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平成29年5月3日

名古屋大学
科学技術振興機構(JST)

1マイクロメートルの隙間を通過する植物細胞

~マイクロ流体デバイスで観察~

ポイント

名古屋大学 大学院理学研究科(研究科長 杉山 直)の東山 哲也 教授(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 教授)、佐藤 良勝 特任講師(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所)、柳澤 直樹 研究員(名古屋大学 大学院理学研究科)らの研究グループは、微細加工技術注1)によって作製したマイクロ流体デバイス注2)を用いて、植物細胞が自身のサイズよりもはるかに小さい空間内でも伸長し続けられることを明らかにしました。

野外では、コンクリートの割れ目や石垣の隙間など細くて狭い空間でも植物が育つ様子を観察できます。しかし、「植物が細胞レベルではどのぐらい狭い空間を通過できるのか?」という疑問に対して、これまで容易に確かめられる方法がありませんでした。研究グループは、最小で1マイクロメートルの隙間を持つマイクロ流体デバイスを作製し、先端成長注3)をすることで知られている3種類の植物細胞(トレニアの花粉管細胞注4)、シロイヌナズナの根毛細胞注5)、ヒメツリガネゴケ原糸体細胞注6))をデバイス内で培養して、この隙間に対してそれぞれの細胞がどのように反応するのかを観察しました。その結果、これら全ての細胞は、自身の幅よりも狭い1マイクロメートルの隙間をくぐり抜け、その後も先端成長をし続けることが分かりました。また、ライブセルイメージング注7)により、トレニアの花粉管細胞の栄養核と精細胞核が隙間をすり抜ける瞬間を鮮明に撮影することに成功しました。本研究で開発したマイクロ流体デバイスを用いることで、狭くて小さい空間でも植物細胞の先端成長を観察できるようになります。これまでにはなかった実験ツールによって、植物細胞の先端成長に関する研究が進展し、新たな知見を得られることが期待されます。

本研究成果は、英国のオンライン学術誌「Scientific Reports」で5月3日(英国時間)に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究課題によって得られました。

科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究プロジェクト 「東山ライブホロニクスプロジェクト」
研究総括 東山 哲也(名古屋大学 大学院理学研究科、名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 教授)
研究期間 2010年10月~2016年3月

また、本成果の一部は、以下の事業による支援を受けて行われました。

<研究の背景と内容>

動物の細胞と違い、植物の細胞は硬い細胞壁に覆われていますが、膨圧注8)の強さによって細胞の大きさが変化します。一部の植物細胞には、部分的に柔らかい細胞壁があり、そのような細胞は膨圧によって伸長することができます。その代表的な例として、花粉から伸長する花粉管細胞が挙げられます。花粉管細胞は、雌しべの中を先端成長しながら進み、内部にある精細胞をメス組織の胚珠注9)内に届ける役割を持つ細胞です。この際、雌しべの中にはいくつもの物理的障害が存在し、胚珠に到達するまでに何度も狭い空間をくぐり抜ける能力が必要と考えられます。しかし、花粉管先端部分の柔軟性は良く知られていましたが、果たしてどれだけ狭い空間を通り抜けることができるのか、またその状況下で細胞核にはどのようなことが起こるのか、そのような疑問に対する報告は今までありませんでした。
 本研究では、最小で1マイクロメートルの隙間をPDMS(ポリジメチルシロキサン)注10)上に作製し(図1左)、細胞が隙間へ向かうような流路を作製したマイクロ流体デバイスを開発しました。このデバイス内でトレニア(学名:Torenia fournieri)の花粉管を培養し、狭小な隙間に対する反応を観察しました。その結果、幅が8マイクロメートル程度の花粉管は1マイクロメートルの隙間に合わせて細胞の先端部分を変形させることで、徐々にすり抜けることが分かりました(図1右)。また、蛍光タンパク質で標識した花粉管の栄養核と精細胞核もそれぞれ形を変えながら、狭小な隙間をすり抜ける瞬間をライブセルイメージングによって捉えることができました。

先端成長をする植物細胞の他の例として、根毛があります。研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナの根毛にも花粉管と同様に試験できるマイクロ流体デバイスを作製し、狭小な隙間にどのように反応するのか観察しました。その結果、幅が7マイクロメートル程度の根毛の先端部位、ならびに細胞核(図2:赤色で示されている箇所)も1マイクロメートルの隙間をすり抜けられることが分かりました。

ヒメツリガネゴケ(学名:Physcomitrella patens)の原糸体細胞にも同様の試験を行った結果、幅が18~20マイクロメートル程度の先端部位が1マイクロメートルの隙間に合わせて細胞の形を変えて通過する様子を観察できました(図3)。また、細胞は隙間を細胞核や葉緑体とともに通過した後、細胞分裂も可能なことが分かりました。

<まとめと今後の展望>

先端成長をする植物細胞には、自身のサイズよりもはるかに小さい空間内でも細胞の形を変えながら伸長し続ける能力があることを明らかにしました。また、細胞核が同様の能力を備えていることも確認できました。今回開発したマイクロ流体デバイスを用いることで、様々な変異体に対しても狭小空間内での細胞の伸長能力を試験できることから、植物細胞の先端成長を理解する上で、新たな知見を得られる可能性があると期待されます。

<参考図>

図1

PDMS(ポリジメチルシロキサン)上に作製した1マイクロメートルの隙間の走査型電子顕微鏡像(左)と、その隙間をすり抜けるトレニアの花粉管の光学顕微鏡像(右)。スケールは20マイクロメートル。

図2

狭小の隙間をすり抜けたシロイヌナズナの根毛。スケールは50マイクロメートル。

図3

狭小の隙間をすり抜けたヒメツリガネゴケの原糸体細胞。スケールは20マイクロメートル。

<用語解説>

注1) 微細加工技術
マイクロメートルまたはナノメートスケールの立体構造を作る技術を指す。光や電子線を感光性の物質に露光して構造物を作製する。
注2) マイクロ流体デバイス
深さがマイクロメートル(100万分の1メートル、または1000分の1ミリ)スケールの溝(流路)のネットワークが施された基板。
注3) 先端成長
部分的に柔らかい細胞壁がある植物細胞において、自身の膨圧によって局所的に伸長する現象。
注4) 花粉管細胞
被子植物の受精に必要な2つの精細胞を含みながら雌しべの中を先端成長する細胞。最終的には胚珠内へ到達し、卵細胞と胚乳細胞にそれぞれ受精することで、種子が形成される。
注5) 根毛細胞
根の表面から形成される細長い細胞で、土壌から水や栄養分を吸収する役割を担う。
注6) 原糸体細胞
胞子の発芽後に形成される細胞体。
注7) ライブセルイメージング
光学顕微鏡で生きた細胞の生体活動を直接見るイメージング手法。
注8) 膨圧
浸透によって細胞内に水が入ることで細胞を覆う細胞膜が広がろうとする力。
注9) 胚珠
雌しべの奥深くに位置する種子の元となる組織。
注10) PDMS(ポリジメチルシロキサン)
透明なシリコンで、マイクロ流体デバイスを作製するための基盤として最もよく使われる材料。

<論文情報>

“Capability of tip-growing plant cells to penetrate into extremely narrow gaps”
(狭小な隙間をすり抜けて先端成長をする植物細胞の能力)
著者:Naoki Yanagisawa, Nagisa Sugimoto, Hideyuki Arata, Tetsuya Higashiyama and Yoshikatsu Sato(柳澤 直樹、杉本 渚、新田 英之、東山 哲也、佐藤 良勝)
doi: 10.1038/s41598-017-01610-w

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

佐藤 良勝(サトウ ヨシカツ)
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 特任講師
Tel: 052-789-2970
E-mail:

<JST事業に関すること>

大山 健志(オオヤマ タケシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

<報道に関すること>

名古屋大学 総務部広報渉外課
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