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平成29年8月29日

信州大学
科学技術振興機構(JST)

世界の水問題の解消に貢献
酸化グラフェン/グラフェン ハイブリッド積層構造水処理膜の
簡便な生成法開発と高性能化に成功

~高度な塩化ナトリウム、色素の除去特性を具備~

ポイント

近年、急激な人口増加と経済成長や温暖化による気候変動などにより、世界的に良質な水資源が乏しくなってきています。水は、人類にとって持続可能性と豊かな生活を維持するために不可欠であり、21世紀は水の世紀と称され、国連で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」でも水に関する開発目標が掲げられております。海水淡水化や河川水の有効利用など、現在、高度水処理では高分子膜が中心的に使用されていますが、地球規模での水資源不足の背景から水処理膜の耐久性をより高め、造水コストを一層低下できる革新的水処理膜の開発要請が高まっています。グラフェンなどのナノカーボンは、優れた物理的、化学的機能を有した新材料で、強靭性を備えた新規高性能造水膜の材料としても期待され、関連研究が活発に展開されています。最近、ナノカーボンの一種である酸化グラフェンを用いた水処理膜について英国マンチェスターの研究グループから論文が発表され(Jijo Abraham et al., Tunable sieving of ions using graphene oxide membranes, Nature Nanotechnology 12, 546–550 (2017))、メディアなどでも広く取り上げられ、国際的にも大きな関心を呼びました。

信州大学 COI拠点の研究グループは、ナノカーボンの注目形態の1つであるグラフェンと酸化グラフェンを複合して積層ナノ構造を巧みに調製することで、高度な水処理機能を持つナノカーボン膜の開発に成功しました(図1)。具体的には、最適に配合した酸化グラフェンとグラフェンの混合液を多孔性高分子基材上にスプレーすることで厚さ数10ナノメートルの薄い活性膜を形成し、これによって食塩水中の塩分や水中の色素を高い選択性で除去できます。開発した製法では、目的に合わせて膜の機能を制御することが可能で、水処理における広範な要請に対応可能です。現時点では性能的に現行の逆浸透(RO)膜に及ばないものの、今回の膜はグラフェンのみで構成されていて科学的に大きな意義があり、またRO膜の新しい可能性を示すものです。一方、前述のAbraham氏らの膜は脆くて圧力に対して非常に弱いため、実用的な透水法であるクロスフローを用いることができないなどの課題が認識されています。今回開発した膜は実海水処理を想定したクロスフローによる5MPaの高圧力下で安定した透水が確認され、透水量はAbraham氏らの膜の約30倍の高性能を保持しています。また、当開発膜はさまざまな実用的な特長(耐塩素性、せん断抵抗、長期運転、スケールアップ性)を有し、優れた膜機能を付与できました。さらに簡便なスプレー法による製膜工程によるため、大面積化も容易であり、性能的にも生成法においても既発表論文を著しく進化させた膜技術の開発に至ったと言えます(特許出願中)。

このナノカーボン分離膜は、海水淡水化処理の他、随伴水処理や各種産業分野における処理膜などとして広範な応用展開が期待されます。当拠点では更なる基礎科学と応用技術の両分野の研究・開発と社会への実装の推進を図ってまいります。

<発表の背景>

この研究成果は、科学技術振興機構(JST)が推進するセンター・オブ・イノベーション(COI)プログラム「世界の豊かな生活環境と地球規模の持続可能性に貢献するアクア・イノベーション拠点」**のプロジェクトから得られた成果です。同プロジェクトは、「活気ある持続可能な社会の構築」という将来ビジョンの下、信州大学を中核機関として、革新的な造水・水循環システムの構築を目指す研究開発を行っています。

プロジェクトチームが、世界的な水不足を解消するために注目したのが、海水、石油随伴水、かん水注1)という3つの水源で、これらはすべて塩分を含んでいます。脱塩のためにキーテクノロジーとして取り組んでいるのが、ナノカーボンを使った新たなコンセプトによる逆浸透(RO)膜やナノ濾過膜などの研究開発です。

遠藤 守信 特別特任教授を中心とする研究グループは、ナノカーボンを使ったRO膜などの開発に当たり、3つのアプローチから開発を進めてきました。①プラズマCVD(Chemical Vapor Deposition,化学堆積)法、スパッタ法などの真空中での成膜手法を使って、グラファイト結合とダイヤモンド結合を混合した構造を持つDLC(Diamond-Like Carbon)膜の開発、②構造を制御した各種のポリマーフィルムの炭化過程でできる緻密性の高いナノカーボン膜の開発、③ナノカーボンの物理的・化学的な性質を制御し、テーラーメードで炭素体を調合して作るナノテク利用カーボン膜の開発です。

2015年9月7日付けでプレス発表した『カーボンナノチューブ・ポリアミドのナノ複合膜による高性能、多機能性逆浸透(RO)膜の開発に成功~革新的な造水システムにより地球規模の持続可能性に貢献~』は、③の成果です。2016年4月8日付でプレス発表した『高度な脱塩機能を発現するナノ構造制御カーボンの水分離膜をドライプロセスで合成することに成功~窒素ドープ(添加)によって分離機能が向上~』は、①の成果です。今回のプレス発表は、③のアプローチの成果に当たります。

<今後の展開>

今回、スプレー法で開発された酸化グラフェン/グラフェン ハイブリッド積層膜は、海水淡水化に加えて、現行の高分子膜では実現困難な強靱性が必要となる資源開発等厳しい条件下の随伴水処理、そして薬品、化学、食品加工工程などにおける処理への応用に寄与できることが期待されます。今後、透過物質の選択性に加えて、脱塩率および透水性のさらなる向上を図ることで、次世代の革新的な水分離膜としてブラシュアップを進め、脱塩モジュールの完成(モジュール化)、プラントにおける全体最適(システム化)を経て、「地球上の誰もが十分なきれいな水を手に入れられる社会」の実現に寄与するべく、産学官の連携により世界各地への社会実装を目指して研究・開発を推進してまいります。

 Nature Nanotechnology誌 (コピー配布)

Aaron Morelos-Gomez, Rodolfo Cruz-Silva, Hiroyuki Muramatsu, Josue Ortiz-Medina, Takumi Araki, Tomoyuki Fukuyo, Syogo Tejima, Kenji Takeuchi, Takuya Hayashi, Mauricio Terrones, Morinobu Endo, Effective NaCl and dye rejection of hybrid graphene oxide/graphene layered membranes

URL: http://www.nature.com/nnano/research/index.html

** センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム

科学技術振興機構(JST)による公募型研究開発プログラムの1つです。将来社会に潜在する課題とあるべき社会の姿、暮らしの在り方を見据えたビジョンに基づき、企業だけでは実現できない革新的なイノベーションを創出すると共にイノベーションプラットフォームを整備することを目的として、産学連携による研究開発に取り組んでいます。

信州大学は、ビジョン3「活気あふれる持続可能な社会の構築」の1つで、「世界の豊かな生活環境と地球規模の持続可能性に貢献するアクア・イノベーション拠点」の中核機関です。

・プロジェクトリーダー(PL) 上田 新次郎(日立製作所 産業・水業務統括本部 技術最高顧問)
・研究リーダー(RL) 遠藤 守信(信州大学 特別特任教授)
≪中核機関≫ 国立大学法人 信州大学
≪中心企業≫ 株式会社日立製作所、東レ株式会社
≪サテライト・連携機関≫ 国立研究開発法人 物質・材料研究機構
≪サテライト機関≫ 国立研究開発法人 理化学研究所
≪共同実施機関≫ 一般財団法人 高度情報科学技術研究機構、昭和電工株式会社、北川工業株式会社、トクラス株式会社、栗田工業株式会社
≪COI-S機関≫ 国立研究開発法人 海洋研究開発機構
≪共同実施機関≫ 株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所、学校法人 中央大学
・研究開発期間 平成25年度~平成33年度(予定)

<参考図>

図1

図1

  • (a) 酸化グラフェン/グラフェンによるハイブリッド積層膜の構造モデル
  • (b)食塩水の脱塩過程における透水モデル

<用語解説>

注1) かん水
湖沼や地下にある塩分を含んだ水のこと。

<論文情報>

doi 10.1038/nnano.2017.160

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

竹内 健司(タケウチ ケンジ)
信州大学 カーボン科学研究所 准教授
Tel:026-269-5656  Fax:026-269-5667
E-mail:

<プロジェクトに関すること>

田中 厚志(タナカ アツシ)
信州大学 環境・エネルギー材料研究所 教授
アクア・イノベーション拠点 研究推進機構 副機構長(戦略支援統括)
Tel:026-269-5766 or 5747 Fax:026-269-5710
E-mail:

<JST事業に関すること>

酒井 重樹(サカイ シゲキ)
科学技術振興機構 イノベーション拠点推進部 COIグループ
Tel:03-5214-7997
E-mail:
URL:https://www.jst.go.jp/coi/

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
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