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平成28年7月29日

東京大学
科学技術振興機構(JST)
東京農工大学

虫歯菌の酵素からポリエチレンテレフタレートやナイロンを越える高耐熱性樹脂の開発に成功

ポイント

虫歯菌が歯垢(バイオフィルム)注1)を作る時の酵素を利用し、安価なスクロースを原料として、試験管内で水系・ワンポット合成注2)により、極めて珍しい構造を有する完全直鎖状の高分子多糖類(α-1,3-グルカン)の合成に成功しました。反応温度などの条件を精査することにより、分子量を70万以上にまで向上させることが可能です。また、水に不溶なポリマーであることから、有機溶媒を用いた沈殿操作を行うことなく、容易に生成物を回収することができます。合成したポリマー自体は熱可塑性を持ちませんが、簡単なエステル化注3)により熱可塑性プラスチック注4)としての性質を示し、フィルムや繊維にも成型加工することができます。その熱的性質は石油合成ポリマーであるポリエチレンテレフタレート(PET)やナイロンよりも優れており、今後、エンジニアリングプラスチック注5)としてさまざまな分野での利用が期待されます。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)の一環として行われました。

<発表内容>

現在、石油を原料とせず、再生産可能な植物バイオマスを原料とした、高強度で耐熱性に優れたバイオベースプラスチック注6)の開発が求められています。

自然界には、グルコースを基本単位としてさまざまな結合様式や特徴的な構造を持つ高分子多糖類が存在します。木や草からはグルコースがβ-1,4結合したセルロース(β-1,4-グルカン)が、穀物からはグルコースがα-1,4結合したデンプン(α-1,4-グルカン)が得られ、さまざまな用途に用いられています。

今回本研究グループは、虫歯菌が合成する歯垢(バイオフィルム)が多糖類であることに着目し、虫歯菌が持つ合成酵素を利用することにより、セルロースでもデンプンでもない、極めて珍しい結合様式であるα-1,3結合を有する高分子多糖類(α-1,3-グルカン)を試験管内で、酵素重合させることに成功しました。

具体的には、まず、虫歯菌(Streptococcus salivarius)からα-1,3-グルカン合成酵素(GtfJ)注7)遺伝子をクローニングし、大腸菌に組み込み、これを宿主として組み換え酵素を大量生産しました。この組み換えた酵素を用いて、スクロースをそのまま炭素源とし、水系・ワンポット合成により、グルコースがα-1,3結合のみで連結した、分岐のない完全直鎖状のα-1,3-グルカンを合成することに成功しました(図1)。生合成されたα-1,3-グルカンは、水に不溶であることから、有機溶媒を用いた沈殿回収が不要であり、ろ過や簡単な遠心分離の方法で回収でき、環境にも、エネルギー的にも非常に優れたポリマー合成法といえます。

通常、人間の口腔温度は37℃であるため、この酵素の活性も37℃が最も適していますが、試験管内重合において、反応温度を15℃にまで下げると、合成されるポリマーの分子量が劇的に増大し、70万を超える巨大なポリマーを生合成することにも成功しました。今回合成したα-1,3-グルカンは、元々口腔内で合成されるバイオフィルムであることから、経口可能な素材としての利用も期待できます。

従来より開発されているバイオベースプラスチックは、デンプンやセルロースをグルコースにまでいったん単糖化した後、微生物の発酵合成によりプラスチックの基本構成単位となるモノマーを生合成し、そのモノマーを金属触媒によりポリマー化する方法がとられています。しかし、多糖類を単糖化して用いる方法では、自然が作りだした精緻で特徴的な結合や構造を壊しており、バイオマスの特徴を活かした新たなバイオベースプラスチックを創製することはできません。また、デンプンやセルロースに代表される高分子多糖類は熱をかけると分解し着色することから、熱により形を自在に変えられる熱可塑性と呼ばれるプラスチックとしての重要な性質を持っていません。

今回本研究グループが合成に成功したα-1,3-グルカンも、そのままの状態では熱可塑性はありませんでした。しかし、分子構造中に存在する3つの水酸基(OH基)をエステル基に置換(誘導体化)することにより、α-1,3-グルカンの構造を残したままで、熱可塑性を発現させることに成功しました。さらに、α-1,3-グルカンエステル誘導体(融点=約300℃~340℃)は、石油合成プラスチックの代表であるポリエチレン(融点=120℃)、ポリプロピレン(融点=175℃)、ナイロン-6(融点=225℃)、ポリエチレンテレフタレート(融点=270℃)よりも、はるかに熱的に優れていることが分かりました(図2)。成型したフィルムの破壊強度は40MPaを超え、高い耐熱性と優れた機械的性質を併せ持っていることから、エンジニアリングプラスチックとしての利用も期待されます。

今後は、高分子量ポリマーの大量合成法の確立を行うとともに、α-1,3-グルカン自体の経口可能な素材・医療材料などへの用途開発、誘導体を用いた高強度・高耐熱性など優れた性能を持つ射出成型品の開発を行う予定です。

<参考図>

図1

スクロースを出発原料として、α-1,3-グルカン合成酵素(GtfJ)による完全直鎖状α-1,3-グルカン合成の模式図(上)。反応温度により、合成されるα-1,3-グルカンの分子量の違いを示す図(左下)。右の2つの写真は、試験管内で酵素重合しているときの様子と、遠心分離により取り出した後に、乾燥したα-1,3-グルカン。

図2

α-1,3-グルカンエステル誘導体(α-1,3-グルカンアセテートとα-1,3-グルカンプロピオネート)のガラス転移点と融点を、石油合成プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン、ナイロン-6、ポリエチレンテレフタレート(PET))とバイオベースプラスチック(ポリ乳酸とセルロースアセテート)のものと比較。

<用語解説>

注1) 歯垢(バイオフィルム)
バイオフィルムは微生物が産生し、主に多糖類からなるゲル状物質のことで、微生物の増殖に適した環境を作りだしている。歯垢は、虫歯菌の作るバイオフィルムの呼称。
注2) 水系・ワンポット合成
ワンポット合成とは一般に、反応容器に反応物を順に投入することで多段階の反応を行う合成手法のことをいう。今回は、水系バッファー中に、原料のスクロースと酵素を投入し、1回の反応で高分子量ポリマーの合成を行った。
注3) エステル化
多糖類の水酸基を、アセチル基やプロピオニル基などのエステル基に化学的手法により置換すること。
注4) 熱可塑性プラスチック
熱を加えると流動し、冷すと硬くなり、再度熱すれば溶ける性質を持つプラスチックのこと。フィルム、繊維、日用品から車のバンパーや家電部品などさまざまな形に成型加工できる。
注5) エンジニアリングプラスチック
熱に弱いというプラスチックの性質を改善した、耐熱性に優れたプラスチックのこと。さらに、強度も増加させ、金属素材の置き換えを目指している高強度・高耐熱性プラスチックのこと。
注6) バイオベースプラスチック
石油を原料とせず、再生可能資源である植物バイオマスを原料として作られるプラスチックの総称。ポリ乳酸、微生物産生バイオポリエステル、バイオポリエチレンなどがある。
注7) α-1,3-グルカン合成酵素(GtfJ)
スクロースを分解しながらグルコースをα結合で重合させる酵素をグルカンスクラーゼ、またはグルコシルトランスフェラーゼ(Gtf)と呼ぶ。虫歯菌ではさまざまな結合様式を触媒する酵素が見つかっており、その中の1つ、α-1,3結合を触媒する酵素がGtfJ。

<論文情報>

タイトル In vitro synthesis of linear α-1,3-glucan and chemical modification to ester derivatives exhibiting outstanding thermal properties”
著者名 Sakarin Puanglek, Satoshi Kimura, Yukiko Enomoto-Rogers, Taizo Kabe, Makoto Yoshida, Masahisa Wada and Tadahisa Iwata* (責任著者)
掲載誌 Scientific Reports
doi 10.1038/srep30479
論文URL http://www.nature.com/articles/srep30479

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

岩田 忠久(イワタ タダヒサ)
東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 高分子材料学研究室 教授
Tel:03-5841-5266 Fax:03-5841-1304
E-mail:

吉田 誠(ヨシダ マコト)
東京農工大学 農学研究院 環境資源物質科学部門 准教授
Tel:042-367-5252 Fax: 042-334-5700
E-mail:

<JST事業に関すること>

吉田 秀紀(ヨシダ ヒデキ) 科学技術振興機構 環境エネルギー研究開発推進 ALCAグループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:3-3512-3543 Fax:03-3512-3533
E-mail:

<報道担当>

東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部
総務課総務チーム 広報情報担当
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科学技術振興機構 広報課
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