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平成29年5月30日

東京大学
科学技術振興機構(JST)

原子1個の内部電場の直接観察に成功

~究極の顕微鏡法:単一原子の内部構造の可視化に向けて~

ポイント

東京大学 大学院工学系研究科附属総合研究機構の柴田 直哉 准教授、関 岳人 特任研究員、幾原 雄一 教授らの研究グループは、0.05ナノメートル以下の分解能を有する最先端走査型透過電子顕微鏡(STEM)法注1)と独自開発の多分割型検出器注2)を用いることにより、金原子1個の内部に分布する電場注3)を直接観察することに世界で初めて成功しました。この電場は、プラスの電荷をもつ原子核とマイナスの電荷をもつ電子雲との間のわずか0.1ナノメートル以下の領域に分布する電場であり、本結果は原子内部の精緻な構造観察や原子同士を繋ぐ結合の直接観察の可能性を拓く重要な成果です。本成果により、電子顕微鏡は原子を見る顕微鏡から、原子の内部構造までをも見ることのできる顕微鏡へと大きく進化することが期待されます。

本研究成果は、2017年5月30日(米国時間)に「Nature Communications」(オンライン速報版)で公開されます。

本成果は日本電子株式会社、オーストラリア・モナッシュ大学との共同研究で得られたものであり、JSTの研究成果展開事業【先端計測分析技術・機器開発プログラム】、JSTさきがけ、科学研究費補助金新学術領域研究「ナノ構造情報のフロンティア開拓-材料科学の新展開」、基盤研究(B)の助成を受けて実施されました。

<研究の背景と経緯>

電子顕微鏡開発の歴史は、「人間が小さな世界をどこまで拡大して見ることができるのか」という根源的な問いの追求の歴史です。1920年代にドイツで最初の概念が考案されて以来、電子顕微鏡の開発は80年以上にわたって脈々と続けられてきました。電子顕微鏡は、光(可視光線)よりはるかに波長が短い電子を用いて、光学顕微鏡では見ることのできない微細な対象を拡大し観測する装置です。電子顕微鏡法の一種である走査型透過電子顕微鏡法(STEM、図1)は、薄膜試料上で電子プローブ注4)を走査しながら、その各点からの透過散乱した電子を検出器で検出して拡大像を観察する電子顕微鏡法です。このSTEM法では、電子プローブの大きさによってその分解能が決まりますが、現在の最先端レンズ技術によって0.05ナノメートル以下の分解能が達成されています。また、電子プローブが原子によって散乱された信号を検出するため、原子そのものを可視化することが出来ます。しかし、さらにその先の原子内部の構造(原子核とそれを取り巻く電子雲)を電子顕微鏡で直接観察することは極めて困難であると考えられてきました。

<研究の内容>

今回、柴田准教授らのグループは、0.05ナノメートル(nm)以下の分解能を有する最先端STEMと独自開発の多分割型検出器を用いることにより、金原子1個の内部に分布する電場を可視化することに世界で初めて成功しました。原子内部のプラスの電荷をもつ原子核とマイナスの電荷をもつ電子雲との間の電場(図2)によって影響をうけた電子線の進行方向の変化(角度や位置)を分割型検出器で検出することにより(図3)、原子内部にどのように電場が分布しているのかを直接観察することが出来ます。この方法により、原子内部のプラスの原子核からマイナスの電子雲に向かって電場が湧き出している様子を捉えることに成功しました(図4図5)。この結果は、これまで原子の観察に留まっていた電子顕微鏡を、原子の内部構造までをも直接観察することのできる顕微鏡へと大きく進化させる画期的な成果です。

<社会的意義・今後の予定>

現在、電子顕微鏡は、物理化学、電子情報工学、材料科学、生命科学などの先端的基礎研究分野や半導体デバイス、医療、IT、創エネ・省エネなどの多様な産業分野において広く利用されています。電子顕微鏡性能の向上は、こうした分野、特にナノテクノロジー研究開発の水準と研究開発効率を格段に向上させる原動力であり、日本の産業力とも直結する重要な課題です。今回の研究により、単一原子の内部構造までをも直接観察できるようになったことは、日本の電子顕微鏡技術が世界一の水準にあることを示すだけでなく、さまざまな分野におけるナノテクノロジー研究開発を格段に向上させる契機となることが期待されます。また、原子内部の電場を直接観察できるということは、原理的には原子内部における電荷の分布状態を直接観察できることを意味しており、今後のさらなる進展により原子同士を繋ぐ結合の直接観察にも繋がる大きな一歩であると考えられます。

<参考図>

図1 最先端走査型透過電子顕微鏡(STEM)とSTEM法の概要

  • (左)最先端STEMの実機写真。
  • (右)一般的なSTEMの模式図。照射源(赤点)から照射された電子(緑色)は、収差補正レンズ(灰色円盤)を通過すると非常に細く絞り込まれる。試料(藍色四角)を透過する際、原子の種類に応じて散乱するので、これを環状の検出器(青色ドーナツ環)を用いて計測し、画像として観察する。

図2 原子の内部構造と電場分布の模式図

中央の青丸がプラスの電荷をもつ原子核。その周囲を取り巻くのがマイナスの電荷をもつ電子雲。原子の内部では原子核から電子雲に向かって放射状に電場が分布していると考えられる(赤矢印)。

図3 本研究に用いた分割型検出器による原子内部の電場計測の模式図

原子内部に入射した電子線が、電場によって偏向されることによって、分割検出器の各位置で検出される電子線強度に差が生じることを利用して、電場を計測している。この手法は微分位相コントラスト(DPC)法と呼ばれている。

図4 チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)結晶中の原子電場観察例

  • (左)通常のSTEMによる原子観察例。原子は輝点として観察される。周期的に原子が配列している様子が可視化できる。
  • (右)本研究の手法により、原子内部の電場を可視化した像。像中のカラーは電場の向きと強さを表している。凡例(カラー表示と電場ベクトルの関係)と比較すると、原子中央部の原子核から電場が放射状に発生していることが実験的に可視化できている。

図5 金原子1個の内部の電場観察例

  • (左)実験による金単原子内部の電場観察像。
  • (右)シミュレーションによる金単原子内部の電場観察像。
    同時取得した通常のSTEM像から金単原子の存在が輝点として明瞭に観察できている。同一箇所からの電場像では、金単原子中央部から放射状に電場が発生する特徴的なコントラストが観察されている。この実験像は金単原子の電場シミュレーション像と良く一致しており、今回の観察により金単原子内部に存在する電場を直接観察できていることが分かる。

<用語解説>

注1) 走査型透過電子顕微鏡(STEM)
細く収束させた電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度で、試料中の構造を直接観察する装置。現在、原子の直接観察も可能である。電子顕微鏡は、光学顕微鏡の線源(可視光)による原理的分解能(およそ1マイクロメートル)の限界を、電子の波としての性質を利用して突破した観察装置であり、量子力学の恩恵を最も直接的な形で応用展開した観察技術。
注2) 分割型検出器
STEMの検出器の一種で、試料から透過散乱された電子線を検出するための検出器。この際、検出面を複数の検出領域に分割することにより、電子線の微小な軌道変化を捉えることができる。
注3) 電場
電界ともいい、電磁気的な作用を及ぼす空間やその空間の性質。
注4) 電子プローブ
電子銃から放出され、レンズによって縮小されて、試料に照射される細い電子線のこと。最先端STEMでは、電子プローブを直径0.05nm以下にまで細く絞りこむことができる。

<論文情報>

タイトル Electric field imaging of single atoms
(単原子の電場イメージング)
著者名 Naoya Shibata、Takehito Seki、Gabriel Sánchez-Santolino、Scott D. Findlay、 Yuji Kohno、Takao Matsumoto、Ryo Ishikawa and Yuichi Ikuhara
掲載誌 Nature Communications
doi 10.1038/NCOMMS15631

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

柴田 直哉(シバタ ナオヤ)
東京大学 大学院工学系研究科附属総合研究機構 准教授
〒113-8656 東京都文京区弥生2-11-16
Tel:03-5841-0415 Fax:03-5841-7694
E-mail:

<JST事業に関すること>

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〒102-0076 東京都千代田区五番町7K’s五番町
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