ポイント
- 印刷できる伸縮性の配線で、元の長さの5倍の長さに伸ばしても世界最高の導電率(935 S/cm(ジーメンス毎センチメートル))を達成した。
- ゴムにマイクロメートル寸法の銀フレークを混ぜるだけで、ナノメートル寸法の銀の粒子がゴムの中に均一に自然に発生する現象を発見し、新素材が実現された。
- 伸縮性の配線を活用して圧力や温度のセンサーがテキスタイルの上に簡単に形成できるようになり、スポーツウェアやロボットへの応用が今後期待される。
科学技術振興機構(JST、理事長:濵口 道成)の戦略的創造研究推進事業において、東京大学(総長:五神 真) 大学院工学系研究科の松久 直司 博士と染谷 隆夫 教授を中心とした研究チームは、元の長さの5倍の長さに伸ばしても935 S/cmという世界最高の導電率注1)を示す伸縮性導体注2)の開発に成功しました。
この伸縮性導体は、ペースト状の材料を印刷することによって、ゴムやテキスタイルなど伸縮する素材の上に自由形の配線パターンを形成することができます。また、新素材の構造を高解像度の電子顕微鏡で詳細に調べたところ、ゴムにマイクロメートル寸法の銀フレークを混ぜるだけで、ナノメートル寸法の銀の粒子がゴムの中に均一に自然に発生する現象を発見しました。
印刷できる伸縮性導体は、高い伸縮性が要求されるスポーツウェア型のウェアラブルデバイス注3)や人間よりも高い伸縮性を必要とするロボットの人工皮膚を実現する上で必要不可欠な技術です。従来の伸縮性導体は伸長させると導電率が大幅に減少するという課題がありましたが、本研究で発見した新現象によって解決されます。この成果により、スポーツウェアやロボットの関節に簡単に高伸縮性センサーを形成できるようになり、今後ヘルスケアや人工触覚などさまざまな応用が期待されます。
本研究成果は、理化学研究所(理事長:松本 紘) 創発物性科学研究センターの橋爪 大輔 ユニットリーダー、井ノ上 大嗣 技師らとの共同研究です。2017年5月15日(英国時間)に英国科学誌「Nature Materials」のオンライン速報版で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
JST 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)
研究プロジェクト |
「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」 |
研究総括 |
染谷 隆夫(東京大学 大学院工学系研究科 教授) |
研究期間 |
平成23年8月~平成29年3月 |
上記研究プロジェクトでは、シリコンに代表される従来の無機材料に代わり、柔らかく、かつ生体との適合が期待できる有機材料に着目し、生体とエレクトロニクスを調和させ融合する全く新しいデバイスの開発の実現を目指しています。
<研究の内容>
近年、さまざまなウェアラブルデバイスが実用化され、普及が着実に進んでいることを背景に、伸縮性のある配線やセンサーが注目を集めています。例えば、心電図や心拍数などの生体信号を着るだけで簡単に計測して、リアルタイムにモニタリングできるテキスタイル型のウェアラブルエレクトロニクスが実用化され、スポーツ計測や工事現場での健康管理に利用されています。また、ロボットの活用は、介護や店頭での販売サービスなど工場以外でも必要とされています。これらの用途では、関節のように大きく伸縮しても壊れずに電気的な性能を維持できる電子部品が必要です。
本研究グループは、2015年に200%(元の長さの3倍)伸ばしても電気を流す、印刷可能な伸縮性導体を作製し、テキスタイル上に塗るだけでセンサーを作製できる技術を開発しました。しかし、センサーの高精度化や低消費電力化を進めるためには、高い伸縮性を維持したままで、さらに導電性を向上する技術の開発が急務の課題となっていました。 本研究グループは、世界最高性能となる従来比約6倍の導電率と従来比約2倍の伸張性を同時に達成する伸縮性導体の開発に成功しました。新しい伸縮性導体のペーストは、マイクロメートル寸法の銀フレーク粉とフッ素ゴム(DAI-EL、ダイキン工業株式会社)とフッ素界面活性剤を混ぜるだけで作製されます。このペーストをステンシルマスク印刷やスクリーン印刷注4)のような印刷技術でゴムやテキスタイルにさまざまな形の配線パターンを簡単に形成することができます。
伸縮性導体は、伸長前の状態で4,972 S/cmという非常に高い導電率を示します。この材料は200%(元の長さの3倍)まで伸ばしても、1,070 S/cmという高い導電率を維持することが示されました。この値は、2015年に報告された従来型の伸縮性導体の導電率(192 S/cm)と比べて約6倍に改善されています。さらに400%(元の長さの5倍)まで伸ばしても、935 S/cmという高導電率が得られました(図1)。200%伸張した際の1,070 S/cmという導電率と、400%伸張した際の935 S/cmという導電率は、印刷で作る伸縮性導体としていずれも世界最高値です。
新素材の構造を高解像度の走査電子顕微鏡(SEM)や透過電子顕微鏡(TEM)を用いて観察したところ(図2)、ゴムにマイクロメートル寸法の銀フレークを混ぜるだけで、混ぜたフレークの約1/1,000の大きさの銀のナノ粒子がフッ素ゴム中で合成される現象を発見しました(図3)。また、銀ナノ粒子のサイズや密度はゴムや界面活性剤の化学構造などによって制御できることも示されました。金属のナノ寸法の粒子は、表面積が大きいために粒子同士がすぐに凝集してしまい、これまでゴムの中に均一に混ぜることができませんでした。本研究では、マイクロメートル寸法の銀フレークとゴムを混ぜるだけで、銀ナノ粒子が自然に形成される現象を見いだして、従来の問題を解決することができました。さらに、銀フレークは、銀ナノ粒子と比較して、材料コストも約1/9であるため、材料の大幅なコストダウンに見通しをつけることができました。
本研究グループは、新たに開発した伸縮性導体ペーストによる伸縮性配線を活用して、圧力と温度のセンサーをテキスタイルの上に作製しました(図4)。まず、センサーは伸縮性の高いポリウレタン基材上に全て印刷プロセスで作製されます。このシート状のセンサーはテキスタイル用のホットメルト注5)を用いてテキスタイル基材上に転写されます。伸縮性のセンサーがテキスタイル上に簡単に作製できるので、人間やロボットの表面の情報を正確に読み取ることができるようになりました。そのため、動画からはわからない職人の動きを正確に読み取ったり(図5)、ロボットの表面に人間のような皮膚機能を持たせたりすることができるようになりました。
本研究成果は、東京大学 大学院工学系研究科、科学技術振興機構、理化学研究所 創発物性科学研究センター、理化学研究所 染谷薄膜素子研究室の共同研究によるものです。本研究に用いたフッ素ゴム(DAI-EL)はダイキン工業株式会社より提供されました。
<参考図>
図1
ゴムシート上に印刷された伸縮導体を元の5倍以上伸ばしても高導電性を維持するので、発光ダイオード(LED)を明るく点灯できる。上、伸張する前。下、元の5倍以上に伸張した状態。
図2
開発した伸縮性導体の透過電子顕微鏡(TEM)像。銀フレークと銀フレークの間にその場合成された高密度の銀ナノ粒子が均一に分散している。
図3
今回開発された伸縮性導体の作製プロセスと材料の構造を模式的に示した。もともと材料に含まれていなかった銀ナノ粒子がフッ素ゴム中に自然に形成される。DAI-ELはダイキン工業株式会社の製品名。
図4
印刷によって作製された伸縮性の圧力・温度センサー。テキスタイル基材にもホットメルトを用いて簡単に貼り付けて実装できる。
図5
手袋の指先に実装されたセンサーで指先の圧力の強さを計測し、その強さに応じてLEDの点灯強度が変わる。画像データではわからない力の入れ具合を知ることができる。
<用語解説>
- 注1) 導電率
- 材料の電気の流しやすさを示す指標。
- 注2) 伸縮性導体
- ゴムのように伸び縮みしても電気を流すことができる物質のこと。
- 注3) ウェアラブルデバイス
- 身体に装着して使用する電子機器のこと。腕時計型や眼鏡型のウェアラブルデバイスは実用化されており、スマートフォンなどとの連携でメールやインターネットの情報にアクセスしやすくなる。さらに近年、衣服型の開発が進んでおり、着るだけで装着者の生体情報を正確にモニタリングできるため、介護・スポーツなどへの応用が期待されている。
- 注4) ステンシルマスク印刷、スクリーン印刷
- 印刷したい対象に印刷したい形状に孔の開いたマスクを合わせ、上から粘性のあるインクをスキージで押し付けて任意の形状にインクを印刷する手法のこと。インクジェット印刷などと比べ、高いスループットで印刷対象を選ばず印刷できることに特徴を持つ。ステンシルマスク印刷で用いるマスクの孔部は完全に開口しているが、スクリーン印刷では、高分子や金属でできた細かいメッシュ(スクリーン)でおおわれている。
- 注5) ホットメルト
- 熱をかけて融かして接着させる接着剤のこと。テキスタイル同士の接着や、Tシャツの模様の形成などに広く用いられている。
<論文情報>
タイトル |
“Printable Elastic Conductors by in situ Formation of Silver Nanoparticles from Silver Flakes” |
著者 |
Naoji Matsuhisa, Daishi Inoue, Peter Zalar, Hanbit Jin, Yorishige Matsuba, Akira Itoh, Tomoyuki Yokota, Daisuke Hashizume, and Takao Someya*
(*責任著者)
|
doi |
10.1038/NMAT4904 |
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
染谷 隆夫(ソメヤ タカオ)
東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
Tel:03-5841-0411 Fax:03-5841-6709
E-mail:
<JST事業に関すること>
古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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<報道担当>
東京大学 大学院工学系研究科 広報室
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理化学研究所 広報室 報道担当
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