JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成29年1月16日

北海道大学
科学技術振興機構(JST)
内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

金属よりも丈夫な柔軟複合材料「繊維強化ゲル」を開発

ポイント

内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の伊藤 耕三 プログラム・マネージャーの研究開発プログラムの一環として、北海道大学 大学院先端生命科学研究院の龔(グン)教授らのグループは、水を大量に含んだゼリー状の材料であるハイドロゲル注1)ガラス繊維注2)の織物と複合させることによって、丈夫さを誇る「繊維強化ゲル」の創製に成功しました。繊維強化ゲルは、曲げやすい柔軟な材料であるにもかかわらず、金属をも凌駕する強靭性を有しています。繊維強化ゲルのタフネス(破壊に必要なエネルギー)は、ゲル単体の100倍、織物単体の25倍にもなり、両者の性質の相乗効果によって極めて強靭化しています。また、複合にゲルではなくゴムを用いることで、強靭な繊維強化ゴムを合成することも可能です。得られた材料は、超強靭なゲルシートとして生体材料や服飾用途への利用が可能と期待されます。本成果は、「柔軟な複合材料注3)」という新規材料分野の開拓につながるものです。

本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT) https://www.jst.go.jp/impact/

プログラム・マネージャー 伊藤 耕三
研究開発プログラム 超薄膜化・強靱化「しなやかなタフポリマー」の実現
研究開発課題 タフポリマーの実現に向けた高靱性ゲルの創製と破壊機構の解明
研究開発責任者 龔(グン) 剣萍(北海道大学 大学院先端生命科学研究院 教授
研究期間 平成26年10月~平成30年3月

本研究開発課題では、モデルソフトマテリアルズを用いて、高分子ゲルやエラストマーなどのポリマー材料の高タフネス化の設計指針を確立し、それを実材料に応用することによって、高タフネスを有するポリマー材料を創製することに取り組んでいます。

<伊藤 耕三 プログラム・マネージャーのコメント>

PM

本研究チームでは、タフポリマーの効率的開発に有用な材料設計指針確立を目指して、自らが提唱する「犠牲結合原理」に基づき、強靭性ゲルの創製と破壊機構の分子論的解明に取り組んでいます。今回の成果は、内部に多量のイオン結合を含むポリアンフォライト(PA)ゲルの破壊機構解明と犠牲結合の最適化を進める中で、ガラス繊維との複合化によって両成分の相乗効果を生み出した結果、金属をも上回る驚異的な強靱性を実現した画期的なものです。今後、このような強靱化の手法やメカニズムが、本プログラムにとっての重要な基礎技術になると共に、医療用材料や工業用材料など幅広い応用展開につながることを期待しています。

<研究の背景>

昨今、環境や社会に優しい材料の創出に向けてさまざまな取り組みが行われています。中でも、多種の素材を組み合わせて得られる複合材料は、互いの長所を併せ持つ優れた材料として期待されています。例えば、軽量なプラスチックを引っ張りに強いガラス繊維や炭素繊維と複合させることで、繊維強化プラスチック(FRP)を得ることができます。FRPは、プラスチックの軽量さ、しなやかさと繊維の硬さ、強さを併せ持った、軽くて丈夫な材料であり、金属に代わる次世代の構造材料として大きな期待を寄せられています。スポーツ用品、船体、自動車部品などのほか、近年では飛行機の主翼にも使用されており、これによって飛行機の軽量化と燃費の大幅な向上が実現されました。

一方、ハイドロゲルは網目状につながったポリマーが多量の水を含んだ、ゼリー状の物質です。われわれ人間のからだは60%が水で構成されていることから、水を含んだ材料であるハイドロゲルは生体となじみが良い材料として特に医療面から期待されており、人工組織、再生医療の基材など医療材料としての用途が広く検討されています。また、ハイドロゲルはその大部分が水であり、資源の面から環境に優しい材料でもあります。しかし、従来のハイドロゲルは水を大量に含んでいるためにもろく、実際の材料としての使用は(コンタクトレンズなどごく限られたものを除き)困難でした。本問題を解決するために、大量の水を含みながらも丈夫なハイドロゲルの開発が世界的に進められています。この分野では日本が世界をリードしており、これまでに、東京大学の伊藤らによる環動ゲル注4)、川村理化学研究所の原口(当時。現:日本大学)らによるナノコンポジットゲル注5)、北海道大学の龔らによるダブルネットワークゲル注6)・ポリアンフォライトゲルなどが開発されています。特にポリアンフォライトゲル(PA)ゲルは、負電荷を有するモノマーと正電荷を有するモノマーを1:1で共重合させて得られるゲルであり、内部に多量のイオン結合注7)を有することで、強靭性、自己修復性、生体やガラスとの接着性などを有する優れた材料となっています。しかし、これら高強度ゲルの研究は着実に進歩しているものの、構造材料として長期間使用できるほどの信頼性を備えるゲルは未だに開発されていません。

<研究手法・研究成果>

龔教授らのグループは、新たなハイドロゲルの強靭化手法として繊維強化プラスチックの手法に着目し、ゲルと繊維の複合による強靭化に挑戦しました。その中で、ゲルマトリックスとして上記のポリアンフォライト(PA)ゲル、強化材として直径10µm程度のガラス繊維からなる織物を用いた場合に、未だかつてないほど丈夫な柔軟材料「繊維強化ゲル」を得ることができました(図上)。この繊維強化ゲルは、ガラス繊維の織物をゲル化溶液に含浸させ、重合するというシンプルな合成法で得ることが可能であり、合成に複雑なプロセスを必要としません。本材料は、自由に曲げられることのできる柔軟性を保ちつつ、引裂破壊エネルギー注8)500kJ/mという驚異的な超強靭性を有しています。これは、強靭な固体として知られる炭素鋼(破壊エネルギー1-100kJ/m程度)やガラス繊維強化プラスチック(破壊エネルギー10kJ/m程度)を凌駕するものです。繊維強化ゲルの引裂破壊エネルギーは、ガラス繊維織物単体の引裂破壊エネルギー20kJ/mと比較しておよそ25倍、PAゲル単体の4kJ/mに対して100倍もの値であり、繊維強化ゲルが単なる両成分の足し合わせではなく、両者の相乗効果によって強靭化していることが分かります(図左下)。特筆すべき点として、本繊維強化ゲルはこれほどの強靭性を、体積比にして40%もの水を含みながら実現しています。

本繊維強化ゲルの超強靭化メカニズムには、PAゲルの特徴であるイオン結合が大きくかかわっています(図右下)。繊維強化ゲルを電子顕微鏡で観察すると、PAゲルとガラス繊維が複合ゲル内部で強く粘着していることが分かりました。これは、ガラス繊維表面の負電荷とPAゲル内部の正電荷がイオン性相互作用を形成したためと考えられます。また、先に述べたようにPAゲル自身も多量のイオン結合を含んでいます。このような繊維強化ゲルに亀裂を進めようとすると、亀裂の周辺においてゲルが大きく変形し、またガラス繊維がゲルから引き抜かれます。この際、極めて多量のイオン結合を壊す必要があるので、繊維強化ゲルの破壊には極めて大きなエネルギーが必要になる(すなわち、タフになる)のです。この強靭化メカニズム仮説を補強するものとして、PAゲル内部のイオン結合強度を調整すると、ゲルのタフネスと繊維強化ゲルのタフネスが連動して変化するという実験結果が得られています。

この繊維強化ゲルのメカニズムを応用し、ゴムとガラス繊維を複合させることによって、強靭な繊維強化ゴムを作成することも可能になると期待されます。予備的に、シリコーンゴムとガラス繊維織物を複合させたところ、引裂破壊エネルギー200kJ/mを有する強靭な繊維強化ゴムを得ることができました。

<今後への期待>

「繊維強化ゲル」は、高い柔軟性を保ちつつも金属を凌駕するほどの強靭性を有している、かつてない性質を有する材料です。また本ゲルには水が40%も含まれていることから、省資源の面からも注目すべき材料であるといえます。本材料は、高信頼性・耐久性の柔軟材料として多様な応用が期待されています。例えば、人工靭帯・腱など、極めて強い力が掛かる生体組織の代替材料、丈夫な柔軟シートとしての服飾、工業用材料などの用途が考えられます。本研究で発見した「繊維強化ゲル」の高靱性原理をゴムなどほかのソフトマテリアルに適用することで、既存のゴムを凌駕するしなやかでタフな材料創製が期待できます。

<参考図>

(上)ポリアンフォライト(PA)ゲルおよびガラス繊維織物を複合させることで、柔軟で超強靭な繊維強化ゲルが得られる。(左下)繊維強化ゲルの引裂試験結果。繊維強化ゲルの引裂には、単体のゲルや織物よりもはるかに大きな力・エネルギーが必要になる。(右下)繊維強化ゲルでは、ゲル―繊維間およびゲル内部に多くのイオン結合が存在しており、これらが複合材料の強靭性を大きく向上させている。

<用語解説>

注1) ハイドロゲル
網目状の高分子の内部に水を含んだ材料のこと。身近な例でいうと、ゼリー、こんにゃく、ソフトコンタクトレンズなどはハイドロゲルである。
注2) ガラス繊維
ガラスを細い繊維状にしたもので、グラスファイバーとも呼ばれる。そのまま断熱材やフィルターとして使われるほか、プラスチックと混合することで、丈夫な繊維強化プラスチックを得ることができる。
注3) 複合材料
2種類以上の素材を組み合わせることで、単一の素材では実現できない特性を持った材料のこと。複合材料の代表例である鉄筋コンクリートは、引っ張りに強い鉄筋と、圧縮に強いコンクリートを組み合わせることで、引っ張りにも圧縮にも耐えられる丈夫さを持っている。
注4) 環動ゲル
滑車のように動く分子によって高分子を架橋した丈夫なゲル。滑車のすべり効果によりゲルに加わった力を分散させることができる。
注5) ナノコンポジットゲル
水に溶ける高分子を、クレイ(粘土の微粒子)によって架橋して得られた丈夫なゲル。高分子とクレイとの吸着によって高い強度を示す。
注6) ダブルネットワークゲル
もろい高分子網目と柔軟な高分子網目を複合させることで得られた丈夫なゲル。2重網目構造が効率的に力の集中を防ぐため、極めて壊れにくいゲルとなっている。
注7) イオン結合
+の電荷(イオン)と-の電荷との間の引力による結合。例えば、食塩の中でナトリウムと塩化物イオンを結び付けているのはイオン結合である。
注8) 引裂破壊エネルギー
材料を引き裂き、1平方メートルの破断面を形成させるのに必要なエネルギー。材料の壊れにくさ(丈夫さ、タフネス)の指標としてよく用いられる。炭素鋼とガラス繊維強化プラスチックの破壊エネルギーの値は、Michael F.Ashby著、“Materials Selection in Mechanical Design,3rd Edition”(エルゼビア社)より引用。

<論文情報>

タイトル Energy-Dissipative Matrices Enable Synergistic Toughening in Fabric Reinforced Soft Composites
(エネルギー散逸能を有するマトリックスは、繊維強化柔軟材料を相乗的に強靭化する)
著者名 Yiwan Huang (黄 以万)1、Daniel R. King2、3、Tao Lin Sun(孫 桃林)2、3、野々山 貴行2、3、黒川 孝幸2、3、中島 祐2、3、龔 剣萍2、3(1北海道大学 大学院生命科学院、2北海道大学 大学院先端生命科学研究院、3北海道大学 国際連携研究教育局)
掲載誌 Advanced Functional Materials
doi 10.1002/adfm.201605350

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

龔 剣萍(グン チェンビン)
北海道大学 大学院先端生命科学研究院 教授 
〒001-0021 札幌市北区北21条西11丁目
Tel:011-706-9011
E-mail:
URL: http://altair.sci.hokudai.ac.jp/g2/

<ImPACTの事業に関すること>

内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室
〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1
TEL:03-6257-1339

<ImPACTプログラム内容およびPMに関すること>

科学技術振興機構 革新的研究開発推進室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-6380-9012 Fax:03-6380-8263
E-mail:

<報道担当>

北海道大学 総務企画部 広報課
〒060-0808 北海道札幌市北区北8条西5丁目
Tel:011-706-2610 Fax:011-706-2092
E-mail:

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail: