JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成29年9月22日

東京大学
科学技術振興機構(JST)

究極の大規模光量子コンピュータ実現法を発明

~1つの量子テレポーテーション回路を繰り返し利用~

ポイント

量子コンピュータは、現代のスーパーコンピュータでも膨大な時間がかかる計算を一瞬で解くとされる新しい動作原理のコンピュータです。世界中で、原子・イオン・超伝導素子などさまざまなシステムで汎用量子コンピュータ注1)の開発が進められています。しかし、その大規模化は難しく、現在でも数十量子ビット注2)の計算が限界です。光を用いた量子コンピュータの場合も、大規模化は積年の課題でした。しかし近年、1本の光路上で一列に連なった光パルス群を用いることで、量子もつれ注3)状態にある100万個の光パルスの発生が実現され、それを用いれば大規模な計算が実現しうることが分かりました注4)。しかし、実際にはこの計算手法にも非効率的で計算精度が制限されるといった課題があり、いまだ実現には至っていません。

東京大学 工学系研究科の古澤 明 教授と武田 俊太郎 助教は、光路上で一列に連なった光パルスを用いる手法を生かしながら、どれほど大規模な計算も最小規模の回路構成で効率よく実行できる究極の光量子コンピュータ方式を発明しました。他のシステムで数十量子ビットが限界だった量子コンピュータも、この方式では原理的に100万個以上の量子ビットを処理できるような桁違いの大規模化が見込めます。本方式のポイントは、ループ構造を持つ光回路を用いて、計算の基本単位となる「量子テレポーテーション注5)」回路1個を無制限に繰り返し用いて大規模量子計算を行うというアイデアです。光回路規模が極限まで小さくなる上、計算も効率よく実行できるため、前述した量子もつれ状態を用いた計算手法の欠点も存在しません。この結果、本手法は光量子コンピュータの大規模化を促すと同時に、それに必要なリソースやコストを大幅に減少させ、光量子コンピュータ開発にイノベーションをもたらすと期待されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)の助成を受けて実施されました。

<研究の背景と経緯>

量子コンピュータは、現代のスーパーコンピュータでも膨大な時間がかかる計算を一瞬で解くとされる新しい動作原理のコンピュータです。その応用は、データベース検索の高速化や自然現象のシミュレーション、機能性材料・医薬品の開発など多岐に渡ります。現在、世界中で原子・イオン・超伝導素子などさまざまなシステムで汎用量子コンピュータの開発が進められています。しかし、どのシステムでも大規模化が課題となっており、現在でも数十量子ビットでの計算までしか実現されていません。

光を用いた量子コンピュータは、室温・大気中でも動作し、他のシステムで必要な巨大な冷却装置や真空装置が不要であるため、実用化に有利です。また、光は空間を光速で移動するため、情報通信にもそのまま利用できるというメリットもあります。しかし、光量子コンピュータも大規模化は積年の課題です。長い間、光量子コンピュータの実現方法として、情報を乗せた多数の光パルスを多数の光路上に同時に準備し、それらを光回路によって処理する方式が考えられてきました(図2)。しかし、この方式では計算量が増えると回路規模が増大し、実用レベルの計算を行うには膨大なスペースと膨大な数の光学部品が必要です。このため、この方式では10量子ビット程度での計算が限界でした。

一方でごく最近、1本の光路上に多数の光パルスを一列に並べる方式にすれば、従来よりも桁違いに大量の情報を扱えることが分かってきました。実際にこの方式に基づいて、比較的小規模な光回路で、量子もつれ状態にある100万個の光パルス(100万量子ビット相当)を発生させる実験が行われました。さらに、この大規模な量子もつれ状態の光パルス群を用いれば、大規模な計算が実現しうることも分かりました。しかし、この計算手法は計算に用いない不要な光パルスが大量に発生するため非効率的であり、それらの不要な光パルスを消去する処理注6)が増える分、計算ステップ数の増加や計算精度が制限されるという問題があります。このため、量子もつれ状態の光パルス群を用いた大規模計算はいまだ実現には至っていません。

<研究の内容>

東京大学 工学系研究科の古澤 明 教授と武田 俊太郎 助教は、光路上で一列に連なった光パルスを用いる手法を生かしながら、どれほど大規模な計算も最小規模の回路構成で効率よく実行できる究極の光量子コンピュータ方式を発明しました。今回の方法のポイントは、ループ構造を持つ光回路を用いた新手法により、計算の基本単位となる「量子テレポーテーション」回路1個を無制限に繰り返し用いて大規模な計算を行うことです。

光を用いた量子計算は、量子テレポーテーション回路を用いて実現できることが知られています(図1)。例えるなら、量子テレポーテーション回路1ブロック(1単位)は、加減乗除のような基本的な計算1ステップ分に相当します。いくつもの数字を何度も足したり掛けたりするような複雑な計算も、量子テレポーテーション回路を何ブロックも連ねることで実現できます(図2)。従来のように多数の光パルスを空間的に並べて処理する方式では、計算量の増加と共にブロック数が増加するため、実用レベルの大規模な計算を実現するのは困難でした。一方で本方式は、時間的に一列に並べた多数の光パルスが、1ブロックの量子テレポーテーション回路を何度もループする構造になっています(図3)。ループ内で光パルスを周回させておき、1個の量子テレポーテーション回路の機能を切り替えながら繰り返し用いることによって計算が実行できます。前の例えで言えば、1個の回路を、ある時は足し算、ある時は掛け算のように機能を切り替えて何度も用いるということです。この方式の強みは以下の通りです。

本手法を用いれば、大規模かつ汎用の光量子コンピュータが、最小規模の光回路を用いて実現可能になります。これまで原子・イオン・超伝導素子など他のシステムでも数十量子ビット程度が限界だった量子コンピュータも、この方式では原理上100万個以上の量子ビットを何ステップも処理するような、桁違いの大規模量子計算が実行可能になると見込まれます。

<社会的意義と今後の展開>

本手法は、実用レベルまで大規模化しうる光量子コンピュータのデザインを追求した先に見いだした、究極の光量子コンピュータ方式であると言えます。これにより、原子・イオン・超伝導素子などの他の方式よりも桁違いに大規模な量子コンピュータが、室温・大気中動作という光のメリットを生かしながら、さらには量子雑音限界を克服する究極の光通信にも適用可能な形で実現できます。この光量子コンピュータは、原理的にはどれほど複雑かつ大規模な計算でも実現できるため、将来的にはさまざまな量子アルゴリズムやシミュレーションを実行するための標準的プラットフォームになると考えられます。また、本手法は最小規模の光回路しか必要としないことから、大規模な量子コンピュータの実装に必要なリソースやコストを大幅に減少させ、光量子コンピュータ開発にイノベーションをもたらすと期待されます。

今後は、本方式の光量子コンピュータにおける計算精度や各種アルゴリズムの実装方法について解析を進めながら、実際に本方式での大規模量子コンピュータ開発に取り組んでまいります。

<参考図>

図1 光量子コンピュータの計算の基本単位となる量子テレポーテーション回路

図1 光量子コンピュータの計算の基本単位となる量子テレポーテーション回路

まず、計算前の情報を持った入力光パルスは、別に準備した補助光パルスと部分透過ミラー(一部透過して残りを反射するミラー)で混ぜ合わせられます。混ぜ合わせた後、片方の光パルスを光測定器で測定します。続いて、測定結果に応じて、もう一方の光パルスの状態を、何らかの光操作デバイスを用いて変化させます。これにより、計算結果の情報を持った出力光パルスが得られます。入力光パルスにどのような計算を施して出力するかは、補助光パルスの種類、部分透過ミラーの透過率、光測定器の種類、光操作デバイスの種類によって決まります。これらの組み合わせ次第で、何種類かの基本的な計算(例えるなら、加減乗除のいずれか1つ)を実行できます。

図2 量子テレポーテーションを用いた従来の光量子コンピュータ方式

図2 量子テレポーテーションを用いた従来の光量子コンピュータ方式

情報を乗せた多数の光パルスを多数の光路上に同時に準備し、それらを光回路で処理するタイプです。光の進路に沿って、計算の基本ブロックである量子テレポーテーション回路(図1)を何ブロックも配置することで計算を実行し、最終的に計算結果の情報を持つ光パルスが現れます。大規模な計算ほど、光路の数や計算ステップ数が増加し、量子テレポーテーション回路のブロック数が増加します。

図3 今回発明した光量子コンピュータ方式

図3 今回発明した光量子コンピュータ方式

一列に連なった多数の光パルスが、1ブロックの量子テレポーテーション回路を何度もループする構造です。ループ内で光パルスを周回させておき、1個の量子テレポーテーション回路の機能を切り替えながら繰り返し用いることによって計算が実行できます。すなわち、この量子テレポーテーション回路1ブロックで、図2にあるような多数のブロック全ての役割を果たします。ループ内で光パルスを何度も周回させることで計算ステップ数を無制限に大きくできるため、どれほど大規模な計算も実行できます。

図4 実際の量子テレポーテーション装置の全体像

図4 実際の量子テレポーテーション装置の全体像

2013年に、東京大学 工学系研究科の古澤 明 教授らは、高効率の光量子テレポーテーション装置を開発しました。この装置は、4.2m×1.5mの光学テーブル上に、500枚以上のミラーやレンズなどの光学機器を配置して構成しています。図1にあるような1ブロック分の量子テレポーテーションを実現するのにこの規模の装置が必要になるため、これを図2のように何ブロックも連ねて大規模な量子コンピュータを作るのは現実的ではありません。

図5 光導波路チップ

図5 光導波路チップ

現在は、図4のような量子テレポーテーション回路を、小型の光チップ上で実現する取り組みも進められています。2015年に、東京大学 工学系研究科の古澤 明 教授らは、量子テレポーテーション回路の一部を光チップに置き換える実験に成功しており、この写真はその時用いられた光チップです。最終的には量子テレポーテーション回路全体も小型の光チップで実現できると考えられます。しかし、このチップを図2のような従来の方式で何ブロックも連ねて大規模化していくと、結局は巨大なスペースが必要で、リソース・コスト面でも効率的ではありません。将来的には、今回提案する図3の方式を光チップ上で実現できれば、極めて小型の量子コンピュータが実現できると期待できます。

<用語解説>

注1) 汎用量子コンピュータ
量子コンピュータと呼ばれるものには2種類あります。1つは、1個1個の量子ビットを個別に制御してあらゆる計算を実行できる汎用の量子コンピュータで、本研究はこちらをターゲットとしています。このタイプは現在でも数十量子ビットでの計算までしか実現されていません。もう1つは、量子アニーリングと呼ばれる組み合わせ最適化問題を解くタイプで、こちらは多数の量子ビットを集団で制御し、個々の量子ビットの制御は必要としません。量子アニーリングマシンとしては、カナダのD-Wave Systems社が2000量子ビットを扱うものを開発していますが、これは汎用の量子コンピュータとして機能するものではなく、組み合わせ最適化問題を解くことに目的を絞ったマシンです。
注2) 量子ビット
現代のコンピュータは0か1のいずれかで表されるビットという情報単位を用いて情報処理を行います。一方、量子コンピュータでは、0と1の重ね合わせで表される量子ビットを情報単位に用います。重ね合わせとは、0と1が同時並行で存在するような一種の中間状態で、ミクロな量子力学の世界特有の状態です。量子コンピュータの高い処理性能は、この重ね合わせをうまく利用することによって生み出されます。
注3) 量子もつれ
2個以上の量子が、量子力学抜きには説明できない、特殊な相関を持っている状況を指します。この相関は量子同士が互いに離れていても成立します。東京大学 工学系研究科の古澤 明 教授らは、これまでに互いに量子もつれ状態にある多数の光パルスを発生させる実験に成功しています。2013年には1万6千個、2016年には100万個の光パルスでの量子もつれ状態を観測しています。この実験では、2本の光路上で列をなして進んでくる多数の光パルスを用いて量子もつれ状態を作り出しており、比較的小規模な光回路で多数の光パルスを扱えます(下図)。
量子もつれ
注4) 量子もつれ状態の光パルス群で大規模量子計算を行う手法
大規模な量子もつれ状態を用いて量子計算を行う手法は、「一方向量子計算」と呼ばれます。この根本原理は、量子もつれの状態にある多数の量子の一部を観測(測定)すると、観測しなかった量子に観測の影響が及んで状態が変化するというものです。この「観測による状態変化」を積極的に利用し、量子もつれ状態に対して観測を繰り返すことで計算を実行するのが、一方向量子計算です。
注5) 量子テレポーテーション
量子テレポーテーションとは、量子ビットの情報をそっくりそのまま別の場所に移動する通信手法です。一方で、量子テレポーテーションの手法を少し改良すると、量子ビットに何らかの計算処理を施した上で、別の場所に移動できるようになります。従って、量子テレポーテーションを1ブロックとして複数ブロック連ねれば、量子ビットにさまざまな計算処理を実行できるようになります。この方法で、汎用の量子コンピュータが実現できることが知られています。
注6) 不要な光パルスを消去する処理
例として、下左図のように多数の光パルスが量子もつれの関係にある状態を考えます。丸1個が光パルス1個、波線が量子もつれの相関のあるペアの関係を表しています。この多数の光パルスを用いて、注5で述べた手法で量子計算を行うことを考えます。この場合、計算に使われる光パルスは一部で、計算に不要な光パルスは、他の光パルスとの量子もつれの関係を解消するような消去の手続きが必要になります(下右図)。このため、せっかく発生させた光パルスも多くが無駄になってしまい、かつ計算とは関係のない消去の手続きが増えてしまいます。
不要な光パルスを消去する処理

<論文情報>

タイトル Universal quantum computing with measurement-induced continuous-variable gate sequence in a loop-based architecture
著者名 Shuntaro Takeda, Akira Furusawa
掲載誌 Physical Review Letters
doi 10.1103/PhysRevLett.119.120504

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

古澤 明(フルサワ アキラ)
東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 教授
Tel:03-5841-6823  Fax:03-5841-6857
E-mail:

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

(英文)“Universal quantum computing with measurement-induced continuous-variable gate sequence in a loop-based architecture