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平成29年4月7日

京都大学
科学技術振興機構(JST)
慶應義塾大学

記憶や学習に関わる神経伝達物質受容体の新規蛍光標識法を開発

~神経疾患や精神疾患の診断への活用に期待~

ポイント

京都大学 大学院工学研究科の清中 茂樹 准教授、浜地 格 教授らは、脳内にあって記憶の強化や減弱に深く関わる神経伝達物質受容体であるAMPA受容体に蛍光の目印をつけ(蛍光標識)、イメージングで動きを調べることができる新たな手法を開発しました。

AMPA受容体はグルタミン酸受容体の一種であり、記憶の強化や減弱に伴い細胞膜上での発現量が変わることが知られています。記憶の分子メカニズムを詳細に究明するためには、細胞膜上のAMPA受容体に目印をつけてその動きをイメージングによって観察できる技術の開発が不可欠です。これまでに、蛍光たんぱく質(2008年下村 脩先生らのノーベル化学賞)や抗体を使ってAMPA受容体を蛍光標識する技術が開発されていますが、細胞膜上だけでなく細胞内の受容体も標識されてしまい、脳組織への適用ができないといった難点があり、記憶の分子メカニズム解明が滞っている一因となっています。

今回、AMPA受容体を蛍光標識できる新たな有機化合物(ラベル化剤)を開発し、生きた神経細胞や脳組織にも適用できることを見いだしました。このラベル化剤を用いた方法では、細胞膜上にある受容体だけに、その機能を保ったままで蛍光の目印をつけられます。観察の結果、情報伝達を担う神経伝達物質受容体の神経細胞膜上での動きが、従来考えられていたよりもかなり制限されていることを明らかにしました。また、ラベル化剤は小さいため抗体に比べて組織浸透性が高く、これまで蛍光標識が難しかった脳組織の深部にある受容体にも適用できることを実証しました。今後、この分子技術を活用して受容体の異常を調べることで、神経疾患や精神疾患の診断に活用できると期待されます。

論文は2017年4月7日午後6時(日本時間)に英国科学雑誌「Nature Communications」で掲載されます。

本研究成果は、慶應義塾大学 医学部 柚﨑 通介 教授との共同研究の成果であり、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「新機能創出を目指した分子技術の構築」(研究総括:山本 尚 中部大学 教授)研究課題名「生細胞有機化学を基軸としたタンパク質その場解析のための分子技術」の一環として行われました。

<研究の背景>

脳内において、グルタミン酸は記憶や学習に関わる重要な神経伝達物質です。AMPA受容体はグルタミン酸をリガンド注1)として認識し、情報を伝達する神経伝達物質受容体の一種として知られ、記憶の強化や減弱に伴い、細胞膜上での発現量が変わることが知られています。

記憶の分子メカニズムを詳細に究明するためには、細胞膜上のAMPA受容体に蛍光の目印をつけて調べることのできる技術の開発が不可欠です。これまでに、蛍光たんぱく質や抗体を使ってAMPA受容体を蛍光標識する技術が開発されています。しかし、蛍光たんぱく質を用いた方法では細胞内の受容体も標識してしまうため、細胞膜上のAMPA受容体だけを調べることは困難でした。また、抗体を用いた方法では抗体のサイズが大きく(約10ナノメートル)、神経細胞が密集する脳組織の深部に浸透しないため、組織内の受容体の動きを調べることができませんでした。これらの問題点は、現在記憶の解明が滞っている一因となっています。

<研究の内容>

(1)細胞膜に提示されたAMPA受容体だけを蛍光標識

本研究では、AMPA受容体に対して蛍光の目印をつけられる新たな有機化合物(ラベル化剤)を開発し、生きた神経細胞や脳組織にも適用できることを見いだしました。AMPA受容体を発現させたがん細胞株にこのラベル化剤を振りかけたところ、細胞膜を透過せず、細胞膜上に提示された受容体だけに目印をつけられることが分かりました(図1)。また、受容体は蛍光標識後も正常な活性を持つことが確かめられ、本来の機能を備えた受容体の動きを調べられることが分かりました。

(2)培養神経細胞におけるAMPA受容体の運動性を解析

次に、AMPA受容体を天然に発現している培養神経細胞に、開発したラベル化剤を適用しました。ラベル化剤を添加した神経細胞からは、AMPA受容体がシナプス(神経細胞の接合点)に集積して存在する様子を蛍光観察で明確に捉えることができました(図2)。また、蛍光標識したAMPA受容体の運動性を光褪色後蛍光回復法(FRAP法)と呼ばれる蛍光色素の褪色を利用した手法で解析した結果、シナプス膜上で運動が抑制されたAMPA受容体の比率が、従来考えられているよりずっと多いことが明らかになりました。今まで、AMPA受容体の動態解析には蛍光たんぱく質を利用した標識が主に用いられてきましたが、この手法では膜上だけでなく細胞内の受容体も標識されていました。本研究で開発した手法は細胞膜上の受容体だけを標識するため、AMPA受容体本来の運動性を正確に解析できたと考えられます。

(3)脳組織深部のAMPA受容体を蛍光標識

脳内におけるAMPA受容体本来の役割を正しく理解するためには、脳組織から神経細胞を取り出して人工的に調製した培養神経細胞だけでなく、脳組織内の受容体を調べることが必須です。しかし、脳組織は神経細胞や多くの非神経細胞(グリア細胞)が密集することで形成され、脳組織中は密集度が非常に高い環境にあることが知られています。従来の抗体を用いた蛍光標識法ではサイズの大きな抗体(約10ナノメートル)が深くまで浸透せず、組織の深部にある受容体を調べることができませんでした。一方、今回開発したラベル化剤はサイズの小さい有機化合物(1ナノメートル未満)であるため、浸透性を持つことが期待されました。実際にラベル化剤を脳組織に添加すると、よく浸透し深部の受容体にも蛍光の目印をつけることができました(図3)。以上、本研究で開発した手法は脳組織内のAMPA受容体を調べる際にも非常に有用であることが分かりました。

<今後の予定>

従来の問題点を克服した本手法が広く用いられることで、神経細胞におけるAMPA受容体の機能解明ひいては記憶の分子メカニズム解明が大きく加速し、前進すると期待されます。また、AMPA受容体は神経疾患や精神疾患に関連することが分かってきており、本手法を用いてAMPA受容体の異常を調べることで、それら疾患の原因解明や新たな診断方法として活用できると期待されます。

<参考図>

図1 新たに開発した有機化合物によるAMPA受容体の蛍光標識

  • a)AMPA受容体蛍光標識戦略の模式図
  • b)AMPA受容体を発現させたがん細胞株にラベル化剤を添加し、洗浄した際の顕微鏡観察結果

図2 神経細胞に発現するAMPA受容体の標識と解析

  • a)神経細胞の末端にあるシナプスに集積する、AMPA受容体の顕微鏡観察結果
  • b)本研究で明らかになったシナプス膜上に存在するAMPA受容体の運動性。従来考えられていたよりも運動が抑制されたAMPA受容体の比率が明らかとなった。AMPA受容体は足場タンパク質と強く相互作用してその運動性が抑制されていると考えられる

図3 脳組織のAMPA受容体をラベル化剤および抗体を用いて蛍光標識した際の、組織表面および組織深部の蛍光画像

<用語解説>

注1) リガンド
特定の受容体と結合する化学物質の総称。リガンドの中でも、受容体を活性化するリガンドと不活性化するリガンドが存在する。

<論文情報>

タイトル Chemical labeling for visualizing native AMPA receptors in live neurons
著者名 若山 翔、清中 茂樹、荒井 格、掛川 渉、松田 信爾、井端 啓二、根本 悠宇里、楠見 明弘、 柚﨑 通介、浜地 格
掲載誌 Nature Communications
doi 10.1038/ncomms14850

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

清中 茂樹(キヨナカ シゲキ)
京都大学 大学院工学研究科 合成・生物化学専攻 准教授
〒615-8510 京都府京都市西京区京都大学桂 A4-332
Tel:075-383-2755 Fax:075-383-2759
E-mail:

浜地 格(ハマチ イタル)
京都大学 大学院工学研究科合成・生物化学専攻 教授
〒615-8510 京都府京都市西京区京都大学桂 A4-331
Tel:075-383-2754 Fax:075-383-2759
E-mail:

柚﨑 通介(ユザキ ミチスケ)
慶應義塾大学 医学部生理学 教授
〒160-8582 東京都新宿区信濃町35
Tel:03-5363-3749 Fax:03-3359-0437
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<JST事業に関すること>

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慶應義塾大学 信濃町キャンパス 総務課
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