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平成29年7月18日

東京大学
科学技術振興機構(JST)
慶應義塾大学
理化学研究所

皮膚呼吸が可能な皮膚貼り付け型ナノメッシュセンサーの開発に成功

~1週間貼り続けても炎症反応がないため、長期生体計測への応用に期待~

ポイント

科学技術振興機構(JST、理事長:濵口 道成)の戦略的創造研究推進事業において、染谷 隆夫 博士(東京大学(総長:五神 真) 大学院工学系研究科 教授、理化学研究所(理事長:松本 紘)染谷薄膜素子研究室 主任研究員、同研究所 創発物性科学研究センター チームリーダー)を中心とした研究チームは、天谷 雅行 博士(慶應義塾大学(塾長:長谷山 彰)医学部 教授、理化学研究所 統合生命医科学研究センター チームリーダー)らとの共同研究で、1週間皮膚に貼り続けても明らかな炎症反応を認めない上に、装着していることを感じないほど超軽量で極薄のナノメッシュ電極の開発に成功しました。

この電極は生体適合性の高い金と高分子(ポリビニルアルコール注1))に、ナノサイズのメッシュ構造を持たせたもの(以下、ナノメッシュ電極)で、少量の水で簡単に皮膚に貼り付けることができます。20人の被験者に対して1週間のパッチテスト(かぶれと皮膚アレルギー試験)を実施したところ、明らかな炎症反応を認めないことが示されました。このような高い生体適合性は、今回のナノメッシュ構造が高いガス透過性を持っていることによって自然な皮膚呼吸が実現されたことによるもので、従来のフィルム型やゴムシート型では実現することはできませんでした。

さらに、このナノメッシュ電極を用いて金属などの導体に触れたり、離したりしたときの抵抗変化や温度、圧力センサーの動作実証、また、腕の筋電計測を実施し、生体計測への適用可能性も実証しました。1週間貼り付けても炎症反応を起こさず、装着感がない電極は、医療の現場での長期測定や、スポーツにおける動作の詳細な分析を実現する上で必要不可欠な技術で、今後さまざまな応用が期待されます。

本研究成果は、2017年7月17日(英国時間)に英国科学誌「Nature Nanotechnology」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

JST 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究プロジェクト 「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」
研究総括 染谷 隆夫(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研究期間 平成23年8月~平成29年3月

上記研究プロジェクトでは、シリコンに代表される従来の無機材料に代わり、柔らかく、かつ生体との適合が期待できる有機材料に着目し、生体とエレクトロニクスを調和させ融合する全く新しいデバイスの開発の実現を目指しています。

<発表内容>

近年、健康や医療、介護の分野などで生体信号をリアルタイムに身に着けて計測できるウェアラブル電子機器が盛んに開発されています。例えば、心電図や脈拍などの生体信号を計測して健康管理に利用されています。さらに次世代のウェアラブル電子機器として、皮膚に密着することでより高精度な生体信号を計測できる電子機器が、軽量で伸縮性の高い薄膜フィルムやゴムシートを用いて盛んに開発されてきました。研究チームはこれまで、皮膚に貼り付けられる血中酸素濃度計やタッチセンサーアレイ注2)などを開発してきました。その活動の中で、医療やスポーツの分野で応用する場合には、1週間以上の長期測定が求められることが少なくないことが分かりました。しかしながら、薄いフィルムやゴムシート型のデバイスは、ガス透過性が低いために皮膚からの汗などの分泌を阻害してしまうため、長期間使用できる安全性について皮膚科学的な見地から証明されていなかったことが課題となっていました。

そこで本研究グループは、生体適合性に優れた金と高分子(ポリビニルアルコール)からなるナノサイズのメッシュ型電極を開発しました(図1)。開発したナノメッシュ電極は、軽量で高い伸縮性とともに、高いガス透過性を持つため、1週間皮膚に貼り続けても炎症反応を起こしません。また、このナノメッシュ電極は、少量の水で簡単に皮膚へ貼り付けることができ、皮膚の指紋や汗腺などの微細な凹凸に沿って形成することができます(図2)。

次に、20名の被験者にパッチテストを実施したところ、ナノメッシュ電極を1週間貼り続けても明らかな炎症反応を起こしませんでした。一方で比較用に試験をした薄膜フィルムとゴムシートの場合は、わずかな炎症反応が認められました。同時に装着時の不快感についてアンケート調査をしたところ、ナノメッシュ電極が最も装着時の不快感が少ないことが分かりました。これらの理由を検証するために、ナノメッシュ電極、薄膜フィルム、ゴムシートの3つについて水蒸気透過性試験を行った結果、ナノメッシュ電極が群を抜いて高い水蒸気透過性を持つことが分かりました。このことからナノメッシュ電極は、1週間装着しても本来の皮膚呼吸が可能となり、炎症反応を起こさないため、不快感をなくすことができることが分かりました。

さらに、ナノメッシュ電極は皮膚とともに伸縮しても高い導電性を示します。人差し指の第2関節にナノメッシュ電極を貼り付け、指の屈曲を1万回繰り返しても、ナノメッシュ電極が導電性を失うことはありませんでした。

研究チームは、開発したナノメッシュ電極を用いて、生体情報の取得に成功しました。具体的には、ナノメッシュ電極を生体電極として用い、筋電位注3)を計測することができました。長期の生体適合性に優れたナノメッシュ電極を用いて得られた信号は、市販のゲル電極を用いて取得した信号と比べても遜色のないものでした(ノイズレベル10マイクロボルト以下)。

さらに開発したナノメッシュ電極を用いると、皮膚の上の温度や圧力などの情報も正確に計測することができるようになります。ナノメッシュ電極アレイを指先に貼り付け、布地型のワイヤレスユニットと組み合わせることで、指の上にワイヤレスで読み出し可能なタッチセンサーを作製することに成功しました。さらに小型でフレキシブルなセンサー素子と組み合わせることで温度や圧力などの情報を計測することに成功しました。

本研究成果により、医療や介護の現場で患者に負担なく生体情報を計測することや、スポーツ選手の運動に影響を与えずに自然な運動を行う中で、モーションや生体情報を正確に計測し解析できるようになります。

本研究成果は、東京大学 大学院工学系研究科、科学技術振興機構、慶應義塾大学 医学部、理化学研究所 統合生命医科学研究センター、同研究所 染谷薄膜素子研究室、同研究所 創発物性科学研究センターの共同研究によるものです。

<参考図>

図1 ナノメッシュ電極の構造と装着方法

図1

ナノメッシュ電極の構造と装着方法。生体適合性の高い金とポリビニルアルコール(PVA)のナノメッシュ構造体で、シート状に作製されたものを皮膚の上にのせて霧吹きなどを用いて水を吹きかけることで装着できる。

図2 指の指紋側に貼り付けられたナノメッシュ電極(上)、および皮膚レプリカ上に形成された電極の電子顕微鏡(SEM)像(下)

図2

指の指紋側に貼り付けられたナノメッシュ電極(上)、および皮膚レプリカ上に形成された電極の電子顕微鏡(SEM)像(下)。300~500nmのメッシュ導体が絡みあっている状態。

提供写真1

提供写真1

皮膚貼り付け型ナノメッシュ電極を人差し指に装着し、フレキシブルバッテリーから電力を供給して発光ダイオードを点灯させた。

提供写真2

提供写真2

皮膚貼り付け型ナノメッシュ電極を手の甲に装着した。皮膚の形状にもピッタリと沿って貼り付いている。極薄で超軽量であり、自然な皮膚呼吸が実現されているため、装着感がない。

<用語解説>

注1) ポリビニルアルコール
医療用のカプセルにも用いられる高生体適合性高分子材料。
注2) タッチセンサーアレイ
人の指などが接触する位置情報をセンシングできるデバイス。スマートフォンのディスプレイにも導入されている。
注3) 筋電位
筋肉が収縮する際に発生する電気信号。

<論文情報>

タイトル Inflammation-free, gas-permeable, lightweight, stretchable on-skin electronics with nanomeshes”
著者 Akihito Miyamoto, Sungwon Lee, Nawalage Florence Cooray, Sunghoon Lee, Mami Mori, Naoji Matsuhisa, Hanbit Jin, Leona Yoda, Tomoyuki Yokota, Akira Itoh, Masaki Sekino, Hiroshi Kawasaki, Tamotsu Ebihara, Masayuki Amagai and Takao Someya
doi 10.1038/NNANO.2017.125

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

染谷 隆夫(ソメヤ タカオ)
東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
Tel:03-5841-0411 Fax:03-5841-6709
E-mail:

<JST事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

<報道担当>

東京大学 大学院工学系研究科 広報室
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
Tel:03-5841-1790 Fax:03-5841-0529
E-mail:

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

慶應義塾大学 信濃町キャンパス総務課
〒160-8582 東京都新宿区信濃町35
Tel:03-5363-3611
E-mail:

理化学研究所 広報室 報道担当
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1
Tel:048-467-9272 Fax:048-462-4715
E-mail:

(英文)“Inflammation-free, gas-permeable, lightweight, stretchable on-skin electronics with nanomeshes