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平成28年10月27日

実験動物中央研究所
科学技術振興機構(JST)

覚醒時のマーモセット大脳皮質の神経活動の長期観察に成功

~霊長類の神経活動を細胞レベルで観察する技術を確立~

ポイント

実験動物中央研究所(実中研) 実験動物研究部、理化学研究所(理研) 脳科学総合研究センター 発生神経生物研究チームの御子柴 克彦 チームリーダー、山田 義之 客員研究員(ジュネーブ大学 研究員)、松本 圭史 研究員らの研究グループは、覚醒状態のマーモセットの大脳皮質体性感覚野注1)の神経活動をマルチスケールで長期間観察することに成功しました。

ヒトの脳機能の解明や精神•神経疾患の治療法の創出のためには、ヒトに近い高次脳機能を持つ霊長類で研究を行う必要があります。マーモセットは、小型で扱いやすいことや、霊長類で初めて遺伝子改変技術が確立されていること、多数の疾患モデルが既に樹立されつつあることなどから、近年、世界的に注目されています。マーモセットの高次脳機能を明らかにし、ヒトの精神•神経疾患の治療法への応用を目指すためには、長期間にわたり神経活動を観察するための技術が必要です。これまで、麻酔状態のマーモセットで多数の神経細胞を観察する技術は報告されていますが、麻酔自体が神経細胞の活動パターンや活動量に大きな影響を与えうることから、覚醒状態で神経活動を観察する技術の確立が望まれていました。

今回研究グループは、マーモセットを覚醒状態で観察するための実験装置を独自に開発し、その実験装置にマーモセットを慣れさせるトレーニング方法を確立しました。さらに、最新型の蛍光カルシウムセンサー注2)を神経細胞特異的に発現させ、マクロ蛍光顕微鏡注3)2光子顕微鏡注4)により、覚醒状態のマーモセットに感覚刺激を与えた時の神経の活動(神経応答)を領野レベル(数ミリメートル)から細胞レベル(数マイクロメートル)まで、さまざまなスケールでマッピングすることに成功しました。その結果、麻酔下では深度にかかわらず神経応答が著しく低下していることが明らかになりました。また、覚醒下での応答マップを長期間(1ヶ月以上)安定して観察できることも示しました。

本研究は、マーモセットの神経応答を正確に計測するためには覚醒状態で記録する必要があり、麻酔下で観察されてきた過去の霊長類脳活動の再解釈が必要なことを示唆しています。将来、本技術を行動課題遂行中のマーモセットや疾患モデルマーモセットに応用することにより、マーモセットの高次脳機能の解明や、ヒトの精神・神経疾患の治療法の創出に役立つ基礎的な知見が得られるものと考えられます。本成果は、英国の科学誌「Scientific Reports」オンライン版(英国時間10月27日付け)に掲載されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 国際共同研究 (ICORP)「カルシウム振動プロジェクト」(代表研究者:御子柴 克彦)(平成13年1月~平成17年12月)および発展研究(SORST)「カルシウム振動」(研究代表者:御子柴 克彦)(平成18年1月~平成23年3月)の一環として、川崎市ライフサイエンス補助金:平成25年度(平成25年4月~平成26年3月)「In vivo 2光子イメージングによるマーモセット神経活動解析技術の開発」 (山田 義之、松本 圭史)、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究S(御子柴 克彦)、若手B(山田 義之)(松本 圭史)、並びに、理化学研究所 基礎科学特別研究員補助金(山田 義之)、センター長ファンド(御子柴 克彦)を受けて実施されました。

<研究の背景>

ヒトの脳機能の解明や精神•神経疾患の治療法の創出のためには、マウスのようなげっ歯類での研究とともに、よりヒトに近い高次脳機能を持つ霊長類で研究を行うことも重要です。そこで近年、マーモセットに注目が集まっています。マーモセットは霊長類の中では小型で実験を行う上で扱いやすく、高次脳機能が発達して道具を使用した課題も行うことができるなど、ヒトの高次脳機能解明に向けたモデルとして非常に有用です。さらに、霊長類で初めて遺伝子改変技術が確立され、パーキンソン病やアルツハイマー病を含む多数の疾患モデルが樹立されつつあります。このことから、疾患モデルマーモセットを用いたヒトの精神•神経疾患の病態解明や治療法の創出が期待されています。

高次脳機能の解明や精神・神経疾患の治療法の創出を目指すうえで、長期間にわたり神経活動を観察するための技術が必要です。近年、麻酔状態のマーモセットの神経応答を2光子顕微鏡で観察する方法が報告されていますが、一方では麻酔時と覚醒時とでは神経活動のパターンに大きな違いが見られることも報告されています。高次脳機能の解明には、マーモセットが能動的に外界の情報を処理し行動できる覚醒状態で、神経活動を観察することが非常に重要です。しかし、細胞レベルでの観察のスケールは数マイクロメートルと非常に細かいために、個体のわずかな動きでも観察画面が大きくぶれてしまい、観察が困難でした。そこで研究グループは、覚醒状態のマーモセットの神経活動を神経細胞レベルで観察することができる実験技術の開発に取り組みました。

<研究の手法と成果>

研究グループは、覚醒状態のマーモセットを固定する観察装置を作成しました。観察する際は、まず、マーモセットをうつ伏せの姿勢で、手足と首、胴体を固定します(図1B)。続いて、頭部固定具(図1C上)と観察装置とをつなぎ頭部をしっかりと固定することにより、観察個体のわずかな動きによる観察画面のブレを抑えることができます。また、観察装置にマーモセットを慣れさせるためのトレーニング方法も確立しました(図1A)。最初の数日間は固定時間を数分間に設定し、その後徐々に長くすることにより、個体を観察装置に慣れさせます。また、この際の実験個体の観察装置への反応を記録し、比較的観察装置への抵抗を示さない個体に対して、蛍光カルシウムセンサーを大脳皮質体性感覚野の神経細胞に発現させました。神経細胞内のカルシウム濃度は神経活動時に上昇するため、蛍光量の変化を記録することにより神経活動を定量することができます。

蛍光カルシウムセンサーが神経細胞特異的に発現している個体に、体性感覚刺激(対側の足への電気刺激)を与えた時の神経応答をマクロ蛍光顕微鏡で観察しました(図2A)。覚醒時では弱い刺激(0.5mA:ミリアンペア)でも強い応答が観察できましたが、麻酔時では比較的強い刺激(2.5mA)を与えた場合でも、ほとんど応答を観察することができませんでした。また、低濃度の麻酔時では弱い応答が観察できましたが、その応答パターンは覚醒時と比べて不明瞭でした(図2B)。さらに、覚醒時のマーモセットの足と太ももと尻尾に対して、それぞれ電気刺激を与えた時の神経応答を観察しました(図2C)。その結果、刺激部位(足と太もも、尻尾)により脳の異なる場所で神経応答が観察され、刺激部位の違いに対する明瞭な神経応答領域の違いを示すことができました。

次に、2光子顕微鏡でマーモセットの神経活動を細胞レベルで観察しました。マクロ蛍光顕微鏡での観察で刺激に対する神経応答が観察された脳領域(図2C)に存在する神経細胞を、2光子顕微鏡を用いて観察したところ、覚醒時では大きな応答が観察できたのに対して、麻酔時では、低濃度の麻酔時でさえ、ほとんど観察することができませんでした(図3)。このことは、マーモセットの神経応答を正確に計測するためには覚醒状態で記録する必要があり、麻酔下で観察されてきた過去の霊長類脳活動の再解釈が必要なことを示唆しています。

さらに、覚醒状態の神経活動を長期観察できるかを検証しました。開頭手術後28日目と50日目に、足と太ももへ刺激を与えた時の感覚応答地図を統計的に比較しました(図4A)。同じ日の足と太ももへの刺激応答のパターンは、同じ刺激位置の別の日の刺激応答のパターンよりも類似性が低いことが示されました。このことは感覚応答地図が長期間安定に保持されていることを示していますが、応答パターンには変化が見られることを示しています。さらに、開頭手術後32日目と39日目における同じ細胞の覚醒時の応答を2光子顕微鏡で観察しました(図4B)。その結果、活動パターンの類似性は保存されており、細胞レベルでも長期観察が可能であることが示されました。

<今後の展開>

研究グループは、覚醒状態のマーモセットの体性感覚野における神経応答をマッピングし、かつ同時に細胞レベルでの神経応答を記録することに成功しました。今後、本技術を用いて覚醒状態のマーモセットの神経活動をマルチスケールで観察することで、霊長類特有の高度な脳機能の理解につながると考えられます。また、遺伝子改変技術などにより樹立されつつあるさまざまな精神•神経疾患モデルマーモセットに対して当該技術を適用することにより、ヒトの精神•神経疾患の理解や治療法の創出に役立てられることが期待されます。

<参考図>

図1 マーモセット覚醒下観察のための実験手法

  • A: 実験開始からイメージングまでの実験スケジュール。実験候補10頭から20頭程度に対して、2~4週間、ハンドリング(観察個体と触れ合うことで実験者へ慣れさせる)を行う。この過程における観察個体の反応を観察することで、低攻撃性、低抵抗性を示す個体を約5頭程度まで選別した。次の約2週間、観察装置(図1B)に候補個体の腕と肢と胴体を固定する。固定時間は最初の数日は5分間と短く、その後徐々に長くする。その間の実験個体の観察装置への反応を観察し、観察装置への抵抗が少ない個体をさらに1~2頭まで選別する。選別した実験個体に対して頭部固定具(図1Cの上)を装着し、蛍光カルシウムセンサー(GCaMP6)を大脳皮質体性感覚野に発現させる。蛍光カルシウムセンサーが十分な発現を示す約2週間以降にイメージングを開始する。
  • B: 覚醒状態のマーモセット用の観察装置。左:頭部方向からの図、右:側面からの図。マーモセットをうつ伏せの姿勢で寝かせ、腕と肢、胴体、頭、顎をそれぞれ固定する。
  • C: 頭部固定具と開頭手術後の観察窓の模式図。上:開頭手術後の頭頂部からの図、下:頭部固定具の側面からの模式図。頭蓋骨を除去した後に、カバーガラスを乗せデンタルセメントで接着させることにより頭蓋骨の代わりになるだけでなく、透明であるために顕微鏡により観察することができる。

図2 マクロ顕微鏡による感覚応答地図

  • A: 麻酔時(左:0.5mAと中左:2.5mA)では2.5mAの比較的強い刺激でさえ、ほとんど神経応答を観察することができなかった。低濃度の麻酔時(中右:0.5mA)では弱い応答が観察できたが、応答領域は不明瞭であった。覚醒時(右:0.5mA)では限局した強い応答が見られた。(これらの応答は蛍光強度変化率を青色から赤色までの表示で示している。麻酔時と覚醒時との変化率のスケールの違いに注意。)
  • B: 覚醒時に強い神経応答が見られた領域(図2Aの白四角で囲まれた領域)の刺激に対する応答の大きさを、覚醒時と麻酔時とで比較した。応答の大きさは覚醒時で有意に大きく、麻酔時では覚醒時よりも強い電気刺激を与えた場合でも覚醒時より小さな応答しか示さなかった。(*は統計的に差が有意であることを示している)。
  • C: 覚醒時のマーモセットの足(左)と太もも(中左)、尻尾(中右)へ電気刺激を加えた時のそれぞれの応答領域。右図はこれらの応答領域を、足(赤)と太もも(緑)、尻尾(青)と色分けし重ね合わせた。一部の領域で重なりが見られるが、明確な刺激場所による応答領域の違いが見られた。

図3 2光子顕微鏡による細胞レベルでの神経応答観察

  • A: 左:マクロ蛍光顕微鏡で足への刺激に対する神経応答を示した脳領域に対して、2光子顕微鏡により取得した画像。白は蛍光カルシウムセンサー(GCaMP6)の発現細胞を示す。中左:左図のそれぞれの神経細胞の刺激への応答。刺激への応答の強さは図下のカラーバーに対応する。中右:左図の白四角の領域の拡大画像。右:#1から#5はそれぞれ中右図の黄色の1から5の細胞に対応する。覚醒時での0.5mAの刺激を与えた時(上部の黒い線部分が刺激を与えた時間を示す)におけるそれぞれの神経細胞の刺激に対する応答を示す。覚醒時で5つすべての細胞において神経応答が観察できた。
  • B: 観察できたすべての神経細胞の、麻酔時と覚醒時での神経応答の比較。覚醒時でより強い応答を示した神経細胞を上から並べている。横軸は時間を示し、刺激(上部の黒い線部分)に対するそれぞれの神経細胞の応答変化を色変化により示している。応答の大きさは覚醒時で非常に大きく、麻酔時では覚醒時よりも強い電気刺激を与えてもほとんど応答を示さなかった。左の麻酔時よりもさらに低濃度の麻酔時においてさえも、神経細胞の刺激への応答はほとんど観察できなかった。

図4 覚醒下での長期間観察

  • A: 開頭手術後28日目と50日目の、覚醒時における足と太ももへの刺激時の感覚応答地図の比較。同じ観察日の足と太もも刺激への感覚応答地図のパターンと、同じ刺激部位における28日目と50日目における刺激応答パターンとを比較した。矢印に示す数字は相関係数であり、1に近い方が、より両者の感覚応答地図のパターンが近いことを示している。
  • B: 開頭後32日目と39日目における、同じ細胞の覚醒時の神経応答の比較。横軸は時間を示し、それぞれの細胞の刺激に対する応答の変化を色の変化により示している。

<用語解説>

注1) 大脳皮質体性感覚野
脳表面にある大脳皮質のうち、触覚に関する情報を処理する領域。
注2) 蛍光カルシウムセンサー
カルシウムイオンと結合すると明るさが変化する蛍光たんぱく質。蛍光強度でカルシウム濃度の変化を可視化できる。
注3) マクロ蛍光顕微鏡
0.1ミリメートルから数ミリメートル程度の領域における蛍光を高感度に検出できる顕微鏡。
注4) 2光子顕微鏡
生体深部を細胞レベルの分解能(数マイクロメートル)で観察することができる顕微鏡。

<論文情報>

タイトル Chronic multiscale imaging of neuronal activity in the awake common marmoset
著者名 Yoshiyuki Yamada, Yoshifumi Matsumoto, Norio Okahara, and Katsuhiko Mikoshiba
doi 10.1038/srep35722

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

実験動物中央研究所 実験動物研究部
理化学研究所 脳科学総合研究センター 発生神経生物研究チーム

チームリーダー 御子柴 克彦(ミコシバ カツヒコ)
客員研究員山田 義之 (ヤマダ ヨシユキ)(ジュネーブ大学 研究員)
研究員松本 圭史 (マツモト ヨシフミ)

Tel:048-467-9745 Fax:048-467-9744
E-mail:(御子柴)

<JST事業に関すること>

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