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別紙

<1.はじめに>

国立研究開発法人 防災科学技術研究所(理事長:林 春男)は、雷危険度予測手法の研究開発を推進するため、雷放電経路3次元観測システムによる雷の試験観測を開始しました。

雷放電経路3次元観測システムは、地面に対する放電である落雷だけでなく、雲内や雲間の放電(雲放電)観測にも優れたLightning Mapping Array(LMA)による観測システムです。本システムの優位性を示す顕著な事例として、北関東各地で激しい雷雨となった平成29年6月16日の茨城県南部の観測結果と、花火大会が中止された平成29年8月19日の世田谷区周辺の観測結果を公開します。

今後は、Xバンドマルチパラメータ(MP)レーダー注1)等のデータとの比較解析により、雷危険度予測手法の研究開発を進めます。また、得られたデータを活用して研究機関や民間企業との共同研究を行い、雷発生メカニズムの解明や危険度予測手法の社会実装を目指します。

本研究は国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)のイノベーションハブ構築支援事業「「攻め」の防災に向けた気象災害の能動的軽減を実現するイノベーションハブ」の支援を受けて行われています。

<2.雷危険度予測手法と雷放電経路3次元観測システム(LMA)>

野外イベントの主催者や建設現場からは安全確保のため、精密機器工場からは機材や製品の破損被害の防止のため、さらに電力会社、鉄道会社からは停電事故防止とともに復旧活動のためなど、雷予測情報に対するニーズは数多く寄せられています。

防災科研では、XバンドMPレーダーの観測データから、雷雲の中の上昇気流や電荷の担い手である「あられ」の有無を判断して、注2)の発生状況と比較することにより、雷の危険度を評価する手法開発に取り組んでいます。手法をより高度化するには、比較する雷の発生状況として、落雷位置だけで無く、雷雲の中の雲放電を含めた雷の放電経路を、なるべく見逃すことなく把握することが必要です(図1)。そのため、国際的な研究プロジェクトで基準データとして使われた実績があり、落雷だけでなく雲放電の捕捉率も高い米国LMA Technologies LLC社製のLightning Mapping Array(LMA)センサー12台を首都圏に配置予定です。

LMAは、ニューメキシコ工科大学(New Mexico Institute of Mining and Technology)のPaul Krehbiel博士らによって開発された観測装置で、落雷や雲放電によって放射された電磁波(VHF帯)を複数台のセンサーで受信し、地震の震源を求める場合と同様の到達時間差法によって放電位置を決定し、3次元的な放電経路情報(緯度、経度、高度、時刻など)を取得します。LMAセンサーは、商用電源だけでなくソーラーパネルを用いた自立型電源にも対応できる機能を持っています。

個々のLMAセンサーは、雷放電による電磁波を受信するVHFアンテナと信号処理を行う受信処理装置(時刻同期のためのGPSアンテナとGPS受信機を含む)、データを転送する携帯電話モデムとアンテナ、電源を供給するソーラーパネルとバッテリーから構成されています。図2に防災科研構内に設置したLMAセンサーの外観を示します。

現在、8台のLMAセンサーを図3のような配置で設置しています。埼玉県、東京都、神奈川県にまたがって8月の落雷数が多く、かつ防災科研のXバンドMPレーダーの観測範囲に含まれる領域を主な対象としてLMAセンサーを配置しています。設置点は、事前にVHF帯の電波のノイズ調査を行って選定しましたが、試験観測を通して、より適切な配置を検討しています。

<3.平成29年6月16日の観測結果>

雷データの取得を開始して最初の顕著事例となった平成29(2017)年6月16日の観測結果を紹介します。当日は大気の状態が不安定で、宇都宮等で雹(ひょう)が観測されたほか、北関東各地で激しい雷雨にみまわれました。図4は6月16日17時05分から17時15分の10分間に発生した雷(放電点)の位置の分布を示しています。非常に多数の放電点が観測されているので、図中では上下、南北、東西方向に投影した単位面積あたりの点数(点/km2)で色分けしています。

図5は平成29(2017)年6月16日17時11分の雷放電経路と雷雲(積乱雲)のレーダー反射因子を3次元表示したものです。赤色の四角の範囲の雷放電経路と雷雲を抜き出して表示しています。LMAで標定された雷放電位置を橙色の球で、落雷位置を黄色の稲妻印で示しました。高度5.5km付近の最初の放電から地面に達するまでの時間は約90ms(9/100秒)でした。雷雲の3次元構造は、日本無線株式会社が開発し千葉で試験観測を実施しているフェーズドアレイレーダーのデータを提供いただき、可視化しました。約30秒で雷雲のデータが収集されています。

既存の雷観測結果では、この時、落雷と雲放電の位置が1点ずつ観測されただけでした。落雷の位置はよく一致し、LMAの特長である雲放電の捕捉率が高いことも確認できました。何より既存の常時観測ではわからない、放電点の高さ情報を含む詳細な3次元分布が得られることが優れた点です。

なお、これらの時間変化を示した動画については防災科研「気象災害軽減イノベーションセンター」のウェブページに掲載しますので、あわせてご覧下さい。 (http://www.bosai.go.jp/ihub/news/2017/release10LMA.html

<4.平成29年8月19日の観測結果>

世田谷区の多摩川の河川敷で予定されていた花火大会の会場に落雷があり、花火大会が中止になった平成29(2017)年8月19日の雷雨事例の観測結果を図6に示します。日本時間17時から18時の1時間に発生した雷放電点の位置の分布を、図4と同様に単位面積あたりの点数(点/km2)で色分けして示しています。世田谷区から川崎市にかけてと埼玉県南東端付近の上空に雷が集中していることがわかります。

今後、他の雷観測機器との比較やMPレーダーデータとの比較など詳細な解析を行う予定です。

<5.おわりに>

LMAにより、落雷位置だけで無く、落雷に先行する場合もある雲放電を含めた雷の放電経路を、なるべく見逃すことなく3次元的に把握できることが明らかになりました。XバンドMPレーダーのデータと組み合わせて発雷指標を作成することで、目標である新たな雷危険度予測手法の開発を進めます。また、他の種類の雷観測機器を使っている研究機関や民間企業とデータを相互に利用し、雷に関わる研究者や企業に集まっていただいて共同研究や意見交換をすることで、雷発生メカニズムを解明し、より精度の高い雷の監視・予測情報を様々な事業者や多くの市民に伝え、雷の被害を減らすことを目指します。

<参考図>

図1

図1

XバンドMPレーダーと雷放電経路3次元観測システムによる雷雲観測の模式図。

図2

図2

防災科研構内に設置したLMAセンサーの外観。左図が全体、右図が収納箱に格納された受信装置とバッテリー。

図3

図3

LMAセンサーの配置図。赤丸印がLMAの設置点で、赤色と青色の円が防災科研のXバンドMPレーダーの観測範囲(半径80km)、背景の色は株式会社フランクリン・ジャパンのデータによる2001~2015年の15年間の8月の落雷数を示しています。

図4

図4

平成29(2017)年6月16日日本時間17時05分から17時15分(世界標準時08時05分から08時15分)の10分間に、LMAで標定された雷放電点数(点/km2)の分布。総数は141、736点。左下図が地面に投影した水平分布、上図が南北方向に投影した高度断面図、右図が東西方向に投影した高度断面図を示しています。距離と高度の単位はkm、水平分布図中の緑の四角はLMAサイトの位置です。

図5

図5

平成29(2017)年6月16日17時11分の雷放電経路と雷雲のレーダー反射因子の3次元分布。赤色の四角の範囲の雷放電経路と雷雲を抜き出して表示しています。LMAで標定された雷放電位置を橙色の球で、落雷位置を黄色の稲妻印で示しました。レーダー反射因子は日本無線株式会社から提供いただいたフェーズドアレイレーダーのデータを可視化したもので、白・青・紫色の等値面は、それぞれ30dBZ、40dBZ、50dBZ のレーダー反射因子(降雨強度換算でそれぞれ約3mm/時、12mm/時、50mm/時)を示します。参考のため、落雷位置は、気象庁の雷データ(LIDEN)の情報も参照しました。図中の矢印は高度10kmの高さを示すスケールです。地図情報は国土地理院地図(色別標高図)を利用しました。

図6

図6

平成29(2017)年8月19日日本時間17時から18時(世界標準時08時から09時)の1時間にLMAで標定された雷放電点数(点/km)の分布。表示総数は268、839点。左下図が地面に投影した水平分布、上図が南北方向に投影した高度断面図、右図が東西方向に投影した高度断面図を示しています。距離と高度の単位はkm、右端の6枚の図は10分毎の水平分布図です。

<用語解説>

注1) Xバンドマルチパラメータ(MP)レーダー
2種類の電波(水平偏波と垂直偏波)を同時に送受信することで、雨粒や氷粒の形などに関わる情報を含む、通常の気象レーダーより多くの観測パラメータを計測できます。このため、雨量の正確な把握、雨雲の中の風の観測や、雨、雪、あられなど粒子の種類の判別が可能な先端的な気象レーダーです。防災科研はこのレーダーのデータから雨の強さを正確に求める手法を開発し、国土交通省XRAINなどに技術移転しています。
 
注2) 雷(図1

雷は放電現象です。どうやって雲の中で電気を発生させるのでしょうか?雲内で電荷を生成するメカニズムは様々考えられていますが、ここでは最も有力な説を基に説明します。

雷は、積乱雲(入道雲)と呼ばれる背の高い雲から発生します。積乱雲は、強い上昇気流によって下層の空気が持ち上げられ、上空で空気中の水蒸気が水滴となることで形成されます。気温が氷点下の高度では、雨粒だけでなく霰(あられ)や氷晶といった氷片(氷の粒)も形成されます。

氷片は上昇流の中で周囲の過冷却水滴と呼ばれる水滴と衝突することで成長します。やがて上昇気流で支えきれないほど大きく(重く)なると、落下し始めます。この上昇中および落下時に氷の粒同士がぶつかり合い、大きな氷片と小さな氷片の間で電荷の受け渡しが発生します。それぞれの氷片が帯電する電荷の符号は、雲水量と呼ばれる単位体積あたりの大気に含まれている水の質量と周囲の気温によって決まります。適度な雲水量がある場合は、気温が-10℃より低いところでは、大きな氷片はマイナス、小さな氷片はプラスの電荷が帯電します。このような氷片どうしの衝突が続くと、雲内に多くの電荷を蓄えることになります。空気は電気を通さない絶縁体ですが、電位差が1メートルあたり300万Vを超えると、絶縁破壊という現象が発生し、空気中を電気が通る放電が始まります。これが雷です。雷には、落雷と雲放電があります。落雷は積乱雲と地面の間で電気が流れる現象で、雲放電は積乱雲内や異なる積乱雲同士などで電気が流れる現象です。

<参考情報>