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平成29年3月20日

広島大学
科学技術振興機構(JST)

ゲノム編集技術などによる遺伝子組換え微生物の
安全性を高める技術を開発

ポイント

広島大学 大学院先端物質科学研究科の廣田 隆一 助教、黒田 章夫 教授らの研究グループは、亜リン酸注1)という自然界にはほとんど存在しないリン化合物を利用し、組換え微生物の利用の安全性を高めるための生物学的封じ込め技術を開発しました。

現在、ゲノム編集技術などの遺伝子工学技術の急速な発展によって、優れた機能を持つ微生物の作製が次々と可能になっています。しかし、この様な微生物が意図せず実験室環境から漏出した際のリスクを低減するような技術の開発はあまり行われていませんでした。研究グループは、大腸菌をモデルとして生物の必須栄養素であるリンの代謝系を遺伝的に改変し、亜リン酸という化合物がないと生存できない性質を作り出すことに成功しました。

本成果は、再生エネルギーや有用物質を高生産できる有用微細藻類注2)を、屋外で封じ込められる培養などを可能にし、バイオテクノロジーの安全な利用による低炭素社会の形成に貢献することが期待されます。また将来的には、微生物間交雑など外的要因に対する封じ込め機能の安全性を検証し、ワクチン、抗炎症機能を持つプロバイオティクスや、汚染環境を浄化する機能を持つ微生物などの安全な利用に貢献できると期待されています。

本研究成果は、ロンドン時間の2017年3月20日午前10時(日本時間:2017年3月20日午後7時)に英国科学誌「Scientific Reports」のオンライン速報版で公開されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)、JSPS科研費16K14889の一環で行われました。

<研究の背景と経緯>

現在、遺伝子工学技術によって有用な微生物株が開発され、既にさまざまな産業分野で利用されています。さらに、ゲノム編集技術をはじめとする高度な遺伝子工学技術の発展により、従来の遺伝子工学技術だけではなし得なかった、高度に遺伝子改変された微生物株の作製も可能になってきています。しかし、遺伝子組換え微生物を利用する際の安全性を確保するための技術開発はあまり行われていませんでした。生物学的封じ込め注3)とは、遺伝子組換え微生物が実験室環境から意図せず漏出した場合に備え、宿主微生物が自然環境中では生存できないような性質をあらかじめ与えておく技術です。従来のビタミンやアミノ酸などの栄養源に対する要求性や、自殺遺伝子などによる生物学的封じ込めでは、封じ込めから逃れる変異体が出現しやすいなどの問題があったため、より効果の高い手法の開発が求められていました。

<研究の内容>

リンはあらゆる生物が必要とする栄養素であり、通常の生物はリン酸(HPO2-)をリン源として利用します。研究グループは、ほとんどの生物が利用する事ができない亜リン酸(HPO2-)を利用することができる特殊な微生物の機能に着目し、リンの代謝経路を改変することによって、亜リン酸だけしか利用できない性質を作り出すことに成功しました。作製した大腸菌のモデル株は、亜リン酸が得られない条件では全く増殖できず、2週間後には生存率が1億分の1以下になることが明らかにされました。また、約5兆匹の大腸菌モデル株を亜リン酸が含まれない培地で3週間にわたって培養し、封じ込めから逃れる変異株が出現する可能性について調べたところ、1匹も出現しないことが分かりました。これは世界最高レベルの封じ込め効果であり、非常に強固な封じ込め効果が得られていることを意味します。

大腸菌における封じ込め株の作製は、約10個の遺伝子改変により可能であり、同程度の封じ込め効果を得るために開発された既存の手法と比べると極めてシンプルです。また、亜リン酸の価格は非常に安価であることから、高い封じ込め効果と実用性、経済性を兼ね備えた微生物の封じ込め手法として利用できると期待されます。

<今後の展開>

組換え微生物を用いたバイオプロセスでは、閉鎖的な反応槽を用いた場合でも大量に微生物を使用する場合には、漏出などのリスクに備えた措置を取ることが求められます。この手法により宿主微生物の安全性を大きく高めることで、リスク措置の簡便化が可能になり、プロセスの経済性が向上し、多くのバイオプロセスの実用化に貢献できます。将来的には、微生物間の交雑などに対する安全性を高めていくことで、医療用途に開発されているプロバイオティクス、屋外で培養される有用微細藻類、環境浄化機能を搭載した微生物株など、閉鎖的な環境外での安全な組換え微生物利用の実現に貢献できる可能性があります。

<参考図>

図1 亜リン酸を利用した大腸菌封じ込め株RN1008の作製

大腸菌においては内在性の4つのリン酸トランスポーター(PitA、PitB、Phn、Pst)と3つのリン酸化合物(リン酸エステル類)トランスポーター(UhpT、UgpB、GlpT)を破壊し、リン酸を透過せず亜リン酸を輸送するHtxBCDEと亜リン酸デヒドロゲナーゼ(PtxD)を導入することで亜リン酸に生育を依存する封じ込め株の作製が可能となる。

図2 大腸菌封じ込め株RN1008の種々の培地における増殖と生存率変化

リン酸をリン源とする培地(LB、2xYT、Terrific broth、MOPS-リン酸培地)、土壌および動物血清由来のリン成分をリン源とした培地(土壌抽出液培地、血清培地A、B)では、大腸菌封じ込め株RN1008は全く増殖できず、亜リン酸を含むMOPS培地でのみ増殖可能であった。

図3 大腸菌封じ込め株RN1008の生存変化

亜リン酸を含む培地(MOPS-亜リン酸培地)、亜リン酸を含まない培地(2xYT培地)でRN1008を培養し、1日毎に亜リン酸を含む固形培地でコロニー数を計測し、生存の変化を調べた。亜リン酸を含まない培地では生細胞数が低下し、2週間後にはほぼ検出されなくなった。

<用語解説>

注1) 亜リン酸
化学式HPOで表される+3価の無機リン化合物。自然環境中では検出限界値以下であり、常温常圧では酸化されやすくリン酸となる。
注2) 有用微細藻類
バイオ燃料や医薬品の原料として用いられる油脂などの有用物質を生産する微細藻類。光エネルギーによって二酸化炭素(CO)を直接変換することが可能であるため、CO削減に貢献する持続可能な物質生産システムとして注目されている。遺伝子組換えによって、野生株では不可能であった高価な化合物の生産や、生産性を大幅に高めた株の開発が可能になっている。
注3) 生物学的封じ込め
遺伝子組換え生物が環境中に拡散することを防止するために採られる手法のひとつ。特定の栄養源に依存する性質を遺伝的に与え、その物質が得られないと増殖できないようにする受動的なものや、特定の条件になると毒素を作り出し死滅するような能動的な封じ込め手法がある。組換え体を物理的に容器や設備内に閉じ込める物理的封じ込めとともに、安全性を確保するための手段として用いられる。

<論文情報>

タイトル A Novel Biocontainment Strategy Makes Bacterial Growth and Survival Dependent on Phosphite
(亜リン酸の要求性による新規生物学的封じ込め手法)
著者名 Ryuichi Hirota、Kenji Abe、Zen-ichiro Katsuura、Reiji Noguchi、Shigeaki Moribe、Kei Motomura、Takenori Ishida、Maxym Alexandrov、Hisakage Funabashi、Takeshi Ikeda、Akio Kuroda
掲載誌 Scientific Reports
doi 10.1038/srep44748

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

廣田 隆一(ヒロタ リュウイチ)
広島大学 大学院先端物質科学研究科 助教
〒739-8530 広島県東広島市鏡山1-3-1
Tel:082-424-7749 Fax:082-424-7047
E-mail:

<JST事業に関すること>

吉田 秀紀(ヨシダ ヒデキ)
科学技術振興機構 環境エネルギー研究開発推進部 低炭素研究担当
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3543 Fax:03-3512-3533
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<報道担当>

広島大学 社会産学連携室 広報部 広報グループ
〒739-8511 広島県東広島市鏡山1−3−2
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科学技術振興機構 広報課
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