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平成29年6月19日

弘前大学
長岡技術科学大学
科学技術振興機構(JST)

植物成分のリグニンだけでポリマー原料を効率的に生産する微生物の開発に成功

~糖質をまったく使用せずに増殖してムコン酸の生産が可能に~

ポイント

国立大学法人 弘前大学(学長:佐藤 敬)農学生命科学部 園木 和典 准教授と国立大学法人 長岡技術科学大学(学長:東 信彦)大学院工学研究科 政井 英司 教授の研究グループは、木材の主成分であるリグニン注2)だけを用いて、ナイロンやペットボトルなどの原料になるムコン酸を生産する微生物の開発に成功しました。

これまでの技術は、微生物を用いてリグニンからムコン酸などの有用化合物を生産できたとしても、微生物の増殖に炭素源として“糖質”が必要であったのに対し、今回開発した微生物は、リグニンから有用化合物を生産できるだけでなく、微生物増殖の炭素源にも“リグニン”を利用できることに特徴があります。原料価格の点で優位なリグニンのみを用いることで、生産におけるコスト低減につながることが期待され、将来発生しうる糖質の需要競合を回避できます。

本研究成果の詳細は、平成29年6月24日(土)に開催される日本農芸化学会東北支部シンポジウム、平成29年9月11日(月)~14日(木)に開催される第69回日本生物工学会大会にて発表します。

本研究はJST 戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)の一環として行われました。

<研究の背景と経緯>

近年、低炭素社会の実現に向けて、バイオマスの有効活用が期待されています。農林水産省から発表されているバイオマス活用推進基本計画(平成28年9月版)には、その意義として「バイオマスをエネルギーや製品として活用していくことは、農山漁村の活性化や地球温暖化の防止、循環型社会の形成といった我が国の抱える課題の解決に寄与するものであり、その活用の推進を加速化することが強く求められている。」と示されており、バイオマス活用技術の社会実装や産業化が求められています。

一方、これまでのバイオマス利用の取り組みで大きな課題となっていたのが、高コスト化により事業として採算が取れない点です。現在、バイオマス利用における主要な原料は糖質ですが、食料としても利用できることや、新材料として期待されるセルロースナノファイバー注3)などへの利用拡大などを考えると、将来的には糖質の需要競合および原料の高騰が予想されます。

本研究グループではそのような背景を鑑み、糖質をまったく使わず、木本や草本などの非可食バイオマスに含まれるリグニン成分のみを利用してポリマー原料を生産する技術の開発を目指しました。

<研究の内容>

(1)組換えPseudomonas(シュードモナス)属微生物株を用いたムコン酸生産

G-リグニン注4)H-リグニン注5)由来の多様な芳香族化合物を唯一の炭素源として増殖できるPseudomonas putida KT2440株を宿主として、代謝関連酵素をコードしている複数の遺伝子について遺伝子組換えを行いました。この組換えPseudomonas属微生物株は、G-リグニン及びH-リグニン由来の芳香族化合物をムコン酸生産へと導くだけでなく、微生物株自身が増殖するための代謝経路も保持できることがわかりました(図2)。スギやマツ、ヒノキなどの針葉樹には主にG-リグニンが含まれていることが知られています。これまでの研究で、リグニン由来の芳香族化合物モデルであるバニリン酸(G-リグニン由来)と4-ヒドロキシ安息香酸(H-リグニン由来)の混合物を利用して、この組換え微生物株が増殖し、収率約18wt%でムコン酸を生産することを確かめています。また、スギ木粉から調製したリグニン分解物を利用して増殖し、ムコン酸を生産することも確認しています。

(2)組換えSphingobium(スフィンゴビウム)属微生物株を用いたムコン酸生産

G-リグニン、H-リグニンに加えて、S-リグニン注6)由来の多様な芳香族化合物を唯一の炭素源として増殖するSphingobium sp.SYK-6株を宿主として、代謝に関連する酵素をコードしている複数の遺伝子について遺伝子組換えを行いました。この組換えSphingobium属微生物株は、S-リグニン由来の芳香族化合物を自らの増殖のための炭素源・エネルギー源として利用できる代謝経路と、G-リグニンとH-リグニン由来の芳香族化合物をムコン酸へと導く経路を保持していることに大きな特徴があります(図3)。ユーカリやシラカバなどの広葉樹、稲わらやバガスなどの草本は、G-リグニンやH-リグニンに加えて、S-リグニンを多く含むことが知られています。これまでの研究で、リグニン由来の芳香族化合物モデルであるシリンガ酸(S-リグニン由来)とバニリン酸(G-リグニン由来)の混合物やシリンガ酸と4-ヒドロキシ安息香酸(H-リグニン由来)の混合物を利用してこの組換え微生物株が増殖し、収率約35wt%でムコン酸を生産することを確かめています。また、シラカバ木粉から調製したリグニン分解物を利用して増殖し、ムコン酸を生産することも確認しています。

<今後の展開>

本研究では、リグニンのみを原料として、ナイロンやペットボトルなどに使われるポリマー合成の基幹化合物注7)であるムコン酸を、微生物を用いて生産し、かつ微生物の増殖も可能とする技術を確立し、平成29年4月25日に特許出願を行いました。今後は、ムコン酸生産の収量および収率を高めていくために、前処理方法の検討や、微生物株のさらなる改良を行う予定です。

<参考図>

図1 ムコン酸から合成できる多様なポリマー原料

図1 ムコン酸から合成できる多様なポリマー原料

図2 組換えPseudomonas属微生物株の代謝経路イメージ

図2 組換えPseudomonas属微生物株の代謝経路イメージ

(赤矢印は組換え微生物株の特徴)

図3 組換えSphingobium属微生物株の代謝経路イメージ

図3 組換えSphingobium属微生物株の代謝経路イメージ

(赤矢印は組換え微生物株の特徴)

<用語解説>

注1) cis,cis-ムコン酸
カテコール、安息香酸、トルエンを好気的に分解する能力を持つ微生物の代謝中間体の1つ。カテコール(1,2-ジヒドロキシベンゼン)の芳香環開裂(イントラジオール開裂)により生成されるジカルボン酸。ポリアミド、ポリエステル、ポリウレタンなど多様なポリマーの原料を合成可能な基幹化合物(図1)。
注2) リグニン
植物細胞壁の主成分であり、自然界に最も多く存在する高分子芳香族化合物。フェニルプロパン単位を基本骨格とし、その芳香核構造の違いにより、グアイアシルリグニン(G-リグニン)、シリンギルリグニン(S-リグニン)、p-ヒドロキシフェニルリグニン(H-リグニン)の3種に大別される。
注3) セルロースナノファイバー
植物細胞壁から得られる植物繊維をナノメートル単位(ミリメートルの100万分の1)まで微細化した素材。
注4) G-リグニン
グアイアシルプロパン構造を基本骨格とするリグニン。針葉樹由来のリグニン(針葉樹リグニン)は一般的に、G-リグニンに富む。
注5) H-リグニン
p-ヒドロキシフェニルプロパン構造を基本骨格とするリグニン。イネ科植物など草本由来のリグニン(草本リグニン)は一般的に、G-リグニンとS-リグニンに加え、H-リグニンから成る。
注6) S-リグニン
シリンギルプロパン構造を基本骨格とするリグニン。広葉樹由来のリグニン(広葉樹リグニン)は一般的に、G-リグニンとS-リグニンに富む。
注7) 基幹化合物
多数の化合物の合成原料となる出発物質。ビルディングブロックといわれることもある。石油由来の基幹化合物として、エチレン、プロピレン、BTX(ベンゼン・トルエン・キシレン)がある。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

渡部 雄太(ワタナベ ユウタ)
弘前大学 研究・イノベーション推進機構東京事務所 特任助教・URA
〒105-0003 東京都港区西新橋1-18-6 クロスオフィス内幸町703
Tel:03‐3519‐5060 Fax:03‐3519‐5061

<JST事業に関すること>

江森 正憲(エモリ マサノリ)
科学技術振興機構 環境エネルギー研究開発推進部 ALCAグループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3543 Fax:03-3512-3533
E-mail:

<報道担当>

渡部 雄太(ワタナベ ユウタ)
弘前大学 研究・イノベーション推進機構東京事務所 特任助教・URA
〒105‐0003 東京都港区西新橋1-18-6 クロスオフィス内幸町703
Tel:03‐3519‐5060 Fax:03‐3519‐5061
E-mail:

長岡技術科学大学 総務部大学戦略課 企画・渉外係
〒940‐2188 新潟県長岡市上富岡町1603‐1
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科学技術振興機構 広報課
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