JST 戦略的創造研究推進事業において、京都大学 大学院医学研究科の篠原 美都 助教らのグループは、精巣の幹細胞注1)が精子を作る活性には周期があること、幹細胞によっては分化の過程で精子になるものとならないものがあることを発見しました。精子形成の効率は、遺伝病の伝達や種の進化・保存を左右する重要な因子であるため、本研究成果は、医学・畜産学にも影響する画期的なものです。
精子形成の源である精子幹細胞は、一生にわたって分裂し、毎日膨大な数の精子を作り続けます。幹細胞は精巣に多数あり、精子は複数の幹細胞から産生されますが、個々の幹細胞がその構成にどのように寄与しているかは分かっていませんでした。本研究では、マウスの精子幹細胞それぞれを識別できるように、ウイルス遺伝子を導入して標識したのち、精巣に移植しホストマウス注2)から生まれるそれぞれの仔がどの幹細胞から生まれているかを長期にわたって調べました。そしてそのパターンから数理解析注3)によって幹細胞の精子形成への寄与の動態を導きました。
実験結果は、すべての幹細胞が一律に精子を作っているわけではないことを示していました。また、個々の幹細胞からの精子形成数には、増大期と休止期があることが分かりました。しかし、幹細胞の分裂速度を測定したところ、精巣内の幹細胞の「分裂能」には変動がなく、造血幹細胞で言われているような休止期の幹細胞はありませんでした。一方、精子幹細胞の分化の途中段階では高い頻度でアポトーシス(細胞死)が起きていることから、このような幹細胞の寄与の偏りは、幹細胞の分裂速度でなく、その後に一部の幹細胞からの分化細胞が死滅し除かれるため起こると考えられます。
本研究成果は、2016年8月9日午前1時(日本時間)に米国科学誌「Developmental Cell」のオンライン速報版で公開されます。
<研究の背景>
精子は幹細胞から形成されます。精巣の幹細胞は一生にわたって増殖し、毎日膨大な数の精子を作ります。精巣にある幹細胞は多数あり(マウスでは2~3万個と言われています)、精子はそれらが作り出す産物の混合体ですが、それぞれの幹細胞が均等に精子を作っているのか、幹細胞の使われ方に偏りがあるのかは分かっていませんでした。
<研究手法・成果>
本研究では個々の精子幹細胞が精子形成にどのような動態で寄与しているかを明らかにするため、試験管内で精子幹細胞にウイルス遺伝子を導入して標識し、精巣に移植しました。ウイルス遺伝子はランダムに幹細胞のゲノムに挿入されるため、挿入部位を検出することで幹細胞を識別できます。移植したホストマウスには精子形成が先天的に欠損しているWマウスという変異マウスを用いました。このマウスの精巣は、自らの精子形成は行わず、移植された幹細胞からの精子形成をサポートするので、この実験系では、いわば「空」の器の中で精子形成を構築することができます。研究グループは、この実験系では約400−500個の幹細胞が生着し、正常な精巣に近い精子形成を再現できることを確認しました。
研究グループはこれらの10匹のホストマウスから生まれる仔を最長2年にわたって観察し、生まれた1325匹の仔について、それぞれどの幹細胞に由来しているかを調べました。そのパターンを基に数理解析を行った結果、以下のことが分かりました。
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(1) 幹細胞の機能的寿命(精子形成できる期間)は長く、平均124日であり、最も長い例では482日である。
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(2) 同じ幹細胞から重複して仔が生まれる頻度は有意に高く、一部の幹細胞が偏って使われていることを示している。
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(3) 個々の幹細胞からの精子形成数は、増大期と休止期を繰り返す。また、精子形成活性の数式を導くことができ、それによると周期は約77日であった。
研究グループはさらに、なぜ精子が形成されない幹細胞があるのかを調べました。造血系では幹細胞そのものが分裂せず休止することが知られていますが、分裂によって蛍光タンパク質の発現が半減する変異マウスを用いて幹細胞の分裂速度を測定したところ、精子幹細胞は休止することなく、常に分裂していることが分かりました。一方、精子幹細胞の分化の途中で高い頻度でアポトーシス(細胞死)が起きていることを観察しました。研究グループは、これまで考えられてきたように幹細胞自体の分裂活性が精子形成の効率を決めているのではなく、幹細胞から精子へと分化する過程で、細胞死によって精子形成する幹細胞と、しない幹細胞の選択が起こるのではないかと考えています。
<波及効果・今後の予定>
- 精子形成の効率は、遺伝病の伝達や、種の進化・保存に影響する重要な因子です。今回の結果は、幹細胞ごとの周期がそれらの現象に関わっている可能性を示唆しています。例えば、幹細胞の周期を制御する遺伝子に変異が起きて、特定の精子が多数作られれば、その変異は次の世代に伝達されやすくなります。
- この幹細胞の精子形成の周期を利用することで、家畜の品種改良法に新たな工夫を加えられる可能性があります。さらに研究が進めば、ヒトの遺伝病の伝達を予防する方法のヒントも得られるかも知れません。
- 今後の研究では、幹細胞の活性周期がどのような分子メカニズムで起きているかを調べます。幹細胞ごとの精子形成の動態をもっと詳しく調べることで、幹細胞同士の競争が遺伝現象に及ぼす影響が明らかになると考えられます。
<研究プロジェクトについて>
本研究の遂行にあたり、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の研究課題「精子幹細胞の寿命と精子形成への寄与の動態解明」(篠原 美都)、文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究「生殖細胞のエピゲノムダイナミクスとその制御」(篠原 隆司)、日本医療研究開発機構(AMED)および文部科学省 生命動態システム科学推進拠点事業(本田 直樹)による支援を受けました。
<参考図>
図1
図2
図3
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<用語解説>
- 注1) 幹細胞
- 自己複製能力を持ち無限に増え続けると同時に、別の細胞に分化することもできる細胞と定義されたもの。組織の維持に必要な細胞を供給する役割を持っています。
- 幹細胞にはES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞と、分化能が特定されている組織幹細胞の両方が含まれます。ここでいう精子幹細胞は後者のことです。
- 注2) ホストマウス
- 移植の宿主(受け手側)にあたるマウスのことです。
- 注3) 数理解析
- 自然界や社会のさまざまな現象を数学や物理学を用いて分析する手法。
<論文情報>
タイトル |
“Nonrandom Germline Transmission of Mouse Spermatogonial Stem Cells”
(マウス精子幹細胞の不均一な生殖系列の伝達) |
著者名 |
Mito Kanatsu-Shinohara, Honda Naoki, Takashi Shinohara
篠原 美都:京都大学 大学院医学研究科 遺伝医学講座・分子遺伝学分野 助教
本田 直樹:京都大学 大学院医学研究科 生命動態システム科学推進拠点 特定准教授
篠原 隆司:京都大学 大学院医学研究科 遺伝医学講座・分子遺伝学分野 教授
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掲載誌 |
米国科学誌「Developmental Cell」 |
doi |
10.1016/j.devcel.2016.07.011 |
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
篠原 美都(シノハラ ミト)
京都大学 大学院医学研究科 遺伝医学講座 分子遺伝学分野 助教
〒606-8501 京都府京都市左京区吉田近衛町
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E-mail:
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