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平成28年3月15日

富山大学
科学技術振興機構(JST)

生薬甘草の成分が内臓脂肪の炎症・線維化を抑制する機序を解明

ポイント

富山大学 大学院医学薬学研究部(医学) 免疫バイオ・創薬探索研究講座(富山県寄附講座)の渡邉 康春 客員助教、長井 良憲 客員准教授、高津 聖志 客員教授らの研究グループは、漢方薬に含まれる生薬甘草の成分イソリクイリチゲニンが、脂肪細胞やマクロファージ注1)に作用し、内臓脂肪の炎症および線維化注2)を抑制することを発見し、その機序を解明しました。本研究により、イソリクイリチゲニンを活用した新たなメタボリックシンドローム治療薬の開発が期待されます。本研究成果は、2016年3月15日(英国時間)に英国科学誌「Scientific Reports」でオンライン公開されます。

<研究の背景と経緯>

近年、食生活の欧米化などにより、日本でも肥満を中心とするメタボリックシンドロームや糖尿病が増加しており、大きな社会問題となっています。これまでの多くの研究により、メタボリックシンドロームの発症には、内臓脂肪における、慢性的な炎症反応が深く関与することが分かってきました。内臓脂肪は、余剰エネルギーを中性脂肪として蓄える脂肪細胞から構成されます。一方、内臓脂肪には免疫細胞も存在し、正常では免疫細胞が脂肪細胞の恒常性を保ち、炎症を抑制していることも分かってきました。一方、肥満になるにつれて、マクロファージなどの炎症細胞が内臓脂肪に集まり、脂肪細胞と相互作用することによって慢性的な炎症反応が生じます(図1)。またマクロファージは内臓脂肪の線維化を引きおこし、脂肪細胞の機能を妨げることも明らかになっています。このような内臓脂肪の慢性炎症と線維化が引き金となって、全身性のインスリン抵抗性が生じ、糖尿病の発症リスクが高まります。

本研究グループはこれまでに、生薬である甘草に含まれるイソリクイリチゲニン(以下、ILG)という成分が、マクロファージにおいて、炎症の鍵分子NLRP3インフラマソーム注3)の活性化を阻害し、マウスのメタボリックシンドロームを改善させることを報告してきました(本田ら、Journal of Leukocyte Biology 96(6):1087-1100, 2014)。しかし、ILGの脂肪細胞への薬理作用や線維化に対する有用性は不明でした。

<研究の内容>

本研究グループは以前、試験管内で脂肪細胞とマクロファージを共に培養する実験系を確立し、この培養によって炎症反応が引きおこされることを報告しました(渡邉ら、Diabetes 61(5):1199-1209, 2012)(図2)。また、チアゾリジン系の糖尿病治療薬ピオグリタゾンが、脂肪細胞に作用し、共培養による炎症反応を抑制することも報告しています。以上から、本培養実験法が内臓脂肪の炎症反応を抑制する天然物のスクリーニングに有用であると考えました(図2)。

そこで本培養実験法において、ILGの効果を検討したところ、ILGはマクロファージから産生される炎症性サイトカイン注4)TNF-αや脂肪細胞から産生されるケモカイン注5)MCP-1の発現を抑制することが明らかになりました(図2)。さらに詳細に検討したところ、ILGはTNF-αによる脂肪細胞の活性化を抑制すると共に、飽和脂肪酸注6)によるマクロファージの活性化も抑制することが明らかになりました(図3)。このように、ILGは脂肪細胞に作用し、抗炎症作用を示すことが初めて見いだされました。

次に、内臓脂肪の線維化に対するILGの効果を調べるために、マウスに高脂肪食とILGを与えて、線維化を検討しました。まず、普通食を与えたマウスに比べて、高脂肪食を与えたマウスでは、内臓脂肪の線維化が多く見られました。一方、ILGを混ぜた高脂肪食を与えたマウスでは、高脂肪食による線維化が顕著に抑制されていました(図4)。さらに詳細に検討したところ、ILGはマクロファージに作用し、自然免疫センサーであるMincleTLR4注7)による線維化関連遺伝子の発現を抑制することを明らかにしました。したがって、ILGは内臓脂肪のマクロファージに作用し、線維化を抑制すると想定されました。

<今後の展開>

本研究により、共培養の実験系でILGは脂肪細胞に働いて抗炎症作用を示すこと、およびマウスを用いた実験系で内臓脂肪のマクロファージに働いて抗線維化作用を示すことが初めて明らかになりました。

ILGにはNLRP3インフラマソームを阻害する作用がありますが、上記の効果はNLRP3インフラマソームに関係しないと考えられています。したがって、ILGには様々な分子や様々な細胞に働いて、メタボリックシンドロームに対して多面的な有効性を示すと考えられます。

今後、ILGの抗炎症作用および抗線維化作用の詳しいメカニズムを調べることで、ILGを基にした、メタボリックシンドローム治療薬の開発につながることが期待されます。

<付記>

本研究は、富山県および県内外の13社の製薬企業による寄附金、文部科学省 地域イノベーション戦略支援プログラム(ほくりく健康創造クラスター、北陸ライフサイエンスクラスター)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業、日本学術振興会 科学研究費補助金、武田科学振興財団、富山第一銀行 奨学財団研究助成などによる支援を受けて実施された研究の成果である。また、富山大学 医学部、富山県 薬事研究所、名古屋大学 環境医学研究所、東京大学 医科学研究所との共同研究の成果である。

<参考図>

図1 脂肪細胞とマクロファージとの相互作用による内臓脂肪組織炎症の悪循環・慢性化

肥大化した脂肪細胞より遊離される飽和脂肪酸がマクロファージを活性化し、TNF-αやIL-6などの炎症性の物質を産生させる。産生されたTNF-αは脂肪細胞に作用し、善玉アディポカインであるアディポネクチン注8)の産生を減少させ、ケモカインMCP-1の産生を増加させる。MCP-1はマクロファージを内臓脂肪へ引き寄せ、さらに炎症性物質を産生させる。このように、脂肪細胞とマクロファージの相互作用により、内臓脂肪炎症の悪循環・慢性化が形成される。

図2 脂肪細胞とマクロファージとの共培養による炎症反応をILGは抑制する

マウス脂肪細胞株とマウスマクロファージ細胞株を24時間共培養することにより、TNF-αやMCP-1などの炎症性物質が産生される。ILGまたはピオグリタゾンを培養に添加することで、炎症性物質の産生を抑制することができた。

図3 内臓脂肪組織炎症に対するILGの作用

ILGはTNF-αによる脂肪細胞の活性化を抑制すると共に、飽和脂肪酸(パルミチン酸)によるマクロファージの活性化も抑制した。

図4 ILGによる内臓脂肪線維化に対する抑制作用

野生型マウスに普通食または高脂肪食、ILGを混ぜた高脂肪食を20週間与えた。高脂肪食を与えたマウスの内臓脂肪では、青色で染まるコラーゲン線維が多く認められ(中央)、線維化が起きていた。一方、ILGを混ぜたものでは、線維化が顕著に抑制された(右)。

<用語解説>

注1) マクロファージ
白血球の1つであり、病原体などの異物を食作用により処理する。抗原提示能を持ち、食作用により取り込んだ異物断片を細胞表面に提示し、そのシグナルはヘルパーT細胞に伝達される。様々な組織に常在しており、病原体の侵入などにより活性化される。脂肪組織には炎症性のM1マクロファージと抗炎症性のM2マクロファージが存在する。肥満により、M1マクロファージが脂肪組織に浸潤する。
注2) 線維化
組織が傷害された際に、治癒のために結合織が増殖する生体反応である。一方、過剰な結合織の増殖は正常の組織を破壊し、臓器不全を引きおこす。また、線維化は病理学的には臓器の終末像として捉えられることから、線維化の機序の解明や治療法の開発に関する研究が盛んに行われている。
注3) NLRP3インフラマソーム
インフラマソームは病原体成分や内因性の成分により活性化される細胞内蛋白質複合体であり、NLR、ASC、カスパーゼ-1より構成される。カスパーゼ-1の酵素作用により、IL-1βまたはIL-18が産生される。IL-1βとIL-18は炎症や細胞死を誘導する炎症性物質である。
NLRは病原体認識に関わる蛋白質であり、NLRP3はその代表的な1つである。NLRP3の活性化異常が自己炎症症候群、肥満、2型糖尿病につながることが報告されている。
注4) サイトカイン
血液細胞などの増殖や分化を調節する蛋白質性の生理活性物質の総称である。細胞の分化、生存維持または細胞死など様々な細胞応答を調節し、免疫系の制御や炎症反応、細胞の恒常性維持に働く。
注5) ケモカイン
細胞の遊走を誘導するサイトカインの総称である。炎症時に誘導されるものや、恒常的に発現し機能するものがある。
注6) 飽和脂肪酸
炭素鎖に二重または三重結合を持たない脂肪酸であり、パルミチン酸やステアリン酸などがこれに含まれる。飽和脂肪酸はマクロファージに発現するTLR4を活性化し、TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカイン産生を誘導することが知られている。飽和脂肪酸の摂取と、心疾患、2型糖尿病、がんなどの発症との因果関係が示唆されている。
注7) Mincle、TLR4
共にマクロファージなどの免疫細胞に発現する自然免疫センサーである。Mincleは結核菌や真菌の構成成分を、TLR4はグラム陰性菌のリポ多糖を認識し、感染防御に重要な役割を果たす。一方、両者共に内因性のリガンドを認識することが知られており、Mincleは死細胞由来の抗原を、TLR4は飽和脂肪酸などを認識し、炎症反応を誘導する。
注8) アディポネクチン
脂肪細胞から産生されるサイトカインの総称であるアディポサイトカインの1つである。抗炎症作用を持つと共に、インスリン感受性亢進作用を持ち、メタボリック症候群に対して善玉アディポサイトカインとして作用する。

<論文情報>

タイトル Isoliquiritigenin Attenuates Adipose Tissue Inflammation in vitro and Adipose Tissue Fibrosis through Inhibition of Innate Immune Responses in Mice
著者 渡邉 康春(Yasuharu Watanabe)1, 長井 良憲(Yoshinori Nagai)1,2, 本田 裕恵(Hiroe Honda)1,3, 岡本 直樹(Naoki Okamoto)1, 山本 誠士(Seiji Yamamoto)4, 濱島 丈(Takeru Hamashima)4, 石井 陽子(Yoko Ishii)4, 田中 都(Miyako Tanaka)5, 菅波 孝祥(Takayoshi Suganami)2,5, 笹原 正清(Masakiyo Sasahara)4, 三宅 健介(Kensuke Miyake)6,7, 高津 聖志(Kiyoshi Takatsu)1,3
所属機関:
  1. 富山大学 大学院医学薬学研究部(医学)・免疫バイオ・創薬探索研究講座
  2. 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業
  3. 富山県薬事研究所
  4. 富山大学 大学院医学薬学研究部(医学)・病態・病理学
  5. 名古屋大学 環境医学研究所・分子代謝医学分野
  6. 東京大学 医科学研究所・感染・免疫部門・感染遺伝学分野
  7. 東京大学 医科学研究所・システム疾患モデル研究センター・自然免疫研究分野
掲載誌 Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)
doi 10.1038/srep23097

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

長井 良憲(ナガイ ヨシノリ)
富山大学 大学院医学薬学研究部(医学) 免疫バイオ・創薬探索研究講座 客員准教授
Tel:076-434-7673
E-mail:

<JST事業に関すること>

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
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<報道担当>

富山大学 総務部 広報課
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科学技術振興機構 広報課
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