ポイント
- 連動型地震を生じた典型例と考えられてきたエクアドル・コロンビア沈み込み帯において、連動型地震モデルを否定する新たな大地震発生モデルを提案。
- 日本にも津波の影響を及ぼしうる巨大地震であった1906年エクアドル・コロンビア地震の規模と地震すべり分布を、定量的な津波波形データによって初めて推定。
名古屋大学 大学院環境学研究科(研究科長:岡本 耕平)の吉本 昌弘(ヨシモト マサヒロ)研究員をはじめとする、同大 大学院 環境学研究科(熊谷 博之(クマガイ ヒロユキ) 教授、前田 裕太(マエダ ユウタ) 助教)、エクアドル地球物理学研究所、コロンビア地質調査所及び海洋研究開発機構の研究グループらは、地震の発生やその連動を考える上で重要な役割を果たしてきたエクアドル・コロンビア沈み込み帯における新たな大地震発生モデルを提案しました。
南海トラフで考えられているように、大地震は個別の領域を破壊する場合と、複数の領域を連動破壊して巨大地震となる場合があります。エクアドル・コロンビア沈み込み帯は、その両方のケースを地震観測データが利用可能な期間で経験したため、連動型地震の最も典型的な例の1つとして地震学者の関心を集めた地域でした。この沈み込み帯では、マグニチュード(Mw)7後半クラスの3つの大地震が1942年、1958年、1979年に発生しました。さらに、1906年にこの沈み込み帯で記録上最も大きな地震が発生しており、1906年の地震はこれら3つの大地震の領域を全て破壊した巨大地震(Mw8.8)であったと考えられてきました。しかしながら、これら3つの大地震のエネルギーを足し合わせても、1906年に起きた巨大地震の数分の1の地震のエネルギーにしかなりません。そのため、複数の地震発生領域が同時に破壊すると、単純にそれぞれの領域を破壊した時よりもずっと多量のエネルギーを出すという大地震の発生モデルが1980年代に提案され、その後の地震学の研究に影響を与えました。
今回、吉本 昌弘らの研究グループは、2016年4月にエクアドル・コロンビア沈み込み帯で発生した大地震(Mw7.7)の地震波解析と1906年の巨大地震の津波解析を行いました。その結果、1906年の地震は従来考えられてきたように3つの地震の領域を全て破壊して多量のエネルギーを出した連動型地震ではなく、これら3つの地震よりも浅い側(海溝側)を破壊したより規模の小さい地震(Mw8.4)であったことがわかりました。本研究によって、沈み込む深さ方向に2つの破壊様式を示すこの沈み込み帯の新たな大地震発生モデルが提案されました。
この研究成果は、米国科学誌「Geophysical Research Letters」に掲載されました。本研究は、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)の地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「コロンビアにおける地震・津波・火山災害の軽減技術に関する研究開発」による研究事業の一環で行われました。
<研究の背景>
南海トラフで知られているように、大地震は個別の領域を破壊する場合と、複数の領域を連動破壊して巨大地震となる場合があります。エクアドル・コロンビア沈み込み帯は、その両方のケースを地震観測データが利用可能な期間で経験したため、連動型地震の最も典型的な例の1つとして地震学者の関心を集めた地域でした。この沈み込み帯では、3つの大地震(1942年Mw7.8,1958年Mw7.7,1979年Mw8.1)が発生しました(図1)。さらに、1906年にこの沈み込み帯で記録上最も大きな地震が発生しており、1906年の地震はこれら3つの大地震の領域を全て破壊した巨大地震(Mw8.8)であったと考えられてきました。しかしながら、これら3つの大地震のエネルギーを足し合わせても、1906年の巨大地震の数分の1のエネルギーにしかなりません。そのため、複数の地震発生領域が同時に破壊されると、それぞれの領域の周辺も地震すべりに関与して、単純にそれぞれの領域を破壊した時よりもずっと多量のエネルギーを出すという大地震発生モデルが1980年代に提案され、その後の地震学の研究に影響を与えました。
一方で、1906年の地震が本当にこのモデルのような巨大地震であったのか疑問を呈する研究もありました。そこで本研究では、2016年4月に発生した大地震(Mw7.7)とその余震の地震波形の解析と、1906年の巨大地震の津波波形の解析を行い、この沈み込み帯での大地震の破壊履歴を調査しました。
<研究の内容>
エクアドル国内の広帯域地震計と広帯域強震計注1)の観測網(図2a)及び遠地の広帯域地震観測網を用いて、2016年に発生した大地震(Mw7.7)のすべり分布の解析と余震のCMT解析注2)を行いました。その結果、この地震の余震分布は1942年の大地震の余震分布とほぼ同じ分布であり(図2b及びd)、本震の規模も1942年と同程度であることがわかりました。また、2016年の地震のすべり量はこの領域で推定されていたプレート間の固着(図2c)から計算されるすべり欠損注3)とも整合的であったことから、2016年の地震は1942年の地震とほぼ同じ領域を破壊した地震であったことがわかりました。
2016年の地震が1942年の地震の領域を繰り返し破壊したとすると、その再来間隔は74年になります。1906年の巨大地震が従来考えられてきたように1942年の地震の領域を破壊していたとすると、1942年の地震はわずか36年(推定された再来間隔74年のおよそ半分)という間隔で2016年の地震と同規模の大地震を起こしてしまったという矛盾が生じます。
そのため、次に1906年の巨大地震の津波波形の解析を行い、この地震がどの程度の規模でどの領域で地震すべりがあったのか推定を行いました。古い地震のため遠地の津波波形データしか使用できなかったので、地球の弾性等を考慮した遠地津波を正確に計算できる新たな津波計算法注4)を用いて津波計算を行いました。解析の結果、1906年の地震の規模はMw8.4で、従来考えられていたよりも小さい地震であったことがわかりました。さらにこの地震と過去の大地震の破壊領域を比べてみると、双方の領域は重なっておらず、1906年の地震は3つの地震よりも浅い側(海溝側)を破壊した地震であったことがわかりました(図3)。つまり1906年の地震は、従来考えられてきたように3つの地震の領域を全て破壊して多量のエネルギーを出した地震ではなく、これら3つの地震とは全く別の地震であったことがわかりました。本研究によって、海溝側では1906年のMw8.4の地震を、深部側では個別の領域を破壊するMw7後半クラスの地震を起こすという、沈み込む深さ方向に2つの破壊様式を示す新たなモデルが提案されました。このモデルに基づくと1906年の地震は1942年の領域を破壊しておらず、再来間隔の矛盾をうまく説明することができます。
<成果の意義>
本研究によって初めて、定量的な津波波形データによる1906年の地震の規模と地震すべりの分布の推定がなされました。その結果、この地震は従来考えられていたような3つの大地震の領域を全て破壊して多量のエネルギーを出した巨大地震(Mw8.8)ではなく、3つの大地震よりも浅い側(海溝側)を破壊したより規模の小さい地震(Mw8.4)であったことがわかりました。連動型地震の最も典型的な例の1つとされてきたエクアドル・コロンビア沈み込み帯で連動型地震モデルに疑問符が付けられたことは、今後の大地震の発生や連動メカニズムを考える上で重要な意義があると考えられます。今後さらに他の地域の古い地震に関しても同様の調査が行われることで、これらのメカニズムに関する理解の深まりが期待されます。
津波は断層の走向方向と直交する方向に振幅が大きくなる性質があるため、遠く南米で発生した大地震による津波でも日本へ被害をもたらすことがあります。例えば2010年に南米チリで発生した巨大地震(Mw8.8)では、実際に最大1m強の津波が観測されました。当時、気象庁によって大津波警報(高いところで3m程度以上の津波)が出されましたが、実際に観測された津波の高さは予測よりも小さく、予測精度の向上が課題となっていました。従来考えられてきた1906年の地震の規模(Mw8.8)と本研究で新たに推定された規模(Mw8.4)の地震が生じた際の、日本で予想される津波高さの分布を図4に示しています。予想される津波高さは最大で3倍程度異なることがわかります。気象庁の遠地地震による津波予測に使用されるデータベースは、過去に発生した地震を参考に作られているため、遠地での大地震の正確な震源モデルの推定は、日本での津波予測の精度向上につながると期待されます。
<参考図>
図1
(a)今回の解析対象であるエクアドル・コロンビア沈み込み帯の位置(図の赤い星)。(b)エクアドル・コロンビア沈み込み帯における、従来考えられてきた大地震の震源域の模式図。これまで1906年の地震は1942年、1958年、1979年の領域を連動破壊してMw8.8の巨大地震となったと考えられてきた。
図2
- (a)CMT解析に使用した広帯域地震観測点。赤い三角が広帯域強震計。緑の三角が通常の広帯域地震計。2016年の本震時は、強震動によって通常の広帯域地震計は全て振り切れていたため、広帯域強震計を用いて解析を行った。黒い四角の枠は、図2(b)-(d)の領域を示している。
- (b)2016年の本震のCMT解(赤い等高線中心付近のビーチボール)と地震時のすべり分布(赤い等高線。すべり量0.4m間隔で引かれている)、及び余震(Mw>4.5)のCMT解(赤い等高線周りのビーチボール)の分布。赤い点は余震(M>4.0)の震央位置を示す。
- (c)先行研究によって推定されたプレート間固着の分布。強く固着している領域を赤で示している。2016年地震で破壊した領域はC3のパッチに相当する。
- (d)先行研究によって推定された1942年のCMT解(黒のビーチボール)と余震(黒い点)の分布。2016年の余震分布の広がりと良く一致し、2016年と1942年はともにC3の領域を破壊した地震であったと考えられる。図は発表論文であるYoshimoto et al. (2017) のFigure 1より引用。
図3
1906年の巨大地震の地震時すべり分布(暖色系の色で塗られた四角形)と過去の大地震(1958年、1979年、2016年)との比較。青い等高線は図2(c)のプレート間固着の分布を示している。2016年の地震(赤い等高線)はC3の領域に対応し、1942年地震も同様のC3領域を破壊したと考えられる。余震のCMT解を赤いビーチボールで示しており、C2とC4の領域に対応する。1958年の地震(緑のビーチボール)はC5の領域に対応し、余震を緑の星で示している。1979年の地震(ピンクのビーチボール)はC6以北の領域を破壊したと考えられる。1906年の地震はこれら大地震のさらに海溝(三角付きの黒い線)側で大きな地震すべりがあったことが本研究によって推定された。図は発表論文であるYoshimoto et al. (2017) のFigure 4より引用。
図4
1906年に起きた巨大地震による日本での津波高さ予測。左が本研究で新たに推定されたMw8.4のモデルによる津波高さ予測、右が従来考えられてきたMw8.8による津波高さ予測。赤いところほど大きな津波が到達することを示している。従来のモデルでは津波高さが2倍から3倍程度大きくなっている。Mw8.8のモデルには発表論文であるYoshimoto et al. (2017)のFigure 2aのMw8.8一様すべりモデルを使用。
<用語解説>
- 注1) 広帯域地震計と広帯域強震計
- 広帯域地震計は、地震動を速い振動から非常にゆっくりとした振動まで幅広い周波数帯にわたって記録できるように設計された地震計です。しかしながら、近地で大地震が発生した場合は、強震動によって振り切れてしまうという問題があります。広帯域強震計は幅広い周波数帯域をカバーしつつ、強震動によっても振り切れずに地震動を記録できるという優れた特徴があります。
- 注2) CMT解析
- CMTは、セントロイドモーメントテンソルの略で、観測された地震波形を最も良く説明する地震の重心位置(セントロイド)とモーメントテンソル(断層の向きや地震すべりの方向、大きさを示すパラメータ)を解析によって推定します。地震学では断層のメカニズムをビーチボールで表します。ビーチボールの詳細な見方や意味については、気象庁の発震機構解と断層面のページなどを参考にしてください。
- (http://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/mech/kaisetu/mechkaisetu2.html).
- 注3) すべり欠損
- プレート境界地震は、プレート同士が固着することで応力を蓄積し、それが限界に達した時に起こると考えられています。プレートの相対的平均速度から期待される相対変位量から実際の相対変位量を差し引いた量をすべり欠損と呼びます。
- 注4) 遠地津波を正確に計算できる新たな津波計算法
- 2010年チリ地震が発生した際に、太平洋の対岸から伝播した遠地津波が、理論的に計算された津波波形よりも遅れて到達したということが問題となりました。近年その原因が、従来は計算に考慮していなかった地球の弾性や海水の圧縮性、津波伝播に伴う質量移動による重力場の変動によって生じていることが明らかになり、それらを考慮する津波計算法も提案されました。これにより、遠地津波の到達時刻を正確に予測可能になっただけでなく、遠地津波波形を利用した地震すべり分布の推定もより正確に行えるようになりました。詳しくは東京大学地震研究所ニュースレターを参考にしてください。
- (http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/old/wp-content/uploads/2014/06/ERI-nl-plus_No23.pdf).
<論文情報>
(名古屋大学の研究グループの著者を太字+下線で示してあります)
タイトル |
“Depth-dependent rupture mode along the Ecuador-Colombia subduction zone” |
著者名 |
M. Yoshimoto, H. Kumagai, W. Acero, G. Ponce, F. Vasconez, S. Arrais, M. Ruiz, A. Alvarado, P.P. Gracia, V. Dionicio, O. Chamorro, Y. Maeda, M. Nakano
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掲載誌 |
Geophysical Research Letters |
doi |
10.1002/2016GL071929 |
<お問い合わせ先>
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名古屋大学 大学院環境学研究科 教授
Tel:052-789-3651 Fax:052-789-3013
E-mail:
<JST事業に関すること>
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〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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<JICAの事業に関すること>
国際協力機構(JICA) 広報室報道課
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