晶構造

図2 反応条件 1気圧、400℃での触媒活性

図2 反応条件 1気圧、400℃での触媒活性

LaCoSiの比表面積 1.8m/g。

  • a)触媒ごとのアンモニア合成率(青)と比活性(赤)。
  • b)LaCoSiによるアンモニア合成率の時間経過。
  • c)触媒ごとの反応の活性化エネルギー。
  • d)αとβは窒素と水素に関する反応次数。
図3 シミュレーションから示唆された反応機構

図3 シミュレーションから示唆された反応機構

下の赤枠内の図:青で描かれた窒素分子Nが、LaCoSi表面に吸着すると赤で表現された励起状態となり、グラフの赤で塗られた谷を埋めるだけのエネルギーを持つので、少しのエネルギーで開裂のためのエネルギーの山を越え、原子2つに分かれることができる。

<用語解説>

注1) 担持
触媒として機能する貴金属等の粉末や粒子を、取り扱いを容易にする等の目的で、土台となる物質(担体)に固定すること。
注2) 電子化物(エレクトライド)
エレクトライドは電子がアニオンとして働く化合物の総称。通常の物質とは異なるユニークな性質を持つのではと関心を集めていたが、あまりに不安定なため、物性がほとんど解明されていなかった。細野教授らは2003年に、酸化カルシウムと酸化アルミニウム化合物からなる安定なエレクトライド、12CaO・7Al(C12A7)を発見している。直径0.5ナノメートル程度のカゴ状の骨格が立体的につながった結晶構造をもち、金属のようによく電気を通し、低温では超伝導を示す。またアルカリ金属と同じくらい電子を他に与える能力を持つにもかかわらず、化学的にも熱的にも安定というユニークな物性を持っている。
注3) 金属間化合物
周期表上で離れた位置にある元素同士の組み合わせでできる化合物で、簡単な整数比の組成をもち、結晶構造は元の金属とは全く異なる。周期表上で近くにある元素同士でできる通常の合金と区別し、このように呼ばれる。
注4) 第一原理分子動力学計算
実験から得られた経験的なパラメータを一切用いず、計算対象となる原子の種類と電子数のみを入力パラメータにして、物理・化学現象の素過程を量子力学に基づいて解析する方法。
注5) X線吸収分光法(X-ray absorption fine structure、XAFS)
物質によるX線の吸収の度合いが、X線のエネルギーによってどのように変わるか(スペクトル)を測定する手法。スペクトルの形からそれぞれの元素の化学状態や磁気状態を解析する。

<論文情報>

タイトル Ternary Intermetallic LaCoSi as Catalyst for N2 Activation
(日本語タイトル:窒素分子の活性化触媒としての3元系金属間化合物LaCoSi)
掲載誌 Nature Catalysis
doi 10.1038/s41929-017-0022-0

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

細野 秀雄(ホソノ ヒデオ)
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 教授、元素戦略研究センター長
〒226-8503 横浜市緑区長津田町4259 郵便箱S8-1
Tel / Fax:045-924-5009
E-mail:

<JST事業に関すること>

寺下 大地(テラシタ ダイチ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ACCELグループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-6380-9130 Fax:03-3222-2066
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