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平成29年10月20日

横浜市立大学
東京大学
科学技術振興機構(JST)

細胞固有の性質が遺伝する仕組みを解明

~DNAメチル化酵素の正確な配置と活性化を制御する仕組み~

ポイント

横浜市立大学 大学院生命医科学研究科 構造生物学研究室 有田 恭平 准教授、石山 怜(博士前期課程)、東京大学 医科学研究所 中西 真 教授、西山 敦哉 講師らの研究グループは、DNAメチル化注1)の維持に関与するDNAメチル化酵素DNMT1注2)が、ユビキチン化注3)されたヒストン注4)H3を認識する機構を解明しました。

本研究は、2017年10月19日(米国東部時間)に「Molecular Cell」オンライン版に掲載されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」研究領域の一環で行われました。

<研究の背景>

生体内に存在する200種類以上の細胞は、一部の例外を除いてすべて同じゲノム情報を持ちながらそれぞれ固有の性質を持ちます。これは細胞分化の過程で確立されるDNAメチル化によって、細胞の種類固有の遺伝子発現パターンが決まっているからです。

ゲノムDNAは細胞分裂の前に正確に複製されますが、DNAメチル化も親細胞から娘細胞に正確に受け継がれていきます。これをDNA維持メチル化といいます。DNA維持メチル化が破綻すると、細胞のがん化など様々な不具合が生じるので、DNAメチル化のパターンは厳密に制御され受け継がれるようになっています。

DNA維持メチル化には2つのタンパク質、UHRF1注5)とDNMT1が必須です。UHRF1はDNA複製後に生じた片鎖メチル化DNAを認識して、近傍のヒストンH3をユビキチン化します。DNMT1はユビキチン化ヒストンH3を認識することで作用の場である片鎖メチル化DNAへと呼び込まれます。しかし、DNMT1が、ユビキチン化されたヒストンH3をどのような分子機構で認識するのかはよくわかっていませんでした。

<研究の内容>

今回研究グループは、DNA維持メチル化の過程を再現する試験管内染色体複製系と質量分析解析を組み合わせることで、DNMT1がN末尾部の2か所にモノユビキチン化を受けたヒストンH3と特異的に結合することを発見しました。また、このヒストンH3の複数個所のモノユビキチン化はUHRF1に依存的であり、H3のリジン14,18,23を標的とするものであることもわかりました。

一般的にタンパク質のユビキチン化は、付加されたユビキチンがつながってポリマー化(=ポリユビキチン化)されることで様々な生命現象のシグナルとして働くことが知られていました。しかし、今回の研究成果から、DNA維持メチル化の過程では、ポリユビキチン化ではなく複数個所のモノユビキチン化がシグナルとして働き、これらをDNMT1のRFTSドメイン注6)が同時に認識することを明らかにしました(図1)。

この珍しいユビキチン化修飾の認識機構の詳細を明らかにするために、リジン18とリジン23がモノユビキチン化されたヒストンH3とDNMT1のRFTSドメインの複合体の立体構造をX線結晶構造解析法で決定しました。その結果、ヒストンH3上の2つのモノユビキチンは、RFTSドメインによって同時に認識されることがわかりました。ユビキチンは他のタンパク質と結合するときにI44パッチという分子表面を例外なく使います。今回決定した立体構造によると、RFTSドメインは、これに加えて、ユビキチン認識ループ(ubiquitin recognition loop:URL)によってユビキチンの他の分子表面も認識しており、非常に広範囲に渡って相互作用していることがわかりました。このRFTSドメインのURLは‘左手’のような特徴的な形をしており、‘手のひら’でリジン18に付加されたユビキチンを、‘手の甲’でリジン23に付加されたユビキチンを認識するという特徴を持っていました。さらに、ユビキチン化されたヒストンH3は2-20番目までのアミノ酸がRFTSドメインと相互作用しており、今まで見られないような非常に広範囲に渡ってRFTSドメインと相互作用していることが分かりました(図2)。

DNMT1は、通常の状態ではRFTSドメインとDNAメチル化活性を持つ触媒ドメインが相互作用しており、活性阻害型の立体構造をとることが知られていました。しかし、今回の研究でさらに大阪大学 蛋白質研究所 末武准教授らの生化学的な実験により、DNMT1はユビキチン化ヒストンH3に結合するとDNAメチル化活性が大幅に亢進されることが分かりました。さらに、横浜市立大学 大学院生命医科学研究科 木寺教授らの分子動力学計算によって、ユビキチン化ヒストンH3が結合するとDNMT1のRFTSドメインと触媒ドメインの相互作用が弱くなる過程をシミュレーションでき、ユビキチン化ヒストンH3によるDNMT1の新規の酵素活性化機構を解明しました(図1)。

<今後の展開>

この研究成果は、DNAメチル化維持機構の仕組みの一端を詳細に解明するとともに、細胞のがん化や脱分化などの生命現象の理解と、その制御に重要な知見を与えます。例えば、DNMT1の触媒ドメインを標的にした抗がん剤はありますが、その使用は限定的であり副作用が生じる問題があります。しかし、DNMT1に特徴的であるRFTSドメインを標的に高選択的な薬剤を開発できれば、がん細胞や神経変性疾患で見られる異常なDNAメチル化を制御できる可能性があります。今回の研究成果はDNA維持メチル化という重要な生命現象の解明に加えて、この分野の応用に寄与するものと期待されます。

<参考図>

図1 本研究で明らかになったこと

図2 DNMT1 RFTSドメインとK18/K23ユビキチン化ヒストンH3の複合体構造

RFTSをピンク、URLをマジェンタ、H3を黄色、18、23番目のリジン残基に付加されたユビキチンを水色、黄緑で示す。右図はURLによるユビキチンの認識を拡大して示しており、左手のような形をしたURLが2つのユビキチンを完全に隔てて認識している。

<用語解説>

注1) DNAメチル化
DNAに含まれるシトシン塩基にメチル基(CH3-)が付加される反応。DNAメチル化により、遺伝子の発現が抑制されると考えられている。生物の体を形成するために必須である。
注2) DNMT1
DNAにメチル基を転移する反応を触媒する酵素。DNMT1はDNA2重らせんの片方の鎖のみがメチル化された片鎖メチル化DNAを反応の基質として好む。
注3) ユビキチン(化)
76アミノ酸からなるタンパク質で、基質となるタンパク質のリジン残基に共有結合を介して付加される。基質に付加されたユビキチンはさらにユビキチンが付加されていくことによってポリマー化し、タンパク質分解やDNA損傷修復、炎症などの様々な生命現象を制御する。
注4) ヒストン
ヒストンH1、H2A、H2B、H3、H4の5種類からなる。ゲノムDNAはヒストンタンパク質に巻き付き、ヌクレオソームという構造体を形成することで、核の中で折りたたまって収納される。ヒストンはアセチル化、メチル化などの様々な化学修飾を受け、遺伝子発現を調節すると考えられている。
注5) UHRF1
DNAメチル化維持に必須の役割をするタンパク質。片鎖メチル化DNAへの結合や、ヒストンH3のユビキチン化など様々に機能することで、DNAメチル化パターンの複製を誘導する。
注6) ドメイン
タンパク質中に存在する独立に立体構造を持ち機能する領域。

<論文情報>

タイトル Structure of the Dnmt1 reader module complexed with a unique two-mono-ubiquitin mark on histone H3 reveals the basis for DNA methylation maintenance
著者名 Satoshi Ishiyama, Atsuya Nishiyama, Yasushi Saeki, Kei Moritsugu, Daichi Morimoto,Luna Yamaguchi, Naoko Arai, Rumie Matsumura, Toru Kawakami, Yuichi Mishima, Hironobu Hojo, Shintaro Shimamura, Fuyuki Ishikawa, Shoji Tajima, Keiji Tanaka, Mariko Ariyoshi, Masahiro Shirakawa, Mitsunori Ikeguchi, Akinori Kidera, Isao Suetake, Kyohei Arita, and Makoto Nakanishi
doi 10.1016/j.molcel.2017.09.037

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

有田 恭平(アリタ キョウヘイ)
横浜市立大学 大学院生命医科学研究科 構造生物学 准教授
Tel:045-508-7227
E-mail:

中西 真(ナカニシ マコト)
東京大学 医科学研究所 癌・細胞増殖部門 癌防御シグナル分野 教授
Tel:03-5449-5341 Fax:03-5449-5731
E-mail:

西山 敦哉(ニシヤマ アツヤ)
東京大学 医科学研究所 癌・細胞増殖部門 癌防御シグナル分野 講師
Tel:03-5449-5731 Fax:03-5449-5731
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<JST事業に関すること>

科学技術振興機構 戦略研究推進部 川口 哲
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2064
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横浜市立大学 研究企画・産学連携推進課長 渡邊 誠
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