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平成28年7月20日

科学技術振興機構(JST)
明治大学
神戸大学
理化学研究所

水素を合成する遺伝子の改変でバイオプラスチック原料の増産に成功

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、明治大学 農学部の小山内 崇 専任講師らは、ラン藻の水素を合成する酵素の改変によって、コハク酸と乳酸の増産に成功しました。

コハク酸や乳酸などの有機酸注1)は、バイオプラスチック(バイオプラ)の原料になります。コハク酸は主に石油から合成されていますが、近年、生物由来のコハク酸「バイオコハク酸」の割合が増加しています。生物由来の有機酸は、糖を用いた微生物の発酵で作られており、糖は食糧とも競合するため、二酸化炭素からの直接生産が望まれています。

本研究グループは、光合成によって直接二酸化炭素を取り込むことができるラン藻(シアノバクテリア)に着目しました。ラン藻は発酵時に水素を生産することが知られています。本研究では、水素を合成する酵素の活性を遺伝子改変によって低下させることで、コハク酸、乳酸の生産量がそれぞれ5倍、13倍に増加することを明らかにしました。

これによって、二酸化炭素をバイオプラ原料に直接変換する新しい方法が見いだされました。このような「光合成によるものづくり」を発展させることで、将来的な環境・エネルギー問題の解決に寄与することが期待されます。

この研究は、明治大学 農学部 飯嶋 寛子 共同研究員により進められ、理化学研究所 平井 優美 チームリーダー、近藤 昭彦 チームリーダー、白井 智量 副チームリーダー、神戸大学 蓮沼 誠久 教授、ポルト大学 タマニーニ 教授らの研究グループと共同で行ったものです。

本研究成果は、米国科学誌「Algal Research」に近く掲載される予定です。

本成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)

研究開発課題 「転写と時計の改変によるラン藻炭素源供給の量的緩和とコハク酸生産」
研究開発代表者 小山内 崇(明治大学 農学部 農芸化学科 専任講師)
研究開発期間 平成25年10月~平成31年3月(予定)

JSTは本事業において、温室効果ガスの排出削減を中長期にわたって継続的かつ着実に進めていくために、ブレークスルーの実現や既存の概念を大転換するような『ゲームチェンジング・テクノロジー』の創出を目指し、新たな科学的・技術的知見に基づいて温室効果ガス削減に大きな可能性を有する技術を創出するための研究開発を実施しています。

<研究の背景と経緯>

化石燃料の使用は温室効果ガスの排出や、価格変動による経済活動の不安定化、国際関係の緊張などさまざまな問題を含んでいます。特に、日本のように石油資源に乏しい国では、化石燃料に代わる資源の確保は、環境・経済・安全保障などの面から極めて重要です。プラスチックは炭素の高分子であり、石油などの化石燃料から作られます。石油に頼らずに炭素を供給する方法の1つが光合成です。ラン藻は、シアノバクテリアとも呼ばれる光合成を行う細菌で、吸収した光エネルギーを利用して二酸化炭素を取り込み、糖やアミノ酸、有機酸などの物質を合成することができます。コハク酸や乳酸などの有機酸は、バイオプラの原料として知られ、ラン藻を使ったバイオプラ生産が可能となれば、化石燃料の利用の低減が可能となります。ラン藻は細菌であるため、植物と比べて増殖が速いという利点があり、世界中で物質生産にラン藻を利用する動きが見られます。

本研究グループは、ラン藻の中で最も研究されているシネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)注2)を用いて研究を進めています。これまでの研究により、シネコシスティスを嫌気、暗条件注3)で培養するとコハク酸や乳酸などの有機酸を細胞外に放出することが分かりました。また、シネコシスティスは同じ条件で水素を生産することも知られています。有機酸も水素も、シネコシスティスが蓄積した「還元力注4)」を利用して生産されます。このことから、有機酸と水素は、細胞内の還元力を奪い合う「競合関係」にあると言えます。

そこで本研究では、水素に関連する遺伝子の改変を行うことで、コハク酸、乳酸が増加するかについて検証しました。

<研究の内容>

水素はヒドロゲナーゼという酵素によって生産されます。ヒドロゲナーゼは、5つのたんぱく質HoxE,HoxF,HoxU,HoxY,HoxHからなり、このうちHoxHは水素の生産に必須であることが知られています。そこで、HoxHの遺伝子であるhoxHの破壊によって、水素生産能力の低減を試みました。本研究の実験条件では、hoxH遺伝子は完全に破壊されず、hoxH転写産物量注5)が40%減少したhoxH変異株注6)を取得することに成功しました。hoxH変異によって、嫌気・暗条件の水素生産能が20%近く低下することを確認しました(図1)。

次にhoxH変異株を用いて、有機酸生産量を測定しました。嫌気、暗条件で3日間培養し、細胞外に放出された有機酸量を比較したところ、対照株(野生株)に比べてhoxH変異株ではコハク酸量が約5倍、乳酸生産量が約13倍に増加することが明らかになりました(図2)。一方、酢酸は3分の1以下になり、hoxH遺伝子の改変によって、生産される有機酸の割合が大きく変化することが分かりました(図2)。コハク酸、乳酸の生産量は、それぞれ100mg/L、300mg/Lに達し、藻類などの「光合成による有機酸生産」としては、世界最高レベルになっています。これらの有機酸は、二酸化炭素から直接合成されており、食糧と競合する糖を使っていない点も重要です。

次に、hoxH変異株でコハク酸や乳酸生産量が増加した原因を明らかにするために、メタボローム解析注7)を行いました。その結果、hoxH変異株では細胞内の乳酸、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸などの有機酸が、嫌気培養後に多く蓄積していることが分かりました(図3)。また、糖リン酸という物質もhoxH変異株で多く蓄積しており、これらのことから炭素の貯蔵源であるグリコーゲンの分解がhoxH変異によって促進されていることが示唆されました(図3)。このように本研究では、水素の生産を変化させることで、細胞内の代謝が大きく変わることを明らかにしました。

<今後の展開>

今回の研究では、水素を合成する酵素の改変によって、コハク酸や乳酸などのバイオプラ原料の生産を増加させることに成功しました。ラン藻を使ったバイオプラ生産では、有機酸が細胞外に放出されることから、細胞を集めて破壊する必要がありません。一方で、現在工業生産されているバイオコハク酸の生産量は50g/L以上であるため、今後は、二酸化炭素からのコハク酸、乳酸への変換効率を高めていくとともに、生産物の純度やラン藻培養の効率化、低エネルギー化、生産物の効率的な回収・精製方法の開発など、多角的な研究開発が必要となります。

<参考図>

図1 ラン藻シネコシスティスのhoxH変異株の作製

ラン藻シネコシスティスでは、ヒドロゲナーゼの遺伝子が並んで配置している(上図)。作製したhoxH変異株では、hoxHの転写産物量が60%に減少し(下左図)、水素生産も20%近く減少した(下右図)。

図2 hoxH変異株によるコハク酸、乳酸の増産

シネコシスティスを嫌気、暗条件で3日間培養したのち、細胞外に放出された有機酸量を測定した。hoxH変異株では、コハク酸が100mg/L以上、乳酸が300mg/L生産されることが明らかになった。また、対照株では酢酸が最も多く生産されるのに対し、hoxH変異株では乳酸が60%、コハク酸と酢酸が20%ずつと、生産される有機酸の割合が大きく変化することが明らかになった。

図3 hoxH遺伝子組換えによる代謝改変の模式図

hoxH変異株では、嫌気、暗条件において、細胞内の有機酸が増加し、糖リン酸という糖代謝の上流の化合物も多く蓄積していることが明らかになった。このように、水素の生産能力を改変することで、炭素の代謝・流れが大きく変わることが分かった。

<用語解説>

注1) 有機酸
酸性の炭素骨格を有する化合物で、主にカルボキシル基(-COOH)を持つ化合物を指す。
注2) シネコシスティス
最も広く研究されている淡水性、単細胞性のラン藻。増殖が速く、直径が約1.5マイクロメートルの球形をしている。窒素固定を行わない。1996年に、ラン藻種の中で最初に全ゲノム配列が決定された。相同組換えによる遺伝子の改変が可能であり、凍結保存が可能であるなどの利点を有する。
注3) 嫌気、暗条件
密閉することにより、酸素濃度をできる限り低くした培養条件。発酵でよく知られる条件である。ラン藻の場合、光があると光合成を行って酸素を発生させるため、嫌気・暗条件で発酵させている。
注4) 還元力
対象とする物質に電子を与える能力のこと。
注5) 転写産物量
DNAから合成されるRNAのこと。特にたんぱく質の合成に必要なメッセンジャーRNA(mRNA)を指す。
注6) 変異株
人為的な操作によって、遺伝子が変化した株のこと。
注7) メタボローム解析
細胞内の代謝産物(メタボライト)を一斉に解析する分析手法。

<論文情報>

タイトル Metabolomics-based analysis revealing the alteration of primary carbon metabolism by the genetic manipulation of a hydrogenase HoxH in Synechocystis sp. PCC 6803
著者名 Hiroko Iijima*, Tomokazu Shirai*, Yuka Nakaya, Mami Okamoto, Filipe Pinto, Paula Tamagnini, Tomohisa Hasunuma, Akihiko Kondo, Masami Yokota Hirai, Takashi Osanai (*同等貢献)
掲載誌 Algal Research
doi 10.1016/j.algal.2016.06.026

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

小山内 崇(オサナイ タカシ)
明治大学 農学部 農芸化学科 専任講師
〒214-8571 神奈川県川崎市東三田1-1-1
Tel:044-934-7103 Fax:044-934-7103
E-mail:

<JST事業に関すること>

吉田 秀紀(ヨシダ ヒデキ)
科学技術振興機構 環境エネルギー研究開発推進部 低炭素研究担当
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3543 Fax:03-3512-3533
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<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

國井 保成
明治大学 経営企画部 広報課
〒101-8301 東京都千代田区神田駿河台1-1
Tel:03-3296-4330 Fax:03-3296-4087
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樋口 桃子
神戸大学 総務部 広報課
Tel:078-803-6696 Fax:078-803-5088
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理化学研究所 広報室 報道担当
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1
Tel:048-467-9271 Fax:048-462-4715
E-mail:

(英文)“Genetic manipulation of a gene related to hydrogen metabolism increased bioplastic production in cyanobacteria