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平成29年6月28日

大阪大学
科学技術振興機構(JST)

医薬品、農薬、天然物が持つ複雑な骨格を汎用原料から迅速に構築

~ニッケル触媒による新たな分子変換技術を開発~

ポイント

大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻 生越 專介 教授の研究グループでは、工業原料として大量生産されているフェノールから、ヒドロナフト[1,8-bc]フラン骨格を、わずか2段階の工程で合成する手法を開発しました。ヒドロナフト[1,8-bc]フラン骨格は抗腫瘍剤や解熱鎮痛剤、殺虫剤など多くの生物活性化合物注4)に含まれる重要な骨格です。本研究で鍵となった新技術はニッケル化合物を用いた不斉非対称化反応です。これを開始反応として、連続する5つの炭素の3次元構造が精密構築され、ヒドロナフト[1,8-bc]フラン骨格が形成されます。本手法により、医薬品や農薬、天然物に含まれる複雑な骨格を安価で汎用的な原料から短工程で効率的に合成することが期待されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 先導的物質変換領域(ACT-C)等の一環で実施されました。

本研究内容は「Nature Communications」誌から平成29年6月26日(日本時間)に発表されます。

<研究の背景および詳細>

医薬品や農薬、天然物に含まれる複雑な骨格を、安価で汎用的な原料から短工程かつ効率的に構築するための分子変換技術は、さまざまな産業を支えていくためには必要不可欠です。ヒドロナフト[1,8-bc]フラン骨格(図A)は抗腫瘍剤や解熱鎮痛剤、殺虫剤、植物ホルモンなどに含まれる六員環-五員環-六員環の縮合三環式骨格です。これまでに報告されてきた手法を用いてヒドロナフト[1,8-bc]フラン骨格を合成しようとした場合、複数の合成工程が必要、手法が煩雑、選択的に目的の物質のみを作ることが困難である、といった課題が残されていました。

通常、不斉炭素注5)を持つ化合物には鏡像異性体注6)が存在します(図1-1)。一方、図1-2に示す原料Aには鏡面がないため鏡像異性体は存在しません。この時、原料Aの炭素上に存在する2つの同じ置換基①のうち、どちらか一方のみを置換基①’へ変換すれば、得られた生成物Bには鏡面が発生し、その結果、鏡像異性体が生じます。このように、対称性を持つ化合物のバランスを崩し、非対称な化合物、特に鏡像異性体を与える反応を不斉非対称化と呼びます。

今回、大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻の生越 專介 教授の研究グループでは、汎用的な原料の1つであるフェノールからヒドロナフト[1,8-bc]フラン骨格をわずか2段階の工程で合成する新たな分子変換技術を開発しました。本研究の鍵は、不斉非対称化反応に初めてニッケル化合物を用いた点です(図2)。本研究の原料1(フェノールから1工程で合成)には鏡面がないため、鏡像異性体は存在しません。しかし、本研究で開発したニッケル化合物(図2中Ni)は、不斉非対称化反応により原料1中の置換基を3次元的に見分け、一方の鏡像異性体である中間体2のみを与えることが分かりました。さらに中間体2はアルケンと反応し、ヒドロナフト[1,8-bc]フラン骨格を持つ生成物3を与えます。これらの反応の効率は総じて高く、また多種多様なヒドロナフト[1,8-bc]フラン骨格を持つ分子の合成に応用が可能です。

<本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)>

本研究の社会的な意義は、医薬品や農薬、天然物に含まれる複雑な骨格を、安価で汎用的な原料から短工程かつ効率的に合成するための革新的な分子変換技術を開発した点にあります。本手法を応用することで、これまで合成工程が煩雑であったヒドロナフト[1,8-bc]フラン骨格を持つ分子の迅速かつ効率的な合成が可能となると期待できます。

<参考図>

図A ヒドロナフト[1.8-<em>bc</em>]フラン骨格

図A

図1

図1

図2

図2

注1) ニッケル触媒
ニッケル原子と配位子と呼ばれる有機分子から構成される分子触媒。
注2) 不斉非対称化手法
対称性を持つ化合物のバランスを崩し、非対称な化合物、特に鏡像異性体を与える反応。
注3) 縮合環式骨格
2つ以上の環が2つ、またはそれ以上の原子を共有して結合した骨格。ヒドロナフト[1,8-bc]フラン骨格(本文中に図示)は六員環2つと五員環1つの計3つの環が縮合(融合)しているため縮合三環式骨格となる。
注4) 生物活性化合物
薬や天然物などを含む生体に作用する化合物。
注5) 不斉炭素
4つの異なる置換基を持つ炭素。図1-1を参照。
注6) 鏡像異性体
右手と左手の関係で、鏡に映すと重なるが、そのまま重ねても重ならない分子対。図1-1を参照。

<論文情報>

タイトル Two-step synthesis of chiral fused tricyclic scaffolds from phenols via desymmetrization on nickel
著者 Ravindra Kumar, Yoichi Hoshimoto, Eri Tamai, Masato Ohashi, Sensuke Ogoshi
doi 10.1038/s41467-017-00068-8

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

生越 專介(オゴシ センスケ)
大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻 教授
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-1
Tel:06-6879-7392 Fax:06-6879-7394
E-mail:

<JST事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部 調査役
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
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<報道担当>

大阪大学 工学研究科 総務課評価・広報係
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