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平成29年11月15日

東京大学
科学技術振興機構(JST)

人工知能が「繰り返し成長すること」で計算コストを1/3600に削減

~界面構造を高速に決定し、高性能な物質開発を加速~

ポイント

東京大学 生産技術研究所の溝口 照康 准教授、小田 尋美 学院生(研究当時)、清原 慎 大学院生、東京大学 大学院新領域創成科学研究科の津田 宏治 教授らの研究グループは、機械学習注1)転移学習注2)という技術を活用して人工知能が繰り返し成長することで、物質の界面注3)の構造を決定するための計算コストを1/3600まで削減することに成功しました。

界面は物質中に多数含まれる欠陥で、その構造が物質のさまざまな機能と密接に関係しています。そのため、界面構造を決めることは物質研究の中でも最も重要な研究課題の1つです。しかし、界面には無数の種類が存在し、さらにその一種類の界面の構造を決定するだけでも、数千~数万回という膨大な量の理論計算注4)が必要でした。

本研究グループは、機械学習により作成した人工知能を使って界面の構造を高速に決定する手法の開発に取り組んできました。今回、探索空間(パラメータ)を従来の3次元から74次元に拡張し、さらに転移学習という技術を利用しました。転移学習では、ある問題を解く際に作成した人工知能を、関連した別の問題に利用します。前に学習した知識を使って新しい問題を解くことで人工知能は“賢く”なることができます。これを繰り返し行うことで人工知能はさらに賢くなっていきます。

研究グループは開発した手法を使って、33種類の界面構造を系統的に決定しました。これらすべての界面の構造を、本手法の力を借りずに決定するためには、実に1,650,660回もの膨大な計算が必要になります。もしこの計算を一台だけのコンピューターで計算すると30年以上の時間を要します。実際には並列計算機で実施しますが、それでも数週間の計算が必要です。一方、今回開発した手法で人工知能に過去の経験を学習させる(計算対象を絞り込ませる)と、462回の計算で33種類すべての界面構造を決定することができ、計算コストを約1/3600に削減することに成功しました。つまり、1台のコンピューターがあれば数日ですべての界面構造を決定することができます。

本手法はたくさんの界面構造を網羅的かつ系統的に決定する上で非常に有効です。界面は物質の機能に決定的な役割を果たしています。本手法を利用することで、界面機能の理解が深まり、高性能な物質開発がさらに加速されることが期待されます。

本研究は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」研究領域(研究総括:常行 真司(東京大学 教授))における研究課題「情報科学手法を利用した界面の構造機能相関の解明」(研究者:溝口 照康)によって実施されました。

<研究背景>

界面は物質の電気伝導性やイオン伝導性、耐久性など多くの機能に決定的な役割を果たしています。界面の構造は結晶とは異なっており、その構造が界面における機能の起源です。つまり、界面の機能を理解するためには、界面固有の構造を明らかにすることが不可欠です。

一方で、同じ物質でも無数の種類の界面が存在し、それぞれの界面が異なる構造をもっています。さらに、その中のたった一種類の界面にも、数千~数万個という候補構造が存在しており、従来はすべての候補構造について理論計算を行い、候補の中から最も安定なものを決める必要がありました。そのため、色々な種類の界面の構造を網羅的かつ系統的に決定することは非常に困難とされてきました。

近年、情報科学手法を物質科学の分野で利用するマテリアルズインフォマティクスという分野の研究が世界的に行われています。本研究グループでは、クリギング注5)という機械学習の手法を利用して人工知能を作成し、界面構造を探索させる手法を開発してきました。

<研究内容>

今回、新たに転移学習という手法をクリギングに組み込みました。クリギングでは、ある問題を解くための人工知能を作成します。転移学習では、その作成した人工知能を類似した別の問題を解くために利用します。前に学習した知識を利用して新しい問題を解くことで、より高速かつ正確に解くことが可能になります。つまり、学習した知識(Knowledge)を転移(Transfer)することで、“賢い”人工知能を作ることができます。

研究グループは、転移学習を利用するために3次元だった従来の探索空間(パラメータ)を74次元に拡張しました(図1)。今回の研究では、本手法の有効性を確認するために、過去に報告のある鉄の33種類の界面の構造を決定しました。それらすべての界面の構造を決定するためには、実に1,650,660回もの膨大な理論計算が必要でした。しかし、研究グループが開発したクリギングと転移学習を組み合わせた手法を用いることで、計算コストを約1/3600まで削減し、462回の計算ですべての界面構造を決定することに成功しました。

転移学習なしのクリギングでは、1,241回の理論計算が必要でしたが、知識を転移するたびにより賢くクリギングを行い、計算回数は減少し、転移学習なしの場合と比較すると、約3倍速く探索を終えることができました。

初めは不完全な知能が、知識(Knowledge)を転移(Transfer)するたびに“賢く”なり、より多くの界面構造をより速く決定したといえます(図2)。

<今後の展開>

現在工業的に使用されている物質の多くにおいて界面は重要な役割を果たしており、物質開発のスピードを上げるためには、界面の構造を決定し、その機能を理解することが不可欠です。今回開発した手法を利用することで、界面の構造をより効率的に決定することができ、物質の開発スピードが加速されることが期待されます。

<参考図>

図1 74次元空間の模式図

図1 74次元空間の模式図

各界面(GB、GB…)は3次元の探索空間を有しているが、各3次元空間が独立しているため転移学習が使用できない。そのため、各界面が共通している74次元の探索空間を新たに作成した。その74次元空間を使うことで初めて転移学習を使用することができた。

図2 本研究成果の模式図

図2 本研究成果の模式図

(上)過去に学習した経験(Knowledge)を次々に転移(Transfer)することで、(下)のように多くの界面構造を高速に決定することができる。(下)は本研究で実際に得られた界面の構造。

<用語解説>

注1) 機械学習
データを統計処理することにより、データの中に潜んでいる「法則」を見つけ出すこと。得られた法則をデータにあてはめることで、パターンに従って未知な現象を予測することができる。金融や創薬の分野で活用されている。
注2) 転移学習
ある問題で得られた予備知識を、類似する別の問題に利用すること。学習済みのモデルを利用し新たな問題に転移(Transfer)することで、効率的に問題を解くことができる。この手法によれば、少ないデータ・学習量で正確なモデルを生成することが可能となる。
注3) 界面
結晶の欠陥の一種であり、物質と物質が接している領域。界面は複雑な構造をしており、原子同士が特異な結合で結ばれているため、高速イオン伝導や触媒活性など、結晶にはない機能を示す。
注4) 理論計算
ここでは初期の原子配置から安定構造とそのエネルギーを算出する方法を意味している。第一原理計算や格子静力学計算、分子動力学計算などさまざまな手法があり、一回の理論計算には、第一原理計算では数時間~数十時間、格子静力学計算では数秒~数時間の計算時間を要する。このため、一種類の界面構造を決定するためには、候補構造×計算時間という膨大な時間が必要になる。
注5) クリギング(Kriging)
資源探索に用いられる空間補間法の一種。たとえば、ある地点で採掘を行い、得られた資源量から、掘削を行っていない空間の埋蔵量を推定(補間)する。最も埋蔵量の多い掘削点を効率的に推定する際に用いられる。本研究グループは界面構造を探索するためにクリギングを使用してきた。今回の研究では74次元の探索空間中でクリギングを行うことで、効率的に最安定構造を決定した。

<論文情報>

タイトル Transfer Learning to Accelerate Interface Structure Searches
著者名 Hiromi Oda, Shin Kiyohara, Koji Tsuda and Teruyasu Mizoguchi
掲載誌 Journal of Physical Society Japan
doi 10.7566/JPSJ.86.123601

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

溝口 照康(ミゾグチ テルヤス)
東京大学 生産技術研究所 准教授
Tel:03-5452-6098 Fax:03-5452-6319
E-mail:

<JST事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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<報道担当>

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