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平成29年6月14日

名古屋大学
科学技術振興機構(JST)

名古屋大学発ベンチャー(株)フレンドマイクローブを起業:大型公的研究開発プロジェクトの成果

~「微生物を友達に」を理念に、油脂分解微生物製剤を用いた排水処理から、バイオコントロールの新理論に基づく環境・衛生技術開発まで、微生物関連技術で新市場を開く!~

名古屋大学 大学院工学研究科 生命分子工学専攻の堀 克敏 教授は、国立研究開発法人 科学技術振興機構による研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)起業挑戦タイプの成果を受け、6月13日に名古屋大学発ベンチャー企業を設立します。会社名は(株)フレンドマイクローブで、代表取締役には西田 克彦 氏が就任します。同氏は、日本のバイオベンチャーの草分け的存在である(株)医学生物学研究所(MBL)を、創業時代より経営者として率い上場を果たし、国内、海外で事業を展開してきました。また、多くのベンチャー企業を支援し、育成した実績を持っています。

まずは、堀教授が開発した驚異的な油分解能力を有する微生物製剤による排水処理事業から展開します。この製剤は、食品工場などの油含有量の高い排水の処理に適しており、従来の加圧浮上分離装置注1)を低コストで代替可能です。油そのものを微生物により分解消滅させるので、悪臭の軽減や油分汚泥注2)発生量の大幅削減が見込まれます。本技術は大学より大手化学メーカーに導出されており、両社が提携して事業を進めることとなっています。

堀教授は、研究を通じ、微生物等を使って環境を制御するバイオコントロールの理論を構築しました。本理論は、共生注3)微生物フローラ注4)の形成と安定化に関するものです。理論に基づき、上記微生物製剤のパワーアップはもちろん、様々な排水、汚染環境、廃棄物、悪臭の浄化に高い効果を発揮するバイオ製剤の開発が可能になると考えられます。既に堀教授は、第二、第三のバイオ製剤の開発に目処をつけており、ベンチャー企業において早期の商品化を目指しています。この理論自体、研究によって進化、発展が可能で、応用範囲も拡がります。

近年の科学技術の急速な進展と、それが実現した現在の私たちの生活は豊かになりましたが、自然、環境に大きな負荷をかける側面を持っています。新たな価値の創出は、同時にそれら負の面に対しての技術革新を必要としています。(株)フレンドマイクローブは、微生物により環境への負荷を軽減するために研究、技術開発に取り組む堀教授の成果を事業としていこうとするものです。大学の研究成果をシームレスに社会実装に繋げていきます。

<開発の背景と経緯>

①油脂含有排水の問題

高濃度の油脂を含む排水は、そのまま河川などに放流すると深刻な水質汚濁を引き起こすので、厳しく規制されています。また下水に排出するにしても、固まった油により下水管の閉塞を起こすので、やはり規制値が設けられています。通常、有機汚濁物質を含む排水は活性汚泥槽注5)で好気性微生物の働きで浄化させられます。しかしながら、高濃度油脂が活性汚泥槽にそのまま流入すると、活性汚泥中のBOD注6)分解微生物の活性が阻害され、また汚泥の沈降性も損なわれるため、排水処理設備の機能が損なわれます。

②従来の処理技術と問題点

高濃度の油分を含む排水は、活性汚泥槽に流れ込まないように前処理するか、小規模施設では下水放流の前に事業所内で処理するのが基本で、処理により油を取り除いて濃度を低減させます。従来、単純な固液分離が主体であり、前者においては加圧浮上分離装置が、後者においてはグリーストラップ注7)が、油分の主要な除去手段でした。しかしこれらの方法には、(1)分離した油の産廃処理、(2)悪臭や害虫の発生、(3)メンテナンスの手間と労苦といった問題がありました。

③開発技術の動向と問題点

前項の理由により、油分を分解・消滅させようという技術が求められていました。オゾン、超音波、超臨界水などを利用する物理化学的処理が研究されてきましたが、どれも高価な装置が必要であったり、ランニングコストがかかったりと、コスト面で排水処理に適用するには現実的ではありませんでした。比較的安価な技術として生物処理法があります。油脂を微生物によって分解、消費させようというもので、微生物分解法ともいいます。しかし、この方法には次のような技術上の欠点があり、実用化が困難でありました。

④A-STEP起業挑戦タイプにおける目的

名古屋大学 大学院工学研究科 堀 克敏 教授が持つ、従来にない圧倒的な油脂分解能力を誇る微生物製剤と排水処理法をシーズとし、食品工場や油脂工場の排水処理の前処理工程である加圧浮上分離装置を代替する技術開発を目指しました(図1)。製品は、油脂分解微生物を配合した微生物製剤と、微生物を現場で増幅させ自動的に添加する自動増幅投入装置の2つです(図2)。本技術の普及のためには、技術の汎用性を高める必要がありました。そこでA-STEPでは、微生物製剤の適用範囲を拡げるための要素技術を開発することと、複数の工場の実排水を用いて本技術の有効性を実証することを本研究開発の目的としました。また、名古屋大学 起業支援グループでは、特許無効資料調査や市場調査により、本技術の堅牢性・有効性、市場性、競争力などについて評価を行うことを目的としました。

<研究の内容>

A-STEPで行った研究の結果、微生物製剤の長期保存性、低温適用性、固定性全てが相当に向上し、適用できる範囲が拡大しました。例えば、寒冷地での使用、外国などへの長距離輸送、滞留時間の短い現場での使用が可能になり、本技術の適用範囲が飛躍的に向上しました。さらに、実証試験用のデモ機(図3)を複数台製作し、それを使って数箇所の工場で実証試験を行い、本技術の有効性を確認しました。また、他の一件の試験販売現場では、2年間以上に渡って順調に本技術を運用しています。その他、多数の工場から実排水をもらい、ラボ試験により効果があることを確認しました(図4)。また、各種調査により、シーズとなる特許と技術の堅牢性・有効性と競争力が非常に高く、市場も、排水処理に限っても数百億円規模と大きいことがわかりました。

複数の実工場にて行われてきた現場実証試験において、油脂分解微生物を投入した廃水処理施設の微生物フローラの変化等を、油の分解効果などと合わせて詳細に解析してきました。その結果、投入微生物を一定のポピュレーションで維持し、目的の分解機能を発揮させるためのバイオコントロール理論を構築するに至りました。ポイントは、土着微生物と競争させるのではなく、仲良く共存させることであり、微生物共生系を形成させることであります。その方法は、現場の微生物フローラと環境条件によって異なりますが、環境微生物フローラの分子解析データを検証することで、現場の微生物フローラにあった共生系を構築することができます。

<社会的意義>

本シーズは、上記欠点を克服し得る微生物製剤と微生物分解法による排水処理技術です(図5)。油脂の分解メカニズムに基づき、互いの能力を相補しあう複数の共生微生物を含む複合微生物製剤であるため、油脂分解に相乗効果をもたらすのが特徴です(図6)。本技術は、既存の加圧浮上分離装置の代替法としてだけではなく、補完技術としても期待されています。食の多様化や冷凍食品の普及などにより、多くの食品・油脂工場では油の使用量が著しく増大しており、廃水中の油分量も大幅に増え対策に追われています。加圧浮上分離装置増設の検討を余儀なくされている工場も多いというのが実情です。そこで、既存の加圧浮上分離装置に加え、コストパフォーマンスの高い微生物分解システムの導入を図りたいという市場からの要望も高く、まずは、加圧浮上分離装置の補完システムとして微生物分解システムを導入し、様子を見ながら、加圧浮上分離装置の稼働率を下げていくというやり方もあります。

<今後の予定>

本プロジェクトの成果であるバイオコントロールの理論とノウハウに基づき、広範囲な関連技術の研究開発を継続します。腸内細菌が注目され、プロバイオティクスに関心が集まっています。しかし、乳酸菌をはじめとするいわゆる“善玉菌”を一時的に摂取しても効果がないことは自明であり、摂取を続けなければなりません。一度形成された腸内細菌叢を根本的に変化させることは難しく、一時的に善玉菌を摂取してもその効果は一過性です。排水処理にも全く同じことが言えます。その排水種に適した汚泥微生物叢が形成されているものを人為的にコントロールしますので、効果を継続させるには、善玉菌同様に、微生物製剤を継続的に投与しなければなりません(図7)。このバイオコントロールの理論と技術は、排水のみならず、固形廃棄物や地下水・土壌浄化など、環境における今後の重要な技術になると期待されています。

<参考図>

図1 本技術による油高含有排水処理システムの革新。従来の加圧浮上分離装置を代替できます。

図2 微生物製剤(左)と自動増幅投入装置(右)

図3 デモ機による実証試験の工程図

図4 微生物による油分解処理により汚泥沈降性も改善されます。

図5 本微生物製剤の圧倒的な油分解能力

図6 本微生物製剤による油脂分解のメカニズム:共生微生物による分解

図7 バイオコントロール理論の概念図

<用語解説>

注1) 加圧浮上分離装置
活性汚泥処理の前段に設置し、排水中の油分等の浮遊物質を物理的に除去する装置。排水中に圧縮空気により微細な気泡を発生させ、気泡により浮遊物質を捕えた後、気泡の浮力を利用して浮上させます。予め、微細な浮遊物質や油分を、凝集剤を使って凝集させておくことが一般的です。
注2) 油分汚泥
加圧浮上分離装置やグリーストラップなどの固液分離により分離された油分を主とする汚泥。
注3) 共生
異種の生物が生理的に緊密な結びつきを保ちながら共存、繁殖する現象。微生物でも広く見られる現象で、例えば、ある種の微生物が分泌する不要成分が別の種類の微生物の栄養となり、その生育に役立っている状態などが挙げられます。栄養分が消費されることにより、分泌した微生物にとっては繁殖を妨げる不要成分(老廃物)が取り除かれ、その増殖にも益する場合もあります。分泌でなくても、ある種の微生物の活動(例えばリパーゼ注8)の分泌による油脂の加水分解)により生じる物質(遊離脂肪酸とグリセリン)が、別の種類の微生物の生育や活動を活性化し、それ(脂肪酸やグリセリンの消費)がまたもとの微生物の働き(油脂の加水分解)を活性化することもあります。
注4) 微生物フローラ
ある特定の環境で生育する一群の微生物の集合。例えば、ヒトの腸管内では多種多様な細菌が存在し、複雑な微生物生態系を構築します。同様に、排水や環境水(河川、池、湖沼、海)、土壌中にも無数な微生物が存在し、微生物フローラを形成しています。その中で微生物は生存競争、共生などの微生物同士の相互関係を構築して生育しています。また、微生物フローラ中では、優占的に存在する微生物や、わずかしか存在しないマイナーな微生物などが存在し、その比率は環境条件によって変化します。
注5) 活性汚泥槽
有機排水の生物処理システムの反応槽であり、有機汚濁物質を好気性微生物の作用で吸着、酸化分解、無機化あるいは微生物の体(細胞)に変換することにより浄化します。好気性微生物を活性化させて酸化分解を促進するためばっ気します。
注6) BOD(Biochemical oxygen demand)
微生物が水中の有機物を酸化分解するのに消費する酸素量のことで、生物学的酸素要求量ともいいます。水の有機汚濁の指標で、高いほど汚濁の程度がひどくなります。
注7) グリーストラップ
外食商業施設や宿泊施設などの厨房排水から排出される高濃度の油脂を含有する排水から油分を除去するための油分のトラップ装置。排水をマスに引き込んで一定時間(10分程度)滞留させることで、油分を浮上分離させます。
注8) リパーゼ
動植物油脂であるトリアシルグリセロールを脂肪酸とグリセリンに加水分解する反応を触媒する酵素。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

堀 克敏(ホリ カツトシ)
名古屋大学 大学院工学研究科 教授
Tel:052-789-3339  Fax:052-789-3218
E-mail:

<JST事業に関すること>

保田 睦子(ヤスダ ムツコ)
科学技術振興機構 産学連携展開部 研究支援グループ
Tel:03-5214-8994 Fax:03-5214-8999

<報道担当>

名古屋大学 総務部 広報渉外課
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科学技術振興機構 広報課
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