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平成29年4月18日

東京理科大学
理化学研究所
東京工業大学
科学技術振興機構(JST)

植物のエピジェネティクス変化をリアルタイムに捉えることに成功

~マウスの抗体の一部が生きた植物細胞内でも抗原を認識した~

東京理科大学 理工学部 応用生物科学科 松永 幸大 教授、坂本 卓也 助教、栗田 和貴 大学院生、理化学研究所 環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム 関 原明 チームリーダー、ケミカルゲノミクス研究グループ 吉田 稔 グループディレクター、東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター 木村 宏 教授らの研究グループは、マウスの抗体の一部を植物細胞において発現させることで、植物のエピジェネティクス変化を生きたまま解析する方法の開発に成功しました。

植物のエピジェネティクス変化を解析するためには、生化学的手法や免疫染色法がありました。いずれの方法も、エピジェネティクス変化注1)の代表的な指標であるヒストン修飾注2)を認識する抗体を使用しますが、生きた植物で解析することはできませんでした。

今回、本研究グループは、マウスで作成された抗体の一部に蛍光タンパク質を結合させた細胞内抗体(ミントボディ)注3)を、タバコ培養細胞で発現させました。このミントボディに用いた抗体はヒストン修飾の1つであるアセチル化リジン残基を認識します。このミントボディの動態をライブセルイメージング注4)、阻害剤実験、生化学実験を用いて解析しました。その結果、このミントボディは生きた植物細胞内でヒストンのアセチル化リジン残基を正常に認識していることが明らかになりました。これは、マウス由来のミントボディが植物細胞内で正常に働いたことを初めて示した報告になります。抗体を持たない植物細胞内において正常に抗体注5)の一部が作られ、ヒストン修飾を認識したことは、新たな植物細胞研究のツールを開発したといえます。

本成果により、時間軸を考えながら植物のエピジェネティクス変化を解析することが可能になり、エピジェネティクスにより制御される植物の環境応答や環境記憶メカニズム解明が進展することが期待されます。また動物の抗体の一部を植物細胞で発現させて、生化学や細胞生物学的な研究を行うことが可能になり、植物科学や農学研究に大きく貢献することが期待されます。

本研究成果は平成29年4月18日号のネイチャー出版の科学雑誌Scientific Reportsに掲載されました。

本研究は、東京理科大学において、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」(研究総括:磯貝 彰 奈良先端科学技術大学院大学 名誉教授)(研究課題名「エピゲノム制御ネットワークの理解に基づく環境ストレス適応力強化および有用バイオマス産生」、研究代表者:関 原明(理化学研究所 環境資源科学研究センター チームリーダー)および文部科学省・新学術領域・科学研究費「植物の成長可塑性を支える環境認識と記憶の自律分散型統御システム」の助成を受けて実施した研究成果です。

<研究の背景>

ヒストン修飾は遺伝子の発現制御に関与する重要なエピジェネティクス指標です。ヒストン修飾の中でも、ヒストンのアセチル化は遺伝子の転写活性化と相関することが知られています。そのヒストン修飾は、環境ストレス応答・記憶や発生・分化過程に重要な役割を果たすことが知られています。そのようなヒストン修飾変化の解析は、生化学的手法やや免疫染色法によって行われてきました。しかし、生化学的手法では細胞集団や組織全体を実験材料とするため、単一細胞レベルでのヒストン修飾変化を解析することはできません。また、免疫染色法では、細胞固定を必要とするため、同一細胞での時系列を追ったヒストン修飾解析を行うことができませんでした。近年、ヒストン修飾を認識する抗体の一部であるミントボディを動物細胞で発現させて、生きた動物細胞において、ヒストン修飾をモニタリングすることが可能になりました。しかし、植物には抗体の遺伝子がないことから、植物細胞内でミントボディを発現させてもヒストン修飾を正常に認識できるかどうか不明でした。

<研究の内容>

本研究グループは、植物細胞内で恒常的に遺伝子発現を誘導するカリフラワーモザイクウイルスのプロモーターに、ヒストンのアセチル化リジン残基を認識するミントボディ遺伝子を組み込み、タバコBY-2培養細胞に発現させました(図1)。このミントボディが植物細胞核内のヒストンのアセチル化リジン残基を認識していることを以下の実験で確認しました。まず、新規に開発したヒストン脱アセチル化酵素阻害剤・Ky-14を用いて、ヒストンのアセチル化リジン残基量を上昇させ、その条件下ではミントボディとアセチル化リジン残基の顕著な相互作用が検出されることを証明しました。次に、細胞分裂をライブセルイメージングにより経時的に解析を行い、ミントボディの核と細胞質における蛍光強度比の変化が、固定細胞を用いた免疫染色のパターンと一致することを見出しました。また、ミントボディを発現した植物細胞では細胞周期に変化がないことから、植物細胞内でも毒性がなく、細胞増殖や細胞分裂に影響を与えないことがわかりました。以上の解析結果から、生きた植物細胞においてミントボディが正常に構造を保持して、抗原であるヒストンのアセチル化リジン残基を認識することを証明しました。
 タバコ細胞は、低温ストレスや塩ストレス注6)時に、ヒストンのアセチル化が上昇することが知られています。そこで、ミントボディ発現・タバコ細胞を用いて、低温や塩ストレス後のアセチル化状態をモニタリングしました。その結果、ストレスを与えてからの時間経過に伴って、ミントボディの蛍光輝度は核内で高くなり、対照的に細胞質では減少しました。ミントボディを用いて単一の植物細胞レベルで低温や塩ストレスによるエピジェネティクス変化を世界で初めて捉えることに成功しました(図2)。

<本研究の社会的貢献>

今回の研究を通じて、植物細胞におけるヒストン修飾イメージング技術を確立しました。植物の環境応答や環境記憶メカニズムを担うエピジェネティクス制御を、ヒストン修飾動態からリアルタイムで解析できるようになります。この技術を用いることで、植物細胞は外部環境の温度変化・湿度変化や物理的障害を、どのくらいの時間で応答し、どのくらいの期間、記憶しているか明らかになると期待されます。
 さらに、動物の抗体の一部であるミントボディは、植物細胞内で産生された後正常な立体構造をとって、抗原を認識する事実が明らかになりました。抗体を持たない植物細胞にとって、明らかに異物であるミントボディを発現させても、速やかなオートファジーによるタンパク質分解が起こりませんでした。このことは、植物細胞が少なくとも抗体の一部には、寛容的なメカニズムを保持していることを示しています。今後はこの植物の抗体寛容の性質を利用して、特異的な抗原を精製する生化学技術や特異的な抗原の細胞内局在を明らかにする細胞生物学技術の開発が進み、植物科学や農学研究が加速することが期待されます。

<参考図>

図1 ミントボディの構造と検出原理

  • (a)ミントボディの遺伝子構造:マウスのモノクローナル抗体由来のVとV遺伝子に蛍光タンパク質GFP遺伝子を連結して、植物ウィルスのプロモーターの下に挿入した。
  • (b)ミントボディによるヒストンアセチル化のモニタリング:今回用いたミントボディはヒストンのアセチル化アミノ酸残基に結合する。低アセチル化状態では核の中に検出されるミントボディの蛍光は少ないが、高アセチル化状態ではミントボディがヒストンのアセチル化リジンを認識して結合するので、核内のミントボディの蛍光が増える。

図2 ミントボディのイメージング像

ミントボディを発現させたタバコ細胞の蛍光イメージング像。2個の細胞が連なっている様子を示している。中央が抜けている丸い領域(細胞核)にヒストンが存在する。低温ストレスを与えてから0(左)、1(中央)、2(右)時間後の像を示す。暖色系の色ほど、蛍光の強度が強いことを示している。ストレス経過に伴って、核内の黄色の部分が赤色に変化していることがわかる。核内のミントボディの蛍光が増えてきていることから、低温ストレスに応答してヒストンのアセチル化が増えていることがわかる。

<用語解説>

注1) エピジェネティクス変化
DNA配列の変化が起こらないにも関わらず、遺伝子発現や表現型が変化する現象。例えば、1卵性双生児(全く同じDNAを持ったヒト)でも育った環境によって性格や体質が異なるのは、エピジェネティクス変化が起こっているためと説明される。
注2) ヒストン修飾
DNAに結合する塩基性タンパク質であるヒストンのアミノ酸残基に起こる化学修飾。ヒストン修飾はエピジェネティクスの指標の1つである。
注3) 細胞内抗体(ミントボディ)

ミントボディは、マウスハイブリドーマ細胞由来の抗ヒストン修飾抗体の重鎖 (V)および軽鎖(V)をコードするcDNAを一本鎖可変断片(single-chain variable fragment、scFV)としてクローニングし、蛍光タンパク質遺伝子配列と結合させた抗体様・人工タンパク質(図1a)。特異的に認識するヒストン修飾のレベルが高いときに、ミントボディは細胞質(発現部位)よりも核(ヒストンの認識部位)に集積するため、ミントボディの核と細胞質における蛍光強度比を解析することで、単一細胞レベルでヒストン修飾をモニタリングすることが可能(図1b)。

注4) ライブセルイメージング

細胞を生きたまま顕微鏡下で観察する技術。

注5) 抗体

特定の物質(抗原)を認識して結合する働きをもつタンパク質。植物には抗体の遺伝子がない。

注6) 塩ストレス
植物は吸水する水分中に塩が一定以上含まれていると、ストレスが生じて成長に影響が出る。

<論文情報>

タイトル “Live imaging of H3K9 acetylation in plant cells”
著者名 Kazuki Kurita, Takuya Sakamoto, Noriyoshi Yagi, Yuki Sakamoto, Akihiro Ito, Norikazu Nishino, Kaori Sako, Minoru Yoshida, Hiroshi Kimura, Motoaki Seki, and Sachihiro Matsunaga* (責任著者)
掲載誌 Scientific Reports
doi 10.1038/srep45894

<お問い合わせ先>

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松永 幸大(マツナガ サチヒロ)
東京理科大学 理工学部 応用生物科学科 教授
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